死んでしまった!!
題名の通り、10万字までは書きます。
例え小さな一歩であっても、道を踏み外したらそれで終わりなのだ。
その一歩を、今日俺は踏み外した。
滑る。転がる。落ちていく。
ゴッッッ、と鈍く大きな衝撃音と共に、視界に映る世界の全てが停止した。
色彩感覚が奪われ、目に見える世界はどんどん脱色されていき、終いには光さえも無くなって黒く暗転する。意識を手放す間際に響いた、プチュン、というあまりキレイではない電子音が耳に残った。
パチリと目が覚める。
一体どれくらいの時間が経ったのか、俺は光のない暗闇の中に正体もなく立っていた。
状況が呑み込めず呆然とする俺の前に、白く光る物体で象られた文字が浮かび上がってくる。
【斉藤 諸破は死んでしまった!!】
【死因:階段で転落】
「何なんだ、コレ……」
思わずそう呟いてしまった。
確かに階段を踏み外した所までは明確に覚えているから、この文面は嘘ではないのかも知れないが。
この不思議な感覚といい、俺は本当に死んだ可能性がある。
とすると、今俺が存在するここは死後の世界……?
ピンポンピンポーン!
クイズでよくある、正答の効果音がどこからともなく響いた。
驚いて辺りを見回していると、突然目の前が激しい光に包まれ、白い絹を纏った神々しいオーラを放つ男が現れた。
くすんだ茶色の髪を無造作に後ろで縛り、無精ひげを生やしたおっさんだ。元気ハツラツとした雰囲気にそぐわないガッシリとした体格から、精悍そうな人だと感じた。
無駄に白い歯を輝かせ、ニヤニヤと胡散臭い笑顔をこちらへ向けている。
「やあ、斉藤君。私はあらゆるものを管理する、天上の存在。いわば神だ。君は不慮の事故で死んでしまったんだよ」
「やっぱり俺は死んだのか」
「おや、驚くほど冷静だね! 普通は私に平伏すか、オロオロしてみっともない姿を晒す人間が多いんだけどね!」
「いや、自称でも神を名乗った割にはノリが軽くて」
「失礼だねぇ。ホンモノの神サマに向かって「自称」なんて罰当たりだよねぇ」
「まあ、生まれて初めて見たもので」
「ふむ、それもそうだ。しかし、死んでなお余裕綽々とは……未練はないのかい?」
大袈裟に身を引いて、目を丸くする神。
高校生だった俺だが、未練があるか無いかで言うと、ほとんど無いと思う。
両親は顔も知らないし、兄弟だっていない。
ただ毎日を何となく過ごしていただけで、別にやりたいことも特に無かった。
「未練とか、思い浮かばないな」
「えぇ~、それは悲しいな! そうそう、実は最近地球上のコンテンツにハマっていてね~! 死に際の演出を現代風に変えてみたんだけど、どうだったかな!?」
自由かよ。
神って案外退屈なのかも知れない。暇にしては結構テキトーな演出だったし、本当に気分による遊びみたいなものだろう。
「趣味悪いから、止めた方がいいと思うぜ」
「そ、そうか。結構自信あったんだけどな」
「ゲームだと思われたら、生き返れるかもとか、現実を受け入れられない人が増えると思うんだけど?」
この適当そうに見える男が神様なんて、地球は正常に回っているのだろうか。
そんな心配をした矢先、目の前の神の目がキラリと光った気がした。
「何だい、斉藤君。もしや生き返りたいのかい?」
「いや、一度死んだ人間が生き返ったら大問題じゃないか?」
「──できるよ。異世界なら、ね!」
ニカッと、白い歯を見せて神は笑った。
凄く気さくで、親しみやすい神だ。宗教的な堅苦しさは無く、人間的な壁がない。
少しだけ、ほんの少しだけこの神に対する尊敬の気持ちがわいた。
「それって、異世界転生ってやつ?」
「イエス! その通り。折角生まれたからには、人生楽しんで欲しいからね! 特別に許可しちゃうよ?」
「おぉ……!」
ちょっとだけ、ワクワクしてきた。
する事が無くて暇だった俺は、ゲームやマンガ、アニメなどにも多く触れている。
こういう展開は凄く好きだ。
「いいね、君の目にも光が宿ってきたね! じゃあ、次元の狭間から死後安定所に行ってらっしゃい」
「えっ、死後安定所……?」
「まあ行けば分かるよ!」
