20.罪と罰
抵抗を諦めたと判断されたモルガーヌは、ミーアから解放されると、その場に座り込んだ。
「ぷぎゅぅ……」
「はい、お終い。貴女も少しは大人しくなったかしら?」
「…………」
モルガーヌは俯いたまま、何も言わない。
意気消沈している様だ。
すると、彼女は静かに泣き始めた。
これには流石に驚いた。
まさか泣くとは思わなかったからだ。
「ちょ、泣かないでよ。やり過ぎたのは謝るから、ね? ほら、これで涙拭いて」
ハンカチを差し出すと、彼女はそれを受け取って鼻を噛む。
出来れば涙を拭うのに使って欲しかったが、まあいいか。
モルガーヌは落ち着いた様で、ゆっくりと立ち上がると、彼女は私の胸に顔を埋ずめて抱き付いてきた。
そして、私にこう言ったのだ。
「アリスティア様、貴女の言う通りに従いますわ。だから、最後にこの温もりを感じさせてくださいまし」
そう言って、モルガーヌは再び涙を流し続けた。
これから先の事を考えれば、最後という言葉も間違いではないだろう。
私は彼女を抱きしめると、頭を撫でてあげた。
「分かったわ。気が済むまで好きにしなさい」
「ありがとうございます。アリスティア様」
暫くの間、私達は抱き合いながら、お互いの体温を感じていた。
再びモルガーヌが落ち着いてから、私達は話し合いを始めた。
「ミーアに用意してもらった手錠と、魔力封じの首輪を嵌めるわね」
「好きにしてくださいまし。もう、疲れましたの」
モルガーヌは諦めた様子で、手錠と首輪を素直に受け入れてくれた。
これにより、彼女の脅威は完全に無くなった。
「次に、私のお父様と面会をしてもらうわ。貴女の処遇について話し合いましょう」
「分かりました。アリスティア様に全てを委ねますわ」
モルガーヌは項垂れている。
その姿はまるで、主人に叱られた犬のようだ。
「ミーア、お父様への連絡は?」
「既に済ませております。人払いの済ませた部屋を用意したので、そちらへ向かう様にと」
「分かったわ。流石、仕事が早いのね」
「恐縮で御座います。お嬢様のお役に立てて光栄でございます」
ミーアは深々とお辞儀をする。
「それじゃあ行きましょうか。ミーア、案内して頂戴」
「承知致しました。こちらへどうぞ」
モルガーヌを引っ張る様にしながら、ミーアの後に付いて行くと、そこは客間の一つだった。
中に入ると、そこにはお父様がいらっしゃいました。
「ご苦労、アリス。それと、ミーアも」
「勿体無きお言葉です、旦那様」
お父様は椅子から立ち上がり、私に近付くと、そっと抱きしめてくれました。
「お帰り、アリス。よく無事に帰って来てくれた。お前の無事な姿を目にする事が出来て、本当に良かった」
「お父様、ただ今戻りました。またこうして、お父様とお会いすることが出来て、とても嬉しいです」
お父様は、私の事を力強く抱きしめてくださり、嬉しく思いつつも、少しだけ苦しかった。
でも、今はそんな事は些細な事で、お父様との再会を喜びたかったのです。
ただ、視界の端に映るモルガーヌの表情は、曇っている。
「お父様、此度の一連の騒動に、終止符を打つ事が出来ました。首謀者の一人であるモルガーヌを拘束する事に成功し、判断を仰ごうと思っております。如何なされるおつもりでしょうか?」
「まずは、本人に話を聞こうじゃないか。モルガーヌ嬢、君は、何故こんな事をしたんだ?」
お父様は、モルガーヌの方を見て問いかける。
彼女は、ゆっくりとだが、口を開く。
「それは……わたくしの存在意義を、家族に認めさせたいからです」
「どういう意味だい?」
お父様は不思議そうな顔を浮かべると、モルガーヌは淡々と語り始める。
