第二章:血塗られた成長
礫は森の中へと足を踏み入れた。草原の開けた空間とは異なり、森の中は木々の枝葉が日光を遮り、薄暗い。しかし、その分だけ生命の気配は濃厚だった。
「まずは食料の確保だな」
彼は慎重に周囲を観察しながら進んだ。ふと目に入ったのは、赤い実をつけた低木だった。すぐに簡易鑑定を使う。
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【簡易鑑定結果】
対象:紅子の実
種類:果実
毒性:なし
食用:可(甘酸っぱい風味)
栄養:ビタミン豊富、疲労回復効果
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「これは良さそうだな」
礫は数個の実を摘み取り、一つを口に入れた。甘酸っぱい味が口の中に広がり、草原の単調な食事に比べて格段に美味しく感じられた。
さらに進むと、木の根元に生えるキノコの一群とその隣には星型の葉をつけた野草を発見した。これも簡易鑑定にかける。
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【簡易鑑定結果】
対象:青冠茸
種類:キノコ
毒性:あり
食用:可(香り豊か)
特性:煮込むと無毒化して旨味が増す、軽い回復効果
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【簡易鑑定結果】
対象:魔癒草
種類:野草
毒性:なし
食用:可(香り豊か)
特性:薬草として知られており、すりつぶして傷口に塗ると回復効果がある
「森の恵みは豊かだな」
礫は砂粒を使ってキノコを慎重に刈り取った。高速回転させた砂粒は、ナイフのように柄の部分を切断する。
薬草は砂粒を地面を掘る形で使い、地面を掘り返す形で採集した。
彼はアイテムボックスを使って収穫物を保存した。
「レベル5になって魔力が16になったから、アイテムボックスの容量も1600cm³か。かなり便利になってきたな」
森の中を進むにつれ、様々な山菜や果実、キノコを発見し収穫していった。その度に簡易鑑定で安全性を確認し、食べられるものはすぐに試してみる。味の違いや組み合わせを楽しみながら、彼の食料庫は豊かになっていった。
「これなら当分の食料は心配ないな」
しかし、森の豊かさと同時に、危険も潜んでいた。
夜を迎え、礫は木の上に寝床を作った。砂粒による警戒システムを配置し、眠りについた。
真夜中、警戒システムが作動して目が覚めた。下を見ると、三体のウルフ型の生物が木の周りをうろついていた。灰色の毛皮と赤く光る目、犬より一回り大きな体躯を持っている。
「これは...」
簡易鑑定を使うと、それらは「灰ウルフ」と呼ばれる魔獣だとわかった。
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【簡易鑑定結果】
対象:灰ウルフ
種族:中級魔獣
レベル:4
危険度:中
弱点:目、耳、腹部
特記:群れで行動、夜行性
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「レベル4か...危険だな」
礫は木の上から観察した。ウルフたちは彼の存在に気づいていたようで、一頭が時折木に向かって飛びつこうとするが届かない。しかし、諦める様子はない。
「このままでは朝まで眠れないし、疲労で危険な状況になる」
彼は戦闘の準備を始めた。「三体同時に相手するのは厳しいな...一体ずつ狙うしかない」
礫は12個の砂粒を三組に分け、各ウルフに対して4粒ずつ割り当てることにした。「目と耳を潰せば動きを制限できるはずだ」
彼は最初のウルフに向けて砂粒を放った。4つの砂粒が高速で飛び、2つが目を、2つが耳を標的にした。同時に、彼は木から飛び降り、準備していた尖った木の棒を手に取った。
最初のウルフが混乱して暴れる中、礫は素早く接近し、弱点である腹部に木の棒を突き刺した。ウルフは悲鳴を上げて倒れた。
しかし、残りの二頭は驚き、同時に礫に襲いかかった。彼は間一髪で避け、次のウルフにも砂粒を放った。この攻撃も成功し、二頭目も視覚と聴覚を奪われて混乱する。
三頭目が彼の脚に噛みついてきた。激痛が走り、礫は倒れそうになりながらも残りの砂粒を放った。辛うじて三頭目の目に砂粒が命中し、彼はその隙に振りほどいた。
