18.一撃と申しましたが、一発で済ませるつもりは御座いません
城から少し離れた一画にあるのは、そびえ立つ塔。
フレデリク殿下と、モルガーヌ嬢が立て籠もっている場所だ。
私は今からそこへと赴く。
目的はただ一つ
彼等に一撃をお見舞いする為……も、あるけれど、真実を確かめなければならないからだ。
しかし、その前に私にとって重要な事が判明する。
「弟が、ウェンライト家の代表として、第二王子と共に伯爵家の元へ向かっている」という事実を、お父様から聞かされたからである。
そりゃね、お姉ちゃん的に鼻高々だよ。
可愛い弟の成長っぷりに感動しているからね。
だけどさ、ちょっと待って欲しい。
私、聞いてないんだけど! 何それ初耳!!
どうして教えてくれなかったのかと問い詰めれば、お父様曰く、謁見前に伝えると面倒な事になるから黙っていたとのこと。
いやいや!! どう考えても最重要事項じゃない!! 弟が同行するなんて国王陛下からも聞いていないし!!
お祖父様も同行されているから、命の心配はしていないけれど!
「はぁ……一層の事、塔を殴り続けて倒壊させる手段を選んでも、バチは当たらないわよね?」
「お嬢様、実現可能そうな事をサラっと言わないで下さい」
「あら、駄目かしら?」
「駄目で御座います。そもそも、何故そのような発想に至ったので?」
「んー、そうねぇ。強いて言えば、ストレス発散かな?」
「お気持ちは解らないでもありませんが、流石にお止め下さい。お身体に障りますよ」
「はーい。ミーアが止めるなら仕方ないか」
「聞き分けの良い主にお仕え出来て、私は幸せで御座います」
塔へと向かう道すがら、ミーアに注意されてしまう。
でも、止める理由が私の身体を労わってだから、嬉しく思う。
それに、私が本当に実行したら困るのは、他ならぬ彼女なのだから。
「さて、とーちゃく! っと! 随分と高い塔なのね!」
「この塔は監視の為の見張り台も兼ねておりまして、周囲が見渡せるようにと高く造られているのです」
ミーアの説明を聞きながら、改めて周囲を見渡すと、確かに見晴らしは良さそうだ。
「さっさと終わらせようと思ったけど、これは予想よりも骨が折れる作業になりそうね」
独り言のように呟いた言葉に、ミーアは苦笑するだけで特に何も言ってこなかった。
それから数分後、ようやく塔の入り口が見えてきた。
扉の前に立っていた二人の衛兵は、私の姿を見ると慌てて敬礼をする。
「ご苦労さま。中に入っても大丈夫かしら?」
「はい! 問題なく入れます!」
「ありがとう」
私は彼等に微笑みかけると、扉に手を掛け、ゆっくりと開こうとする時、頭上から声が聞こえてきた。
「アリスティア!!」
私の名前を呼ぶ声に、思わず手を止めた。
視線を上へと向けると、窓際からこちらを見下ろす男性と女性らしき姿が目に映る。
(見たところで顔も覚えていないから分からないのだけれど、あの二人よね?)
確認の為に、私は口を開く。
「お久しぶりでございます。フレデリク殿下、そしてモルガーヌ嬢」
「アリスティア様、お会いできて嬉しいですわ」
満面の笑顔で答えるモルガーヌ嬢。
小柄で色白の姿に、三つ編みを冠の様に頭の両側に垂らす髪型が特徴の彼女は、お人形のような可愛らしさを持つ女の子だった。
ドレスから豊満なお胸が溢れ出さんばかりに主張していて、同性の私でさえつい見てしまう。
「此度の件について伺いにいらしたのでしょう? さぁ中にお入りになって」
「お嬢様……」
「いいの。このままだと話が進まないもの」
「承知致しました」
「アリスティア、君はどうしてここに来たんだ?」
フレデリク殿の言葉に、私は小さく溜息を吐き、言葉を紡ぐ。
「貴方達と話す為に来たのですよ。それ以外の理由はありません」
「……もしかして、僕等の婚約を応援する為にやってきてくれたのかい! 是非とも中へ入って来てくれ! 歓迎するよ!」
どういう頭をしていれば、そのような考えに至るのかしら……。
「まさか君がここに来るとは思わなかったから、嬉しさのあまり興奮してしまったようだ!」
「……はぁ」
何を言っているのだろう、この人は?
