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蛹の夢  作者: 楢弓
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探偵助手編①:解決、そして新たな謎

体が上下するほどの強い振動がシートから伝わり、居眠りしていた僕は目を覚ました。

助手席で唸り声をあげながら伸びをすると、隣で運転している修吾がチラリと僕を見て皮肉を言った。

「おはよう、助手クン。探偵である俺に運転を任せておねんねしていた感想はいかがかな?」

「せっかく気持ち良く寝てたのに、下手くそな運転のせいで目が覚めちゃって最悪。人を乗せているんだからもう少し丁寧に車の運転をしたらどうだい?」

「砂利道なんだから仕方がないでしょうが。文句言うなら自分で運転しなさいよ」

「残念だけど、僕はまだ仮免なんだよ。というか、修吾が僕を車に押し込んで勝手に連れ回しているんでしょ? どこに向かっているのか、何のために向かっているのか、何も伝えずに。そういうのを一般的になんて言うか知っているかい? 誘拐って言うんだよ? 探偵一家のホープが犯罪行為に手を染めてしまっただなんて知ったら、おじさんやおばさんは悲しむだろうなぁ」

両親の話をすると修吾は前を見ながらしかめっ面をした。君津家の跡取りとして厳しく育てられた修吾と異なり、おじさんとおばさんは僕に対してとても甘い。僕が恣意的な情報を伝えていると理解した上で、二人はきっと修吾のことを叱られるだろう。まぁ、僕も鬼ではないので実際におじさんたちへ垂れ込むつもりは毛頭ない。

「お前、本当にいい性格してるよ。理屈っぽいことをよく言うくせに、怖がりでホラー映画も一人で見れないって言うんだから笑っちまうけど」

「だ、誰だって苦手なことの一つや二つくらいあるだろう? それに僕は確かにホラー映画は見ないけれど、決して怖いからじゃない。荒唐無稽で理屈に合わない展開が僕の感性と噛み合わないだけだよ」

「いやいや、自分でホラーが苦手だって言ってるじゃん? そうやって虚勢ばかり張っているからいつまで経っても大きくなれないんだぞ?」

今の発言は完全に僕に喧嘩を売っている。やっぱり後でおじさんたちに密告しようと心のなかで固く誓った。

ふと視線を窓の外へと向けると、真っ青な海が見えた。本当にどこへ向かっているのだろう?

「まだ分からないとは勉強が足りないな。犯人を追い詰める場所と言ったら崖以外ありえないでしょうが」

「ありえないでしょうが、なんて言われても知らないよ、そんなの。わざわざ崖で被疑者を捕まえようとするなんて、二時間ドラマの見過ぎじゃない? 今どきそういうの流行らないよ?」

「うるさいな。良いだろ別に。俺にとって探偵と言ったら、船越英一郎や沢村一樹だし、推理を披露する場所は崖なんだよ。犯人は新聞のテレビ欄の三番目か四番目の役者。トリビアでも言ってたんだから間違いない」

何を言っているのか分からない。大方昔のテレビ番組の話だろうから、無視して構わないはずだ。僕は修吾が最近関わっていた事件について思い返してみた。

二週間ほど前にとあるホテルの一室で大企業の専務が亡くなっているのが発見された。体はナイフでズタズタに切り裂かれていたことから怨恨による殺人だと見られているが、ここで一つ問題が発生した。事件が発生した部屋の前にはちょうど防犯カメラが設置されていたのだが、被害者が部屋へ入ってから異変に気づいた秘書がホテルの従業員を連れてくるまで入室した人も退出した人もいなかったのだ。部屋にある窓は落下防止用に僅かにしか開かないようになっており侵入など出来る物ではない。当然、他に出入り口もない。つまり密室殺人だったのだ。

