05.辺境に住む魔女を、人は悪役令嬢と呼ぶ
未だ頭に響く痛みに耐えつつ、私達は屋敷への帰路を歩く。
「お嬢様、お加減は如何ですか?」
「えぇ、なんとかね。でも、この籠手で殴られると、本当に頭が割れるかと思うほどに痛いわね」
「お言葉ですが、お嬢様が軽率な発言をされるのが悪いのですよ」
「むぅ……反論できない」
「ご理解されたのならば、宜しいのではありませんか」
「それもそうだねぇ……ってあれ? 屋敷の前に誰か居るみたいだけど」
次第に近づくにつれ、人影の数が増えていく。
「あれは……使用人達ですね」
「本当だ」
屋敷の前には、料理長から庭師、数人のメイド服姿の女性達が立っていた。
数少ない使用人達の顔は、どれも見覚えがある。
「皆、どうしてこんな所に集まってるんだろう?」
「私には分かりかねますが、お嬢様、取り敢えずは挨拶を致しませんと」
「そ、そうよね」
私は慌てて駆け寄ると、皆に声を掛ける。
「あの、あなた達、ここで何をしているのかしら?」
すると、一人の女性が私の姿に気が付いたようで、笑顔で出迎えてくれる。
「あ、アリスティア様! ご無事でしたか!?」
「ふぇっ!?」
思い掛けない反応に戸惑ってしまう。
私に駆け寄って来た女性は、この家に仕えてくれているメイドの一人だった。
「アリスティア様! 良かった……本当に、生きてらっしゃったのですね」
彼女は涙ぐみながら私に抱き着いて来る。
「ちょ、ちょっと、一体どういう事なの!?」
状況が飲み込めず、困惑するばかりだ。
「アリスティア様がお出掛けになられた後、湖畔にて謎の光が二度も目撃されまして……」
あーうん。
ご先祖様にゲンコツを貰った時に出たアレだ。
回数も合っている。二回も、二回もだよ。
「アリスティア様の身に何かあったのではないかと、心配しておりました」
「そ、そうだったの。心配をかけてごめんなさいね」
「いえ、アリスティア様が謝る事ではございません。ご無事で何よりでした」
「ありがとう。ヴィクトルは何処にいるかしら?」
「ここに、アリスティアお嬢様」
背後からヴィクトルの声が聞こえ、ついビクっとしてしまう。
彼は相変わらず気配を感じさせない。
執事として優秀なのは間違いないが、こういう時ぐらいは、もう少し普通に現れて欲しいものだ。
「ミーア、例の物を」
「畏まりました」
ミーアが鞄から籠手を取り出すと、ヴィクトルは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに平静を取り戻して籠手を検分し始めた。
「これはまた奇妙な代物でございますね」
「そうでしょう? これが何なのか分かったりするかしら?」
「残念ですが、私めの知識の中にこのような物は存在しませんでした」
「他の者達に、分かる者はいるかしら?」
私の言葉を受けて、ヴィクトルは集まった使用人達に声をかける。
しかし、誰も心当たりはないらしい。
「お役に立てずに申し訳ありません」
「いいのよ。気にしないで」
「アリスティアお嬢様、こちらの籠手は、どこで入手なされたのでしょうか?」
「ご先祖様に皆の無事を祈っていた時に、空から降ってきたのよ」
『お嬢様!!』
私の言葉を聞いた使用人達が、一斉に驚きの声を上げる。
数名のメイド達は、勢いそのままに私へ抱きついてくる始末だ。
この子達の行動には驚かされるが、それだけ私の身を案じていてくれたのだろう。
嬉しい。
こういう時は、自分の背丈に感謝する。
何故なら、こうして使用人達に囲まれても、抱きしめ返すことが容易だからだ。
しばらく温もりを堪能した後、私は使用人達に向き直る。
「皆さん、もう大丈夫だから、落ち着いて」
「はい、アリスティア様」
「ヴィクトルも、ご苦労さま。籠手について気になるところだけれど、先に今後の方針を決めましょうか」
ヴィクトルは恭しく頭を下げると、「はい、アリスティアお嬢様」と応えた。
私は皆に向けて、これからの事を説明する。
「まず、今回の件に関してなのだけれど、私の身に危険が迫っているという事は確かだと思うわ」
