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一匹狼

作者: cacao

「一匹狼って言葉知ってる?狼って本来群れで生活する動物だから群れてないってだけで可哀想とか思われるのっておかしいと思わない?」

たこ焼きを頬張っているからなのか、世間への怒りなのか頬を膨らませるあいつの横顔をずっと見ていたいと思っていた。


1.フツウ

「食事くらい黙って食べれんのか」朝7時和洋折衷の料理が並ぶ食卓には父の太い声がとび、僕と6つ上の兄、理人と3つ上の兄、咲人の3人は口に運んだフォークを持つ手を皿に戻した。

どうやら今日の父はいつも以上に機嫌が悪かったようだ。

気まぐれで食にうるさい父がいる朝は執事さんが作ってくれる和洋折衷の料理が並ぶのがこの家の当たり前の光景。

外科医として働く父は世間からの評判を人一倍気にする厳格な人で、僕ら兄弟への躾は度を過ぎるくらいの徹底ぶりだった。

幼い頃からフツウを徹底的に叩き込まれた僕ら兄弟にとって父のひいたレールから外れることは容易なことではなかった。

そんな窮屈な家庭の中でも兄2人は器用に父の理想の息子となり、勉強ができる理人は今年から医大への入学が決まり、運動神経が優れた咲人は水泳の強豪校への推薦を手にしていた。

優れた兄2人とは対称に何の取り柄もない僕は中学受験に失敗し、公立の中学校へ通うことになった。

父の期待に応えられず、この家の恥となった僕にはもはや安心できる居場所などなかったのだ。



2.コドク

中学校という新しい場所にも僕に居場所はなかった。

新学期の自己紹介で自分の名前さえ言葉にならなかった僕は教室の空気となっていた。最初は吃音をバカにして僕の真似をするやつもいたけれど、何も反応しない僕をつまらなく感じたのだろう、夏休みを控えた今、僕のことを気にかけるやつなど1人もいなくなった。

それでもまだ学校にいる方がマシだった。厳格な父と

優秀な兄のいる家は僕にとっては自由のない鶏小屋の

ようで、日に日に吃音はひどくなっていった。


3.カワリモノ

「なぁ、1匹狼!」1学期の最終日、後ろから聞こえた聞き覚えのない声に気づいてはいたが、自分のことだとは思わないため、何も反応しなかった。

「100円貸してくれない?たこ焼き食べたいけど100円足りなくてさ」僕の目の前に不意に現れ早口で喋るあいつに僕は何も言えずに、気づいた時には首を縦に振ってしまっていた。

「サンキュ!駅の先の土手で最近アザラシが出るんだってさ!そこの近くにたこ焼きの出店が出ててさ、今日アザラシが出てくるまでそこにいるつもりなんだよ。

君もおいでよ!たこ焼き1個あげるから」

僕はアイツの早口についていくことさえできず、自分でもよくわからないけど、咄嗟に頷いてしまっていた。

学校の最終日までに少しずつ荷物を持って帰った僕とは違い、アイツのリュックは底が抜けるのではないかと思うくらい荷物が詰め込まれていた。

愛想の悪いおじさんの焼くたこ焼きを受け取り川に向かって並んだ僕とアイツの間にほとんど会話はなかった。

しかしアイツは僕と少し距離を詰めて早口で話しかけてきた。

「1匹狼って言葉知ってる?狼って群れを作る動物だから群れてないだけで可哀想なやつとか思われてるのっておかしいと思わない?」

くちゃくちゃとたこ焼きを食べながら早口で喋る彼を僕は違う世界の異なる生き物だと錯覚した。

たこ焼きを頬張っているからなのか、世間への怒りなのか、頬を膨らませながらアザラシを探す横顔を見ていると、不思議と気持ちが落ち着いた。

世間的にみて育ちの良い子供ではないのは僕にも分かったけど、そんな自由でカワリモノのアイツに僕は少し魅了されていた。

恐る恐る疑問に思ったことを聞いてみた。

「ぼ、僕のことを1匹狼って呼んだのって僕が可哀想だと思ったから?」

「俺は群れない狼を可哀想だと思ったことなんて一度もないさ。むしろ1匹で生きていくのって強さがないと

不可能だろ?でも君を1匹狼って呼んだのはそれとは少し違くて、君が強いからじゃなくて一人で生きることも群れることも恐れてる弱いやつだと思ったからかな?でもそこが面白いと思ったんだよ」

