第3話
少年は、玄関の木製の扉を勢いよく開けた。
木戸は室内の壁に当たりバウンドし、蝶つがいはぎしぎしと音をたてる。
石と漆喰でできた部屋は薄暗かった。
少年と共に戸口から入った光は、ところどころささくれ立った木の床に光の帯をつくり、
空中の小さなホコリをきらめかせた。
居間であるその部屋は、石積みの大きな暖炉がどかっとあり、古びたテーブル、椅子、食器棚に水桶などなど、生活用品が雑然と置かれていた。
とりあえず、少年は部屋の中に女の子を運びこむ。その後をハンスが付いてくる。
さて、これからどうすりゃいいんだ?っと少年が首を傾げていると、戸口から声がかかった。
「アレク、なんで家にいる?見張りはどうした?」
開けっぱなしの玄関の外に、図体のでかい男が立っていた。手押し車に薪を満タンに乗せた姿で。
「それに、なんだその子は?」男は低い声で問う。
「グッド・タイミング、おじき!ちょっと来てくれっ!」
少年こと、アレクはシオマネキのカニのように、ぶんぶんとおじに手を振った。
おじのラルフは、おいの様子にちょっと目を瞬くと、手押し車を玄関脇に置いて、部屋に入って来た。
「道で行き倒れたんだ。変な耳がついてて魔物っぽいのにさ、クソバカ犬が連れて行けって、うるせーたら!しかも、こいつ、またオレを噛んだんだ!ぜってーもうろくしてるって!」
アレクの話は女の子の事からかなり脱線し、いつもの新しい犬飼ってくれだの、自分の足が穴だらけになる、といった恨み節へと発展していった。
が、おじは聞いてなかった。もちろん、ハンスもそっぽを向いている。
「ふむ」と言って、ラルフはごわごわした顎ひげを太い指で、わしゃわしゃとなでた。
「この子は、魔物じゃない。ネコッテ族の娘だな」
「ネコッテ族!?なんなんだ、そのヘンテコな一族?」素っ頓狂な声でアレクは言った。
「知らないか?まあ、レノンの街でさえ最近ネコッテ族をほとんど見かけることがないからな。彼らは変わった風習があって、昔はここら辺りにも五年にいっぺんくらいは姿を現したもんだ」と言いながらラルフはアレクの元に大股で来ると、床に膝をつき女の子をのぞき込んだ。
アレクはまだ襟首をつかんだまま立っていたため、女の子は引っ張られたマントで上半身を少し起こした状態だった。おじにつかんだ手をぽんぽんと軽く叩かれ、アレクはようやくその状態に気が付き手を離して彼女を床に横たえた。
おじのラルフはごつい手を彼女の額に当てたり、手首をつかんで血の流れを親指で探ったりして状態を確かめている。アレクもその場で膝をつき、ハンスと並んでその様子を見守った。
「こいつ、病気か?赤い顔してる。」
「いや、暑さにやられたようだ。ひどい状態ではないが、放っておくと危ない。アレク、裏の井戸で水をくんで、どっかに転がっている水袋を探してあるだけ持ってこい」
ラルフは女の子が羽織るマントをはずすと、丸太のように太い腕で軽々と女の子を抱き上げ立ちあがった。すると、ハンスが心配そうにおじを見上げて、ピスピスと鼻を鳴らした。
「心配するな、大丈夫だ。それより、羊の世話に戻ってくれ。羊の世話はお前が頼りだ。半人前のアレクと羊のめんどうをみるのは大変だろうが、お前はちゃんとやってくれている。今回もこの子をよく連れて来た、よくやった」
ハンスはラルフの言葉を聞くと、うれしそうにしっぽをぱたぱたと振って「まかせろ!」というようにわふっと一声鳴き、ちらりとアレクを見ると戸口へ駆け出て行った。
「~~~~! そのちら見はなんだよ、ハンス!! それに家まで運んだのはこのオレだ~~! おじきひど過ぎる!」
アレクの文句をどこ吹く風で聞き流し、ラルフは床板をぎしぎし鳴らしながら居間の奥にある木戸へ歩いて行く。それを見たアレクは慌てて声をかけた。
「おい、おじき! そんな泥だらけの奴に母さんのベッドを使わせるのかよ?」
「女の子だ、俺やお前の男臭いベッドを使わせるよりいいだろう。それに今空いている。姉さんはこの子がベッドや部屋を使ったって怒らないだろ。……逆に使わなかったことが知れる方が怖いぞ。個室の方がこの子が気付いた時に何かと具合がいい。着替えとかあるしな。泥は拭けるところは拭いてやれ」
むっとしたアレクだったが、確かにその通りだった。母の性格上、ここに居合せたなら自分の部屋を使えと言っただろう。石と漆喰、藁屋根でできたこの家は居間と部屋一つしかない。唯一の部屋が母の部屋だ。ラルフとアレクの簡素な木製ベッドは居間の壁にぴったり寄せて置いてあり、両人とも部屋を持たずに居間が全ての生活空間だった。男二人だからまったく支障がなく暮らしている。たまにかくラルフのいびきは「うるさいっ!」と言えば小さくなるから問題ない。
アレクが納得できないのは、人間でもない訳のわからない者になぜ親切にも自分の母のベッドと部屋を貸さなければならないのかという点だ。自分のベッドだってはっきり言えば貸したくない。百歩譲って貸さなくもないが、即席の藁のベッドを作ってあてがったっていいはずだ。
「なんで、そんな奴に……」と言いかけた時、おじの腕からはらりと女の子の片腕が落ちて、揺れた。猫の手のようだ。だから、ネコッテ族…………。手はなんだか薄赤い。さっき見た顔だって赤く苦しそうだった。具合が悪いのは間違いない。
「くそっ!」
悪態をつきながら、アレクは荒々しく立ちあがると暖炉脇の台所に近づき木の水桶をつかむと、裏庭に続く扉を足で蹴り開けて外に出て行った。
かなりご無沙汰更新です。まだ修正する可能性がありますが、投稿。
1年くらいほっといたので、主人公の性格変わってるかも……そんなことないと願ってます。はは。