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プロローグ(A new big bang)

「帰ってきたんだな、」私は小さく呟く。「なんにも変わっていない? ……いや、少しは変わった?」

 灰色の軽自動車を路肩に寄せて停止し窓を開けた。私の視線の先には公園がある。どこの街にもあり得る中規模のスーパーマーケットの傍ら、背の低い木々に囲まれたどこの街にもありふれている公園。奥の方にジャングルジムがあり、その左手には滑り台、ブランコ、シーソーと敷地の縁に沿うように並んでいる。中央に立つ銀色のロケットを模した前衛的な時計塔はすっかり色あせてしまっていて、奇妙な銀色の宇宙人のようにも見える。

 宇宙人の顔は、この街の朝の七時。

 私はジャケットの胸ポケットから電子タバコを取り出し、くゆらす。

 匂いのついた不健康な息を吐く。

 宇宙人の足元には、ゆっくりと体温を奪いながら広がる赤い血溜まりのような形で、多くの赤い華が添えられている。

「……まだあるんだ、」私は赤い献華を見ながら呟く。「まだあるんだな」

 瞬間的に、私は当時の記憶に引き戻される。

 私はあのとき、目撃者だった。

 同じ時間、同じ場所、同じ季節だった。

 その日はいつもより早く起きて、早く家を出て、なぜか灰色の原付に跨がった私は違う道を通って学校へ向かった。原付を手に入れたばかりだったから、少しでも遠回りしたかったのかもしれない。

 車はほとんど走っていない貸し切りみたいな道。

 人通りもほとんどない。

 遠くの赤信号が見えて、ゆっくりとスピードを緩める。

 公園の脇の道路、今と同じ場所に差し掛かる。

 私はふと、何かの気配を感じて左の方に視線を向ける。

 目に飛び込んだのは鮮やかな赤い色。

 銀色の時計塔から広がる赤い色。

 最初は何がなんだか分からなかった。

 私は路肩に原付を停めエンジンを切り、律儀にスタンドを立て、ヘルメットを取る。

 吸い込まれるように、音のない公園に入っていく。

 近づくにつれて、私の心臓の音が徐々に大きくなる。

 赤い色。

 赤い色が視界のほとんどを占めていく。

 私と同じ、セーラー服を纏っていた。

 ドキドキしていた。

 大きな瞳は生きているみたいに滲んだ輝きを放ち、私の顔を確かに認識していたんだ。

 ドキドキしていた。心臓の音が大きくなり、呼吸が少し乱れる。

 しかし、取り乱しているわけでもない。

 綺麗だったんだ。

 私は彼女のことを知っていた。クラスは違うけど、同じ学年の人。会話を交わしてことは一度もなかったけれど、彼女はその美貌によってかなりの有名人だった。私は彼女のことを遠くから眺める本当に小さな存在に過ぎなかった。私は彼女に憧れていた。誰もが彼女に憧れていた。彼女の瞳の中に私なんかが映るはずなんてない。

 彼女は確かめるまでもなく、そこで死んでいた。

 時計塔に背中を預けるように寄りかかり、両腕をだらんと垂らし、両膝を折った姿勢で、胸元から血を流し、動かなかった。両目はしっかりと開かれていたが、微動もない。彼女の瞳に映る私の姿が動いているだけだった。

 綺麗だったんだ。

 私は携帯端末を取り出し、第一発見者としての責務を果たす。

「もしもし? 人が死んでます」

 第一発見者として消防や警察に長時間にわたって事情聴取をされたせいか、それとも彼女の死体の鮮烈さによってか、電話してからの私の記憶は曖昧で取り留めがないものになっている。

 彼女との思い出が呼び起こされるのは、本当に久しぶりのことだ。

 私は大きく溜め息を吐く。

 面倒な気持ちにもなる。思い出さなくたっていい記憶を不用意に叩きつけられた気分。思い出さない方が、健康的だと思える記憶。

 しかし、私はこの瞬間に電子タバコの匂いも知らない十七歳の少女になっている。

 途端に、ポジティブな気持ちにもなる。活発だった頃の、欲望の渇きを思い出す。私は唾を飲み込み、喉をならす。

 気持ちも変わっていない。

 姿だって。

 顔だって、私はバックミラーに視線を移す。バックミラーに映る私の顔は悪くない。むしろメイクの技術は上達しているし、髪の毛だって高いお金を払ってケアしている。

 私はそんな吹いては消えてしまう儚く屁理屈な気持ちを、どうやらヨスガにしようとしているみたいだ。

 どうやら喉はしっかり渇いているらしい。

 私は灰色の軽自動車から降り、公園の入り口に立った。

 少し迷ったが。

 中には入るのは止めた。

 遠くから、彼女へと手を合わせる。

 目を瞑る。

 蘇ってくるのは彼女の姿。

 そして、渇きだ。

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