14.弟分を鼓舞し、からかい、指差し確認の後、点呼のお時間ですわ!
朝日が昇り始めた頃、私は目を覚ました。
その隣では、ミーアとリゼットが寝息をたてて眠っている。
私は彼女達を起こさない様に、そっと起きると、大きく伸びをした。
「ん~! 気持ちの良い朝ね!」
朝のひんやりとした空気が心地よい。
野外で寝泊まりしたせいだろうか、いつもの様な寝起きの悪さは感じられなかった。
「おはようございます、姉上」
見張りを務めてくれていたヴィルは、焚き火の前に座り、炎を眺めていた。
「おはよう、ヴィル。見張りをさせてしまってごめんなさいね」
「いえ、これくらいの事はさせてください。昨夜はミーアさんに任せきりでしたので」
「そう言ってくれると助かるわ」
私はヴィルの隣に腰を下ろすと、膝を抱えて丸くなった。
そのまま手をそっと彼の頭に置く。
「な、何を!?」
「ふふっ、可愛い弟分を労っているのよ」
私は微笑むと、優しく撫でる。
「は、恥ずかしいですよ……」
「あら、どうしてかしら? 私は嬉しいのに」
「……僕だって男ですから」
ヴィルは少し拗ねると、プイッと顔を逸らす。
私はクスッと笑うと、そのまま頭を引き寄せた。
「ちょっ!?」
「はい、捕まえたー」
私は慌てる彼の顔に自分の頬を当てると、ギューと抱きしめる。
「お、お姉ちゃん!?」
「そうそう! そういう風に呼んで欲しいな」
私は嬉しくなって、更に強く抱き締める。
「は、放して下さい!」
「えぇ~、どうしようかな~?」
私は悪戯っぽく言うと、彼を解放する。
そして、「冗談だよ」と言って笑った。
「もう、揶揄わないでくださいよ!」
「あははっ、ごめんね。緊張している様子だったから、解してあげようと思って」
「僕は大丈夫ですから!」
「本当かな~?」
私はじっと瞳を覗き込む。
彼は照れたように視線を泳がせると、観念したように口を開いた。
「……すみません、やっぱり不安なんです」
その反応は、当然だと言わざるを得ないだろう。
これから先に待ち受けてるのは、彼にとっては辛い事実かもしれない。
しかし、真実から逃げてはいけないのだ。
私? ほら、最近まで名前すら忘れてたし。
でも、これだけの人達を巻き込んだお返しは、してやらないと気が済まない。
「姉上は、怖くなかったのですか?」
「怖くて怖くて仕方がなかったよ?」
私は首を振ると、執事のヴィクトルから手紙を受け取った日の事を思い出す。
アリスティア、イズ、暗殺。
頭の中が真っ白になって、身体が朝食を求めていた出来事が、瞼の裏側に鮮明に映し出された。
おにぎり、美味しかったなぁ。
ミーアも! 料理長も! 私の事を本当に良く理解してくれている!
白い三角のお山は、かぶり付いてこそ至高の味となる!
次回は、黒い葉っぱが付いたおにぎりを要望してみよう!
「姉上、大丈夫ですか?」
「……ごめんなさい。ちょっと、思い出しちゃって」
「無理もないです……」
「でも、怖がってばかりでは、駄目なのよ。怖さを乗り越えないと、大切な人を守れないから」
「怖さを乗り超える……」
「そう。怖いものは、決して悪いものとは限らないの。ただの恐怖心なんだから」
私は胸を張って答える。
お母様も怒る時は、鬼の様な形相をするけれど、それは私を心配しての事なんだよね。
「……姉上の言っている意味が分かりません」
「分からないなら、分からなくていいの。それが普通だから。でも、いつか分かる日が来るといいな」
私は立ち上がると、再び大きく背伸びをする。
「……あの、姉上」
「何?」
「どうして、姉上はそんなに強いのですか?」
「それは、秘密」
私は人差し指を口に当てると、ウインクしてみせる。
「でも、一つだけ言える事があるとすれば、それは私の強さじゃないのよ」
「どういう事でしょうか?」
「私が強いんじゃない。皆が私を強くしてくるの。勿論、ヴィルも含まれているわよ」
そう言って、私は彼に笑いかける。
「だから、安心して前を向いて進みなさい。私はいつでも貴方の味方なのだから」
私はもう一度、彼をぎゅっと抱きしめた。
*****
全員が起床し、女性陣は身嗜みの為に小川へ向かう。
ヴィルも誘ってみると、彼は顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせていた。
私は髪を口元に寄せながら、彼に声をかける。
「……ヴィルのえっち」
「ち、違います! 僕はただ……その……」
「ふふっ。冗談よ」
きっと、お年頃なのだろう。
可愛い弟分に微笑ましい気持ちになりながらも、今日の為により一層と磨き上げる。
とはいえ、いつも通りミーアに全てを委ねてされるがままの状態だ。
川の水で絞られたタオルが、ちべたいのだ。
「アリスティア姉様、凄いです……」
リゼットが私を褒めながら視線を上下に動かす。
彼女の目線に釣られて下を見ると、腰とお尻に集中して視線が突き刺さっていた。
腰はコルセットで作られた産物なのだけれど、お尻は自然と育ってしまうという理不尽さに涙する。
おまけに背丈が関係するのだろうか、最近は太股までムチムチとしてきた始末である。
乙女の悩みは尽きないものなのよ……。
*****
朝食を頂き、後始末を済ませ、確認をする。
火の始末、よし! 水筒の準備、よし! お財布もある! 点呼ー!!
「ミーア! 今日の私はどうなんだい!?」
「いつもと変わらぬ美しさですよ。お嬢様」
「ありがとう!」
ミーアが褒めてくれた! 今日も一日頑張れる!
「リゼット! 王都へ進む覚悟は出来てるかい!?」
「はい! アリスティア姉様の為ならば、何処までもお供します!」
「ありがとう!」
リゼットが頼もし過ぎる件について!
「ヴィル! お姉ちゃんの後ろは頼んだぞい!」
「はい!」
「ありがとう! それじゃあ、出発だー!!」
私達は意気揚々と歩き出す。王都まであと少し。
待っていてね、弟よ!
必ず、助け出して見せるから!
何かおかしい気もするが、それは些細な事に違いない。
……多分ね。




