黒い悪魔!
この世界に来て冒険者になり、初めてクエストに挑戦する。
場所は俺が白蛇に襲われた、因縁深き山の中にある魔の森だ。
ミリアと二人並んで歩き、一つ目のクエスト対象である「グレートブラック」という名の魔物を探している。
「そう言えば、モロハさんの戦闘スタイルは、どのようなものなのですか?」
何気ない様子でミリアが訪ねてくる。
あーうん、ハイハイ。戦闘スタイルね。
戦闘スタイルは……あれ?
「そうだった……やべーよ、ミリア。俺、戦い方が分からないわ」
「じょ、冗談は止めてくださいよ。モロハさん、鉄球を片手で受け止められるくらいの実力はあるじゃないですか」
「いや、本当なんだって。あの時は何て言うか、体が勝手に動いた感覚があって俺にも良く分からないんだよ」
「体が勝手に……もしかして、能力の影響ですか?」
能力の影響?
俺の持つ能力は【千載一遇】と【切り札】だ。
【千載一遇】の効力は、「全ての事象が発動者に都合良く働く、奇跡の一瞬を作り出す」というもの。
正に千載一遇のチャンスを作る能力だ。
そして、【切り札】はオマケなのか分からないが、俺の持つもう一つのスキルで、効力は「一日一回のみ、全ての事象が最高のパフォーマンスを得る」というもの。
ミリアが言うには能力で体が勝手に動く事があるらしい。
じゃあ、この間の件は能力のお陰で助かったみたいなものか……偶然に偶然が重なって、ただのパンピが鉄球の豪速球を受け止めたと。
what?
それどんな偶然?
……まあいいや、貰えるもんは貰っとけ。
「ミリアも能力のせいで動いてしまうことがあるのか?」
「たまにありますよ。冒険者さんと魔物討伐に行っている時とか……」
「そうか。あと、ついでに魔法についても教えて欲しい。俺、魔法使ったこと無いから」
「そ、そうなんですね……魔力は感じ取れますか?」
「魔力……魔力ねぇ……ダメだ、分からん」
そもそも魔力なんて前世では空想の産物だったし、いきなり感じ取れと言われても無理だ……とか思ったその時。
手が勝手にスイっと動き、心臓の位置に当てられる。
その瞬間、身体中を流動する冷たい何かの存在を感じた。
血流とは逆向きにゆったり流れる冷たい感触は、意識することである程度自在に動かせる。
これが、魔力。
今の補助がきっと、【千載一遇】の効果だろう。
何とも都合がいいスキルだ。
試しに、外側へ魔力を放出してみる。
ゆっくりと、溢れた水が零れるようにチョロチョロと魔力が外へ抜けていく。
「それですそれです、魔力はきちんと操れていますね!」
「何か地味だな。思っていたのと違うというか」
実体見えないし。
某戦闘民族みたいに、ブワーってオーラを出したりしてみたかった。
「人によって魔力の質は違いますから、魔法には個人差が出ますよ」
「質ってあの、ドーラさんが言ってたやつか? 濃いめ、多め、やわらかめとか言う」
「それです。モロハさんの場合だと濃いめ多めなので、魔力の質は高く量も申し分ないですが、やわらかめだと安定性が悪いですね」
「へぇ……制御に困るってそういう事か。因みに、ミリアの魔力は?」
「私のは濃いめ、多め、固めですね。安定性は抜群ですが、応用力に乏しいので多彩な魔法は使えません」
なるほど、大体分かったぞ。
それで、肝心の魔法はどうやって使うの?
「さ、着きましたよ。グレートブラックの巣です」
「低木の群生地だな。生け垣みたいだ」
「イケガキ? まあ、とにかく。モロハさん、気を付けて下さい。ここには悪魔が住んでいますから」
「悪魔……? 何か別のヤツがいるのか?」
「見ていて下さい、モロハさん」
ミリアが、近くにあった石を茂みに投げ込んだ、次の瞬間。
ガサガサと茂み全体が揺れ始める。
注意深く観察していると、やがてソイツは現れた。
カサカサカサッ!
