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15/21

15.人前で噛んだ、お尻を指摘された、長い一日になりそうね……

 私達の目の前には、一つの町をすっぽりと覆う程の大きさを誇る城壁があった。

 ここが王都。

 目指していた場所に、辿り着いたのだ。


「ようやく着いたわね」


 私が呟くと、隣にいたヴィルが息を呑む。


「姉上、本当に正面から入るのですか? 裏口や抜け道を利用された方が安全では?」


 彼の言い分は正しい。

 状況を考えれば、まさに正論。

 しかし、私の答えは決まっている。


「却下!」

「即答!?」

「王都が目の前にあるのに、そんな遠回りくどい真似が出来る訳がないでしょう? それに、こういうのは勢いが大事なのよ!」

「でも、姉上」

「でももへったくれもありません! 男の子でしょう! ほら、行くわよ!」


 私は、門番の前まで進むと、乗馬をしたまま籠手をかざし、堂々と宣言する。


「我が名はアリスティア・ウェンライト! ウェンライト家の長女にしてフレデリク・ルクレール殿下の正統な婚約者なり! 此度の騒動を収める為に参りました! 速やかに開門せよ!」


 私の声が辺りに響き渡ると、門の両脇に控えていた衛兵が慌てて飛び出してきた。


「こ、これはアリスティア様!!」

「一体何事かね?」

「た、隊長! アリスティア・ウェンライト様を名乗る女性が……そしてヴィルジール殿下がお戻りになられました!」

「なにぃ!?」


 部下の報告を受けた隊長は驚きを隠せない様子だった。


「すぐに城へお伝えしろ! この事は他言無用だ! よいか、絶対に漏らすでないぞ!」

「はっ! かしこまりました!」


 部下が走り去ると、隊長は改めて私達を見る。


「ヴィルジール殿下、よくぞご無事で。アリスティア様もご一緒されて何よりです」

「心配をかけたようだね。でも、姉上のおかげで何とか戻って来れたよ」


 ヴィルの言葉に、私は笑顔で応える。


「姉上?」


 不思議そうな表情を浮かべる隊長に対して、ヴィルは慌てたように説明する。


「い、いや、何でもないよ。気にしないで欲しい。それよりも、王都で何か変化は起きなかったかな?」

「はい。特に変わったことは起こっておりません。平和そのものです。しかし……」


 そこまで言うと、彼は申し訳なさそうに言葉を続ける。


「一部の者しか知らないはずの出来事が、王都の民の間で噂として広まっております。アリスティア様は、『辺境の魔女』であり、王国を乗っ取る為に、王子を唆して謀反を企んだ、『悪女』であると」

「……貴族の令嬢なんてやめて、一層の事、本当に『魔女』になれば良かったかも?」


 思わず本音を零すと、隣のミーアが苦笑する。


「例え、お嬢様が『魔女』であられたとしても、私は変わらずお側におりますよ」

「私もです! アリスティア姉様!」


 ミーアとリゼットが声を上げる。


「……二人とも、ありがとう。嬉しいわ」


 私も嬉しくなって微笑むと、隊長は驚いたような顔をする。

 ん? どうかしたのだろうか?


「失礼しました! アリスティア様は、もっと近寄り難い方だと記憶しておりましたので……」


 なるほど。そういうことか。

 確かに、以前の私なら見知らぬ人の前で、こんな風に笑うことはなかっただろう。

 けれど、今は違う。

 だって―――


 周りには、信頼出来る仲間がいるのだから! 私は胸を張って答える。

 堂々と! 誇らしく! これが今の私なのだと示すために!


「……お、おうふ! おうふ!」

『…………』


 あああああ!! 肝心なところで噛んだ!! もうダメ!! 恥ずかしくて死にたい!!

 穴があったら入りたい!! でも、今更後には引けない!! こうなったらヤケクソだ!!

 最後まで突き通してやる!!


「えっと、その、あの、アレですわ! 今の私は、昔の私とは、一味も二味も三味も違うってことですの!!」


 私の言葉に、隊長は呆然としている。

 この勢いを殺してはならない! ここで止めたら負けだ! 行け!! 私の中の『何か』が叫んでいる!!


「開門!! 早く開けなさい!! さもなくば、門ごとブチ割って押し通りますわよ!!」

「は、はい! ただいま!」


 隊長が慌てて部下に指示を出すと、ゆっくりと門が開き始める。

 私は衛兵達に向けて、感謝を込めて手を振った。


「皆さん! ありがとうございます!」


 第一関門突破! これで王都に入る事が出来る! ここまで来た甲斐があったというものだ!

