6
10月7日 一部改稿を加えました。
「申し訳ありませんでした!ルイーゼ様……!」
アイネ襲来事件からしばらくして、ルイーゼが今日もまた授業を終え、いつものように部室へ向かったところで、部員の一人が開口一番に謝罪を告げた。
「ど、どうしたんですの…?」
「あの……私なんです!アイネさんにこのクラブの内容を話してしまったのは……!どんな罰でも受けます!お許しくださいルイーゼ様……!」
「ともかく、事情を聴かなければ話が始まりませんわね…さあ、いつものようにお茶とお菓子でも頂きながらお話しましょう?あなたもほら、お座りになって?ルーク!」
「畏まりました」
アイネの一件から、ルークも部室内に入り、ルイーゼの護衛、またはクラブの警備をすることとなった。それに伴い、こうして給仕を申し付けられるようにもなったのだが、ルークは慣れた手つきでテキパキと給仕をこなしていく。
香り立つフルーツティーとスコーンが並べられると、女生徒は細々とした声で語りだす。
「実は……アイネさんに、このクラブについて、自分も入りたいと思っているから活動内容を教えて欲しいと言われて……それで私、同志が増えるのならいいことだと思って、つい、話してしまって……本当にごめんなさい!言わなくちゃと思っていたのに、私、怖くて……。それで、最近になってアイネさんはこのクラブを廃部にしようと動いているようなんです」
「それは……まあ、当然よね……」
「本当にごめんなさい!私、なんとお詫びしたらいいか……ううっ……」
「そんなにお気になさらないで、元々わたくしが悪いのです。部を設立する前には、メルぬいを一般の方にも見せびらかしたりだとか、かなり礼節を欠いてしまっていましたし……ともかく、そんなに気を落とさないで欲しいの」
ここでルイーゼが放った礼節という言葉だが、言わずもがな、淑女だとかそういったものではなく、オタクとしての礼節である。
「ルイーゼ様、私達、これから一体どうしていけば……」
「そうね……今はまだ廃部になってしまうと決まった訳ではないわけだし、先のことはその時になったら考えましょう?廃部になってしまったら、文通……交換ノートなんてどうかしら?それなら、毎日語ることは出来ずとも、今までのように推しへの愛を語らうことが出来るわ」
「そう……ですね。」
形式上に話を纏め、女生徒に気を落とさないよう伝えると、ルイーゼはルークに一瞥し、部室を出る。
部室を出たところで、丁度終業の鐘が鳴った。夕日に照らされ、辺り一面は赤色に染め上げられていた。そんな光景にルイーゼは一人センチメンタルになりながら、ひとりごちる。
「どうしたものかしら……」
どれだけ考えても、ルイーゼには今の現状を打開できるような考えは思い浮かばなかった。
悲しんでいる暇などないと自らを奮い立たせるが、メルからの返信も未だ来ぬままということもあって、ルイーゼは目に見えて分かる程気落ちしていった。
◆
「今日からこのクラスの仲間になる、李・佳蓮くんです。みなさん、仲良くしてあげてくださいね」
まるでここが幼稚園であるかのような錯覚を覚えてしまう程、穏やかな口調で担任が告げる。
担任に紹介され、堂々と李・佳蓮は前へ出でると、少々訛りは入っているものの、流暢に自己紹介をした。
「李・佳蓮だヨ。ヨロシクね?」
佳蓮は東の国からの留学生である……らしい。
佳蓮もまたその容姿から見て取れるように、魔力持ちであり、紫がかった暗い赤髪の持ち主である。
制服を着崩し、アレンジを施したその様子は、ルイーゼら、クラスの生徒と同年代とは思えない程の妖艶さがあった。
佳蓮の口端は愉快なことがなくとも常に弧状のように吊り上げられ、思惑を隠すように目は細められている。
いかにも怪しげな人物であるが、佳蓮を一目見たクラス中の女生徒がざわつく程度には容姿が端麗であることに間違いない。
しかし、彼は『きみかな』における攻略キャラではない。サブキャラ的な扱いではあるのだが、物語上においては数々の問題を起こす、要注意人物なのである。
ストーリー中でも佳蓮が留学生としてこの学園に現れるのはこの時期であった為、ルイーゼはさして気にすることもなく、佳蓮の自己紹介には上の空で、メルぬいに着せる衣装案のことを考え出してすらしていたが、しばらくして様子がおかしいことに気付いた。
