17.弟は? 私の弟は何処なの!?
私とミーアの目の前には、城を守る門番達が居た。
彼等に名乗りを上げると、既に衛兵から連絡が入っていたらしく、あっさりとお城へ通してくれた。
「何て言うのかしら、相手からの驚きが無いと寂しさを感じるのよね」
「良いではありませんか。何事もスムーズに話しが進むのは、喜ばしい事ですよ」
確かにそうなのだけれどね! でも、せっかくなんだから、もう少しぐらい驚いてくれてもいいんじゃないかなって思うのよ!
「こちらが、ウェンライト家の皆様がお待ちの部屋になります」
案内役の衛兵さんが頭を下げた後に、立ち去るのを確認してから扉を開くと、そこには見知った顔があった。
「アリス!! よくぞ無事で!!」
「お父様! お母様! ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした!」
勢い良く抱きついてきたお母様を受け止めながら、謝罪の言葉を口にする。
「本当に良かったわ! アリス! 貴女にもしものことがあったらと思うと……」
「お母様、もう大丈夫ですから」
「ミーアよ、よくぞアリスを連れて来てくれた!」
「勿体無きお言葉に御座います。旦那様」
涙を流しながら両親に抱きしめられ続ける私を、ミーアは静かに見守ってくれていた。
しばらくすると、落ち着きを取り戻した両親が、私から離れていく。
「アリス、疲れているだろうが、国王陛下がお呼びになっている。すぐに謁見の間へ向かう準備を」
「ミーア、アリスの身嗜みをお願いするわ」
「承知しました」
襖立てが用意され、私は国王陛下と謁見の為に準備を行う。
一礼した後、私の元へ近寄ってくるミーアの姿は、正にメイドそのものであり、長旅が有った事を微塵も感じさせない。
「失礼致します、お嬢様」
「あい、どーじょー」
ミーアが私の背後に回ると、ブラシで髪をとかしてくれる。
その光景に、日常を思い出させてくれる。
思えば遠くへ来たものだ。
「お嬢様、どうかなされましたか?」
「いえ、何でもないわ。ただ、こんなにも穏やかで平和だった日々が、懐かしく思えるだけ」
「左様で御座いましたか。お気持ちは分かりますが、今は前を向く時かと思います」
「そうね。ありがとう、ミーア」
準備が終わると、ミーアから手鏡を渡される。
それを覗き込むと、いつも通りの私の顔が映っていた。
「私、可愛いよね?」
「可愛いですよ、お嬢様」
うん! 満足!
さてと、国王陛下に呼ばれたからには、謁見の間へ向かわないとね!
「お父様、準備が整いましたわ」
「うむ。それでは行くとしよう。アリス、ついてきなさい」
「畏まりましたわ」
私はお父様に付き従い、歩き始める。
長い廊下を進み、階段を登り、また歩く。
「この先に陛下が居られる」
その言葉で私は気を引き締め直すと、歩みを進めるお父様の背中を追う。
暫く進むと、大きな扉の前に辿り着く。
お父様は立ち止まり、振り返ると、私に真剣な眼差しを向けてくる。
「アリスティア、ここから先はお前の戦場だ。だが、何があろうとも臆することはない。己が信じる道を行きなさい。私達は常にお前の傍にいる」
「はい!」
私は力強く返事を返す。
「よろしい。では、行くとしようか」
お父様の合図に従い、衛兵が扉を開き、中へと入る。
そこは、玉座の間であり、荘厳な雰囲気が漂っている。
私は、お父様の後に続き、国王陛下の御前へと歩んでいく。
「陛下、我が娘、アリスティア・ウェンライトを連れまいりました」
「ご苦労であった」
「はっ!」
お父様が膝をつき、頭を垂れる。
私もそれに倣い、頭を下げる。
「面を上げよ」
「はい」
ゆっくりと顔をあげると、国王陛下は穏やかな表情を浮かべていた。
「久しいな、アリスティア。息災で何よりだ」
「陛下もお元気そうで何よりで御座います」
「ふっ、昔のようにおじさまと呼んでくれても良いのだぞ?」
「恐れ多い事に御座います。陛下」
私が答えると、国王陛下は苦笑いを浮かべる。
「相変わらずのようだな。もっと近くに来るが良い、許す」
「はい」
お言葉に甘えて、少しばかり距離を詰める事にする。
「アリスティア、此度の件は、余も心を痛めている。全ては余の不徳が招いた結果である。誠に申し訳なく思う」
私にそう告げると、国王陛下は頭を下げて謝罪をする。
その行為に、周りに控えている者達は騒めき立つ。
「陛下! お止め下さい!」
「よい。今回の一件は余の責任である。例え王族であろうとも、罰せられるべきは罪人である」
頭を上げた国王陛下は、真っ直ぐな瞳を向けると、私を見つめる。
「余は決めた事がある。それは……フレデリクを国外へと追放する事だ」
「陛下!?」
「これは決定事項である。第一後継者である者が、国の為になるような行動を起こさず、逆に国を混乱に陥れた。これ程の大罪はない。故に、余は決断した」
「陛下! お考え直しを! 私はそこまでの罰は求めておりません!」
「アリスティア、そちは優しすぎる。だが、そこが愛らしい所でもあるのだがな」
国王陛下のお言葉を遮るように声をあげた私に対して、優しい笑みを返して下さる。
名前はおろか、相手の存在すら忘れていたとは、とてもじゃないが言えないのである。
そんな私の心情など知る由もない国王陛下は、話を続ける。
「アリスティア、先程も申した通り、此度の出来事は余の失態である。故に、そちに咎は無い。よって、失った名誉を取り戻す機会を与えたいと思うが、何か希望はあるか?」
「……では、一つだけ、願いがあります」
「申せ」
「フレデリク殿下と、モルガーヌ嬢に、一撃お見舞いしてもよろしいでしょうか? 勿論、拳で」
私の言葉を聞いた国王陛下は、目を丸くすると同時に笑い出す。
「ハッハッハ!! 面白い奴め。良かろう。許可する」
「ありがとうございます」
深々と一礼すると、国王陛下は更に笑う。
「しかし、その様な事を考えるのは、そちくらいであろうな。他の者は誰も思いつかんぞ?」
「そうでしょうか?」
「うむ。まぁ良い。この件が済んだ際に、別途として伯爵家の領地を与えるとしよう」
「領地ですか……」
お父様の代わりに領主代行をこなしていたけれど、まさか冗談ですよね?
「不満か?」
「いえ、領地を頂けるのは大変光栄ですが……伯爵家のとは一体?」
「現在、第二王子が『聖騎士団』を率いてモルガーヌの実家へと向かっている。真偽を確かめる為にな。それが事実であれば、爵位剥奪は免れないだろう」
なるほど。
つまり、この一件が家ぐるみあれば、責任を追及できるというわけですね。
「さて、役者は揃った。後は結末を迎えるのみ。覚悟はできておるか?」
「はい、勿論で御座います」
私は国王陛下の問いに、はっきりとした口調で答えた。
「ならば、もう何も言う事はなかろう。アリスティア、行って来るが良い」
「はい!!」
私は力強く返事を返すと、国王陛下に背を向け、部屋を出る。
向かう場所はただ一つ。
フレデリク・ルクレール殿下と、モルガーヌ嬢の居る元へだ。




