探偵助手編④:想い、そして未来へ
冷たい潮風が頬を叩く。でも、そんな寒さに体を震わせる余裕なんて今の僕にはなかった。僕の背後には銃口を背中に突きつけてくる重道、両サイドには後ろ手に銃を隠し持っている古楠と小臼亭、そして、僕ら四人と相対するように修吾が眩しそうに手をかざしながら一人で立っていた。
僕は目だけで朝焼けに照らされている岬を確認する。
まさか、本当に一人で来たりなんかしていないよね?
向こうの茂みや遠くの木の陰に警察が隠れているんだよね?
そんな僕の心配をよそに隣にいる古楠が修吾に話しかけた。
「お越しいただいてありがとうございます。約束通り、お一人ですよね?」
「……あぁ、そうだ。だからその物騒な物を仕舞ってくれないか? もし俺の助手に怪我をさせたらその瞬間、このスマホで助けを呼ぶからな?」
修吾は脅すようにスマホを構えた。三人は顔を見合わせると拳銃を隠すのをやめて、一斉に修吾へ銃口を向けた。命の危険が迫っているというのに、修吾の表情は少しも変わらない。
「そうだな。俺に向ける分には別に構わない。好きにしてくれ」
「修にい! 駄目だ‼」
「お前は黙ってろ。コイツラの目的は俺だ。いや、正確に言えば俺のバックにいる人物かな? 俺の助手に危害を加えず、こうして俺に銃口を向けながら引き金は引かない。つまり、あんたらは俺から何かを聞き出したいってことだ。わざわざ姿をさらけ出してまで尋ねなければならないことなんてある程度限られてくる。おそらく、あんたらの悪事を俺以外に知っている人がいるのか知りたいんだろ?」
修吾の推理が当たっていることは三人の表情を見ればすぐに分かった。少し動揺した素振りを見せたが古楠と小臼亭は両手で銃を構え直し、重道は僕の頭に銃口を突きつけた。それを見て修吾はスマホをタッチしそうになったが、三人の中で一足早く冷静になった古楠が二人に銃を降ろさせた。修吾の手はピタッと止まるが、古楠の持っている銃口は未だに修吾を向いていた。
「安心してください。安全装置は外れていません。ですが、貴方の態度次第では外すことになりますよ? 貴方の言う通り、僕たちは情報がほしい。今回の件について、警察はどこまで把握していますか? それと他に知っている人はいますか?」
「さあな? 教えてやってもいいが、まず先に助手を開放してもらえるか?」
「そうしたいのは山々ですが、残念ながら駄目です。どうやら、彼女は貴方にとってのアキレス腱のようだ。貴重な交渉材料をむざむざ手放すほどお人好しではありませんからね」
「交渉? 脅迫の間違いだろ? 何をそんなに怯えているんだ? 俺は丸腰だぞ? この岬には俺たちしかいない。警察もいなければ、俺を助けてくれる人もいない。あんたらが圧倒的に有利なんだ。女の子を一人手放したところで状況は変わらないだろう?」
古楠は修吾の言葉に耳を貸す気はないらしく、銃口の向きを修吾から僕へと変えた。それを見て修吾は黙ってしまった。
「貴方の言う通り、状況は僕たちに有利です。ですが、だからといってそこで手を緩める気はありませんよ? より有利な状況へと盤面を動かし、支配する。勝負の鉄則です。さぁ、正直に話してください。そうすれば、彼女の頭に風穴が開かずに済みますよ?」
「反抗できる立場ではなさそうだな。分かった。あんたらに関する調査内容はこのスマホに入っている。情報共有先も全てな」
「そうですか……。では、それをこちらに渡してください」
無言で頷く修吾に僕は黙っていられず声を上げた。
「そんなことしちゃ駄目だ! それを渡したら修にいが殺されちゃうよ‼ 僕に構わず家か警察に……」
「そんなこと出来るわけ無いだろ!」
それまで落ち着いていた修吾が突然大声を上げたので僕は体をビクッと震わせた。
「俺にとって凪を守ることが全てだ! そのためだったらなんでもすると誓った‼ それを邪魔するなら、それがたとえ凪自身だとしても許さない‼」
「ヒュー。カッコいいね。ま、それで助かるとは約束してないけど」
「余計なことは言わないでください。さぁ、それをこちらへ」
古楠が修吾からスマホを受け取ろうと空いている方の手を伸ばした。修吾が僕をちらっと見て、スマホを渡そうとした。
「あぁ、ただし、ちゃんと受け取れよっ!」
古楠がスマホをつかもうとした瞬間、修吾は突然腕を振り上げて僕らの頭上へとスマホを放り投げた。僕や古楠たちは自然と弧を描くスマホに視線を吸い寄せられると、ちょうど後ろを振り返るような形になり、水平線の向こうから顔をのぞかせている朝日が視界に映った。眩しさのあまり、古楠たちは手を顔の前に出す。
すると、背後から何かが弾けるような、乾いた音が鳴り響いた。気づけば修吾が銃を手にして引き金を引いていた。隣にいた古楠が一言も発さずにその場に崩れ落ちる。