警察の必死の捜査にも関わらず犯人はおろか現場への侵入方法も不明という状況を打破するため、君津家に捜査協力の要請があり修吾と僕が事件に関わるようになって一週間。被害者がお世辞にも善良とは言えない人間であることは分かってきていたけれど、未だに密室の謎は解けていないはずだった。けれど、今こうして犯人を捕まえに向かっている。つまりはこの事件の謎は解けたのだろう。僕は運転中の修吾に問いかけた。

「今回の事件、結局誰が犯人だったんだい? 修吾の最初の見立てでは、確か第一発見者の秘書が怪しいんじゃないかって言ってたはずだけれど? それに、どうやってその犯人は密室を作り上げたのかな?」

「待て待て、慌てん坊め。ソイツを披露するのは犯人と相対してからって相場が決まってるんだ。大人しく俺の華麗な推理が炸裂するのを待ってなさい」

華麗な推理が悲惨な推理にならなければ良いけど。少し前に得意げに関係者を集めて推理を披露して、あっという間に否定されたのを忘れたのだろうか?

「いや、アレはアレよ? 場を盛り上げようという俺の小粋なジョークよ? そんなあっという間に事件の謎を解いて犯人を捕まえちゃったらつまらないじゃない? 少なくとも33分は場を持たせなきゃ。でも、今どきは早すぎる探偵の方が流行っているんだっけ? いや、アレはそういう意味の早すぎるじゃなかったか」

「はい、ストップ。訳のわからないことを言ってる暇があったらちゃんと前を見て。これから犯人と事を構えようとしているのに事故でたどり着けませんでしたなんて、ジョークにもならないからね?」

僕の指摘を受けて前を見た修吾は慌ててハンドルを切った。ちょうど急カーブに差し掛かるところだったのだ。車を安定させると修吾は安堵したように一息つきながら会話を続けた。

「お前も一応探偵を目指した人間なんだろう? なんでミステリードラマや推理小説に興味が無いんだよ? 普通はそういう観たり読んだりするものだろ?」

「だいぶ局所的な普通だね。フィクションを扱う推理小説作家を目指すなら君が決めた定義も成り立つだろうけど、リアルの探偵を志すのに推理モノへ興味を持つことは必要条件ではあっても絶対条件にはならないよ」

「またややこしい考え方してんなぁ。もっと肩の力を抜こうぜ? そんなんじゃ、一人前の探偵にはなれないぞ? いや、今は助手を目指しているんだっけ?」

わざとらしく最後の言葉を付け足した。本当に腹が立つ。どうせ僕は探偵に向いていないよ。

僕、上総凪は今、修吾の実家、つまり探偵一家である君津家で暮らしている。僕の父さんと母さんはふたりとも弁護士で、僕が小さい頃にある殺人事件で被疑者となってしまった人物の弁護をしていたのだけれど、それをよく思わない真犯人の魔の手にかかり交通事故で亡くなってしまった。頼りになる親族もおらず施設へ預けられることになった僕を引き取ってくれたのが、父さんの親友だった修吾のお父さんだった。父さんの敵討ちに燃えるおじさんの八面六臂の活躍もあり、僕の両親を殺害した真犯人は捕まえることが出来たし、君津家で何不自由無い生活を送ることが出来た。

恩人であるおじさんやおばさん、君津家への恩返しがしたくて中学の頃に僕も探偵の道を志すようになったけれど、残念ながら僕は探偵としての素質を全くと言って良いほど持ち合わせていなかった。それでもなんとか役に立ちたくて、今は探偵助手を目指してこうして駆け出しの探偵である修吾の付き人のようなことをしている。

探偵としての素質。それはいついかなる時も冷静さを失わないこと。冷静さを失えば気付けるはずの証拠も見落とし、短絡的な思考に陥ってしまう。なのに、殺人事件を前にしてしまうと僕の頭の中にはどうしても両親の事件がフラッシュバックしてしまい、マトモに推理が出来なくなってしまう。