呆れを通り越して感心してしまう。
こんな状況で、よくもまあ、そんな台詞が言えるものだ。
……正直、こちらは今すぐにでもぶん殴ってしまいたい衝動を抑えるので、精一杯だと言うのに。
私は一度深呼吸をして気持ちを整えると、「では失礼します」と伝えて塔の中に入ることにした。
「行くわよ、ミーア。頼りにしているわ」
「はい、お任せください。お嬢様」
ミーアに声を掛けてから塔の内部へと足を踏み入れてしばらく進むと、フレデリク殿下とモルガーヌ嬢が待っていた。
「よくぞいらっしゃいました、アリスティア様。お待ちしておりましたわ」
「……お招き頂き感謝致します、モルガーヌ嬢。フレデリク殿下もお元気そうで何よりです」
「ああ、アリスティア。僕は彼女のおかげで立ち直れた。これからは二人で手を取り合って生きていこうと思う。君には悪いと思っているが……」
二度目の衝動をグっと抑え込む。
ここで手を出してしまえば、今まで我慢をしてきた意味が無くなってしまう。
「……いえ、気になさらないで下さい。元より私と貴方の婚姻は仮初のものですから。お互い納得の上でのこと。どうぞお幸せにお過ごし下さいませ」
「そ、そうか! それは良かった! モルガーヌ! 君と正式に婚約を結ぶことが出来る日が楽しみだよ!」
「えぇ、私もとても嬉しく思います。フレデリク様と一緒なら、きっと素敵な未来が待っていることでしょう」
お互いに手を握って笑い合う姿はまさに絵になる光景だった。
それを見て、少しだけ寂しいと思ってしまった自分に、心底嫌気が差す。
「ねぇ、アリスティア様。先程お伺いしたいことがあると仰っておられましたが、どのような事でしょうか?」
モルガーヌが私の方を向いて話しかけてくる。
彼女の後ろにはフレデリク殿下が立っていて、まるで彼女を守っているかのように見える。
私は内心で舌打ちをしつつ、質問に答えた。
「……国王陛下より、言付を預かっております。まず初めにフレデリク殿下へお伝えするようにと承りました。お聞きになりますか?」
「父上から? まさか、アリスティアが説得してくれたのかい!?」
目を輝かせながら期待に満ちた表情で私を見つめるフレデリク殿下。
しかし、残念ながら私が伝えた言葉は、彼にとっては残酷なものとなる。
「……フレデリク殿下。貴方は国を混乱に陥れた罪により、国外追放となりました。今後は、ご自身の行動に十分気をつけて生活されることをお勧めいたします」
「……はっ? な、何を言ってるんだ? アリスティア、冗談にしては質が悪いよ。父上が僕の事を切り捨てるわけが無いじゃないか。何かの間違いじゃないのか?」
信じられないといった様子のフレデリク殿下は、困惑しながらも私に向かって問いかけてきた。
その瞳からは、希望の色が見える。
しかし、私は首を横に振った。
「……残念ですが事実でございます。国王陛下直々のご決断で御座います」
「嘘だろ……なんで、どうしてなんだ父上!! 僕は何もしていない!!」
悲痛な叫びを上げるフレデリク殿下。
その様子を見て、私は思わず顔をしかめてしまった。
ぶん殴りたいゲージが、臨界点を越えそうである。
「……陛下は貴方の行いに大変お怒りの様子でした。今回の騒動を治める為、国王陛下は多大なる苦労をなさいました。これ以上の迷惑を掛けぬようにと、自ら処罰を下したのでございます」
「違う! 父上は間違っている! 僕は望んでいない結婚を強要されたから逃げ出しただけだ! なのに何故、このような仕打ちを受けなければならないんだ!!」