 門を抜けると、そこには王都の風景が広がっていた。

 広大な敷地に、無数の建物がひしめいている。


 ポツポツと民の姿が見えるが、まだ早朝と呼べる時間帯の為、人影は少ない。

 だが、活気があるのは間違いないだろう。

 この光景を見ただけで、ここが王国の心臓部だという事が分かる。


「お嬢様、ここからが本番です。このまま早駆けで城を目指すのも手で御座いますが……」

「私達に慌てる理由なんて無いでしょう? 予定通りに行動しますわ」

「畏まりました」


 ミーアは静かに頭を下げると、手綱を握り直す。


「行きましょう。まずは、お城へ向かいますわよ」


 こうして、私達は王都の大通りを進んでいった。

 道中、私の姿を見かけた王都の民がこちらを見てヒソヒソと話をしているが、気にする必要は無い。

 この程度の事で動じていては、悪役令嬢など務まらないからだ。


 悪役令嬢たるもの、貴族令嬢達の羨望と嫉妬を一身に受ける存在であり、誰よりも強くなければならない。

 故に、常に毅然な態度を崩してはならないのだ。


 ……とまぁ、身に覚えのない事とはいえ、悪役令嬢というレッテルを貼られてしまった以上、それを何とかして払拭しなければならない。


「アリスティア姉様。大丈夫ですか?」

「リゼット。心配してくれてありがとう。でも、問題ありません。少し緊張していただけなのですから」


 私がそう返すと、リゼットはホッとした様子を見せる。


「良かったです! アリスティア姉様が倒れないか心配だったので!」

「あら、それは大変ね。もしもの時はお願いね」

「はいっ! 任せてください!」


 そんな会話をしていると、突然、馬が大きく鳴き、速度を落とす。

 先に目を向けると、男達が道を塞ぐようにして立っている。

 服装は、あまり見慣れない物だ。


 先頭に立っていた男が、私に向かって話しかけてくる。


「お前が、アリスティア・ウェンライトか?」

「でしたら、何ですの?」

「フレデリク殿下を誑かす魔女め、王都の民を代表してお前に言いたい事がある!」

「あら。随分と面白い事を仰りますのね。その根拠はどこから来ますの?」

「ふん、しらじらしい! 貴様がこの国を乗っ取ろうとしている事は明々白々(めいめいはくはく)。証拠は既に挙がっている!!」

「証拠……?」


 男は懐から紙を取り出して、それを広げながら、得意げに説明を始める。

 どうやら、その紙には私の悪事が書いてあるようだ。

 罪状は、王子を誘惑し、この国の権力を掌握しようと画策したというもの。


 しかも、その事実を王子自らが証言するとまで書かれている。


「これでも言い逃れが出来ると思っているのか!?」

「残念ですけど、私は王子を誘惑した事も無ければ、この国の権力を掌握するつもりもございませんわ」

「嘘をつけ! 現に王子は貴様に籠絡(ろうらく)されていたではないか! モルガーヌ様が調べ上げたぞ!」

「貴方が何を言っているのかさっぱり分かりませんわ。それに、仮にそうだとしても、それがどうして私の仕業だと決めつける事になるんですの? 王子は王子の意思で私から離れたのかもしれませんわよ?」

「黙れ! 戯言を抜かすな!」

「では、そちらの主張を聞かせてもらいましょうか。それとも、まさかとは思いますが、それだけの証拠で、私を犯人扱いしてるわけではありませんよね?」

「……ッ!」


 悔しそうな表情を浮かべる男達。

 相手から得られる情報が少なすぎて、判断に困る。

 結局は、フレデリク殿下とモルガーヌ嬢の両名に、直接会って確かめる必要があるだろう。


「いい加減にしてください! これ以上、アリスティア姉様を侮辱するなら許さないですよ!!」

「なっ! このガキは……!!」


 激昂するリゼットに、男の態度が一変する。

 私はリゼットを止めようとするが、彼女は止まらない。


「アリスティア姉様は優しい人です! いつも笑顔を絶やさず、皆の為に頑張っているのです! 悪い事なんて何もしていないのに、何故こんな酷い仕打ちをするのですか!!」

「うるさい! 小娘風情が調子に乗るんじゃねぇ! 笑顔どころか不愛想で俺達よりもデカイ図体で威圧してくるじゃねえか! 怖いんだよ! コイツの目は!」


 やめろよぉ! 前半の茶番劇はともかく、後半のは事実だから否定出来ないじゃないか!

 真実は時として人を傷付けるんだぞ! そこ! 同調する様に頷くな!!


「……とにかく、用件が済んだのでしたら、通らせていただきますわ」

「おい! 待て!」


 私は先を急ごうとするが、当然の如くという態度で邪魔をされ、止められてしまう。


「痛い目にあいたくなければ大人しくしろ!」

「抵抗すれば容赦しないぜ!」

「そのデカイ尻は、俺好みだぜ!」


 最後の台詞を言ったのは誰だ!! 絶対に問い詰めてやる!!

 私はため息を吐きながらどうしようかと考えていた矢先、リゼットが私の前に立ちはだかる。


「アリスティア姉様! ここは私にお任せ下さい! 」

「リゼット! いくら王都とはいえ、危険ですわよ!」

「大丈夫です! ちゃんと備えはありますから!」


 リゼットは自信満々に答えると、胸元から呼び笛を取り出す。


「ラランド商会の皆さん! 出番です!!」


 ピィーー! という甲高い音が響き渡ると、何処からともなく大勢の人達が姿を現す。

『我等、リゼット様の親衛隊なり!』と書かれた旗をなびかせている。


「な、なんだ! テメェら! いつの間に現れやがった!?」

『今さっきだよ! お前らが来る前からずっといたよ!!』

『お嬢さんを怖がらせる奴は、俺達がゆるさねぇ!』

『そ、某は、あの眼つきが鋭く、お尻の大きな子が大好きなんだな……』

「お、おう。そうか……」


 いきなり現れた集団に気圧される、自称王都の民達。

 私の中にある締め上げリストに、新たに一人追加された瞬間でもある。


「えっと……とりあえず、ありがとうございます。でも、出来れば穏便にお願いしますわ」

「アリスティア姉様。ここはリゼットにお任せください! こういう輩は、一度ビシッと言ってあげないと分からないんですよ!」

「リゼット、言葉も十分すぎる程に暴力的だと思うわよ……?」

「あはは……。アリスティア姉様はご心配なさらずに! お城に向かって下さい!」

「分かったわ。でも、気をつけてね。何かあったら、すぐに逃げるのよ?」

「はいっ!」


 私達は、この場をリゼットに任せて、王都の大通りを進む。

 元気よく返事をした彼女は、自称王都の民達に向き直ると、指を鳴らし始める。

 パチンという音と共に、彼等を逃げられないように取り囲む。


「さぁ、観念してください! アリスティア姉様は忙しいんですから、貴方達の相手をしている暇はないのですよ!」

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