何が何だか分からないまま、俺は神にグイグイと手を引かれ、次元の狭間とやらへと投げ込まれた。
一瞬の浮遊感の後、固い地面に着陸する。
「「ようこそ! 死後安定所、ハローライフへ!」」
背中から白い羽を生やし、頭上に光輪を浮かべた天使のお姉さん達が、俺に向けて微笑んでいる。
「えぇ……死後安定所って、そういう?」
「「ここでは、異世界転生のお手伝いをしております!」」
おい神、さっきまでの俺の感動を返せ。
お前ら確定で異世界送ってるだろ。
何だよ、ハロラって。お仕事なんて探しじゃねーぞコノヤロー。
「転生のお手伝いって、世界にも何個か候補が?」
「もちろんです。地球と同じく科学的発展を遂げた近代都市とか、逆に原始的な所もあれば剣や魔法のファンタジー世界までありますよ!」
当然のように、サラッと説明する天使のお姉さん。同じ案内を何回やってきたのだろう。
「さあ、旅行するならどこに行きたいですか? もちろん、一方通行ですが」
愚問だな。
剣と魔法の存在する異世界があるのならそこ一択だろう。
「剣と魔法の世界がいいな。魔王とかが居ると、もっといい」
「「「えっ……?」」」
俺の一言に凍り付く天使のお姉さん一同。
何か不味いことでも言ってしまったのか、天使のお姉さん達の表情が怖くなっている気がする。
「あの……本当に行くんですか? 魔物はこびる異世界へ……」
「だ、ダメなのか?」
「いえ、ダメではないですけど、凄く危険ですし。それよりは、アルフレッド・ノーベルやトマス・エジソンのように、文明の低い都市で前世の知識を役立てた方が色々と楽しいですよ?」
真顔で爆弾発言をかます天使のお姉さん。
……そして聞きたくなかった偉人の過去。あの人達って、俺SUGEEEEEしてたのか?
「そうそう、よくある物語のように、異世界に行ったら何もかもが上手く運ぶと思っているのなら止めたほうがいいです。絶対死にます」
「馴染みのない異世界への転生者の一年以内の生存率、知ってる? 一割だよ」
マジかよ。めっちゃ脅すじゃん。
どこにでも「現実」という言葉は付きまとうんだな……
「いや、そういうのはちょっと……魔法とか好きだし。でもまあ、危険な所に行くのだったら転生特典とかがあったりは……」
「「そんなものはありません!」」
天使のお姉さん一同、非常に良い笑顔で答えてくれた。もう、にっこにこである。
「はぁ、そういうの多いんですよね。あのテキトー神が転生者の基準を増やしたばっかりに。地上のマンガやアニメでは流行っているんでしたっけ?」
「そうそう。何ですか、転生者特典って。最近のソシャゲと一緒じゃないですか。初回特典とか付けても、まともに生きてくれるかも分からないのに、好き勝手やられたら困るんですよ」
「まあ、そんな訳だから特典は無いね」
神の世界にも苦労があるらしい。
この一瞬で、色々な闇を見た気がするが、俺だって引けない。
「マジか……でも危険な所なんだろう? 流石に転生してすぐに死ぬのはちょっと……」
「うーん、じゃあ、異世界で獲得できる能力を一つだけ、選ばせてあげる。どうせ誰もが一つは必ず持っているものだし、それなら許してあげる」
よっしゃ。やっぱり頼んでみるものだ。
早速、天使のお姉さんから能力リストなる書物を渡され、俺はゆっくりと能力を吟味した。
「よし、これにします」
全ての能力を確認してから、これしかないと、頭にビビッと来た一つを選んだ。
能力リストを天使のお姉さんに返し、今見た能力を伝える。
「はい、これね。【千載一遇】ね。あなた、ギャンブラーでも目指したいの?」
「そう言うわけでは……ただこれが面白いと思ったわけd……」
「「それじゃ、行ってらっしゃーい!」」
天使のお姉さんが、近くにぶら下がっていた紐を引いた瞬間、ガコンと音がして俺の足元の床が抜け、俺は奈落の底へと落ちていく。
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇーー!」
俺の必死の叫びは、暗闇の中へ呑まれ消えていった。
明日も更新します




