第一章:命の価値、一粒の砂
光が収束する。
魔法陣の中央に立っていた砂茂礫は、自分がいったい何が起きたのか理解するのに数秒を要した。つい先ほどまで、彼は東京の会社帰りにいつものコンビニでおにぎりを選んでいたはずだ。レジに向かおうとした瞬間、視界が歪み、そして——今ここにいる。
「成功!」若い男の声が響き渡った。「これで今月の成功率は8割だ!」
彼は紫の長衣をまとった若い男——おそらく二十歳前後——が、手に輝く水晶のような石を掲げているのを見た。円形の広間には豪華な調度品が並び、壁には見たこともない紋章が飾られている。
「どこだ、ここは...?」礫は慎重に尋ねた。
「ようこそ、異世界の者よ。ここはガルティア王国、バーニス家の館だ」若い男は誇らしげに答える。「私はB級召喚士ラムダ・フェイン。あなたを呼び寄せた者だ」
「召喚?異世界?」礫は混乱して周囲を見回した。
この時、部屋の隅から老人が歩み寄ってきた。「そう慌てるな、ラムダ。まずは鑑定だ」
老人は細い杖を礫に向け、呪文のような言葉を呟いた。すると礫の頭上に半透明の文字が浮かび上がる。
「砂茂礫、レベル1...ふむ」老人は眉をひそめ、文字を読み上げていく。「体力9、筋力12、魔力1、知力25、丈夫10...スキルは砂操作、精密魔力操作、魔力操作自動化、異世界言語、アイテムボックス、簡易鑑定...」
部屋の奥から中年の男性が不機嫌そうに歩み寄った。金糸で縁取られた豪華な衣装から、この屋敷の主人であることが窺える。
「で、どうなんだ、ジュリアス?使えるのか?」
鑑定士と呼ばれた老人——ジュリアス——は首を横に振った。「申し訳ありません、バーニス様。この召喚者はステータスが低すぎます。魔力が1では、スキルの砂操作も精密魔力操作も実質的に使えません。戦力価値も労働価値も極めて低いと判断せざるを得ません」
バーニス家当主は顔を紅潮させ、拳を握り締めた。「なんだとっ!こんなゴミを召喚するために貴重な輝く魔法石を使ったのか!」
彼は礫を指さし怒鳴った。「こんなゴミでは食費を掛けて養う価値もない!奴隷として売るにも買い手がつかんわ!」
礫は茫然と立ち尽くした。召喚。異世界。奴隷。この言葉の連なりが現実感を持って彼の脳に響く。
「放逐だ」バーニスは衛兵に向かって手を振った。「街から追い出せ。二度と戻ってくるな」
「しかし、当主様...」召喚士のラムダが口を挟もうとした。
「黙れ!次は必ず使える勇者を呼べ。さもなくばお前の報酬も削るぞ」
そして礫は、何が起きているのか完全に理解する前に、二人の衛兵に両脇を抱えられ、館を出て街の西門まで連れていかれた。
「さぁこの街から出ていけ。二度とこの街に入るな」
年長の衛兵がそう言い放ったとき、礫はようやく自分の状況を理解し始めていた。異世界に召喚され、価値なしと判断され、そして放逐される。身一つで。
「待ってください」礫は必死で衛兵に呼びかけた。「私はどうすれば...」
年長の衛兵は一瞬ためらい、周囲を確認してから小声で言った。
「実はお前は運がいい方だ。他の『勇者』たちはほとんど奴隷にされるか、危険と判断されれば処刑される。放逐はむしろ幸運だと思え。自由だからな」
礫は絶句した。処刑?この世界では人を召喚して、使えなければ殺すのか?
