俺は神様になった⁉
ミリアを起こした時にまたゴブリンを復活させられないよう、討伐証明だけを先に回収しておく。
ゴブリンの討伐証明は角だ。
素手で簡単に折れる程脆いが、ベタベタとした脂にまみれていて汚い。触るのも嫌だったがこのような仕事をミリアに任せるのは気が引けて、頑張って二十体分の角を回収した。
想像を絶するほど汚かったので、近くにあった井戸の水を使って手を入念に洗っておく。
すべての作業が終わってからミリアをゴブリンが見えない位置に移動させて、軽く頬を叩きながら肩を揺らし起こす。
「おーい、ミリア。起きろ!」
「んぅ……あれ、モロハさん?」
「ゴブリンは倒した。全く、ミリアが回復してくるせいで大変だったぞ」
「すみません……迷惑ばかり掛けてしまって……やっぱり、私なんか邪魔ですよね」
今にも泣きそうな表情で、ミリアは自嘲気味の笑顔を向ける。絶望が当たり前になったかのような、全てを諦めたような憂いの表情に、俺の心がズキリと痛む。
「私のせいじゃ無いんです……気付いたらいつもこうなっていて……私、きちんと毎日神様にお祈りを捧げて、どんなに辛くても困っている人に手を差し伸べて……でもやっぱり、私じゃ役立たず……ですよね」
「ごめん、今の言葉は軽率だった。別に責めているわけじゃないんだ」
「いいんです、私が悪いんです……ごめんなさい」
ミリアの肩が小さく震えている。
上を向いて精一杯気丈な顔を作るも、抑えきれなかった涙が大粒の雫となってポロポロと零れ落ちていく。
能天気だった自分に、腹が立った。
目の前で泣いているミリアは、見るに堪えなかった。
他の何よりも、ミリアには笑顔がよく似合うというのに。
「分かってる。能力のせいなんだろ? 普通じゃない様子でぶつぶつ何か言ってたからな。ミリアは悪くない」
「モロハさん……グスッ……うぇえぇぇん……そんな優しい言葉を、うぅ……掛けてくれるのはモロハさんだけです……」
「あー、ほら。泣くな泣くな。何とかして対策考えようぜ?」
「対策なんて、無理ですよ……私も何度も頑張りましたけど、ダメなんです……」
ミリアが表情を曇らせている。
うーん、【聖女】の対策……何やらずっと教典みたいなの呟いていたし、そこら辺に糸口があればいいんだが。自分の心の在り様で変わるようなスキルとか、そういう展開をマンガで読んだことがある気がする。
「そう言えばミリアはずっと何かに祈ってたみたいだけど、ミリアが信仰してる宗教って何なんだ?」
「私の教会は唯一神を崇める、帝神教です」
「ほうほう。教義は?」
「えっと、唯一神様は全ての生物は平等に生きる権利があるが故に救いあう事が重要だと」
「ほう……その救うっていうのは魔物もか?」
「法典では羽虫以外なので、広義には魔物も入るかも知れませんが……」
「なるほど、ありがとう」
やっぱりそうだ。
能力発動中の言葉は本人の信仰に由来しているらしい。グレートブラックが倒せてゴブリンが倒せないのはそのせいだ。
なら、ミリアの信仰先を変えてしまえば……?
しかし、俺は無宗教だからぶっちゃけ神がどうとかは知らないんだよな……困った。
その場で考えること数十秒、しかし俺の灰色の脳細胞はとある名案をはじき出した。
上手くいくかは五分五分だが。
「なあミリア。その、ずっと唯一神に信仰を寄せているみたいだが、ミリア自身はどうなんだ?」
「私自身……?」
「そうだ。ミリアはその教義を守って、幸せか?」
「どうでしょう……よく分かりません」
「いや、そのスキルに邪魔されない方法を見つけたんだけどな……?」
「ほ、本当ですか!? どんな方法ですか?」
ちょっとミリア……顔が近い。
しかし、その目は真剣そのものだ。
余程長い間能力に振り回され、腫れ物扱いされてきたと見える。
まあ確かに、戦うべき魔物を回復させるようでは冒険者に嫌われるだろう。
他の仕事でも……と思ったが、ミリアはドジっ娘で危なっかしい性格だった。
俺も真剣に答えなくては。
ミリアの両肩に手を置き、目と目をしっかりと合わせる。
「ふぁ……モロハさん?」
「──これからは、何の恩恵も与えない神じゃなく、俺に従え。いや、むしろ俺がミリアにとっての神様になってやる。そしたら、もうスキルに振り回されることも無い。もちろん俺は完璧な人間じゃないし、考えが変わることもあるし、信じられない所も沢山あると思うけど、きちんと責任は取るつもりだ。信じていた神様を変えるとか、色々大変なことかも知れないけど、約束する。俺を信じてくれるなら、ミリア。君を必ず幸せな未来へ導いて見せる」
ふぅ……言い切った。
──長い沈黙が横たわる。
俺に従ってくれるなら、都合の良いことも悪いことも全部思い通りになる……!
下手に教義を作って決められた事に縛られるより対応力の面でずっと楽だ。
これで万事解決!
俺ちゃんってば天才だね。
「────ッ!!」
そして肝心のミリアはと言うと両手で口元を押さえ、俺を見つめたまま瞳を潤ませている。
その顔は過去でも最高潮の紅さに染まっており、耳の先から首元まで、まるでゆでだこのようだ。手を置いている肩の温度までもが熱く、ドクドクと早鐘を打つ心臓の鼓動までが掌から伝わってくる。
……流石にちょっとやり過ぎたか?
いや、そんな事は無いはずだ。宗教を改めろと言っているのだ、このくらいでないと心を動かすには足りないだろう。
ミリアが胸の前で祈るように手を組む。
俺への視線にどんどん熱が込められていき、その表情も甘く蕩けていく。心なしか吐息も荒く、薔薇が咲いたように柔らかい表情は俺の心を揺るがすほどの濃密な色香を出している。
「モロハさん……私、何て言ったらいいか……分かりました。教会とも今日付けでお別れします。不束者ですが、よろしくお願いします……!」
手で顔を覆い隠し、消え入りそうな声でそれだけを言うと、照れ隠しなのかミリアは俺の胸に飛び込んできた。
まあ色々あったし、今日ぐらいは胸を貸してもいいだろう。
……あと、ミリアに一つ言いたい。
不束者って結婚相手とかに言う台詞だからな?
俺は絶対に誰にも絆されないし、彼女とか結婚には興味が無い。
誰が進んでそんな事をやらなければならないんだ、面倒くさい。
ミリアはかわいい女の子だとは思うが、それだけだ。別に、他のどの男と付き合おうが俺には関係ない。
明日も更新します




