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「新入生代表、アイザック・ハンネス」
「はい!」
アイザック・ハンネスと呼ばれた青年は、はつらつとした声で返事をし、壇上に上がる。彼はこの国の第一皇子であり、『きみかな』における攻略対象キャラクターである。
性格、とにかく熱血。
精神論を愛し、精神論に愛された男。
輝かんばかりのブロンドに、まるで燃え盛る炎のように煌めく深紅の瞳。
程よくついた筋肉に小麦色の肌。
前世の世界――その界隈ではかなりのファンを抱えていたのだが、メルと対称的であるともいえる彼のことがルイーゼは少々苦手であった。
「ついに始まるのね……」
「お嬢様、脂汗が酷いですが、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ!わたくしにはメルがついているもの!見なさい!わたくし、昨日徹夜してメルのマスコットを作ったのよ」
ルイーゼは自信満々に、制服のポケットからメルをデフォルメしたマスコットを取り出し、ルークに見せつける。
ルークは一瞬顔を顰め、何か言いたげな目でルイーゼを見つめるが、はたと気付き、小声で話しかける。
「お嬢様は本当に手先が器用なようで。そんなことより、アイネ嬢というのはどの方なんです?有事に対応できるように把握しておきたいのですが」
「ああ、そうね、ええっと……」
辺りを見回し、すぐに一際目立つ極彩色の髪を見つける。
「見える?あそこの、やたら目立つ髪色をした女の子いるでしょう?というか、髪色がやたら派手派手しい生徒がいらしたら、きみかなの重要ポジションを担う人物だと思っていいわ」
「ああ、はい……」
そう、この国の国民は殆どが茶色や黒色の髪色をしており、魔力を持った人間だけがそれと違った色彩をもって生まれる。例えば、アイザック、彼は赤色の髪であり、他にも、青、緑、黄、紫など、所謂魔力持ちというのは、やたらと髪色が派手なのである。悲しいかな、ルイーゼは魔力を持たない為、そのどれにも属さない漆黒の髪の持ち主であった。
「そういえば、ルークも不思議な髪色よね。綺麗」
「そうでしょうか?」
ルークの髪はルイーゼと同じように漆黒ではあったのだが、その髪にはところどころに金色が混じっていた。ルークは自らの髪を一房指先で摘み、どこか遠くを見るような目をすると、何のことも無かったように髪を払い、ルイーゼに視線を戻す。
「お嬢様、私はお嬢様のことを心の底より信頼しております」
「う、うん……?」
「お嬢様が幼い頃に仰っていた話が、全て真実であると断定したうえでお話しさせていただきますと、お嬢様はヒロインなるお方とその相手の恋の障壁になるんですよね?お嬢様にその気はあるんですか?」
「その気って……お邪魔キャラになる、ってこと?うーん、それがいまいちなのよね。ヒロインちゃんの恋路は応援してあげたいけれど、そもそもお邪魔キャラであるルイーゼが邪魔をしたことで絆や愛が育まれたってわけでもないだろうし、とりあえず傍観することにするわ」
「そうですね……私もそれがよろしいかと」
そんな話をしている内に入学式は終わりに近付いていたようだった。生徒たちは教師に先導され、それぞれの教室へ向かっていく。
道すがら、ルイーゼはしばらく黙り込んでいたが、意を決したようにルークに向き合った。
「とにかくルーク、あなたも気を付けるのよ!いくらゲームに登場しなかったからといって、わたくしの侍従ってだけであなたの身に何か危険が及ぶ可能性もあるかもしれないのだし……」
「ありがとうございます、お嬢様。私は自分の身は自分で守れますので、ご心配いただかなくても結構ですよ」
「ああ、そうね……あなた、その見た目でやたら喧嘩に強かったものね……」
「昔の話を掘り返すのはおやめください。それよりも、お嬢様こそお気を付け下さいね」
「そうね……」
ルイーゼがこの学園生活において危険に晒されることはないはずだった。
ゲームにおいても、ストーリーが佳境を過ぎたころ、あっけなく病に伏せるだけであったのだから。
だが、メルが入学しなかったことや、本来いるはずのなかったルークの出現など、イレギュラーが起こりすぎていた。
ルークの現在の状況においては、メルと同じ孤児院で育ったことに起因する。
いつものようにメルに会うために孤児院へ向かっていたルイーゼが、道中、人攫いにあいそうになっていたところを救ってくれたのが、ルークだったのだ。
両親に捨てられ、自暴自棄になり、孤児院に来てからも喧嘩を繰り返していたそうだ。主に、弱者を甚振る強者に対して。
その腕っぷしの強さに感心したルイーゼが従者として雇わせて欲しいと嘆願し、将来の展望も何もなかったルークはそれを承諾。そうしてルークはルイーゼの従者となったのだった。
「まあ、なんとかなるわよね!わたくし、絶対にメルを幸せにしてみせるんだから!」
強く意気込み、そうして入学式から一年がたった。
この一年の間に、推しと離れ離れになってしまったショックに耐え切れず、ルイーゼが推しへの愛を共に語り合うオタク友達が欲しいが故に、“メルぬい”をクラスメイトに見せびらかし、興味を持った生徒には作り方を教え、推しのいる生活がなんたる良いものかということを説き、推し活の輪を順調に広めていっていた。
そして今日も今日とて、ルイーゼはクラスメイト達とオタ活を楽しんでいた。推し活が興じるあまり、クラブまで設立してしまったルイーゼは、放課後になるとこのクラブに出向き、麗しき乙女たちと推しへの愛を語っていたのだが、来訪者の出現によって、この乙女の園は崩壊の一途を辿ることとなる。
「ルイーゼ様、見てください!」
「あら、あなたの推しぬいさん、今日も素敵な装いですわね」
「聞いてください、ルイーゼ様……!今日のアイザック様のお姿ったら、本当に素晴らしくって……!」
「あ、アイザック様ね……それは良かったわね……」
やはり、女生徒たちに人気があるのはこの世界においてもアイザックであるようだったことになんだか複雑な気持ちを覚えながらも、紅茶に手を伸ばす。
最近では、前世で言う同人活動のようなものが流行っていた。
ルイーゼが教えたわけでもなく、有志によって自分と推し、または推しと推しのカップリングで描かれた小説などがつくられ始めていたのであった。
ルイーゼも読んでみたことがあったが、その出来栄えにはいたく感心させられたものだった。今は絵が得意な女生徒に前の世界での漫画のことについてを教えている最中だ。きっと漫画が完成すれば、このクラブ全体のQOLが莫大に上がるに違いない。そんなふうに思考を巡らせていたのだが、突然、クラブ活動に使っている教室の扉が開かれた。
「あの、すみません、少しいいですか?」
「ええっと、あなたは……」
ざわつく乙女たちを気にも留めず、冷静に、明瞭とした声で少女は名乗る。
「アイネ・フリッツと申します」