目ではアザラシを探しながら吐き捨てるように言った。

アイツの早口な言葉の大半を僕は理解ができなかった。

だけど、少なくとも父や兄、クラスのやつらと一緒にいる時よりもカワリモノのコイツといる方が少しだけ心地よいと感じていた。



4.たこ焼き

普通の子供にとっては天国であろう夏休みが僕にとっては憂鬱でしかなくて、僕は時々アイツのいる土手へ向かっていた。

夏休みのほとんどをアイツは土手で過ごし、僕も時々勉強の合間に隣でたこ焼きを食べるのが夏休みの日課になっていた。

そんな時、アイツはいつもいろんな動物の話をしてくれた。そのほとんどは孤独な動物のこと。

「オランウータンって群れずに生活するから感染症にかかりにくくてメスが初産までに生きられる割合が94%もあるんだってさ。やっぱり群れない方がストレスもないし争いも起きないから幸せなんだよ」

アイツが話す孤独な動物の話はなんだか妙に納得してしまうものばかりで、独り言のように早口で話すアイツといるとなぜだか安心している自分がいた。

家にいることが苦痛だったこともあり、図書館で勉強したりもした。図書館でもアイツは夏休みの宿題をやらずにひたすら動物の図鑑やらを酷い姿勢で片っ端から読み漁っていた。

あまり自分の話をしたがらないアイツだが、いつか言っていた。自分は母子家庭で母は自分がテストで4点を取って学校に呼び出された時でさえ、お前が勉強する姿は見たことがないのに4点も取れたのかと褒めたのだ、だから俺は勉強しないし、しなくても生きていけるのだ、と。

もはや彼のぶっ飛んだ考えに違和感を持たなくはなっていたけれど、厳格な父を持つ僕には勉強をしないという選択肢は考えられなかった。

一度期待に答えられずに恥となったから、せめて父のひいたレールに沿って道を外れまいと父の口癖である医者になれという言葉の通りに外科医を目指していた。

きっともう二度と父のひいたレールから外れてはいけないというプレッシャーが僕の中であったのだろう。

家では流暢に言葉を話すことも食べ物をおいしいと思うこともなくなってしまっていた僕にとって何も話さなくてもただ隣でたこ焼きを頬張るアイツとの時間は唯一安心できる時間となっていた。

僕は夏休みに食べた小さいたこの入った8個で200円のたこ焼き以上に美味しい食べ物に出会ったことがあっただろうか。


5.孤独な鳥

夏休みが終わりに近づいた頃、アイツは川にアザラシが出たという噂はただのデマだったとぶっきらぼうに言っていた。

でも僕はきっとアイツはアザラシの噂が本当でないことを分かっていたんじゃないかと思っていた。だって動物に詳しくない僕だって知っているアザラシが寒いところに住んでいることを動物好きなカワリモノのアイツが知らないわけがないのだから。

2学期が始まると夏休み前と変わらない日常に戻った。

不思議と僕らは学校では一言も話すことはなかった。

アイツはいつも小難しい本を読んでいるか、窓の外の

一羽群れから離れた鳥を眺めていた。

しかし学校が終わるとアイツは僕を土手に誘って僕らは色々な話をした。7割はアイツが一人で喋って僕が頷くような感じだったけど、不思議と幸せだった。

結局アイツは夏休みの宿題をやってこなかった。しかし唯一やってきた美術の絵画の宿題は夕暮れ時に土手で魚を釣るおじさんと魚を狙う野良猫を描いた絵が風情があると褒められて県の予選に出されていた。

のちにアイツは「ただ釣りを楽しみたいだけのおじさんとただ魚が欲しいだけの猫、孤独なもの同士が互いに干渉し合わない絶妙な関係性が気に入ってるんだ」と教えてくれた。やはりコイツはカワリモノだ。

でも僕ら2人の関係もただ釣りを楽しむおじさんとただ魚が欲しいだけの猫みたいなものなのかと思った。

お互い干渉しない関係だからこそ、僕らはうまくいってるのだろう。


6.コンプレックス

最初は動物の話が多かった僕らの会話だったが、いい加減話が尽きてきたのだろう。少しずつお互いのことを話すようになっていった。アイツは母と二人暮らしで母はスーパーのレジのパートをしているためあまり裕福ではないのだという。

僕も少しずつ僕の家族のことやらを話した。

母は僕が幼い頃に亡くなり、今は父と二人の兄、お手伝いさん2人の6人で暮らしていること、兄たちが優秀なこと。何を話してもアイツはふーんとかへーとか相槌を打つ程度であまり興味を持たなかった。

「ソーヤは親に名前の由来とか聞いたことってある?