「てめぇ、何を……」
そう言って拳銃を修吾に向けようとした小臼亭だったが、構え終わる前に再び銃声が聞こえて倒れた。残った重道は修吾ではなく、僕へと銃口を向けた。
「動くな! コイツがどうなっても良いのか⁉」
そう言った瞬間、重道の持っていた拳銃が急に吹っ飛んだ。何が起きたのか理解できないでいると、数百メートル以上離れた森の奥で何かが光った。そして、慌てて銃を拾おうとしていた重道の体が後ろへと倒れていった。服を掴まれていた僕もバランスを失い倒れそうになる。地面にぶつかる瞬間、僕を優しく抱きとめる腕が伸びてきた。
「大丈夫かっ⁉ 怪我はないよなっ⁉」
そう言って、修吾は僕の体を支えながら心配そうにくまなく確認しようとしてきた。腕の拘束していたロープが解け、緊張が解けた僕は安心するあまり、小さな子供のように修にいにしがみつきながら涙を流した。
僕が泣き止むのを待ってから、修にいは倒れている三人から拳銃を剥ぎ取って拘束バンドでそれぞれの両腕を縛った。
そういえば、銃で撃たれたはずなのに誰からも流血が見られない。よく見ると、三人が倒れているそばに小石のような物が落ちていた。
「ゴム弾だよ。殺傷性は落としているけど気絶させる分には充分だっただろ?」
修にいがそう語りかけてきて、僕は死者が出なかったことと修にいを殺人者にしなくて済んだことに安堵のため息を漏らした。
そして、最後の銃撃について思い出す。あれは誰だったんだろう?
「ああ、アレは……」
修にいが答えようとした時、こちらへやってくる二人組の人影があった。見覚えのある男女。僕の恩人である修にいのお父さんとお母さんだ。
おばさんが急ぎ足で駆け寄って僕に抱きつく。
「凪ちゃん! 大丈夫だった!? 怪我はない!?」
心配の仕方が修にいと同じで、悪気はないけどつい笑ってしまう。おじさんはと言うと、ライフル銃のようなものを背負いながら修にいを叱りつけていた。
「お前が早い段階で犯人を特定出来ていれば、凪さんが危険な目に合わなくて済んだんだぞ? 反省しているのか? そもそも、凪さんから録音データが送られてきていなかったらお前も危なかったんだ。一流の探偵たるもの、自分やパートナーに危険が及ばないように常に周囲を警戒しなければ……」
「お父さん。修クンの指導も良いけど、今は凪ちゃんを家に連れて行くのが先でしょ? ほら、修クン。早く車で送ってあげなさい。警察が来るまで、私たちがこの人たちを見張っているから」
大丈夫だと言ってみたのだけれど、僕が泣いていたのを二人に見られていたため、背中を押されるままに僕と修にいは向こうに停めていた車へと向かうことになった。
車までの道のりの最中、僕たちは何も話をしなかった。冷静になってみると、気が動転していたとは言えさっきまで抱き合っていたことが恥ずかしくなったのだ。僕が修にいに目線を送ると修にいが視線を逸し、修にいが僕に目線を送ると今度は僕が視線を逸らす、というようにお互いを気にしながら、どっちが先に口火を切るのか無言の駆け引きを繰り広げつつ、僕たちは車に乗り込んだ。
助手席に座ってやっと一息つくことが出来たが、その時あることに気がついた。いつの間にか上着の裾が破けて、僕の脇腹が見えてしまっていた。まさか、あの岬で犯人たちと揉み合いになった時に裂けてしまったのか。僕は修にいに気付かれる前に急いで服を引っ張って隠そうとした。だけれど、その動きが不自然だったために、運転席に座ってエンジンをいれている修にいの目に留まってしまった。
「どうした? なにかしたのか? あぁ、服が破けちゃったのか。すまないけど、俺の上着で我慢してくれるか?」
「え? いや、それは全然構わないけど……。修にいは気にならないの? 僕のコレ?」
「コレ? もしかして、火傷の痕のことか? 別に気にするほどのことじゃないだろ。小さい頃から知ってるし」
上着を受け取って肩に掛けながら、その言葉に僕は酷く動揺した。小さい頃から知っているとはどういうことだろう。修にいには見られないように気をつけていたはずだったのに。
「そりゃ、お前。風呂に入る時に隠れてコッソリ……」
「へぇ、女の子の入浴を覗き見する趣味があったんだ。知らなかったよ」
軽蔑の目をした僕を見て、修にいは時効だとか、幼子の過ちだとか言い訳を口にした。正直に言うと、あまり怒ってはいない。修にいも僕の体を見たら他の人たちと同じような目を向けてくるんじゃないかと怯えていたけれど、小さい頃から知っていたのに何も気にせずに接していてくれていたと分かって僕は嬉しかった。
いや、それだけじゃない。修にいが叫んでいた言葉を思い出す。修にいは僕のことをそういう対象としては見ていないと思っていた。だから、僕も自分の気持ちを抑えて助手としての役割に徹しようとしていた。でも、僕が修にいを愛しているように、修にいも僕のことを愛してくれていたのだ。まるで夢を見ているようだ。足をつねってみるが痛みはあるので現実で間違いはない。
