第三章:新たな可能性
荷車は田舎道を揺れながら進んでいた。礫は馬車の荷台に座り、遠くを見つめていた。商人たちとの戦いが終わってから一日が経っていた。
「状況を整理するか…」
礫は自分のステータスを確認してみた。
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【簡易鑑定結果】
対象:砂茂 礫(自己)
レベル:11(+3)
体力:32(+9)
筋力:34(+9)
魔力:216(+144)
知力:56(+12)
丈夫:33(+9)
称号:強者殺し
効果:自分よりも強い者たちを数多屠って生き延びてきた者に与えられる称号。強敵との戦闘時に各ステータスに20%の補正が入る。
スキル:
・砂操作
・精密魔力操作
・魔力操作自動化
・異世界言語
・アイテムボックス
・簡易鑑定
・砂人形:砂を人型に縁取り、自動行動が可能な人影のような存在を作り出せる
・感覚拡張:魔力を纏わせたものと感覚を同期し、魔力の触れている箇所の情報を取得できる
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「なんだこれは…」
礫は驚きのため息をついた。レベルが8から11へと一気に3つも上昇している。魔力に至っては、72から216へと3倍に膨れ上がっていた。さらに、「強者殺し」という称号まで獲得していた。
「砂人形と感覚拡張…新しいスキルか」
彼は手のひらを広げ、砂粒を集めて人の形を作り始めた。計算上では操作可能な砂粒は4374粒。商人たちとの戦闘前の486粒から比べると、桁違いの量だった。
砂粒が集まり、人型を形作っていく。約1000粒ほどを使って、大人の男性の輪郭を作り出した。
「これが…砂人形か」
完成した砂人形は、人間の形を砂で縁取っただけのものだった。内部はスカスカで、風が吹けば透けて見える。とても人間には見えず、むしろ不気味な存在だった。
「何ができるんだろう…」
礫は考えながら、砂人形を自分の隣に座らせてみた。砂粒が浮遊して形を維持しているため、体重はない。しかし、形は保持されている。
「馬車の手綱を握らせてみるか」
彼は砂人形に手綱を持たせた。砂の手が手綱を包み込む。意外なことに、砂人形は問題なく手綱を制御し、馬を導くことができた。
「なるほど…自分の指示通りに動くわけではなく、与えられた任務をこなす能力があるのか」
礫は砂人形に「馬車を村に向かって進んで、馬が疲れたら休ませたりして」と命じると、それに従って砂人形は手綱を操作し続けた。
「もう限界だ…」
森での生活と戦闘による肉体的疲労、そして人を殺してしまったという精神的な重圧が礫を襲った。彼は荷台に横たわり、商人の荷物から見つけた衣服を布団代わりにした。
「少し休もう…砂人形に任せて」
礫は目を閉じた。砂人形が手綱を握り、馬車は村への道を進み続ける。彼は久しぶりに安心して眠りについた。
夢の中で、彼は日本の自分の家にいた。質素なワンルームマンションだったが、彼にとっては安らぎの場所だった。そこには両親の写真があり、彼らは穏やかな笑顔で礫を見つめていた。
「いつか…帰れるのだろうか」
礫は静かに涙を流しながら、深い眠りに落ちていった。
目が覚めると、日はかなり傾いていた。馬車は小さな川のそばに止まっていた。砂人形は手綱を握ったまま、じっと待機している。
「よく休めた…」
礫は体を伸ばし、周囲を見回した。砂人形は命令通り馬車を進ませ続け、このように水場まで来ると止まったようだ。馬は喉が渇いていたのだろう。
「お前も休ませてあげないとな」
彼は馬を馬車から解き放ち、川の水を飲ませた。馬は喜んで水を飲み、その後川岸の草を食べ始めた。
「よし、野営の準備をしよう」
礫は砂人形に「薪を集めてきて」と命じた。砂人形はすぐに動き出し、周辺から枝や小さな倒木を集め始めた。彼自身は商人の荷物の中から使えそうな道具を探した。
「なかなか便利だな」
砂人形が薪を集め、礫が火をおこす。彼が食事の準備をしている間も新しい命令を下して、砂人形は馬の世話や見張りなど、他の仕事をこなさせた。
「次は感覚拡張を試してみよう」
礫は一部の砂粒に魔力を込め、川の中に沈めた。そして「感覚拡張」を発動させる。