「それが分からないから、貴方は愚かなのですよ。陛下の御心を察する事が出来れば、この様な事態にはならなかったはず。全ては己の欲を満たす為に起こした結果なのです」
「ふざけるな! 僕は王子としての責任を全うしようとしただけだ! それをお前は否定するのか!」
「その責任とは何ですか? 民を守ることではないのですか?」
「民なんて知ったことか! 僕は第一王子で、いずれはこの国の王となる存在だ! 自分の望みを叶える為に、立ち止まる訳にはいかないんだよ!」
激昂する王子に、ため息が出そうになる。
この人は、本当に何も分かっていなかったのだなと改めて思うと同時に、落胆する。
彼は王子という地位を考えず、自分の欲望を優先させた。
その結果が、今の現状を招いたのに、未だ自分の行為が悪かったと自覚出来ないのか。
頭の中で、幼少期の思い出が浮かびそうになったのだが、即打ち消す。
そんな思い出は、もう必要ないのだから。
「貴方のその考えこそが、国王陛下のお悩みの原因となっているのですよ。話は以上です。次にモルガーヌ嬢」
フレデリクとの会話を切り上げ、私はモルガーヌの方へと向き直る。
「はい、アリスティア様。何なりとお申し付けくださいませ」
「……貴女のご実家に、『聖騎士団』が派遣されております。此度の件が、モルガーヌ嬢の独断なのか、家を含んだ計画的な犯行なのか、調査する為でございます。大人しく従っていただけると助かりますわ」
「成る程、そういう事でしたのね。それでしたら心配はいりませんわ。だって、私は無実ですもの」
「……貴女はフレデリクと共謀し、私を貶める為の計画を練っていたと聞いておりますが?」
「いいえ、違いますわ。フレデリク様の思い込みではありませんこと? わたくし自身は何もしておりません。むしろ被害者でございます」
「モルガーヌ!! 君は裏切ったというのか!?」
「裏切りとは人聞きの悪いことを言わないで下さいまし。貴方のオツムがもう少々マシであれば、この様な事にならなかっただけですわ」
モルガーヌ嬢の言葉を聞いて、私はため息を吐きたくなった。
この国の第一後継者では無くなったフレデリクに、用は無いという態度を隠そうともしない。
その様子に、彼も動揺を隠せないでいるようだ。
「……申し訳ございませんが、真相が明らかになるまで、モルガーヌ嬢を拘束させていただきます」
「あら、困ってしまいますわ。こんなところ、一秒でも早く抜け出したいのですが」
モルガーヌはそう言うと、おもむろに指を鳴らす。
すると、地上からは悲鳴に似た叫び声が聞こえた。
声から察するに、複数の魔物が現れ、騎士達が慌てふためいているようだ。
召喚魔法。
フレデリクを狙っていた魔物も、やはり彼女が……。
「アリスティア様、わたくしをここから逃がしてくれませんか? わたくしはただ友人に会いに来ただけなのですよ? それなのに、急に魔物が湧き出して困っておりますの」
「……残念ながらそれは出来かねます。貴女を逃せば、再び同じ事を繰り返す可能性がある為、見過ごす事はできません」
「まぁ、酷い。わたくしのどこを信用できないと言うのでしょう?」
心外だとばかりに肩をすくめてみせる彼女だが、この場にいる全員が思っている事は同じであろう。
現れた魔物達の動きを見る限り、モルガーヌの指示によって動いているように見える。
だがしかし、そんな事は関係ない。
はらわた煮えくり返る程のこの怒りを、言葉にしなければ。
「……モルガーヌ嬢。貴女にお伝えしたい事があります」
「何かしら?」
余裕たっぷりな態度で微笑むモルガーヌ。
「私は、貴女のような人間が大嫌いです。人の弱みにつけこみ、自分の都合で人を騙そうとする人間を、心の底から軽蔑します」
