09.令嬢、メイド、商人、次は……?
宿場で一夜を共にし、朝を迎えた私達一行は、ミーアを先頭にして進む。
昨日の内に、魔物や盗賊が発生した旨を町の役人に伝えたところ、こちらの方で対処して頂ける事になった。
馬車や御者に関しても、安全の確保と、ラランド商会への連絡も済ませてある。
憂いを少しでも無くした後のお布団は、最高に寝心地が良かったのだ!
おかげさまで、今日も元気いっぱいだ!
私達の後ろを歩くリゼットは、キラキラとした表情で私を見つめてくる。
「ありがとうございます! アリスティア様! 本来であれば、私が責任を持って解決しなければならないのに、お手数を掛けさせてしまい申し訳ありません! でも、私、頑張ります! アリスティア様の為にも! これから出会う人達の為も! 絶対に! 頑張らせていただきます!」
「……ふふっ。その意気込みがあれば大丈夫でしょう。貴女の頑張る姿はきっと、多くの人の助けになるはずよ」
「はい! 頑張ります! アリスティア様!」
私の言葉に、リゼットはとても嬉しそうな声を上げていた。
リゼットの前向きな姿勢に、私も自然と笑顔になってしまう。
一連の報告と連絡を共に行ったおかげであろうか、リゼットに対する私の態度が柔らかい。
普通は逆じゃないのかって?
ふふふ……色々と拗らせてきた私に、今更そんな事を言っても遅いのだよ……。
「アリスティア様は凄いです。とても大人びていて、冷静で、聡明で……私なんかとは全然違います……」
「……それは買い被り過ぎね。私はただの世間知らずの田舎娘よ。貴女の方が私よりもずっと立派だと思うわ」
領地から出た回数なんて数えた方が早いぐらいだし、王都に来たのも数えるほどしかない。
私もリゼットのように、色々な事に積極的に取り組めれば、もっと違った人生になっていたのかもしれない。
問題は、今の人生に何も不満がないのかと聞かれたら、素直に、「はい! ありません!」と答えられる事だろう。
毎日のご飯が美味しくて、家族仲が良くて、弟が可愛くて、使用人達はみな優しく、ミーアは何だかんだで私に付き合ってくれて、弟が可愛いすぎて……これ以上を望むのは贅沢というものだ。
だけれど、私もリゼットと同じように、何かを成し遂げる事が出来るのなら、その力になりたい。
その為にも、今は目の前の事に集中しよう。
「お嬢様、そろそろ休憩にしましょう」
ミーアが私達に休憩の指示を出し、私は歩みを止める。
私の様なドでかくてお尻の大きな女性を、嫌な顔せず乗せてくれる愛馬に、感謝を込めて頭を撫でる。
「よしよし、お疲れ様でした」
「アリスティア様もお疲れ様でした! どうぞ、お水を!」
「えぇ、ありがとう」
リゼットは私の従者の様に振る舞い、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる姿が、とても愛らしい。
私は水筒を受け取り喉を潤すと、彼女達を労うように声を掛けた。
「ミーア、リゼット、二人ともお疲れ様。貴女達が居てくれて本当に助かるわ」
「勿体ないお言葉でございます。お嬢様」
「アリスティア様のお役に立てて光栄です!」
二人はそう言うと、互いに視線を合わせ、笑顔を浮かべる。
二人のやり取りを見て、私は少しだけ嫉妬してしまう。
「……もう。貴女達ったら、すっかり仲良くなったみたいね」
「はい! アリスティア様! ミーアさんはとっても頼りになりますし、優しい方ですから! 私も大好きです! 」
「あ、あの、リゼット様。そういう事は、あまり大きな声で言わないで欲しいわ。恥ずかしいの……」
おほー! 私以外の人相手に、ミーアが照れてる! 珍しい!!
これは貴重なシーンだ。
私の記憶にしっかりと焼き付けなければ!