衛兵は続けた。「西に行けば川がある。水は命だ。川沿いに北上すれば森があり、食べ物が見つかるだろう」
「ありがとう」礫はかすれた声で答えた。
衛兵は軽く頷くと、相棒と共に城壁の門をくぐり、礫を置き去りにした。
西門が閉まる音が、彼の新しい人生の始まりを告げた。
礫は周囲を見回した。西の方向に広がるのは、一面の草原。遠くに森らしき暗い影が見える。太陽はまだ高く、日没までは時間がある。
「行くしかないか...」
彼は西に向かって歩き始めた。草原は想像以上に広く、歩いても歩いても終わりが見えない。喉の渇きが徐々に強まり始めた。
歩きながら、礫は自分の状況を整理しようとした。「まずは自分の能力を正確に知る必要がある」
彼は簡易鑑定というスキルを思い出し、自分自身を鑑定してみた。
```
【簡易鑑定結果】
対象:砂茂 礫(自己)
種族:人間(異世界転移者)
レベル:1
【基本ステータス】※平均値20
体力: 9 - 危険:通常労働にも支障あり
筋力:12 - 注意:重労働不可
魔力: 1 - 危険:魔法行使ほぼ不可
知力:25 - 優良:問題解決能力高い
丈夫:10 - 注意:病気に弱い
【スキル】
・砂操作:砂を意のままに操る。操作可能量=レベル値(現在1粒)。砂1粒の操作に分間0.001の魔力を消費。
・精密魔力操作:魔力効率が10倍に向上。知力依存。
・魔力操作自動化:魔力パターンを自動化。防衛・作業に有効。
・異世界言語:この世界の共通語を理解できる。
・アイテムボックス:容量=魔力×100cm³(現在100cm³)
・簡易鑑定:対象の基本情報を把握。魔力消費なし。
【現在状態】
・空腹度:中
・疲労度:低
・所持品:衣服のみ
```
「なるほど...」礫は自分のステータスに苦笑した。「平均20に対して体力9、魔力に至っては1か。バーニスが怒るのも無理はない」
しかし彼は、知力だけは平均より高いことに気付いた。「これが唯一の救いか...」
もう一つ興味を惹かれたのは砂操作というスキルだ。礫は足元の砂に注目した。「砂を操れるなら...試してみるか」
彼は集中し、砂一粒を動かそうとした。しばらく何も起きなかったが、やがて一粒の砂がかすかに揺れ、そして地面から数センチ浮き上がった。
「できた!」礫は小さな成功に心が躍った。砂粒を空中で回転させてみると、それは彼の意志に従って動いた。
「操作可能量はレベル値...レベル1だから1粒だけか。砂1粒の操作で分間0.001の魔力を消費するのか」
彼は試しに砂粒一つを浮かべ、それをさまざまなパターンで動かしてみた。円を描いたり、直線に動かしたり。思ったよりも精密に操作できることに気付く。
「そういえば、精密魔力操作というスキルもあったな」礫は鑑定結果を思い出した。「魔力効率が10倍...これを使えば魔力の消費を抑えられるはずだ」
集中して、今度は魔力の流れを意識しながら砂粒を操作した。すると確かに、魔力の消費感覚が前より小さくなったように感じた。
「これなら長時間操作できるかもしれない」
そして彼は魔力操作自動化も試してみた。砂粒に「円を描き続ける」という指示を与えると、意識を向けなくても砂粒は勝手に円を描き続けた。
「なるほど...これはかなり使えるな」
これら三つのスキルを組み合わせれば、限られた魔力でも効率的に砂を操作できる。鑑定結果では致命的に見える能力も、使い方次第で可能性が広がるかもしれない。
この小さな発見が、絶望的な状況の中で初めての希望となった。
歩き続けること約二時間、礫の喉は砂漠のように乾き、足取りも重くなっていた。そんな時、草むらの中で何かが動くのを見つけた。
注意深く近づくと、それは大きな昆虫のようだった。バッタに似ているが、より大きく、触角が特徴的だ。礫は即座に簡易鑑定を使った。
```
【簡易鑑定結果】
対象:跳虫
種類:昆虫
危険度:なし
毒性:なし
食用:可(タンパク質を含む)
特性:バッタに似た跳躍能力
```
「食べられるのか...」礫は口の中が渇いていることを痛感した。しかし、どうやって捕まえればいいのか。
彼は砂操作を思いついた。砂一粒を指先で操り、高速で回転させる。それを跳虫の足に向けて放った。
砂粒は鋭い刃物のように跳虫の後足を切断した。驚いたことに、この小さな一粒の砂が、昆虫の固い外骨格を切り裂いたのだ。
「効いた!」