僕の奏多って名前は母が決めたんだって、僕が小さい頃に母が亡くなったから名前の由来は知らないんだけどね。

兄貴たちの名前には人って字がつくんだけど、僕にだけつかないんだ。だから小さい頃から僕は人として認めてもらえないって思っていたんだよ」

「俺はトムソーヤからつけたらしい。父親が写真家で昔から危ない国に行っては子供の写真を撮ってたから。

子供にも冒険心のある子になってほしいってさ。」

時にはアイツが静かに僕の話を聞いてくれるから、こんなふうに自分が兄より劣っていることにコンプレックスを持っていることまで伝えてしまったこともあった。

それでもアイツは爪の甘皮をいじったり、遠くに飛んでいるカラスの群れを数えたりなんかして特に僕に興味を示さなかった。

でも僕にはただ聞いてくれるアイツの存在が嬉しかったのだ。




7.変化

2年生、3年生と僕らは同じクラスになることはなかった。

どうせ学校では何も喋らない僕らにとってクラスが違うことは寂しいことでも辛いことでも何もなかった。

僕らは変わらず学校帰りに土手で話した。

そして3年生の夏、僕らは出会って2年になっても関係性は全く変わることはなかった。

しかし、多少は自分の将来のことだとか受験のことだとか話すことは変わっていった。

「ソウヤは高校どうするの?僕は医学部のある大学の附属の高校に入学すると思う。」

「俺は写真家になる。俺は群れない野生動物を見るのが好きなんだよ。お前はやりたいことないの?医者になるのは親が勝手に決めたレールなんじゃないの?」

ソウヤはいつもの早口な口調とは少し違って、親の期待に答えるために医者の道を選ぼうとする自分への苛立ちのような感情が入り混じった口調だった。

その日以降2年間変わらなかった僕らの関係は少しずつ変わっていってしまった。

僕は夏休み中受験勉強のために図書館に篭っていたこともあり、ソウヤと話す機会はどんどん減っていった。


8.本当の強さと優しさ

中学最後の夏休みが終わった日、僕はソウヤに土手に呼ばれた。

しばらく沈黙が続いたが、ソウヤはゆっくり話を始めた。

「お前が本当に外科医になりたいなら止めないよ、だけど、お前の人生は父親のためのものじゃない。前にお前は優秀な兄がコンプレックスだって俺に言っただろう?俺からしてみたら父親の言いなりになる兄よりもお前の方がずっと面白い。世間は群れから外れた狼を可哀想だと言うけど、俺はそうは思わない。群れにしがみついて生きることにびびってる狼よりも強く生きる1匹狼の方が魅力的だと思う。お前が兄たちのように父を恐れて外科医を目指しているなら、もうここで会うのはやめよう。」

普段の早口でぶっきらぼうな言い方とは対称的で、ゆっくりと話すソウヤの言葉に僕は戸惑いを隠せなかった。ソウヤは今日はもう帰ると言い放ち、靴紐の解けた靴で早足で帰ってしまった。

僕はソウヤに会うのはやめようと別れを告げられたことへの戸惑いからその場から動くことができなかった。

だけど僕ははじめて気づいた。

僕はソウヤと出会って食べ物を美味しいと思えるようになったし、吃音だってソウヤの前では出なくなった。ソウヤのぶっきらぼうだけど決して僕の話にいちゃもんをつけたり、笑ったりせず、全てを受け入れてくれる優しさに、そしてソウヤの言葉はソウヤのおかげで少し強くなった僕に変わって欲しいと言うソウヤの優しさなんだと思った。


9.本音

次の日、僕ははじめてソウヤを土手へ呼んだ。

そして今まではソウヤから話を始めることしかなかったのだけど、はじめて僕からソウヤへ話をした。

「僕、精神科の医者を目指すことにするよ。ソウヤが僕の話を静かに聞いて理解してくれたことで僕が強くなれたように、僕もいつか誰かを立派な1匹狼にしたいんだ。もう周りの目や父からの期待に左右されるのは嫌なんだ。」

僕は自分でも驚いていた。知らず知らずのうちに僕はこんなにしっかりとした口調で話せるようになったのか、ソウヤは少し笑っていた。


10.10年後

「ねぇねぇ、1匹狼って知ってる?狼って群れを作る動物だけど、時々群れを作らず1匹で生きる狼がいるんだよ?それをみてみんな孤独で可哀想だっていうけどね、

先生はそうは思わないんだよね。だって1人で生きることって強くないと無理だと思うもの。時には誰かの支えが必要なこともあるけどね、君の人生も自分のものでしかないから、時には1匹狼にならなきゃならない時もあると思うんだよ。だから少しずつでいいから君がこれからどうしていきたいのか、一緒に見つけて行こうね!」

心を閉ざした子供たちに寄り添う医者、虐待、いじめ、様々なコンプレックスを抱える患者一人一人に向き合う。

きっとソウヤが1匹狼の話をしてくれなかったら、きっと僕だって未だに世間体を気にして生きていたのだろう。

待合室の壁には沢山の写真を飾っている。

雪の中、空に向かって力強く遠吠えする1匹の狼、写真に向かって笑ったような表情をするオランウータン、水面から背面ジャンプを決めるシロナガスクジラ。

写真の右端には動物写真家界の異端児として知られるSOYAの文字。

この写真たちを見てるとやはり考えてしまう。

「やっぱりソウヤは異なる世界の生物なのだろう」


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