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終.これからと、未来の話

 それから数日後、国王陛下が私を呼び出した。

 謁見の間に入ると、そこには国王陛下の他に、ヴィルジール殿下の姿があった。


「国王陛下、お呼びと伺いまして参りました」

「アリスティアよ、此度の件についてご苦労であった。其方の尽力により被害を最小限に抑える事ができた。感謝する」


 国王陛下から労いのお言葉を受ける。


「もったいないお言葉でございます」


 私は深く頭を下げる。


「アリスティアよ、今回の事は我が王家の落ち度でもある。王家の恥を晒してしまった事を謝罪しよう」

「いえ、そのようなお顔をなさらないで下さい。私は何も気にしておりません」


 国王陛下にそう伝える私の隣で、お父様はとても厳しい表情をしていた。


「陛下、アリスティアの処遇については如何に?」

「うむ、それなのだが……アリスティアよ、そちは、これからどうしたいと考えているのだ?」

「はい、私は……もう二度とこのような悲劇を繰り返さない為に、自分に出来る事を精一杯やろうと思っております。そしていつしか、この国に住む全ての民が、平和で幸せに暮らせるよう、努力していくつもりで御座います」

「ふっ、はははは! これはまた大きく出たな!」


 国王陛下は笑い声を上げる。

 ヴィルジール殿下は無言のままこちらを見つめている。


「あい分かった。アリスティアよ、以前に申した通り、旧伯爵家の領地を与えるとしよう。そこを治め、領民が平穏に過ごせるように導いてみせよ。そちの籠手に描かれた満月の様にな」

「はい、謹んでお受けいたします」

「準備も必要だろう、しばし屋敷でゆっくりと身体を休めておくが良い。ヴィルジール、彼女を送り届けてあげなさい」


 ヴィルジール殿下は返事をせずに、無言で一礼をする。

 こうして城を出て、王都へ戻って来たのだが……。


「まさか、領主代行から本物の領主になるとは思わなかったわね」


 王都にある屋敷へ戻ると、お父様とお母様から盛大なお祝いを受けた。

 ここまで連れて来たヴィルも、緊張が解けて肩の荷が下りたようだ。

 駆けつけてくれたリゼットが、山の様なご馳走を運んで来てくれて、皆で食べたり飲んだりした後、私は一人バルコニーで夜空に浮かぶ三日月を眺めていた。


 そこへ現れたのは、ミーアだ。

 彼女はいつものように私の横に並んで立つと、声を掛けてきた。


「少しよろしいですか? アリスティア様」

「えぇ、大丈夫よ」


 私が答えると、ミーアは微笑みながら話を続けた。


「爵位と領地を与えられた事、お喜び申し上げます。これで、アリスティア様は名実ともに、旦那様から独立なされたのですから」

「そうなのよね。まーったく実感が湧かないけれど……」

「お嬢様でしたらすぐに慣れますよ。家名と紋章については、如何なされるおつもりなのでしょうか?」

「その事についてなのだけれど、一度、実家に戻ってご先祖様から許可を貰おうと思うのよ」

「それは良いお考えですね。きっと、お許しになるでしょう」

「そうだと嬉しいのだけれどねー」


 籠手に刻まれた満月の紋章を指でなぞる。

 これについて、お父様から詳しい話を伺う事が出来た。


 満月の紋章は、ウェンライト家の初代様が使用していたものであり、その由来は、領地に存在する古城が関係しているとか。

 初代様は、この国を愛し、民の事を第一に想い、行動をしていた。

 それは亡くなられる直前まで、変わらぬ姿勢を貫き通された。


 お隠れになられた後、子孫達は喪に伏せる意味も含めて、紋章を満月から三日月へと変更。

 しかし、時が経つにつれ、いつの間にか本来の意味を忘れられてしまうのであった。


 では、何故お父様が知っているのかと言うと……ご先祖様が残された手記が古城に存在し、記されていたからだそうです。


『好奇心に負けて忍び込んだのはいいが、とんでもない物を見つけてしまった。父上に報告した時は、とびきりのカミナリを落とされてしまったものだが、今となっては良かったと思える。あれは、後世に残しておくべき代物だ』