突然、彼の意識は川の中へと広がった。砂粒が触れている場所の感覚が自分のものであるかのように感じられる。川の冷たさ、水の流れ、そして魚の動きまでもが伝わってきた。
「すごい…」
彼は砂粒を操作し、魚を探り当てた。その後、商人の護衛が持っていた槍に砂を纏わせる、その槍を感覚拡張で精密に操作して魚を突き刺した。あっという間に数匹の魚を捕まえることができた。
「これは便利すぎる…」
礫は捕まえた魚を焼き、久しぶりに魚料理を味わった。旨味が口いっぱいに広がり、彼は思わず笑みをこぼした。
「夜は砂人形に見張りを任せられるな」
彼は就寝前に砂人形に「周囲を警戒し、危険な生物が近づいたら起こせ」と命じた。そして安心して眠りについた。
朝日が昇り始め、礫は目を覚ました。砂人形は一晩中警戒を続けていたようだが、特に異常はなかったようだ。
「今日中に村に着きたいな」
彼は朝食を済ませ、すぐに出発の準備を始めた。砂人形が馬車の準備をする間、礫は周囲の様子を確認した。この地域は比較的安全そうに見えた。
「よし、行こう」
早朝の涼しさの中、馬車は再び動き出した。朝靄の立ち込める道を進んでいくと、次第に耕された畑が見えてきた。人間の生活圏に入ってきたようだ。
「ついにまともな人間と会える…」
礫は期待と不安が入り混じった気持ちだった。これまでの経験から、この世界の人間がすべて親切とは限らないことを知っている。しかし、小さな村なら比較的穏やかな暮らしがあるかもしれない。
昼前になると、村の入り口に到着した。「テフ村」と書かれた簡素な看板が立っていた。村は20軒ほどの家と、中央の広場、そして一軒の宿屋から成り立っていた。
「小さな村だな」
礫は砂人形を一旦解除し、砂粒をアイテムボックスに収納した。村人に不審に思われないようにするためだ。
また、元々来ていた質素な服を脱いで商人の商品の中から服を見繕ってきた。
こうすればそうそう勇者とバレることもないだろうと考えたのだ。
彼は村に入り、宿屋を目指した。村人たちは彼の姿を見て、少し警戒しながらも穏やかな視線を向けてきた。礫は軽く会釈をしながら進んだ。
「ドタマ亭」という名前の宿屋は小さいながらも清潔そうな雰囲気だった。礫は馬車を宿屋の前に停め、中に入った。
「いらっしゃい、旅人さん」
宿の主人は50代ほどの男性で、穏やかな笑顔で礫を迎えた。
「一泊させてください」
「ありがとう。馬の分も含めて銀貨3枚だ」
礫は商人から得た金貨と銀貨のうち、銀貨3枚を支払った。
「馬は裏の厩舎へ、荷車は横に置いておけばいいよ」
礫は指示に従い、馬を厩舎へ導き、荷車を宿の横に置いた。その後、部屋に案内された。
「数日ぶりのまともな宿だ…」
部屋は質素だったが、きちんとしたベッドとテーブル、そして窓があった。礫は安堵のため息をついた。
「夕食は下で出すから、呼びに来るよ」と宿の主人は言って出ていった。
礫はベッドに横たわり、しばらく天井を見つめていた。どこかで野良勇者だとバレないか、常に不安はあった。しかし、しばらくは休息が必要だった。
夕食時、礫は宿の食堂に降りていった。そこには数人の村人も食事に来ていた。
「お、旅人さん。どうぞどうぞ」
宿の主人が声をかけ、一つのテーブルを示した。礫はそこに座り、出される料理を待った。
「何か飲むかい?」
「お水で結構です」
宿の主人は水の入った陶器のカップを持ってきた。
しばらくして、温かい煮込み料理と焼いたパンが出された。野菜と肉が煮込まれたシチューは素朴な味わいながらも、温かさが心に染みた。
「美味しい…」
礫は久しぶりに人間が作った料理に舌鼓を打った。
食事を楽しんでいると、扉が開き、一人の女性が入ってきた。深い青色のローブを着た彼女は、赤い長い髪を一つに編み込み、額には銀色のサークレットを着けていた。
宿の主人が女性に声をかけた。「おや、リズウェルさん。今日も研究の成果はありましたか?」
「そうですね、少しずつですが」女性は微笑みながら答えた。彼女の声は落ち着いていて、教養が感じられた。
礫は気づかれないように女性を観察した。彼女の雰囲気から、ただの村人ではなく、何か特別な仕事をしている人物だと感じた。
女性は礫に気づき、軽く頷いた。礫も会釈を返した。
「旅人さんですか?」女性が尋ねた。
「はい、少し旅をしています」礫は曖昧に答えた。
「私はアリアナ・リズウェル。この村で少し研究をしています」彼女は自己紹介した。
