外食に行ってみた!
色々と手続きを終え、ギルドを出た頃には日暮れの時間になっていた。
辺りが完全に暗くなる前には帰らなければ。
この世界では電灯が無いため、夜になると本当に真っ暗闇で道も見えなくなってしまう。人が集まる中心街ならばいいが、ミリアの家は少し遠い場所にある。
「あの、モロハさん。もう帰ってしまうんですか?」
「でも、もうすぐ暗くなるぞ?」
「その……夕食もまだですし、もし良ければちょっと贅沢しませんか?」
ミリアがほんのり頬を染め、上目遣いで俺の表情をうかがう。
自然に目線が交わり、俺とミリアは往来のど真ん中で見つめ合った。
自分から目線を逸らしたら負けてしまうような気がして、ただじっとミリアの瞳を眺めていると、数秒の沈黙の後、先に堪えきれなくなったミリアが恥ずかしそうに視線を逸らした。
だだ目が合っただけだというのに、目を伏せて雪のように白い頬を薔薇色に染めているミリア。
一瞬だけでも目を奪われていたことに気づいた俺は、思わず天を仰いだ。
──かわいい。
ただ単純に、そう思う。
クエストが終わってからのミリアはどこか雰囲気が変わっていて調子が狂う。
というより、今までにこれで男に襲われたことは無いのだろうか。
その純粋さや完璧に男心をくすぐる仕草も、全て計算づくでやっていると言われたほうがまだ納得できる。
まだ完全に信用している訳ではないし、絆されないように気を付けなければ。
かわいいヒロインは、いつでも厄介ごとのタネを運んでくるものである。俺は主人公になるようなタマではないし、第一この世界から言わせればただの部外者だ。俺は異世界だからと言って調子に乗るような人間ではない。
ただ……まあ、食事くらいなら大丈夫だろう。
これからしばらくは世話になる仲間なのだから、人間関係がギスギスしてしまうのは俺も避けたい。
「初報酬も貰ったし、パーティー結成の記念もあるからな。食事くらいなら、いいか」
「やった! ありがとうございます、モロハさん!」
花咲くような満面の笑顔ではしゃぐミリアに、思わず後退る。
必死に言い訳なんかを考えている俺だけが変にミリアを意識しているみたいで、釈然としない気分である。ミリアを純粋な無自覚系キャラと仮定するならば、単に夕食に誘われただけだ。
……もうこれ以上考えるのは止めておこう。
やたら上機嫌なミリアに連れられて、ギルドから少し歩いた場所にある店のドアをくぐる。
ちょうど夕食時で忙しいのか、ガヤガヤとした喧騒と共に、香り高いく食欲をそそる匂いが俺たちを出迎えた。店内では、雰囲気の良さそうな男女同士がイチャつきながら、オシャレな料理の皿を仲良くつついている。
……どういうわけか、店の中には若い男女のカップルしかいないようである。
「なぁ、入る店の場所を間違えていないか?」
「大丈夫ですよ、モロハさん。ここは男女ペアでしか入れないという珍しいお店なのですが、料理が美味しくてサービスも丁寧だって評判のお店なんです。一度は行ってみたかったんですよ」
「そうか……どうしてもこの店じゃないとダメなのか?」
「モロハさんは嫌ですか……?」
クッ……店の中まで入ってから、断りにくいのをいいことに卑怯な手を使う。
それに、そんなに分かりやすく落ち込まれると俺が悪いことをしたみたいだ。この妙な敗北感と、泣きたくなる理不尽さにはどんな名前を付けようか。
「天使の矢へようこそ! お席へご案内しますね!」
入口でグズグズしている俺達を察知し、店の奥からウェイトレスのお姉さんがニコニコ顔で近づいてくるのを見た俺は、もうこのイベントからは逃れられないことを悟った。
どこまでいっても普通の料理屋だが、しかし「天使の矢」という店名といい、男女カップルのみの入店制限といい、この店のコンセプトはそういう事なんだろう。
ウェイトレスのお姉さんに背中をグイグイと押され、案内されたテーブル席に着く。
「ご注文の際はお二人で息を合わせて呼んで下さいね!」
「健闘を祈ります」と意味深なウィンクを残し、お姉さんは去っていった。
ミリアとそういう関係になるつもりは無いというのに、何を健闘しろというのか。
どうしたものかと俺がこめかみを押さえて唸っている間に、事の発端である張本人はメニューを真剣に吟味している。俺が何を考えるまでもなく、ミリアには食いっ気しかないらしい。
俺は何を警戒していたのだろうか……?
「モロハさん、どうかしましたか?」
「いや……何でもないよ。今日は好きなだけ楽しもう」
「ふふ、では何を頼みましょうか?」
俺が心配していたイベントなどは起こり得ず、何事もなく平和に夜は更けていく。
値段は百モラと少し高めだったが、ミリアの言う通り「天使の矢」の料理は上質な素材と、丁寧な盛り付けで味も絶品だった。
明日も更新します