「ヒエッ……」
お分かりいただけただろうか……
その黒光りするボディに、何人が恐怖したことか。
長い触角を揺らし、超低姿勢で佇んでいるソイツは、地球のソレより数十倍大きい。
正しく悪魔と呼ぶに相応しい魔物だ。
これで初心者クエスト?
冗談じゃねぇ!
「ゴキブリィィィン! 助けてミリア!!」
五十センチ級のソイツに恐怖した俺は、思わずミリアに飛び付いてしまった。
何、男がみっとも無いって?
おめーらはコレを見てねえから暢気な事が言えるんだよなァァッァ!?
「やっ……も、モロハさん……抱きついてくれるのは嬉しいですけど、戦いにくいです……」
ミリアの顔が赤く染まっていく。
いや、そうじゃなくて!
そういうのじゃないから、早くアイツを!アイツを処理してくれェェェェェ!!!
「ミリア、殺れーーー!!」
「は、はいぃ! 土よ、我が意に従え! 第三階梯魔法 ≫ 変化!」
黒いヤツに手を向けてミリアが叫ぶと、地面が溶けるように歪み、土がネバネバとした物質に変わった。
相当強力な粘着性を持っているようで、流石のヤツも逃げ出せずにもがいている。
「後はコレを……土よ、我が意に従え! 第二階梯魔法 ≫ 凝固!」
続く魔法が、地面から巻き上げた土を巨大な岩に変換させている。
まさか……
「トドメです、えいっ!」
グチャッ……(自主規制)
「うーわ……これはひでぇ」
なんつーか、うん。モザイク必須な現場である。文字に起こしたくもない惨状だった。
ミリアも結構エグいな……
「安心するのはまだ早いですよ、モロハさん! グレートブラックは、一匹見つけたら百匹はいると思え、ですよ!」
そうだった……
あの家庭の天敵は、一匹倒した程度で終わる程優しくない。
ガサガサガサガサッ!!
茂みの揺れが激しいものに変わり、大量に出没する前兆を現している。
俺はミリアを盾にするように肩をつかんで後ろに隠れた。
「モロハさん、大丈夫ですよ! 私の真似をして、腕を突き出して下さい!」
「こ、こうか?」
「詠唱しますから、後に続いて下さい! 火よ、我が意に従え! 第一階梯魔法 ≫ 放射!」
「火よ、我が意に従え! 第一階梯魔法 ≫ 放射!」
詠唱終了と同時に、茂みから大量の黒い影が飛び出してくる。
後から後から、途切れることなくやってきては折り重なり大渋滞を起こしているヤツらの光景は、正しく失神ものだ。
その軍勢に、ミリアの手から放出された炎が先頭集団を火だるまにした。
お、やったか?
いや、見間違いだった。
後ろの集団は火をものともせずこちらへ向かってくる。
「って、俺の魔法出ないぞ!? 死ぬ! 死んじゃう!」
……スイッ。
体がまた勝手に動き出す。
待ってました俺の能力!
さあ先生、やってくれ!
魔力が抜ける感覚と同時に、手の先から炎が放出され……またもや先頭集団を火だるまにした。
魔法は成功した。
いや、成功したんだけどさ。
これって都合良く大魔法が出てヤツらを一掃する展開じゃないの?
「うっ……グスッ……俺はもうダメだ……あの黒い山に呑まれてやられるんだ……短い時間だったけど、楽しかったぜ……」
勝てる未来が見つからない。
四つん這いで頭を垂れ、悔し涙を流した。
「モロハさん、諦めたらダメですよ! 今回は私が倒しますから、出来れば援護して下さいね!」
ミリアは俺に笑顔を向けると、一人であの大群に突っ込んでいった。
風で群れを押し止め、火炎放射と岩落としで巧みに戦っている。
地道ではあったが、グレートブラックの大群は確実にその数を減らしていった。
……ミリア、全然良くない?
むしろ超頼りになるんだけど?
俺の方が足を引っ張っているんですけど !?
明日も更新します