僕が推理モノを嫌っている理由なんて本当は知っているくせに。修吾の好きな創作の中の探偵たちはまるでパズルのように謎を解いてヒーローのような扱いを受けているけれど、現実は違う。現実の事件は人間のどす黒い感情が渦巻いていて、事件が解決しても被害者が亡くなってしまったという悲しみは消えない。本物の事件の辛さや悲惨さを知っている僕が創作とは言え殺人事件を扱う物を好きになれるわけがなかった。


数十分後、僕らは修吾のご希望通り、断崖絶壁のある岬に立っていた。僕や警察数人が見つめている中で、修吾が崖を背にして佇んでいる真犯人へ暴いたトリックを説明していた。

「最初はまさかと思いましたよ。そんな大胆な方法で密室を作り出すなんてね。ですが、犯人がどうして現場を密室にしたのかを考えれば、謎は簡単に解けました。そして、久遠江良さん! 犯行時刻にこのトリックを行うことが出来たのは貴方だけしかいません! 貴方が今回の事件、二つ星ホテル殺人事件の犯人です‼」

そう言って指をさすと、江良さんは泣き崩れてしまった。良かった。先まで崖から身を投げ出しかねない雰囲気だったが、どうやらその余裕は今の彼女にはないようだ。推理が終わり、僕の後ろにいた警察が彼女のそばに駆け寄って身柄を取り押さえた。

手錠を掛けられている江良さんに修吾は歩み寄りながら優しげな表情で語りかける。

「最後に教えて下さい。どうしてこんな恐ろしいことを実行したんですか? 確かに阿笠専務は事故で亡くなった貴方の旦那さんの上司ですし、事故の発生時に現場にもいました。やり場のない怒りをぶつけたくなる気持ちも分かりますが、計画的な殺人に至るなんてあまりにも不自然だ。一体、貴方と被害者に何があったんですか?」

涙を流して下を向いていた江良さんは修吾の問いかけに、怒りの形相で顔を上げた。

「事故? 主人は事故で亡くなったんではありません! 殺されたんです!

当時の状況を聞きたくてアイツのオフィスに尋ねた時、扉の向こうから電話で話す声が聞こえたんです! 『警察にバレずに事故で処理されそうだ。これで一件落着だな』って!

どうして主人が殺されなければならなかったんですか⁉ 口下手だけど真面目で、誰かの役に立つために頑張って働いていた主人がどうして⁉」

修吾や警察は江良さんの圧に押されて思わず後退りをしている。それほど江良さんは怒り狂っていた。でも、僕には彼女の怨嗟の中に愛する人を失った悲しみが見え隠れしている気がした。

「ナイフで脅しながらアイツに問いただしました。『主人を殺したのはお前か』と。そしたらなんと言ったか分かりますか? 『我々の邪魔をしようとしたバカなヤツが悪いんだ』と、醜悪な笑みを浮かべて主人を侮辱したんですよ⁉

私は無我夢中でアイツの体にナイフを何度も何度も何度も突き立てました! 体中から血を流しているアイツが横たわっているのを見ても、何も罪悪感は感じませんでした! それは今も同じです! 私が泣いたのは懺悔や後悔のためではなく悔しいからです!

アイツは『我々』と言いました! つまり、まだ主人の仇は何処かにいるということ! ソイツらに復讐出来ないことがただただ残念でならないから泣いているんです‼」

江良さんはそう言って暴れ始めたので、そばにいた警察が二人がかりで抑えながら向こうへ止めてあるパトカーへと連れて行かれた。彼女はこれから警察署へ連行され、殺人の罪で起訴されるだろう。

でも、彼女を殺人へと駆り立てた人物たちは今も罪を逃れてどこかで笑っている。この事件はまだ終わってなどいないのだ。

「修にい……」

僕が心配して話しかけると、修吾はいつものちゃらんぽらんな表情を引き締め、何かを決意したように言った。

「分かっているよ。事件の謎は全て解決する。それが君津家の家訓だ。事故に見せかけて彼女の旦那さんを殺害した犯人たちは俺が必ず捕まえる」

サイレンの音が遠ざかっていくその場には、崖の下で波が岩肌にぶつかる音が絶え間なく響いていた。

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