 あの頃の気持ちを思い出したお父様は、とても楽し気であった。


 *****


 月日が経ち、私は与えられた領地へ向かう前に、国王陛下や両親から許可を頂き、一度、実家へと戻る事にしました。

 使用人達から、領地の民まで、皆が私の無事を喜んでくれました。

 特に執事のヴィクトルは、涙を流すほどに喜ばれており、その姿に苦笑してしまいました。


 そして、私は再びミーアと共に、ご先祖様の石碑の前に立つと、深々と頭を下げた後に話しかけた。


「ご先祖様、ただいま戻りました。こうしてまた無事にお会い出来た事に感謝しております」


 返事など返って来る筈もないが、それでも私は、語り掛けずにはいられなかった。


「お父様の好奇心のおかげで、ご先祖様の事が知れてよかったと思います。内容は、今でも忘れる事が出来ません」


 満月が刻まれている籠手に触れてみる。


「私は驚きました。初代様は、まるでお伽話に出てくる聖女のような方だったのだと」


 私はミーアに視線を向けると、彼女は静かに見守ってくれていた。

 それが嬉しくて、つい口元が緩んでしまう。


「『あだ名』の通り、とても優しい人だったのですね。それに、困っている人を見捨てない、正義感溢れる方だったようです。お父様から聞いた話では、初代様は、魔物に村が襲われて、絶望的な状況だったにもかかわらず、単身で魔物に立ち向かったらしいですよ? 信じられますか?」


 私はミーアに尋ねると、彼女は首を縦に振った。


「はい。信じます。初代様によく似ておられる方が、私の目の前におられますから……」


 彼女の言葉に、少しだけ恥ずかしくなり頬が熱くなるのを感じる。

 私は慌てて話題を変えるように、言葉を続けた。


「えっと……あ! そうだわ! ご先祖様にもう一つご報告がありましたの!」


 私はご先祖様へ報告する内容を思い出すと、口を開いた。


「お父様が、古城の調査を行うと言って聞かないのです。好奇心に火が点いてしまいまして、このままだと一人で調査に向かいかねません」


 私が溜息交じりに呟き、ミーアが呆れた表情を見せる。


「よろしければ、調査の許可と安全をお願いしたいと思っておりますの。お父様の事なのですから、心配はいらないと思うのですが……私達とっては、近くて遠い存在でありますので」


 私の不安げな顔を見てミーアが微笑むと、そっと手を握ってくれた。

 その温もりを感じながら、彼女へと感謝の念を抱く。


「あ、あと! 弟がですね! 私に会いたいと言ってくれているので、それまで元気に過ごせますように! あとあと! 今度は義妹のリゼットや義弟のヴィルも、一緒に連れて来ますね!」


 ミーアは優しく見つめてくれるので、私も笑顔で応えた。


「それじゃあ、行って来ます!」


 私達は、ご先祖様の石碑に向かって挨拶を済ませると、新たな領地へ向かおうとしたその時だ。

 突如、頭に衝撃が走り、痛みに悶える。


「何か怒らせる様な事を言いましたか!? ご先祖様!!」


 痛みによって私は倒れ込み、二つ目のドでかいフェアリーサークルの作成に取り掛かる羽目になってしまった。

 何かを拾い上げるミーアは、それを見てクスリと笑う。


「お嬢様、こちらは新たなお屋敷に飾るのが、よろしいかと」

「今は、それどころじゃないのだけれどね!!」


 涙目になりながら叫ぶと、ミーアは再び笑い出すと、私に手を差し伸べてくれた。

 私は差し出された手を掴むと、立ち上がってスカートについた埃を払った。


「さぁ、参りましょう。お嬢様、それとも、お姫様と呼んだ方がよろしいでしょうか?」


 悪戯っぽくミーアが問いかけると、私は顔を真っ赤にして反論する。


「もう!! からかわないでよ! ミーアのイジワル!!」


 そう言ってミーアの背中をポカポカと叩くと、彼女は楽しげに笑っていた。


「ほら、行きましょ! ミーア!」

「はい、お嬢様」


 私はミーアの手を引くと、二人で並びながら歩き始めた。



 のちに、お父様が見つけ出したウェンライト家の歴史書は、代々受け継がれてゆき、こう記されているという。


 民を優しく包み込む、柔らかな笑みから慕われた統治者。

『満月聖女』アリスティア・ウェンライト。


 聖女の隣には、生涯その身を護り続けた、最強の従者。

『三日月湖のメイド』ミーア・ルーベルク。


 二人の名は、この国の象徴として、後世に語り継がれる事となることを。


 今の私達には、まだ知る由もないことであった―――

家の主によく似た肖像画が飾られたお屋敷。

そこへメイド服姿の女性が、足を踏み入れようとしていた。

首に巻かれたチョーカーには、満月の装飾。

彼女は、口元に指を当て、笑みを浮かべながら、静かに何かを呟いた。

それを知るのは、この世界でただ一人、その人物だけである。

―――――

最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。

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今後の参考にさせて頂きます。

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