自己紹介を終えた佳蓮が、目を見開き、ルイーゼの方を凝視しているのだ。
気の小さいルイーゼは、悪い予感に恐々しながらも、気のせいだと自分に念じながら、ホームルームを終える。
しかし、ルイーゼの悪い予感は大抵的中するのである。終業のチャイムが鳴ると、佳蓮は留学生に興味津々な他の生徒達には目もくれず、一目散にルイーゼの元へと駆け寄った。
「ねえ、君、ルイーゼだヨネ?」
「は、はい……ルイーゼですけれど、お会いしたことはありませんわよね?どこでわたくしの名前を……」
「そっか、キミがルイーゼ!会いたかっタヨ」
心底喜んでいる様子で、ルイーゼの右手を両手で握り、上下にぶんぶんと振り回す。
ここまで喜ばれると、自らに心覚えがないことが酷く不安になり、ルイーゼは記憶の箱を隅から隅まで漁ってみるが、困ったことに、全く覚えがなかった。
「あの……本当にわたくし、心当たりがないんですけれど……」
「気にしなイデ?それより……そこでボクのことを睨んでる従者サンもこっちへおいデヨ」
言われて初めて、ルイーゼはルークの方へ眼を向ける。表情はいつも通り、薄く笑みを浮かべてはいるのだが、よく見ると口端や目尻が痙攣していた。
その様子を見て、長年の付き合いであるルイーゼには分かった。『あっこれ、すごく怒ってる』、と。
佳蓮は東の国の王族に連なる家系の生まれでもあるため、ルークが逆らう事は出来ないのだが、歯牙にもかけない様子で、敵意を剥き出しにしたまま、佳蓮の目前へと歩みを進めた。
「李・佳蓮様。僭越ながら申し上げさせて頂きますが、私は従者ではなくお嬢様の侍従でありますし、第一一番問題なのは、初対面の女性に対してあまりにも礼儀がなっていないのではないでしょうか?軽々しく手を握り、乱暴に扱うなど……」
「マア、それもそうだネ。従者……侍従くんの言う通りダ。ごめんね、ルイーゼ?痛かっタ?」
「いえ、痛くはありませんでしたわよ。あの、その……ルークもそんなに怒らないで?ね?」
「……お嬢様がそうおっしゃるのなら」
「アハハ、本当に従僕くんはルイーゼには従順なんだネエ!」
愉快そうに佳蓮は笑うが、その声色には感情というものは入っていないように聞こえた。一拍置いて、空気が震える。
「……ルイーゼと……」
「ン?何か言ったカナ?」
「……お前ごときが……軽々しくお嬢様をルイーゼなどと呼ぶな!!」
突然、ルークは人が変わってしまったかのように佳蓮に牙を向いた。
怒っているルークは何度か見たことがあったものの、ここまで激しく激怒している様は、ルイーゼは見たことがなかった。何がそこまでルークの感情をかき乱してしまったのかは分からないが、今は事態の収拾を図らなければならないと、ルイーゼはルークを自らの身体で佳蓮から遮るようにして、焦った様子で言葉を重ねる。
「ちょ、ちょっとルーク!申し訳ございませんわ、佳蓮様。ルークのご無礼をお許しください。えっと、ルークは多分今少し機嫌が悪くて……。あの、本当にごめんなさい!罰ならわたくしが受けますから、あの、ルークを罰しないであげて欲しいんですの……。都合が良いとは分かっているんですけれど、あの」
いくらこの学園が平等を謳っているとはいえ、一介の従者でしかないルークと、王族に連なるものである佳蓮とでは、ルークの分が悪すぎた。
「……ルイーゼは優しいネエ。従者クン、今回は許すけど、次はないと思エ。それから、ボクは今後もルイーゼと呼び続けるヨ。ルイーゼ、いいヨネ?」
「わたくしは構いませんけれど……」
「従者クンも、それでいいよネ?」
そう言って佳蓮はルークに問いかけるが、その声遣には有無を言わせぬような冷ややかさがあった。その言葉を聞いてルークは冷静になったようで、はっと瞳を瞬かせた後、顔を蒼白にさせ、佳蓮に向かって頭を下げる。
「……はい。先ほどの無礼、大変申し訳ありませんでした……」
「ウンウン、今回はルイーゼに免じて許すヨ!勿論、さっき言ったように二度目は無いけドネ?」
佳蓮がルークを見遣ると、ルークは再度謝罪の言葉を口にする。
それに合わせて、ルイーゼも感謝と謝罪を伝えた。何かが変わる、変わってしまうような予感に、ルイーゼの胸に鋭い痛みがはしった。