プロローグ
胡蝶の夢。
美しい蝶になって宙を舞う夢を見た高名な思想家の荘子が、蝶であった自分と人間である自分、そのどちらが現実の自分なのかと疑問を投げかける話。オチとしては、どちらが夢でどちらが現実かなんて些細なことだからどっちだったとしても頑張って生きていこう、という話だったはず。
善と悪。生と死。あらゆる物は同一の価値を持っているという道教の思想に基づいた、説教じみたお話だ。
そんな言い方をしてしまうと反発しているように見えたかもしれない。勘違いしないでほしいのだけれど、別に私はそういう考え方を頭から否定しようとは思っていない。思想家でも無ければ信仰している宗教も無いし。
ただ、そういう考え方が出来るのは現実の自分も夢の中の自分も大成出来た人間だからだと私は思う。
一方は浮世離れした思想家で後世に名を残した荘子。
もう一方は栩栩然として優雅に舞う胡蝶。
良いか悪いかは別として、どちらも何かに成ることが出来た。だから、どちらの自分でも満足して生きる事が出来るんだと思う。
それなら。
それなら、望む姿に成れていない、蛹のままの私は夢と現実のどちらを生きていけば良いのだろう。
これは何者にもなれていない私、いや、私たちの物語。