モロハさん……!
遅くなりすみません。ミリア視点です。
どうぞお楽しみ下さい。
夜明けは遠く、暗闇の中で静寂が横たわる深夜。
窓から差し込む月の光がぼんやりと物の輪郭をうつした部屋の中で、私はベッドに眠るモロハさんの横顔をじっと眺めています。
もうどれほど時間が経ったかも分からないほど、ずっとそうしていました。
今日は、朝日が昇るまでモロハさんの顔を眺めていたい。
だって私──ミリア・フォルティスは、モロハさんのことが好きだから。
モロハさんは、能力に振り回される人生から私を救ってくれた人。
好きにならない方がおかしい。
【聖女】という能力の持ち主は、生まれながらに聖女であることを義務付けられます。
聖女の仕事は主に教会で病人や怪我人の治癒を行ったり、困っている人の悩みを聞いたり、たまに教皇様からの信託を人々に伝えたりと、色々あって大変です。
そもそも【聖女】という能力自体が広い世界で見ても片手で数えるくらい希少だという事情で、私は産まれてすぐに両親のもとから引き離されました。
そんな訳だから、私は両親の顔も知りません。
幼い頃から教会の教えを厳しく叩き込まれていた私は、神父様や教皇様の言う通りに神の教えを守り、教会に言われた通りの聖女として活動していました。
今思えば、私は都合の良い操り人形だったのだろうと思います。
そんな私に転機が訪れたのは、私が十歳になった時でした。
初めて行ったクエストは、今でも夢に見ます。思い出したくもない黒歴史です。
私は教会からの派遣という名目で、当時最強と謳われていた冒険者パーティー【勇者】の面々と一緒に、「帝王龍」とも言われる、世界最強に名を連ねる龍種を倒しに行きました。
なんでも沢山の資源が眠る山を「帝王龍」が支配しているのが討伐の目的だったと聞いていましたが、今となってはその真偽は定かではありません。
「帝王龍」はその強さゆえに正面から戦おうなど考えることすらおこがましく、長期戦を見越して数年の調査と長い準備重ねた、非常に大がかりな作戦でした。戦いの中でも聖女の回復魔法は規格外の効果があるので、大きな期待を寄せられていたのを覚えています。
念入りな計画が立てられて向かった討伐でしたが、「帝王龍」は噂に違わぬ強さで【勇者】のメンバーを翻弄し、死者も何人か出るほどでした。
ただ、【聖女】の力が強すぎて、私の前では死んでしまった人も生き返ってしまうので、死者が出た事に意味はないんですけどね。
ともかく、少しずつ「帝王龍」にダメージを与えていた訳ですが、そこで事件が起こってしまいました。私の能力、【聖女】が暴走し、私の意思とは関係無く「帝王龍」を完全治癒してしまったのです。
結果的に「帝王龍」はその場から逃げてしまったので、冒険者パーティー【勇者】は「帝王龍」の討伐を成し遂げることができませんでした。
誰もが【勇者】による「帝王龍」の討伐という偉業を待ち望んでいた中で、その失敗の知らせを受けたギルドと教会の落胆は凄まじいものでした。
「帝王龍」が離れたなら山の資源は使えるはずなので、結果は良かったと思ったのは私だけで、ずいぶんと批難されたのを覚えています。
失敗の原因が私にあったことは直ぐに広まって、「聖女の治癒魔法が暴発した」とか、「最強パーティー【勇者】の足を引っ張っただけの無能」とか、色々な暴言や中傷を受けました。
町中の人間から物を投げつけられることも珍しくなく、さらに【勇者】のメンバーには三日も続けて暴力を振られました。傷ついた傍から自然に魔法が発動して治っていくので、徐々にエスカレートしていって……首を斬られても無事だったあたりで「怪物め!」とか言いながら去っていきましたね。
居場所を失った私は、国を追われるように単身で飛び出し、誰も私を知らない遠く離れた地を求めてベルベッド王国に流れ着きました。
元から教会で生きてきたこともあって、小さな教会でお手伝いをしながら回復術師として慎ましく暮らしていましたが、悪い噂が広がるのは早いものです。
また居場所を失った私は、どこへ逃げても意味が無い事を知りました。
幸い、聖女】の力だけは便利だからと言う教会の計らいで何とか生きていくことはできましたが、私への風当たりは強いまま。意思に関係なく魔物を治癒してしまう能力はその後も改善の様子は無く、私は苦しい毎日を過ごしていました。
便利な人間である内は生かして貰える。冒険者パーティーに利用されながら、一生を誰かの下で使われる空虚な生活。
もういっそ消えてしまいたいと何度も願って、何度も失敗して。
モロハさんと出会ったのは、そんな時でした。
曇りない目をした人──モロハさんへの第一印象はそれでした。
私を見て目を輝かせ、こんな私を頼りにしてくれて、ピンチを颯爽と救って、普通の人と同じように接してくれて、隣にいると温かい気分になれる人に出会ったのは初めてで、逃がしたくない一心で色仕掛けに挑戦してみたりもしました。
結果は失敗に終わりましたが……何もかも上手くやれる気がして、多少強引でしたが一緒に冒険者パーティーも結成しました。
【白銀の龍】との話が出たときにはヒヤヒヤしましたが、モロハさんは呆れながらも隣に居てくれて、嬉しかったのを鮮明に覚えています。
そうして、ついに迎えた初クエストの日。
内心おっかなびっくりしながら、今度こそと思っていましたが……現実は虚しくて。
ああ、またダメだったんだ──全て終わりだと絶望した私に、モロハさんは言いました。
──俺に従え、ミリア。君を必ず幸せな未来へ導いて見せる。
と。
正に天恵が降りた気持ちでした。
胸の内で縛られていた枷がはじけ飛んだように、私という存在が塗り替えられていくような感覚がして、今まで私を苦しめていた能力さえも変わったように感じました。
心の中を熱く埋め尽くすような、今まで知らなかった感情があふれかえって、どうしようもなく心臓の音がうるさく聞こえます。
埋もれそうな安心感と、熱く、熱く蕩けるような気持ちと言い様のない充足感、キュンッと胸を締め付ける痛みも含めて、私は一滴残らず目の前のモロハさんに心酔しました。
モロハさんが隣に居てくれるだけで、何もいらないと思えるほどに。
今日の朝だって、起きた時にモロハさんが隣に居ないことで、私がどれだけ取り乱したのかも知らないのでしょう。
……全く、モロハさんは仕方のない人です。
「モロハさん……愛していますから」
届かない誓いを口にした私は、自然と吸い寄せられるように感情のあふれるまま、こっそりと口づけを交わします。
これは、私の一方的な我儘。
内心で激しい自責の念に駆られながら、心も身体は溶け落ちてしまいそうな甘い甘い充足感に満たされていて、思考回路は爆発しそう。
今すぐにでもモロハさんが欲しい。
モロハさん……。
悪い事だと分かってはいても、止められない。
一度知ってしまったこの感情を抑える方法は、どうしたら分かりますか?