激しい痛みと出血に耐えながら、礫は残りの二頭のウルフも倒した。戦いが終わった後、彼は傷口を確認した。幸い深刻な傷ではなく、森で見つけた薬草で応急処置ができそうだった。
「これが森の現実か...」
彼は倒したウルフの体から使えそうな部分を回収した。毛皮は防寒に、肉は食料として役立つだろう。
この夜の出来事以降、礫は森での生活が単なる食料集めや探索ではなく、常に命の危険と隣り合わせであることを思い知った。
数日が経過し、礫は森での生活に少しずつ慣れていった。毎日のように魔物と遭遇し、その度に戦い、勝利してきた。ゴブリンの群れ、単独の灰ウルフ、時には毒蛇のような生物と戦うこともあった。
しかし、連日の戦闘と警戒による疲労が蓄積していった。十分な休息が取れず、常に緊張状態が続くことで、精神的にも追い詰められていた。
「もう森を抜けるべきなのかもしれない...」
礫はそう考えながら森の中を進んでいた。しかし、彼の頭は次第に朦朧としてきた。疲労とストレスが限界に近づいていたのだ。
ふらつく足取りで進んでいると、前方に三つの影が現れた。それは一般的なゴブリンに似ているが、体色が異なっていた。一体は赤みがかった褐色、一体は青緑色、もう一体は灰色がかった色をしている。
「色違いのゴブリン...?」礫は簡易鑑定を試みたが、疲労で集中できず、結果がはっきりと見えなかった。
三体のゴブリンは何かを喋りかけてきているようだったが、耳鳴りがして言葉が理解できない。礫の視界もぼやけ始めていた。
「何を...言っている...?」
突然、三体が一斉に動き出した。礫は反射的に砂粒を放った。「また襲ってくるのか...もう勘弁してくれ...」
砂粒は今までの戦闘パターン通り、三体の目と耳を狙った。砂粒が命中し、三体は悲鳴を上げて混乱する。礫は岩を砂粒で操作し、浮遊させて順番に三体の頭部に激突させた。
三体は倒れ、動かなくなった。礫は勝利の虚脱感とともに、近づいて確認しようとした。
そして彼は凍りついた。
「これは...」
倒れているのはゴブリンではなく、人間だった。
汚れた服と奇妙な装備を身につけてはいたが、明らかに人間の男たちだ。
体色が違うと思ったのは着ていた服の色だったのだ。
野盗か何かだろうか。
「人間を...殺した...?」
激しい吐き気が込み上げてきた。同時に、レベルアップの感覚が体を駆け巡る。なんと2レベルも上昇したようだ。
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【簡易鑑定結果】
対象:砂茂 礫(自己)
レベル:7
体力:20 (+5)
筋力:22 (+4)
魔力:48 (+32)
知力:40 (+6)
丈夫:21 (+5)
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この急激なレベルアップによる体内の変化が、吐き気を抑え込んだ。それでも礫は混乱と恐怖で震えていた。
「俺は...人を殺した...」
彼は倒れ込み、頭を抱えた。森の中で、たった一人で。
どれだけの時間が経ったのかわからない。礫は茫然と座り込んでいた。やがて彼は立ち上がり、倒れた三人の男たちを見つめた。
「埋葬しなければ...」
彼は道具を持っていなかったが、レベル7になった今なら操作できる砂粒は162個。十分な数だ。彼は砂粒を使って地面を掘り始めた。砂粒は高速で回転しながら土を削り取っていく。
穴が完成すると、彼はその中に三人の遺体を丁寧に横たえた。遺品は特に価値のあるものは見当たらなかったが、水筒と小さなナイフ、そして少量の硬貨を見つけた。
「せめてこれらは使わせてもらおう...」
遺体を土で覆い、礫は簡素な祈りを捧げた。「すまない...自分を守るためとはいえ、こんなことになるとは...」
その後、彼は近くに空洞のある大木を見つけ、その中に身を隠した。疲労と精神的ショックで、すぐに深い眠りに落ちた。
目覚めると、礫は少し冷静さを取り戻していた。彼は自分のステータスを再確認した。
「レベル7...魔力が48もある」
計算すると、アイテムボックスの容量は4800cm³になり、操作可能な砂粒は162粒。これだけあれば、かなりのことができるはずだ。