「レキと申します」礫は本名を名乗った。レキだけなら海外でも使われていそうな名前だからだ。本名をすべて名乗って勇者だとバレるのは避けたかった。
「よろしくお願いしますね、レキさん」アリアナはさらっと挨拶を済ませた。
その後、二人は簡単な世間話をした。アリアナは魔法の研究をしていると語り、テフ村は魔力の流れが特殊で研究に適していると言った。礫は自分が旅人であること以外は多くを語らなかった。
「お休みなさい」別れ際、アリアナは微笑んで言った。
礫は部屋に戻り、ベッドに横になった。「魔法使いか…危険な相手かもしれないな」
彼は念のため、荷車の周りに砂粒を配置し、警戒システムを作動させてから眠りについた。
真夜中、警戒システムが反応した。礫は目を覚まし、窓から外を見た。月明かりの中、彼の荷車の周りに小さな影がいくつか動いているのが見えた。
「泥棒か…」
礫はそっと部屋を出て、宿の裏手にある厩舎へと向かった。砂粒を操作し、状況を探った。
荷車の周りにいたのは人間ではなく、ゴブリンだった。5体ほどのゴブリンが荷車を漁っている。このままでは馬も危険だ。
礫はすぐに約2000粒の砂を集め、砂人形を作り出した。月明かりの中、砂で縁取られた人型が厩舎から浮かび上がった。
「荷車を守れ」
砂人形は静かに荷車に向かって浮遊していった。ゴブリンたちは砂人形に気づき、警戒の声を上げた。一体が棍棒を振りかざして砂人形に襲いかかる。
しかし、棍棒は砂人形をすり抜けた。砂人形は縁取られただけのスカスカの存在で、物理的な攻撃は通用しない。ゴブリンは混乱した様子で再び攻撃を仕掛けるが、効果はなかった。
礫は荷車の中にあった剣に砂を纏わせて操作し、砂人形に渡した。「この武器を使え」
砂の手が剣を握り、ゴブリンに向けて斬りかかる。
砂人形は物理的なダメージを受けないが、砂の手は物体を掴むことができる。その特性を活かし、砂人形は次々とゴブリンを切り倒していった。
わずか1分ほどで、5体のゴブリンはすべて倒れた。砂人形は剣を持ったまま、静かに立っている。
「これはすごい能力だ…」
礫は感心しながら、さらに周囲を警戒した。すると、村の方向から騒ぎが聞こえてきた。どうやら村全体がゴブリンの襲撃を受けているようだった。
「村も襲われているのか」
礫は砂人形に「周囲を警戒しろ」と命じ、自身は村の方向へと向かった。しかし、村に近づくにつれて、青白い光と爆発音が聞こえてきた。誰かが魔法でゴブリンと戦っているようだった。
村の入口に着くと、アリアナが両手を広げ、青い魔力の波を放っている姿が見えた。その波に当たったゴブリンたちは凍り付き、倒れていった。
「氷の魔法か…」
礫は感嘆しながら見ていたが、アリアナの後方から別のゴブリンが忍び寄っていた。彼はすぐに50個ほどの砂粒を放ち、そのゴブリンの目と耳を攻撃した。ゴブリンは悲鳴を上げて混乱し、アリアナに気づかれた。
彼女は振り返り、混乱するゴブリンに氷の矢を放って倒した。そして、砂粒が浮遊しているのを見て、礫がいる方向を見た。
「あなたも…魔法使い?」
礫は返事をせず、さらに村の中へと進んだ。ゴブリンの死体が点々と転がっているが、村人たちが怪我をしている様子はなかった。アリアナが一人でほとんどのゴブリンを撃退したようだった。
「もう大丈夫そうだな」
礫が宿に戻ろうとしたとき、アリアナが彼を追いかけてきた。
「待ってください、レキさん!」
礫は足を止めた。もう気づかれてしまったようだ。
「さっきの砂…あなたが操ったのですね?」アリアナの目は好奇心で輝いていた。
「ええ、まあ」礫は曖昧に答えた。
「村に残ったゴブリンをすべて倒したのも、あなたですか?」
「え?」礫は首を傾げた。
アリアナは説明した。「私が倒したのは20体ほどの本隊で、何体かには後方に抜けられてしまったんです。でももう村にはゴブリンの反応は無いようなので」
礫はハッとした。砂人形が命令に従い、周囲のゴブリンを片付けたのだろう。
「それは…」
その時、月明かりの中、砂人形が浮遊してくるのが見えた。剣は既に荷車に戻されているようだが、その存在は月光に照らされてはっきりと見えた。
アリアナは驚きの声を上げた。「なんて興味深い魔法なんでしょう!」
礫は観念した。「これは砂人形と呼んでいます」
「砂で作られた人形…それが自律行動をする」アリアナの目は学者のように輝いていた。「あなた、勇者ですね?」