「はい、アリスティアお嬢様」
「既に私の両親とお祖父様が動き出しております。国王陛下の意思が含まれているのか、フレデリク皇太子殿下の独断行為であるのかは定かではありませんが、私達の知らないところで事態が大きく動いているのは確実」
私は一度言葉を区切ると、大きく息を吸い込んで続けた。
「私も、この国で生きてきた者として、このまま黙って指を加えて見ているつもりは毛頭無いわ。必ずや黒幕を突き止めてみせる!」
「はいっ、お嬢様!!」
「我々も微力ながら協力させていただきます」
「ありがとう、頼りにしているわ」
私は力強く宣言する。
この国の未来の為にも、私の家族と大切な人達の為なら、この命を懸けて戦う覚悟は出来ている。
「ヴィクトル」
「はい、アリスティアお嬢様」
「私も王都へ向かう事は可能かしら? この目で確かめたい事があるの」
「命令とあらば、可能で御座います。が……」
「お嬢様、お待ちください」
ミーアが私の前に割って入る。
「この件に関しては旦那様方が動いておられます。無理にお嬢様が動く必要はございません」
「そうね。ミーアの言う通りだわ。本来なら皆に任せて私は大人しくしておくべきなのかもしれない」
「お嬢様……」
「でもね、私だってこの家の人間なの。この国で生まれ育った人間なの。この件が、誤解や勘違いであるのならば、その方がいい。でも、もし本当に悪意を持って私達を傷つけようとする者がいるのならば……」
ヴィクトルに視線を向けると、何を言わずとも籠手を差し出してくれた。
私はそれを受け取ると、両手にはめて握り締める。
「私は戦わなければならない。三日月の紋章にかけて悪意を切り裂き、ご先祖様から賜ったこの満月の光の元に、真実を照らし出すと誓いを立てる」
「おぉ、お嬢様……っ」
使用人達が、片膝をつき、頭を垂れる。
「ミーア、貴女は私の側に居てくれるかしら? 強がっているけれど、私一人だと不安なの」
「勿論でございます。私はお嬢様のお側を離れるつもりはございません」
「ありがとう。ヴィクトル」
「はっ」
「貴方が私に立てた誓いは、まだ有効かしら?」
「勿論で御座います。アリスティアお嬢様」
「では、ヴィクトル。私が留守の間、屋敷の事を頼んだわ」
「畏まりました。この命に代えてでも、お守り致します」
「大袈裟ね。本当に命と引き換えにしちゃダメよ? 皆もヴィクトルが無茶しないように見張っていてね」
『はい、アリスティアお嬢様!!』
「では、準備を始めましょう。出発は明日の朝一でお願いするわ」
「畏まりました」
目指す先は、この国の中心であり、王族の住まう城下町。
今頃、私の家族は何をしているのだろうか? 無事であれば良いのだけれど。
私まで王都へ出向いたら、会った時に怒られるのかな? それとも、無事を喜んでくれるのかな?
どちらにせよ、王都にいる家族の顔を想像して、思わず笑みが零れる。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「いいえ、何でもないの。ただ、少しだけ嬉しかったの」
「嬉しい、ですか?」
「そうよ。こんな状況なのに不謹慎かも知れないけれど、皆が私を心配してくれていた事が分かって、とても嬉しいの」
「お嬢様は、皆の想いに答えたいと?」
「そうね。紋章やご先祖様を引き合いに出して、格好つけた事を言った手前もあるから、頑張りたいところね」
「流石でございます、お嬢様」
「ふふっ、褒めても何も出ないわよ?」
「いいえ、私めは本気でそう思っております」
ミーアが感極まったように私を称える。
こんなにも分かりやすい表情をするなんて珍しい事だ。
しかし、あのような言葉を発言しておいて何だけれど、現在進行形で悪役は私なのよね。
おまけに『辺境の魔女』だなんて二つ名まで付いているみたいだし。
折角だからミーアに簡単な魔法を教わって、啖呵を切る時に使えないかしら?
そして、真犯人を見つけ出したら、ご先祖様にやられた事をやり返してやるんだかんね!
次話、12時に更新予定です。