表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

人のもんはとったら、アカン

兄のアパートから、徒歩で10分。


桜の木が目印のそのマンションの五階に、和沙(かずさ)さんは住んでいた。


何度か、兄に呼ばれて遊びに来ていたからよく知っていた。


ピンポーン


ガチャ…。


「あー。九你臣(くにおみ)君」


「昨日は、どうも」


僕は、段ボールから真っ赤な日記帳だけを取り出して和沙(かずさ)さんに段ボールを渡す。


「捨ててくれてよかったんやけど」


「母が持っていけと」


「じゃあ、自分で捨てるわ」


「すんません。ほな」


「その、日記帳」


そう言われて、立ち止まった。


「これですか?」


「人のもんは取ったらアカンね。すぐ、死んでしもた」


「えっ?」


「たっくんの話。それ、忘れられへん女の日記帳って知ってた?」


「えぇー。」


「知らんかったんや。最後に書いてんで、あの桜の下で待ってますって。この辺で言ったら、あの桜並木ちゃうんかな?」


「会えるんかな?」


「さあ?桜の季節に行ったら、おるんやない?じゃあね。」


そう言って、和沙(かずさ)さんは扉を閉めた。


桜の季節は、もう始まっていた。


僕は、自転車のカゴに乗せてアパートに戻った。


(きゅう)、いい加減。フリーターやねんから、(うち)に戻ってきなさい」


アパートの下で、母親が待っていた。


父親が、車で迎えに来ていた。


(きゅう)、ごめんやで。お母ちゃん、(きゅう)に戻ってきて欲しいねん。龍臣みたいにいなくなって、ほしくないねん。だから、考えたって。な?」


「お父ちゃん、行くで」


「あー。はいはい」


「気ぃつけてな」


「はいはい。ほなな」


「はいはい言いなや」


父は、母に怒られて帰った。


父が、(きゅう)と呼ぶ時は、お願い事がある時だった。


僕は、自転車に乗って自分のアパートに帰った。


「なあ?(きゅう)。」


「なんやねん」


「30歳なるまで、実家に帰ったってや、アカンか?」


「えー。おかん、五月蝿いやんけ」


「そうやけど、俺がいななったら。おかん、毎日泣くやろ?俺、おかんには(わろ)てて欲しいねん。なあ?一生のお願いや、(きゅう)


「死にかけてんのに、一生のお願い使うんズルいやろ。一生って何回あんねん、ボケーって突っ込み出来へんやろが」


亡くなる一週間前に言われた言葉。


病室を出て、僕は泣いた。


どんどん痩せていく体に、死期がもうそこまできてるのを感じていた。


家に帰って、真っ赤な日記帳を開いた。


夏目美様   梅井芽衣子


と書かれている。


「夏目なんや?みか?びか?なんやねん」


アホな僕には、読み方がわからなかった。


梅井芽衣子って、誰やねん。


そうや。


僕は、スマホを取り出して兄の親友にかける。


プルルル


『もしもし』


「もしもし、竹君。僕やけど」


『あー。(きゅう)か。どないしたん?』


「夏目みか?びか?って、知ってる?」


『誰やねんそれ』


「美しいって、漢字一文字やねんけど。国語1やったからようわからん」


『アホの自慢すんなや。あー。それでわかったわ。夏目美(めい)やわ』


「えー。これで、めいって読むん?」


『当て字やろ?で、それがどうしたん?』


「どこに住んでるかわかる?」


『あー。調べてみるわ。今日、仕事終わったら会えるか?』


「うん。僕は、フリーターやから大丈夫やで」


『了解。じゃあ、仕事終わったらかけるわ』


「はい」


プー、プー。


兄の、若龍臣(わかたつおみ)竹富行臣(たけとみゆきおみ)は、幼稚園の頃からの幼なじみで大親友だ。


二人は、イケメンツートップの若竹コンビと呼ばれていた。


兄とは、五つ離れていたがそれが自慢だった。


小学校二年まで、兄は同じ小学校にいた。


「若様の弟君」と上級生に呼ばれ、チョコレートをたくさんもらった。


モテ期があるなら、あの時代だけだった気がする。


中学、高校と、頭の悪い僕は女子に一ミリもモテる事はなかった。


そして、僕はそのまま25歳を迎えた。


非モテなだけで、童貞ではない。


ちゃんと卒業した。


って、何を考えてるんだ。


僕は…。


胸を張って言える卒業ではないじゃないか…


僕は、日記帳を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