跳虫は飛べなくなり、混乱して地面を這い回る。礫はすかさず捕まえ、確保した。
「でも、生では食べられないな...水も必要だ」
彼は西に向かって歩き続けた。喉の渇きが限界に近づいていた頃、ようやく水面の煌めきが見えた。
「川だ!」
礫は残った力を振り絞って駆け出した。清らかな流れを前に、彼は両手ですくった水を喉に流し込んだ。生まれて初めて、水の美味しさを実感した瞬間だった。
喉の渇きを癒した後、彼は捕まえた跳虫を川の水でよく洗った。そして覚悟を決めて、その虫を見つめた。
「前世では、サバイバル動画をよく見ていたな...虫を食べる場面も」という記憶が蘇る。「他の選択肢がないなら、昆虫食も悪くない。栄養価は高いはずだ」
彼は迷いながらも、跳虫を口に入れた。キチン質の外骨格がバリバリと音を立て、独特の風味が口に広がる。
「うっ...」一瞬むせそうになったが、水で流し込むようにして飲み込んだ。「意外と...悪くない。でも、やはり火を通したいところだ」
食事を終えた礫は、少し体力が回復したことを感じた。食べ物によって魔力も微かに回復する感覚がある。
「この世界では、食事が魔力を回復させるのか...」
空を見上げると、日はだいぶ傾いていた。この先どうするべきか考える必要がある。
「衛兵の言うとおり、川沿いに北上して森を目指そう」
礫は川沿いに北上し始めた。途中、彼は太陽の動きを観察し、方角を確認した。川の流れは西から東へと流れており、北上するには川の流れに逆らって進む必要があった。
「水が流れてくる方向が上流...そっちに行けば森があるはずだ」
歩きながら、彼は川辺の植物に目を配った。見たことのない草花が多いが、簡易鑑定を使えば食用可能かどうかがわかる。
青い葉を持つ小さな草を見つけ、鑑定した。
```
【簡易鑑定結果】
対象:ブルーミント
種類:ハーブ
毒性:なし
食用:可(香辛料として)
効能:消化促進、口中清涼
```
「日本のミントに似ているのか」礫は数枚の葉を摘み、口に入れた。爽やかな清涼感が広がり、先ほどの虫の後味が消えた。「うん、これは使える」
彼は他にも食用可能な草を見つけては摘み、歩き続けた。しかし、日は徐々に傾き、夜を迎える準備をしなければならなかった。
「夜は危険だろうな...安全な場所で休まないと」
礫は周囲を見回し、適当な木を探した。比較的低い枝のある木を見つけ、登ってみることにした。
「体力9か...情けない」枝に手をかけて引き上げようとした礫は、すぐに息が上がった。何度か失敗した後、ようやく最初の枝にたどり着いた。
「これなら地上の危険からは守られるだろう」
しかし、夜の間も安全を確保するには、何か対策が必要だ。彼は自分のスキルを再度確認した。
「魔力操作自動化と砂操作を組み合わせれば...」
彼は1粒の砂を取り出し、指示を与えた。「接近する物体を感知したら、警告攻撃をする」
砂粒はプログラムされたかのように、木の周囲に配置された。そして精密魔力操作により、魔力消費を最小限に抑える。
「これで一晩は持つはずだ」
葉を集めて簡易的な寝床を作り、礫は初めての野宿に備えた。夜空には見たことのない星々が瞬いている。
「こんな状況でも...きれいだな」
彼は異世界の星空を見上げながら、疲れた体を休めた。自動砂粒警戒システムのおかげで、予想外に安心して眠りにつけた。
目覚めると、礫は体の中に変化を感じた。かすかに、しかし確実に力が増しているような感覚。
彼は即座に自己鑑定を行った。
【簡易鑑定結果】
対象:砂茂 礫(自己)
種族:人間(異世界転移者)
レベル:2
「レベルが上がった!」
彼は興奮して自分のステータスを確認した。
【簡易鑑定結果】
【基本ステータス】※平均値20
体力:10 (+1) - 危険:通常労働にも支障あり
筋力:13 (+1) - 注意:重労働不可
魔力: 2 (+1) - 危険:魔法行使極めて困難
知力:26 (+1) - 優良:問題解決能力高い
丈夫:11 (+1) - 注意:病気に弱い
【スキル】(変化なし)
「全てのステータスが少し上がったのか...」
彼は砂操作を試してみた。以前は1粒だった操作可能な砂粒が、今は3粒まで増えていた。
「レベルが上がると操作できる砂粒が3倍になるということか」
彼は3粒の砂を同時に操作して複雑なパターンを描いてみた。予想以上に制御がしやすい。
「知力が高いから、複数の砂粒を同時に操作できるのかもしれない」