礫は身構えた。「えぇ、まぁそうですが…」
アリアナはにっこりと笑った。「素晴らしい!ぜひ明日、お話させてください」
彼女の反応は礫の予想と全く違っていた。迫害するどころか、純粋な好奇心で彼の能力に興味を示しているようだった。
「まあ、いいですが…」
「ありがとうございます!明日の朝、あなたの部屋にお邪魔しますね」アリアナは嬉しそうに言って、村の中へと戻っていった。
礫は釈然としない気持ちで宿に戻った。砂人形は命令通り彼についてきた。
「明日はどうなるんだろうな…」
翌朝、礫が目を覚ますと、ノックの音がした。
「はい」
扉が開き、アリアナが入ってきた。彼女は昨夜と同じ青いローブを着ていたが、より整った印象だった。
「おはようございます、砂茂さん」彼女は明るく挨拶した。
「おはようございます…」礫は警戒しながら応じた。
アリアナは椅子に座り、真剣な表情になった。「まず、私の身元をお話ししましょう」
彼女は自己紹介を始めた。彼女の名はアリアナ・リズウェル、かつては高位貴族リズウェル侯爵家の一員だったが、家が没落し、今は魔法学者として旅をしているとのことだった。
「私の研究テーマは、ランダム勇者召喚の仕組みと、勇者の持つ特殊能力の解析です」彼女は真摯に語った。「勇者召喚の制度が、単なる貴族の娯楽と搾取の道具になっていることに強い疑問を持っています」
礫は少し緊張が解けた。「あなたは…勇者を奴隷にすることに反対なのですか?」
「もちろんです」アリアナはきっぱりと言った。「人間を召喚して奴隷にするなど、言語道断です。私はその制度の廃止を目指しています」
礫は彼女の言葉に希望を感じた。「では、私を…」
「はい、砂茂さんのような野良勇者と出会うことができて、とても嬉しいです」彼女は微笑んだ。「特に、あなたの砂操作の能力は非常に興味深い。
私の研究でも、このような物質操作と魔力の融合は重要なテーマなのです」
アリアナは自分の研究内容を詳しく説明した。彼女は魔力と物質の融合、特に魔力で物理的な存在を作り出す技術に取り組んでいるという。
そして礫の砂人形は、まさにその理論の実践例だと考えているようだった。
「砂茂さん、私の実験に協力していただけませんか?」彼女は真剣な眼差しで尋ねた。
「もちろん、あなたの自由意志を尊重します。また、私からあなたが野良勇者であることを誰にも漏らしません」
礫は考え込んだ。アリアナは信頼できる人物のように思えたが、これまでの経験から簡単に信じることはできなかった。
「実験とは、具体的にどのようなことをするのですか?」
アリアナは説明した。
「まずは砂人形の能力の限界を調べたいです。どのくらいの距離まで操作できるのか、どのような指示を理解できるのか、砂以外の物質でも同様の効果が得られるのかなどです」
「危険なことはしませんか?」
「もちろん、あなたの安全を第一に考えます」彼女は真摯に答えた。
「実験はここテフ村で行い、私の結界の中で実施するので、外部からの危険もありません」
礫は少し考えてから頷いた。「わかりました。協力します」
アリアナは喜びに満ちた表情を見せた。「ありがとうございます!これからよろしくお願いします」
彼女は立ち上がり、礫に手を差し出した。礫はその手を握った。彼女の手は柔らかく、しかし魔法使いらしい確かな強さを感じさせた。
「では、しばらくはこの村で暮らしてください。私の小屋には空き部屋がありますので、そちらをお使いください」
「宿代を払いながら、実験に協力するのは大変ですからね」彼女は実務的に付け加えた。
礫は少し迷ったが、宿代を節約できるのは助かると思い、申し出を受けることにした。
「それでは、荷物をまとめましょうか」
アリアナと礫は宿を出て、彼女の小屋へと向かった。
村の少し離れた場所にある小屋は、質素ながらも整然としていた。小屋の周りには見えない結界が張られているようで、魔力の波動を感じた。
「ここが私の研究所兼住居です」アリアナは扉を開けながら言った。「これからしばらく、よろしくお願いします」
礫は小屋に入りながら考えた。(これが新しい生活の始まりなのかもしれない…)
アリアナの小屋で、礫の新たな冒険が始まろうとしていた。
彼の未知なる能力の可能性と、この世界の謎を解き明かす旅が、今まさに動き出そうとしていた。