「そうですか? でも、私は本心を言ったまでですよ?」
「リゼット様。貴女はもう少し自分の言動に気を付けた方がいいと思うわ」
「はい? 私、変なこと言いました?」
「……いえ、何でも無いわ」
「……?」
首を傾げるリゼットに、ミーアは苦笑いをするしかなかった。
リゼットの明るさは、彼女にとっても好ましいのかも知れない。
「お嬢様、リゼット様、昼食の準備が出来ております」
「まぁ! 流石はミーアね。仕事が早くて助かるわ」
「ありがとうございます。お嬢様」
ミーアは笑顔で答えると、テキパキと準備を始めていく。
リゼットはその様子を、感心しながら眺めている。
その時であった、彼女は突然動きを止め、周囲を警戒する。
「お嬢様、リゼット様、お下がりください。何者かがこちらに向かってきます」
「……盗賊かしら?」
「わかりません。しかし、盗賊にしては少し様子がおかしいですね」
ミーアがそう呟くと同時に、大地が小刻みに揺れ始める。
「ミーアさん! あれは!?」
「まさか、こんな所で出くわす事になるとは」
ミーアとリゼットが見据える先には、巨大な影。
巨人族の一種であるサイクロプスが、こちらへ向かって来ていた。
「ここら辺も、ずいぶんと物騒な魔物が居るものねぇ」
「私の知る限りでは、この辺りに出現する魔物ではありません。恐らくは最近になって住み着いた個体か、あるいは……」
「誰かが召喚した可能性、かしら?」
「はい。このタイミングで現れた魔物、無関係と考えるには無理があります」
「なるほどねぇ……って、誰か追われていないかしら? 」
遠くに見える魔物の足元に、白馬に乗った男性の姿が見える。
魔物は彼を執拗に追い回しているようだ。
「うーん。白馬の王子様はちょっとゴメンかな……」
「お嬢様、現実逃避はそこまでにしておきましょう。このままでは彼は殺されてしまいます。助けに行くのであれば、すぐに行動に移さねばなりません」
「仕方無いかー」
「はい。お嬢様」
ミーアは微笑むと、私に手を差し伸べる。
私は彼女の手を取ると、力強く立ち上がる。
「ミーア、魔物を誘導する途中まで、貴女の後ろに乗せて貰えるかしら?」
「承知致しました」
「リゼット、私の馬をお願い出来る? 従順で賢い子だから、貴女の事をきちんと守ってくれるわ」
「はい! 任せて下さい!」
リゼットは笑顔で答えると、私の愛馬に近づき、手綱を手に取る。
私はミーアの後ろに跨ると、彼女に指示を出す。
「ミーア、私が飛び降りた後に、魔物の足元を斬りつけてちょうだい。その後は、白馬の王子様の救出を優先して。貴女の速さなら間に合うはずよ。いい? やるからには、絶対に死なせないで」
「御意」
ミーアは私の指示に静かに答え、馬の腹を蹴ると、勢いよく走り出す。
私は振り落とされないように、必死にミーアの腰にしがみつく。
「お嬢様、しっかり掴まっていてください」
「えぇ!」
私は返事をすると、更に強く抱き着く。
ミーアの髪が頬に触れ、良い匂いが鼻腔をくすぐる。
「お嬢様、そろそろ到着します。準備はよろしいでしょうか?」
「大丈夫よ!」
「では、行きます!」
ミーアはそう叫ぶと、手綱を強く引き、馬を急停止させる。
その反動で、私はミーアの身体に強く押しつけられる。
「お嬢様、今です!」
「分かったわ!」
ミーアの合図で、私は彼女の背から離れると、地面へと着地し、そのまま魔物へと駆け寄る。
「ミーア! 」
「はっ!」
ミーアは私の声を聞くや否や、馬上から剣を振り下ろす。
魔物の足に傷を付けると、その痛みで魔物は進攻を止める。
「今のうちに、お逃げなさい!!」
私はそう叫びながら、白馬の青年の元へと走る。
「はい! 有難うございます!」
白馬の青年は私に感謝の言葉を述べると、一目散に逃げて行く。
ミーアの斬撃によって、魔物の意識は完全に私へと移り変わった。
「グォオオオ!」
魔物は雄たけびを上げると、私に向けて拳を突き立てる。
「力勝負ですの? 受けて立つわよ!!」
私は不敵な笑みを浮かべると、迫りくる巨腕を受け止めようと身構えた。
そして、次の瞬間―――
私の拳と魔物の拳が衝突する。
衝撃により、大気が震え、大地が割れる。
「ぐぬぅうううううううう!!!」
「ガァアアアアアアアアアアア!!!」
「やるわね! しかーし! マッマの拳の方が重たいわ!!」
私は渾身の力を込めて、魔物の拳を押し返す。
後ろへと仰向けに倒れ込む魔物に近づき、見下ろしながらニヤリと笑う。
「ふふん! 私の勝ちね! しばらく眠っていて頂戴!!」
私はそう言って、右手を大きく引くと、一気に突き出す。
トロールの時と同じく、相手が気絶するまで殴り続け、勝利確定である。