朝の探索で、礫はさらに二匹の跳虫を捕獲した。昨日より効率的に砂粒を操作できるようになり、捕獲も容易になった。
「空腹度が高いな...今日はもっと食料を確保しないと」
彼は川岸を歩きながら、ミントの葉を集め、さらに簡易鑑定で食用可能な根菜も発見した。
```
【簡易鑑定結果】
対象:マロウ根
種類:根菜
毒性:なし
食用:可(デンプン質)
効能:栄養価高い、生でも食べられる
```
「これは良さそうだな」礫は根を洗って、かじってみた。ジャガイモに似た味わいだが、少し甘みがある。
川沿いを北上すること二日目、地形が変化し始めた。草原は徐々に後退し、木々が増えてきた。
「森に近づいているな」
日が傾き始めたとき、礫は森の入り口に立っていた。大きな木々が立ち並ぶ光景に、少しの恐れと期待を感じた。
「ここで生活拠点を作るか...」
彼は大きな樹の下に基地を設営することにした。最初の課題は、水を保存する方法だった。
「砂操作で...」彼は周囲の岩に目をつけた。「岩を削れないだろうか」
彼は3粒の砂を使って、高速回転させた。それを岩の表面にあて、少しずつ削っていく。
驚いたことに、砂粒は岩を少しずつ削り取っていった。時間はかかったが、最終的に小さなくぼみが形成された。
「これを続ければ...」
何時間もかけて、礫は岩からおおよそコップ状の容器を削り出すことに成功した。
「やった!これで水を持ち運べる」
次に彼が挑戦したのは、火起こしだった。サバイバル動画で見た方法を思い出し、まず乾いた木を集めた。
「砂操作で...」
彼は砂粒を最高速度で回転させ、乾いた草と小枝の束に押し当てた。摩擦熱が生じ、やがて小さな火花が飛んだ。
「来た!」
その火花から、彼は慎重に火を育て、ついに小さな焚き火を起こすことに成功した。
「これで水を沸かせる...」
先ほど作ったコップよりも大きめの、鍋状の岩の容器を作り始めた。完成した鍋に水を入れ、沸騰させた。
「煮沸した水...文明の始まりだな」
彼は沸かした水で跳虫を茹で、マロウ根とミントを添えて初めての「調理」を完成させた。
「うん、ずっとマシだ」茹でた跳虫は生で食べるよりもはるかに食べやすく、風味も良かった。
夜を迎え、礫は木の上に新しい寝床を作った。前夜と同じく砂粒警戒システムを設置し、安心して眠りについた。
目が覚めると、木の下に何かが落ちているのに気付いた。降りてみると、それは小鳥だった。まだ温かい。
「警戒システムが...」
彼は昨晩設置した砂粒の自動迎撃システムを思い出した。どうやら夜間に近づいてきた鳥を撃退したようだが、結果的に死なせてしまったらしい。
「これは...」礫は鳥を簡易鑑定した。
```
【簡易鑑定結果】
対象:青雀
種類:鳥類
危険度:なし
毒性:なし
食用:可(高タンパク)
特性:木の実を好む
```
「食べられるんだな...」
彼は火を起こし、鳥を調理した。跳虫よりもはるかに肉がついており、満足感のある食事となった。
食事を終えると、再び体内に力が満ちる感覚があった。自己鑑定を行うと、レベルが3に上がっていた。
```
【簡易鑑定結果】
対象:砂茂 礫(自己)
レベル:3
「レベルが上がった!」礫は喜びを抑えられなかった。
```
【簡易鑑定結果】
対象:砂茂 礫(自己)
レベル:3
体力:11 (+1)
筋力:14 (+1)
魔力: 4 (+2)
知力:28 (+2)
丈夫:12 (+1)
```
「魔力が倍の4に、知力も2点上がった!」
これで操作可能な砂粒は6個になる。彼は早速試してみた。6個の砂粒が同時に空中に浮かび、彼の意のままに動いた。
「これなら...もっと複雑なことができるかもしれない」
彼は自動迎撃システムを改良した。「小さい生物にはそのまま強くぶつかって、大きい生物には目や耳などの急所を攻撃するようにして」と細かく設定した。
数日が過ぎ、礫の生活は少しずつ改善されていった。森の入口での生活基盤が整い、砂操作の技術も向上した。彼は石器を作り、簡易的な小屋も建設し始めた。
ある日、彼は動物の足跡を発見した。
「ウサギか何かだろうか...」
簡易鑑定を使うと、それが「野兎」というウサギに似た生き物の足跡だとわかった。彼は挑戦することに決めた。
足跡を追っていくと小さな巣穴があり、ウサギがその中にいるのを見つけた