相変わらず言い訳を繰り返している修にいを見て、ちょっと調子に乗ってからかってみることにした。
「そう言えば、アイツらにスマホを渡すのを僕が止めようとした時、修にいはなんて言ってたっけ? もう一回聞かせてもらえないかな?」
「はぁ⁉ なんでそんなことしなきゃならないんだよ⁉」
「だって、あの時は必死過ぎてちゃんと頭の中に入ってこなかったんだもん。せっかく修にいの気持ちを聞けたのにもったいないじゃない? ねぇ、良いでしょ? それとも、アレはアイツらの意識を逸らすための口からでまかせだったの?」
上目遣いで修にいに問いかけた。我ながら、ちょっとあざとい過ぎやしないかと思ったけれど、目が泳がせながらもチラチラと僕を盗み見る修にいがなんだか愛おしくて、向こうが音を上げるまで頑張って続けてみた。
「分かったよ! 言えば良いんだろ、言えば!」
やけくそ気味にそう言ったのでそのままの勢いで続けるのかと思ったら、修にいは一度咳払いをすると、ゆっくりとはっきりした口調で、僕の目を真っ直ぐ見据えながら言葉を紡いだ。
「俺にとって凪、お前が世界の中心なんだ。お前が家に来た頃、ずっと部屋に籠もって泣いていただろ? 凪のために何も出来ない俺が不甲斐なかった。悔しかった。凪が笑顔でい続けられるように何があっても必ず守るとその時から決めたんだ。
凪が探偵の道を諦めた時、俺は安心した。探偵という危険な職業をお前にさせたくなかったし、それに凪が本当は辛いのを知っていたからだ。でも、お前は強いから、探偵は無理でも助手になろうとした。親父たちを通して何度も止めさせようと思ったけど、お前がそんなこと聞くはずがない。だから、俺のそばにいてもらうことにした。凪と一緒にいたいという気持ちもあったけど、近くにいれば俺が身を挺して守ってやれると思ったからだ」
修にいがそんなことを考えていたなんて、僕は全く知らなかった。僕が思っていたよりもずっと、修にいは優しくて、気が利いて、そして僕のことを大事にしてくれていた。
「それなのにお前を危険な目に合わせてしまった。本当にゴメン。俺は探偵としても、お前を守る人間としても失格だ」
「そんな事を言わないでよ。僕が勝手に修にいから離れたのが原因なんだから。それに、僕を助けようとしてくれた修にいはとてもかっこよかったよ。失格なのは僕の方さ。恩返しのつもりがおじさんたちにまた迷惑をかけてしまって、修にいをあんな危険な場に呼び出させてしまった。決めたよ。僕は助手を諦める。別の方法でおじさんたちや修にいの役に立てないか考えてみるよ」
それが良いかもな、と優しそうに微笑む修にいの顔には寂しさが見え隠れした。今まで捜査中はほとんどの時間を一緒に過ごしたのだ。それが無くなるとなったら、僕だって寂しい。でも、それを気取られないようにしながら、僕は言葉を続けた。
「元助手から一言だけ言わせて。僕のために必死になって助けてくれたのは本当にとても嬉しいよ。でも、だからといって自分の命を粗末に扱わないでね? 僕だって修にいのことが大事なんだ。僕のせいで修にいが傷つくなんて、そんなこと望んじゃいない。自分のこともちゃんと大切にしてね?」
「あぁ、分かった。俺の最高の相棒からのお願いだ。決して破らないと約束する」
その言葉を聞けて、僕は安心した。
僕は探偵にはなれなかった。
そして、助手にもなることは出来なかった。
これから何になるかはまだまだ分からないけれど、ひとまずは自分を見つめ直す時間でも儲けてみよう。
「そう言えば、お前がすぐになれるものなら一つあるぞ」
何か思い出したかのように修にいがそんなことを言い出した。
「本当かい? 一体なに……」
運転席へと顔を向けると、僕の顔の目の前に修にいの顔があった。唇と唇が触れる。初めての経験に僕は体ごと硬直してしまうが、修にいが僕の頭を優しく撫でてくるので、そのまま体を預けた。一瞬とも永遠とも思えるファーストキスを終えて、僕は照れ隠しでいつものように皮肉を言った。
「断る気なんてさらさら無いけど、普通はキスより告白が先なんじゃないかな?」
お読みいただきありがとうございました
探偵助手編はこれにて完結となります
ミステリーに寄せすぎてしまうと説明セリフや文が長くなってしまうので、サスペンス寄りの構成となりました
また、主人公が捕まった時の展開についてはいくつか案があったのですが、そこに力をいれるのは話全体が重くなるし、話もとっ散らかりそうだったので、一番マイルドな展開に落ち着きました
そもそも全年齢層向けですしね
次回は勇者編となります
そちらもお読み頂ければ幸いです