「もう十分だ...早く森を抜けなければ」
彼は持っている食料と水を確認し、出発の準備を整えた。方向感覚を頼りに、森の外へと向かって歩き始めた。
「レベル7になったということは...彼らは相当強かったのか」
昨日の野盗たちのことを思い出す。おそらく彼らは一般的な人間としては強い部類だったのだろう。そして礫は、彼らよりもステータス的に弱いはずなのに勝ってしまった。
「砂操作が特殊なスキルなのかもしれない...」
彼は砂粒を操作しながら考えた。通常の戦闘方法では、筋力や体力が物を言うだろう。しかし、彼の戦法は相手の感覚を奪い、弱点を突くという特殊なものだ。これが彼の低いステータスを補っているのだろう。
「この力を正しく使わなければ...」
彼はそう決意しながら森の中を進んだ。
森の中をさらに進むと、再びゴブリンの群れに遭遇した。今回は五体のゴブリンが彼の前に立ちはだかった。
「また戦うのか...」
しかし、今や彼にはより多くの砂粒がある。礫は81個の砂粒を分配し、各ゴブリンに対して10個以上の砂粒を割り当てた。残りは周囲からの奇襲に備えて警戒用とした。
戦闘はあっという間に終わった。砂粒がゴブリンたちの感覚を奪い、彼らが混乱している間に、礫は野盗から得たナイフで素早く倒していった。
「随分と楽になったな...」
ゴブリンとの戦闘で、礫は自分の成長を実感した。レベル1の頃は一体のゴブリンでも必死だったが、今や複数を相手にしても余裕がある。
森の中での戦闘が続き、彼は自分の戦術をさらに洗練させていった。砂粒による感覚剥奪に加え、遠距離から岩を操作して投げつける技術も身につけた。
ある夜、彼は二頭の灰ウルフに襲われたが、それらも難なく撃退した。
「また強くなった感覚がある...」
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【簡易鑑定結果】
対象:砂茂 礫(自己)
レベル:8
体力:23 (+3)
筋力:25 (+3)
魔力:72 (+24)
知力:44 (+4)
丈夫:24 (+3)
```
さらにレベルが上がり、魔力が急増した。操作可能な砂粒は486個になった。これほどの数があれば、さらに複雑な操作も可能だろう。
「森を抜けるのも、もうすぐかもしれない」
礫は希望を持ちながら、歩み続けた。
森での日々が続き、礫は次第に森の生活に慣れていった。危険な魔物との遭遇も日常となり、彼の対応も機械的になっていた。
しかし、心の奥底では常に罪悪感が渦巻いていた。野盗たちを殺してしまったことが、彼の心に重くのしかかっていたのだ。
「本当に自衛だったのか...もっと違う方法はなかったのか...」
彼はそう自問しながらも、生き延びるために前に進むしかなかった。
そして、ある日、森が薄くなり始めた。木々の間隔が広がり、日光が地面に届くようになってきた。
「ついに森の端に来たのか...」
彼は急ぎ足で進み、やがて森を抜けた。目の前に広がるのは、整備された街道だった。
「文明だ...!」
礫は安堵のため息をついた。森での過酷な日々を経て、ようやく人々の暮らす場所に戻れたのだ。
彼は街道に出て、道に沿って歩き始めた
街道を歩いていると、遠くから剣の打ち合う音と怒号が聞こえてきた。礫は立ち止まり、耳を澄ました。
「誰かが襲われている...?」
彼は音のする方向に向かって走り出した。道を曲がると、荷車と数人の人影が見えた。荷車の周りで何人かが戦っている様子だ。
近づくと、状況が見えてきた。商人らしき豪華な衣装を着た男性と、その護衛と思われる4人の武装した男たちが、6人ほどの野盗に囲まれていた。護衛たちは奮戦しているが、数で劣り、じりじりと押されていた。
礫は立ち止まり、状況を把握した。「助けるべきか...」
彼は人殺しへの罪悪感と、困っている人を助けるべきだという思いの間で揺れた。しかし、このまま見過ごすこともできない。
「助けよう」
礫は荷車に近づき、商人に声をかけた。「助けが必要ですか?」
商人は驚いた様子で礫を見た。「ああ、頼む!この野盗どもに荷物を奪われそうなんだ!」
礫は頷き、486個以上の砂粒を一斉に操作し始めた。彼は野盗たちに向けて砂粒を放った。各野盗に40個ほどの砂粒を割り当て、目、耳、鼻、口などの感覚器官を一斉に攻撃した。