礫は6個の砂粒を放ち、ウサギの視界を奪い、耳の穴に砂粒を勢いよくいれて行動不能状態にし、最終的に捕獲に成功した。
「こんな大きな獲物も捕まえられるようになったか...」
獲物が大きくなれば、得られる食料も増える。彼は肉の保存方法(薫製と乾燥)も学び、少しずつ食料を蓄えるようになった。
こうして約10日が経過し、礫は森の入口で安定した生活を送るようになった。レベルは4に上がり、ステータスも向上していた。
```
【簡易鑑定結果】
対象:砂茂 礫(自己)
レベル:4
体力:13 (+2)
筋力:16 (+2)
魔力: 8 (+4)
知力:31 (+3)
丈夫:14 (+2)
```
操作可能砂粒は18個になっていた。
しかし、平穏な日々は長く続かなかった。
夜、礫は眠りについたが、何かがおかしいと感じて目を覚ました。森の方向から異様な笑い声が聞こえてくる。
複数の生物が彼の拠点に向かって接近していたようだ。これまで出会った動物とは明らかに違う動きパターンだった。
木の上から注意深く観察すると、三つの人型の影が見えた。緑色の肌に大きな耳、粗末な布切れを身にまとい、手には棍棒や石を持っている。
「あれは...」礫は簡易鑑定を使った。
【簡易鑑定結果】
対象:ゴブリン
種族:下級魔族
レベル:3
危険度:低~中
弱点:頭部・目
特記:夜間視力あり、知性低い
「魔物か...」彼は緊張した。これまで遭遇したのは動物だけだった。この世界の「魔物」との初めての対面だ。
ゴブリンたちは彼の寝床になっている木の下で何かを話し合っているようだった。そして一体が石を拾い、木の上に向かって投げた。
しかし、石は砂粒の自動迎撃システムによって空中で弾き飛ばされた。
ゴブリンたちは驚いて声を上げた。さらに石を投げるが、すべて迎撃される。
「迎撃システムが作動している...」
礫は戦うべきか逃げるべきか考えた。しかし、この森の入口の拠点は彼にとって大切な場所。それに、逃げても追いかけられるだけかもしれない。
「戦うしかないか...」
彼は戦術を練った。「まず視覚を奪い、次に聴覚と平衡感覚を破壊する。そして動きを封じて倒す」
砂粒を効率的に配分するため、各ゴブリンに砂粒を放つ。そして調理用の岩の容器を武器として使うつもりだ。
「行くぞ...」
礫は木から静かに降り、砂粒を前方に送り込んだ。ゴブリンたちが彼に気づいたとき、すでに砂の攻撃は始まっていた。
最初のゴブリンの目に砂粒が突入し、魔物は悲鳴を上げて目をこすった。次の砂粒は耳に侵入し、鼓膜を破壊。バランスを崩したゴブリンは地面に倒れ込んだ。
同様の攻撃を他の二体にも仕掛け、礫はよろめくゴブリンに岩の容器で一撃を加えた。
戦いは予想以上に短く終わった。三体のゴブリンは無力化され、地面に倒れている。
「本当に...倒せたのか」礫は自分の勝利に驚いた。彼は倒れたゴブリンを鑑定し、確かに生命反応がないことを確認した。
初めての殺生に罪悪感がよぎったが、それは自己防衛だったと自分に言い聞かせた。
彼は体内に大きな力の流れを感じた。レベルが上がる感覚だ。
```
【簡易鑑定結果】
対象:砂茂 礫(自己)
レベル:5
体力:15 (+2)
筋力:18 (+2)
魔力:16 (+8)
知力:34 (+3)
丈夫:16 (+2)
```
すでにレベル4だったが、ゴブリン三体の討伐でさらにレベル5に上昇したようだ。魔力は16に倍増し、操作可能砂粒は54個になった。
「こんなにも...」礫は新しい力に驚いた。「これなら...」
彼は周囲の砂を集め、12個の砂粒を同時に操作してみた。複数個同時に使用することで砂粒は岩を持ち上げることができた。
これなら岩を操作して空中に浮遊する飛び道具として使えるはずだ。
「森に入るべきだな」礫は決断した。「このまま草原の端で生きているだけでは、成長も止まる。森の中にはもっと経験と資源があるはずだ」
彼は朝を迎え、これまでの拠点を整理した。作った道具や蓄えた食料を確認し、冒険の準備を整えた。
「さあ、本当の旅の始まりだ」
礫は森の入口に立ち、深い緑の中へと足を踏み入れた。彼の砂操作という一見弱く見えるスキルが、これからどんな可能性を見せるのか。彼自身にもまだわからなかった。
ただ一つ確かなことは、一粒の砂でさえ、使い方次第で無限の可能性を秘めているということ。
砂一粒から始まった彼の冒険は、まだ序章に過ぎなかった。