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12/21

12.マントの中へとお誘いしたメイドは、恥ずかしがり屋さん

 ミーアの的確な指示の元、私達は野宿の準備を進めて行く。

 幸いにも近くに小川があり、水の確保は容易であった。

 そして、彼女が用意してくれた夕食は、質素ながらも美味しく、お腹いっぱいになった。


 食事が終わると、交代で見張りを行う事にした。

 最初は私にやらせるわけにはいかないと、ミーアとヴィルが譲らなかったが、リゼットを仲間に引き入れた私が、最後は押し切って務める事になった。

 焚き火を眺めながらぼんやりと空を仰ぐ。


 今宵は満月。

 空には満天の星々が煌めいていて、地上の騒動などとは、無縁に輝いている。


(平和だなぁー)


 こうして、のんびりと空を眺めて過ごすのは久しぶりだった。

 最近は色々と慌ただしかったせいもあり、ゆっくりとした時間を過ごす余裕が無かった。


「お嬢様。お疲れ様です。交代の時間になりましたので、お休みください」

「ありがとう、ミーア。でも、もう少しだけ起きていようと思うの」

「……分かりました」


 明日の事を考えれば、何か言いたいのであろうに、彼女は何も言わずに了承してくれる。


「ねぇ、ミーア。少しだけ話をしない? 」

「はい、構いませんよ」


 私は自分のマントを持っていき、ミーアの隣に腰を下ろすと、そのまま中へとお誘いをした。


「ほら、おいで。二人一緒の方が温かくなって落ち着くわ」

「……はい」


 ミーアは微笑みを浮かべると、私に寄り添うように隣に座る。


「温かいですね」

「そうだねー」


 二人で身を寄せ合い、星を眺めていると、自然と心が落ち着いてくる。


「ふふっ、久しぶりね。こうやって二人でゆっくりと夜空を眺めるのは」

「そうですね。お嬢様は忙しい日々を送っておりましたから」

「ミーアだって同じじゃない。私よりもずっと頑張ってくれているわ」

「いえ、私はお嬢様の従者ですから当然です。それに、私は好きでこの立場にいるのですから」

「私の為にいつも尽くしてくれて、本当に感謝しているわ」

「勿体ないお言葉でございます」

「だからね、私も貴女に何かしてあげられる事は無いかと思って、考えたの」

「それは、どういう意味でしょう? 」


 不思議そうな顔をして私を見つめてくるミーアを、私はそっと抱きしめた。

 突然の抱擁に驚いたのか、一瞬だけ身体を強張らせたものの、すぐに力を抜くと、私に身を委ねた。

 まるで小動物のように大人しいミーアの頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細める。


「お嬢様……」

「ミーアはいつも私の傍に居てくれる。だから、私も貴女の事を甘やかしてあげたいと思ったの」

「私はメイドですよ?」

「それでもよ。ミーアは私の大切な家族なのだから」

「お嬢様は、本当にズルい人です」

「ふふ、ミーアに言われるなんて思わなかったわ」

「でも、嬉しいです。お嬢様」


 ミーアは優しく微笑むと、静かに瞳を閉じる。

 その表情は穏やかで、とても美しい。


「ミーアは可愛いわね。よしよし」

「もう、子供扱いをしないで下さい……」

「あら、嫌なのかしら?」

「……嫌ではありませんが、恥ずかしいです」

「ふふ、ならいいじゃない。ミーアは本当に良い子ね」


 日々の労をねぎらう為に、彼女の美しい髪をそっと手で掬い取り、唇を落とす。

 すると、ミーアは小さく声を漏らした。


「あっ……お嬢様。そこはダメ……です……」


 私の手を振り払うと、ミーアは自分の頬を両手で押さえ、真っ赤な顔で私を見つめた。

 その姿が可愛くて、思わず笑ってしまう。


「素敵だったからつい触ってしまったの。ごめんなさいね」

「うう……やっぱり、ズルいです。お嬢様は」


 頬を赤らめ、恨めしげな視線を向けるミーアだったが、やがて諦めたのか、ため息をつくと、小さく呟いた。


「お嬢様に触れられた髪は、まだ熱を持っているような気がします」

「そんなに良かったの? 」

「ええ。なんだか幸せな気分になってしまいます。でも、これ以上は許しませんからね?」


 言葉では強く言っているが、どこか嬉しそうに見えてしまうのは、きっと気のせいではないのだろう。

 だが、この逢瀬の邪魔をする、無粋な輩が現れた様である。

 気配を察知したミーアの表情が一変して険しくなる。


「お嬢様。賊のようです」

「数は分かるかしら?」

「正確な人数は不明ですが、少数精鋭のようで、おそらくは四名程度と思われます」


 ミーアの言葉に、私は溜息を吐く。

 このタイミングでの襲撃は、偶然とは考えにくい。

 つまりは、私達を始末する為に誰かが動いているという事だ。


「仕方がないわね。皆を起こして撃退するとしましょうか」

「それには及びません。お嬢様」

「ミーア?」

「ここは私に任せてくださいませ」


 そう言うと、彼女は立ち上がり、私の前に立つ。

 その瞳は、先程までの穏やかなものではなく、獲物を狙う狩人の様に鋭い光を放っている。


「私がお相手を致します」

「もう! 仕方がないわね。ミーア、お願いできるかしら? 」

「お嬢様。こういう際には……」

「はいはい。ミーア、命令よ。私達の前に立ち塞がる脅威を全て排除なさい。これは主命よ」

「畏まりました。お任せください 」

「それと、もう一つ。必ず無事に帰って来ること」


 私はミーアの頭を引き寄せ、額に口づけをした。


「約束よ」

「はい、お嬢様。行って参ります」


 ミーアは微笑みを浮かべると、

 焚き火の明かりを消して、皆を起こさない様に慎重に、その場を離れていったのである。

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