「……はっ、あははははは!! 初めて意見が合いましたわね!! わたくしも、アリスティア様みたいな人間は好きになれませんわ!! お友達になりたくもありません!!」
「奇遇ですね。貴女は私と同じ匂いがしますから、出会いが違っていれば、きっと仲良くなれましたのに」
「うふふ、嫌ですわ。アリスティア様とわたくしがお似合いだなんて、絶対に有り得ませんもの」
お互い睨み合うが、すぐに視線を逸らす。
「話はここまでに致しましょう。これ以上は時間の無駄です」
「えぇ、そうですわね。これ以上は話す価値も御座いません」
「ミーア、彼女を拘束してちょうだい」
「畏まりました」
私の命令で後ろに控えていたミーアが前に出る。
次の瞬間、彼女は窓から飛び降りてしまう。
「モルガーヌ!!」
「あはっ。この期に及んでも、わたくしの心配をなさって下さるなんて、嬉しい限りですわ」
窓の外からゆっくりとモルガーヌが浮上してくる。
手には手綱が握られており、その先にはワイバーンの姿があった。
「最初からそのつもりで!?」
「えぇ、もちろん。わたくしが逃げる為に。それでは御機嫌よう」
ワイバーンの背に乗り、優雅に手を振るモルガーヌ。
そして、そのまま飛び去ろうとするが……。
「ミーアっ!!」
「御意!!」
私が叫ぶと、ミーアは一瞬だけ力を溜めたのち、剣を引き抜く。
その速さは常軌を逸していて、まさに神速。
ワイバーンが翼を広げるよりも早く、彼女の斬撃が飛ぶ。
「きゃあっ!?」
ミーアの斬撃がワイバーンの羽根に直撃した為、バランスを崩していく。
それでも手綱を握りしめたまま、モルガーヌはワイバーンと共に地上へと落下していった。
「お嬢様!! 急ぎましょう!!」
「ええ!!」
「待て! アリスティア!! 僕を……俺を置いていくな!!!」
フレデリクが私に抱き着こうと手を伸ばすが、それをミーアが弾き飛ばす。
「お嬢様に指一本触れさせない!! お前はそこで這いつくばっていろ!!」
「おのれ!! メイド風情が!! よくも俺の邪魔をしてくれたな!! 覚悟しろ!!」
激昂するフレデリクに、ミーアは冷めた目を向けている。
私は彼女の肩を叩くと、後ろへ下がらせた。
ここは私に任せて欲しいと伝えたのだ。
ミーアは小さく会釈すると、私の気持ちを汲んでくれたのか、モルガーヌの後を追う様に、その場から立ち去ってくれる。
……これで、思う存分、ぶん殴れる!!
「アリスティア!! 君が俺に謝るまで許さな……」
一発目、騒動を起こし、皆に迷惑をかけた分。
「ア、アリスティア!! 何をする!! 俺は……」
二発目、国王陛下のお心を痛めさせた分。
「アリスティアァァァッ!!」
三発目、私の家族を、弟を危険に晒した分。
「やめろ!! やめてく……」
四発目、ミーアをメイド風情などと侮辱するだけでなく、命まで狙おうとした分。
そして五発目、これは私のありったけの気持ちだ。
「この……っ……クソ野郎がぁぁぁ!!!」
「ぎゃぁああああ!!」
渾身の一撃をフレデリクの顔にぶち込むと、彼は泡を吹きながら地面を転がり、やがて動かなくなった。
ご先祖様から賜りし籠手のおかげで死ぬ事はおろか、傷つける事さえ出来ないのだから、大丈夫でしょう。
それでも、痛みは伝わったみたいだし、今はこれで良しとしよう。
「……私の本気を五発も受け止めてくれるところを、違う場面で見たかったものですわね」
そんな機会は、二度と訪れませんけれどね。
「さようなら、フレデリク」
私は意識を失った彼に別れを告げると、ミーアの後を追ったのである。