「わたくしは、家族から疎まれて育ちました。わたくしの力を恐れ、家族も、使用人達も恐れて、誰もわたくしを見てなどくれなかった」
「……」
「それでも、わたくしは自分の価値を高める為に努力をした。勉学に励み、魔法を磨き、周囲に認められる為に」
モルガーヌの言葉を聞き、私は何も言えなかった。
「だけど、現実は残酷でした。どんなに頑張っても、家族からは認められない。寧ろ、わたくしを忌み嫌う始末。それが許せなかった。だから、わたくしは、自分の力を示す為に、今回の計画を立てたのです」
彼女は感情的になり、大声で叫ぶ。
お父様は、黙って彼女を見つめている。
「王妃の座に就き、自分の力を認めさせる為に……。今となっては、浅はか過ぎて笑い話にもならないでしょうけれどね。わたくしは、自分の力に溺れて、自分勝手で愚かでした。だから、罰を受けて当然なのです……」
モルガーヌは、自嘲気味に笑うと、俯いた。
「モルガーヌ嬢、君の事情は理解できた。よくぞ話してくれたね。後は、我々に任せてくれないか?」
「わたくしは罪人です。お好きになさって下さい。もう、わたくしには生きる資格なんてありませんから」
モルガーヌは諦めているのか、投げやりな態度を取る。
「モルガーヌ嬢、君に一つ提案がある。このまま大人しく罪を認める事、侯爵家の事を話してくれるのであれば、減刑をしてもらえるように掛け合ってみるよ。どうかな? 悪くないと思うんだが」
「お断りしますわ。そんな事しても、何の意味もありませんもの」
お父様の提案に、モルガーヌは即答する。
「わたくしは侯爵家の令嬢。最後まで貴族として、淑女として、潔く罪を受け入れますわ」
「……そうか、残念だよ。アリス、この子は私が預かる。後の処理は任せなさい」
「……分かりました。お父様、よろしくお願い致します」
お父様は、モルガーヌを連れて部屋から出て行こうとした時、彼女が私に話しかけてきた。
「アリスティア様、最後に一言だけ言わせて貰えませんか?」
「……何かしら?」
「わたくしは、貴女が羨ましかった。妬ましくもあった。わたくしの持っていないモノを全て持っている貴女が」
モルガーヌは、私に嫉妬していたのだろうか。
「わたくしは、ずっと一人で寂しい思いをしてきた。誰にも相手にされず、孤独に生きて来た。なのに、アリスティア様は幸せそうに生きている。それが、どうしても納得出来なかった」
彼女は、言葉を紡ぐ。
「でも、そんな考えは間違っていると気付いた。何故だか分かります?」
「……いいえ、分からないわ」
モルガーヌの問いに対して、正直な気持ちを口にする。
すると、彼女はとても満足げな笑みを浮かべる。
「それは、わたくしを初めて叱ってくれた人が、アリスティア様だったからですよ」
彼女は、私を恨んでいなかった。
初めて自分を怒る人間が現れた事に、嬉しさを感じ、その相手が私だったからだと。
「誰かと喧嘩をするのは初めてでしたが、とても楽しい時間でした。さようなら、アリスティア様」
モルガーヌは、お父様に連れられて部屋を出て行った。
彼女の姿が消えると、私はミーアの傍に駆け寄った。
ミーアは優しく微笑むと、私の頭を撫でる。
「お嬢様、モルガーヌ様は罪を犯しました。その事実は変わりません。しかし、最後にお嬢様と出会えた事で、救われたのではないかと思います」
「ミーア……」
彼女は優しい笑顔を見せると、彼女はそっと私を抱きしめてくれた。
「お疲れ様でした。お嬢様は立派に務めを果たされました。お嬢様は、誇るべきお方です。自信を持ってくださいませ」
ミーアの言葉を聞いて安心した私は、泣き崩れてしまった。
彼女は、泣きじゃくる私を、抱き締め続けてくれるのであった。
明日の更新が最終話となる予定です。




