第2話
少年は仕方なさそうに、がしがし頭をかくと、ぴょいっと柵を降りた。
彼女の方へ駆けていき、一定の距離を保って止まった。
胡散臭げに彼女の様子をうかがう。バンザイの格好で倒れている。
「おいっ。おい!」少年が呼びかけても、返事が無かった。
少年は、迷う様子もなく、肩にかついでいた棒きれでつつきだした。
「おい……お前何もんだ?噂に聞く魔物か?変な耳ついてるし」
つつかれている彼女は微動だにせず、されるがまま。それにしても哀れな光景である。
「やべー、とうとうこの村も魔物が出たか!牛馬羊がメインの、つまんねー平凡な、死にそうなくらいなんもない、この村によく来たなー。魔物ってつえーって聞いてたけど、たいしたことないな。楽勝じゃん」
少年のなかで『魔物決定』となったらしく、少々荒くつつきはじめた。
そんな様子を見かねてか、少年の横に、のそのそとハンスがやって来た。
ハンスは主人の顔を、半眼でおもいっきり馬鹿にしたように見上げ、加えて『ふんっ』と鼻息までつけた。
そして、口で「バーカ」と言えない代わりに、少年の足をガブリと噛んだ。もちろんハンスにとっては甘噛みのつもりだが、受ける方にとってはそうでないこともある。
それに、ハンスは年寄り犬のわりには、健康な歯が意外と残っていたし、年寄り犬のために加減が狂うこともあったのだった。
うぎゃ――っと叫び声を上げ、足を抱えてもだえ苦しむ少年を無視して、ハンスは倒れている女の子に近づいた。
ふんふんと鼻でかいで、優しく右前足でたすたすと彼女の体をたたいた。
が、反応がない。
もう一度たすたすとしてから、年寄りハンスは目をしばしばと瞬き、ゆっくりと主人の方に首をまわして、非難がましい視線を向けた。
だが、主人の少年はそれどころではない。ズボンをまくって、噛まれたとこを確認していた。目尻には小さな涙がぷっくりと盛り上がっている。
「ハンス!!このバカ犬がぁぁぁ。穴があいてるじゃねーか。何度噛むなって言えばわかるんだよっ!お前の甘噛みは甘噛みじゃねー!今度やったら、棒きれでぶんなぐるぞっ!」
こんな事を言っている少年だったが、農村の訓練された牧畜犬は貴重な存在、しかもハンスは家に一匹しかいない牧畜犬なので、手はまったく出せないのであった。
じとーっとした目を向けるハンスに、やっと少年が気付いた。
「……なんだその目。何が言いたいってんだ」
ハンスは少年を見つめたまま、右前足を上げて、女の子をたすたすとたたいた。
「~~ソレが起きないのは、オレのせいじゃねえって。勝手に倒れて、勝手に寝てんだ。なんでお前に、そんな非難がましい目を向けられるんだ!オレは何もしてねーぞ!」
いや、しただろう、棒きれでつついてたじゃん。
ハンスが口をきければ、そう突っ込みを入れていただろう。
代わりにハンスは「わふぅ、わふぅ、わふぅ」と三連続で吠えた。
少年は、「あーわかったよ、オレが悪いんだろ!」とがしがし頭をかくと、少女に近づいて、よいせっと仰向けにした。
ネコ耳とネコ手の風変わりな女の子は、目を閉じて完全にのびていた。
なんだか間の抜けた顔だなと少年は思ったが、口に出して、またお目付け役ハンスに甘噛み攻撃をされたくはなかったので、黙っていた。
頭の先からつま先まで、ざっと見たがどこにもケガは無いようだ。
「ケガはねぇ。やっぱ、行き倒れかー。めんどくせーが、ハンスがうるさいから、仕方ねぇな」
少年は、女の子の首辺りの服とマントをいっしょくたに、むんずとつかんだ。
そして、土の道の上をずるずると引きずりながら女の子を運び始めた。
ただでさえ、すそが土まみれだったマント。今度は全体が土まみれになり、加えて擦り切れてボロボロになりそうだ。そんなことは、もちろんのびている女の子のあずかり知らぬ事だった。