野盗たちは突然の攻撃に悲鳴を上げ、混乱した。視覚、聴覚、嗅覚を同時に奪われ、さらに呼吸も困難になった彼らは、武器を取り落とし、地面にのたうち回った。
護衛たちは呆気にとられたように立ち尽くしていたが、すぐに状況を理解し、反撃に転じた。無力化された野盗たちを素早く取り押さえ、縛り上げた。
「助かった...ありがとう、若者」商人は礫に近づき、感謝の言葉を述べた。
「どういたしまして」礫は控えめに答えた。
「きみは...」商人は礫をじっくりと観察した。「その服装と雰囲気...もしかして勇者か?」
礫は少し驚いたが、正直に答えた。「はい、異世界から召喚されました」
商人の表情が微妙に変化した。「なんだ、野良勇者か」と彼はつぶやいた。
「野良勇者...?」
「そう、主なしの勇者だ。貴族から放逐されたのか?」商人の態度は一変した。彼の目に冷たい打算の色が浮かび、声のトーンも低く威圧的になった。
「わしがお前を飼ってやるから感謝しろ。勇者一人では生きていけんだろう?」
商人は護衛たちに目配せした。「奴隷の刻印を押せ」
護衛たちが礫を取り囲み始めた。彼らの手には奇妙な紋章の入った焼きごてがあった。
「待ってください、私は...」
「黙れ!野良勇者が意見する資格はない。おとなしく従えば優しくしてやる」
礫は絶望的な気分になった。こんな形で人間社会に戻ったというのに、奴隷にされそうになっている。
「森での日々は無駄だったのか...」
しかし、次の瞬間、彼は決意した。「俺がおとなしくこいつらに支配されてやる必要なんかない」
礫は砂粒をすべて動員した。486個以上の砂粒が空中に舞い上がり、商人と護衛たちを取り囲んだ。それは小さな砂の嵐のようだった。
「何をする気だ!」商人が叫んだ。
砂粒は高速で商人と護衛たちの感覚器官に突入した。目、耳、鼻に砂が侵入し、彼らは苦しみの叫びを上げた。
礫は冷静に、しかし容赦なく行動した。これまでのゴブリンや野盗と同じように、彼らの抵抗が完全に止むまで攻撃を続けた。
しばらくして、商人と護衛たちは地面に倒れ、動かなくなった。
礫は虚ろな目で周囲を見回した。また人を殺めてしまった。しかし今回は自衛だけでなく、自由への決意でもあった。
「これが...この世界の現実なのか」
礫は静かに息をついた。彼は自分の行いに罪悪感を覚えつつも、選択の余地がなかったことも理解していた。この世界では、弱者は強者に従うか死ぬかの選択肢しかない。
「少なくとも、丁寧に埋葬してあげよう」
彼は砂粒を使って地面に大きな穴を掘り、商人と護衛たちの遺体を丁寧に横たえた。続いて縛られた野盗たちも同様に扱った。全員を埋葬した後、彼は簡素な祈りを捧げた。
「異世界でも、死者への敬意は忘れたくない」
作業を終えると、礫は商人の荷車を調べた。食料、衣服、金貨、そして地図などが積まれていた。
「これらは使わせてもらおう...」
彼は必要なものを荷車に残し、馬を手なづけた。幸い、馬は温和な性格で、すぐに彼になついた。
「よし、行こう」
礫は荷車に乗り、馬に命じて街道を進んだ。心に重い影を抱えながらも、前に進むしかなかった。
やがて、十字路に到達した。道標があり、礫は簡易鑑定を使って内容を読み取った。
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【簡易鑑定結果】
対象:道標
内容:
・直進 - メルト町(中規模の商業町)
・左折 - ガルティア王国首都ロイヤルガルト(大都市)
・右折 - エルム村、アーク村、テフ村(農村集落群)
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礫は選択肢を考えた。街や町では多くの人がいて、危険に対処するのが難しい。また、王国の首都に行けば、勇者召喚に関わる貴族や権力者と遭遇する可能性もある。
「村のほうが安全そうだな...」
彼は右に曲がり、村への道を選んだ。心の中では、次はいい人に出会えることを願っていた。
「この世界にも、優しい人はいるはずだ...」
礫は馬車を走らせ、小さな村々へと向かった。彼の旅はまだ始まったばかりだった。レベルも上がり、知恵と力を身につけたが、この世界で本当に生きていくための道はまだ見えていなかった。
砂一粒から始まった彼の物語は、次の章に進もうとしていた。