04.ご先祖様に命乞いをしたらゲンコツをもらった。それもダブルで
考え付いたら即実行! の前に、ウェンライト家では安全祈願も兼ねて、ご先祖様の眠る墓所で礼拝を行う事になっているの。
その場所は、湖畔に存在する古城の近くでもある。
立てられている石碑には、ウェンライト家のご祖先様達の名が刻まれている。
きちんと参拝しなければ罰が当たるわね。
お父様たちが王都へ向かう前にも、しっかりと挨拶をして来た。
今回は私とミーアだけでお参りだ。
「ご先祖様、こうしてまた無事にお会い出来た事に感謝しております」
普段は賑やかな場所だけれど、今日は静かな時間が流れている。
風が木々の葉を揺らし、鳥がさえずり、湖面が静かに波打つ音だけが耳に届く。
「このままでは、私は国外追放、あるいは死を賜る事になるのは覚悟の上ですが、せめて家族だけは、弟だけは、助けて欲しいのです。お願い致します」
この願いが聞き届けられるかどうかなんて、誰でも分かる。
もし、私以外の誰かが犠牲になるような事態になれば、私にはどうしようも出来ないから。
でも……。
「ごめんなさい、嘘を付きました。死にたくないです。追放もされたくないのです。まだやりたい事が沢山あるんです! 美味しいご飯が食べたい! ふかふかのお布団で眠りたい! 弟を抱き枕にして寝たい!! あと、出来れば普通に好きな人が出来て結婚もしてみたい!!!」
ご先祖様に祈るというよりも、願望が口から飛び出して来てしまった。
だって仕方が無いでしょ? 乙女の夢なんだもん! 白馬の王子様は……もういいや。
とにかく、普通の恋愛をしたいの! 叶わない夢かもしれないけれど、それでも諦めきれないの!
「お嬢様!!」
「ひゃいっ!?」
ミーアの突然の大声に驚いて変な返事をしてしまった。
振り返ってみると、こちらに迫る彼女の姿があった。
なんだろうかと思ったが、その答えは直ぐに分かる事になる。
突如、頭に衝撃が走り、痛みと共に視界が揺れる。
「痛ったぁぁぁ!!」
何かが空から降って来て、私の頭に直撃した。
余りの痛さに、その場で倒れ込みながらジタバタと悶えたせいで、ドでかいフェアリーサークルが出来上がる。
「お嬢様! お怪我はありませんか!?」
「大丈夫だけど、いきなり何なのよぉ!」
涙目になりながら、頭にぶつかった何かの正体を確認すると……。
「籠手?」
見た事もない金属製と思わしき籠手が転がっていた。
「お嬢様! こちらをご覧ください!」
「んあー?」
ミーアが指さした先にあるのは、籠手の表面に刻まれた紋章だ。
「あれ? これって……」
「はい、ウェンライト家の紋章です」
紋章。王家や公爵家などの貴族は、自分達の紋章を持ち、それは家を象徴するものとして、代々受け継がれていくものだ。
例えば、ウェンライト家の場合は、三日月を象ったものとなっている。
「でも、三日月を象った武器? 防具? 家の歴史を教えられてきた限りでは、聞いた事がないわ」
「私もでございます。ですが、これは三日月というより……」
『満月?』
二人で首を傾げてしまう。
ウェンライト家の物であれば、三日月を象るはずのものが、何故満月に?
疑問は尽きないけれど、今はそれどころではない。
「とりあえず、調べてみましょう」
「はい、お嬢様」
まずは籠手を拾い上げてみる事に。
大きさとしては、私の手よりも少し大きいくらい。
指先まで隠れるタイプで、見た目の質感は金属に近いけど、鉄とは違う不思議な感じ。
軽く叩いてみた限りだと、とても頑丈だ。
そりゃ痛いわけだよ。
表面には三日月ではなく、満月が描かれており、それ以外の装飾などは一切施されていない。
「見た目と大きさの割に、妙に軽いのね。まるで羽のようだわ。それでいて頑丈。でも、何で片一方だけなのかしら?」
「お嬢様、それ以上、触れられるのは危険かと」
「そうね。これは一旦持ち帰ってから、詳しく調べた方がいいかもね」
「はい、それがよろしいかと」
私は手にしていた籠手を、ミーアの持つ鞄へと仕舞い込んだ。
そして、石碑の方へと視線を向ける。
「改めて、ご先祖様に祈りを捧げておきましょ」
「はい、お嬢様」
石碑の前に立つと、私達は両手を合わせて目を瞑る。
「ご先祖様、どうか家族と弟をお守り下さい」
「……」
「私の周囲にいる人達も、どうかお守り下さい」
「お嬢様……」
「それと……できれば私も守って欲しいかな? なんて……」
冗談交じりに呟いた言葉に、ミーアの優しい声色で応えてくれた。
「勿論でございますとも。お嬢様は、私が命に代えてもお護り致しますので、どうぞご安心なさってくださいませ」
「ありがとう、ミーア」
いつも通りのやり取りが、とても心地よい。
私はこの瞬間が好きだ。
例え、この後にどんな運命が待ち受けていようとも、ミーアと一緒に居られるなら、きっと乗り越えられると信じている。
「でも、片一方だけの籠手とか、ご先祖様のケチー」
「お嬢様、罰当たりな事を……」
私の悪態を咎めるミーアの言葉が止まる。
どうしたのかと思い彼女に視線を向けると、私の頭上を見つめていた。
あ、この先の運命が分かる。私にも分かるぞ!
こういう時は大抵――
「んぎゃぁぁぁ!!」
私の無礼な発言に、ご先祖様からの贈り物。
再びゲンコツを頂戴する事になったのだ。




