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ブックマーク、評価をしてくださった方々、本当にありがとうございます!温かく見守っていただけると幸いです!

 まずルイーゼがしようと考えたのは、メルの身辺調査だった。

 ゲーム内での彼の交友関係は当然知っているが、今、この世界に来てからのメルの交友関係がどうなっているかは分からない。

 人間関係というのは脆く儚く、些細なことで壊れてしまうものだ。もし新しく交友関係が出来上がっているというのなら、みだりにそれを壊すような真似をしたくないというのが、ルイーゼの考えだった。

 ルイーゼは意外にも慎重派なのである。


 当時ルイーゼは齢六つになるというところだったが、一人で外出をしたいということを両親に告げると、これまた意外にもあっさりと了承されたので、まずはメルの住まう孤児院周辺の調査へ向かうことにした。

 単独調査である。初めての世界にもちろん好奇心もあったが、緊張もしていた。何せ、初めて家の外を出歩くのだ。

 今までは衣類やおもちゃを買ってもらう時も、家に行商人が来て、それを両親と共に選んで買ってもらっていた。


 思い返せば、両親は頑としてルイーゼを家から外に出そうとしていなかったような気がする、とルイーゼは思い当たるのだが、それは大正解である。

 ルイーゼの今世での両親もまた、親バカと呼ばれる類のものであり、ルイーゼが一歩外に出ようものなら、視線の嵐に誘拐、事故や事件、考えうる限りの良くないことに巻き込まれてしまうと、盲目的に信じ込んでいたのだった。

 そんな両親が外出を許したのは、単なる気まぐれなどでは無かった。

 まず、今までルイーゼはこれといった望みを口にしたことがなかった。寝物語の読み聞かせは強請るが、それ以外はまるっきり。そんなルイーゼが初めてしたお願いに、ルイーゼを溺愛する両親が断れるはずもなかったのだ。

 だからこそ許可をしたし、その裏では両親、使用人総出で尾行していた。このことをルイ―ゼが知る術はないのだが。


 ルイーゼが孤児院周辺の調査を終え、一先ず帰路につこうかと孤児院をこっそり覗き見ながら考えていると、偶然メルが孤児院から出てきた。

 恐らく子猫に餌をやりに来たのだろうと考え、ルイーゼは息を殺し、その最高の瞬間を目に焼き付けようと、生垣から目だけを出した状態で前屈みになる。

 しかし、家から出たことのなかったルイーゼには体幹も筋肉も全くと言っていいほどないのである。姿勢を崩し、生垣を突っ切って、どこかで聞いた昔話のおにぎりのように、一気にメルのもとへと転がりこんでいく。

 これを見た父親はすぐさまルイーゼの元へ向かおうとするが、母親がさっと手で制する。大事な愛娘の恋が今始まるのではないかという、女の勘が働いたからだ。


 転がり込んできた不審な塊に、メルは警戒することなく駆け寄っていく。


「あ、あの……大丈夫、ですか」

「だ、大丈夫ですわ!」

「でも、あの、おでこ……」

「おでこ?」


 そう言われてルイーゼが自らの額を触ると、転がり落ちた摩擦で擦り剝け、血が滲んでいた。


「い……」

「い?」

「痛いい……」


 瞬間的に生じた傷による痛みというものは大抵、気付くまでは痛まないものである。視覚から脳に伝達されて初めて、痛みとして感じるのだ。身体の年齢に引きずられるようにして、ルイーゼはビー玉のような瞳からぽろぽろと涙を零す。


「い、痛いよお…痛くない、痛くないのに!う、うう……」


 なんとか精神年齢まで引き上げようと、痛みすら否定してみるが、それでもやはり痛いものは痛い。もうすぐで本格的に泣き出してしまうというところで、メルがルイーゼの手を取り、頭を撫でた。


「いいこ、いいこ」

「……!」


 ルイーゼは悶絶していた。まさかここで、推しから『いいこいいこ』されるとは、夢にも思っていなかったからだ。放心状態で顔を真っ赤に染め上げていくルイーゼを見て、メルはすぐに手を引っ込める。


「ご、ごめんなさい……!僕なんかが触るの、いや、でしたよね、こどもが泣いていたら、大人がこうするの、見たことがあって、それで…あの、ほんとうに、ごめんなさい」

「違うの!むしろ触って!?あ、いや、それも違くって!いや、違わないんだけど!あ、え…あー……その、あのね?私、嫌じゃありませんことよ?」

「でも、顔が真っ赤……怒ってるんじゃ、ないですか?」

「怒ってない怒ってない!」

「でも僕、こんな目と髪だし……」


 メルは自信なさげに俯く。

 メルの頭髪は初雪のように白く、瞳は左右で色彩が異なっていた。

 この国ではそういった特徴を、魔物を呼ぶだとか、魔物の子だとか、そういって侮蔑し、時に畏怖した。


 周りを山々と海に囲まれたこの国は、古くから閉鎖的な文化を持っていた。

 建国から今に至るまで、厭戦の意を示し、他国に対して不干渉を貫くことで、治国してきたのだ。

 それ故、新しい文化が外から流れつくこともなく、古来より伝わる伝承を、老若男女、富裕層に貧民層、犯罪を犯す悪党までの誰もが信じ切ってしまっているほどに、固定観念や集団意識が強く、決して他のものを受け入れようとしない国民性が出来上がってしまっていた。

 集団意識の強いこの国の国民の多くは、少しでも自らを害すると考えられる異物を徹底的に排除しようとすることが、自らの為、ひいてはこの国全体を守るための正当な行いであると信じて疑わない。

 特異な存在であるメルが虐げられたのは、この国の体質によるものだったのだ。


「あのね、わたくし、あなたのその髪と目がとてもすてきだと思うわ。初めてあなたを見たその日から、ずっとそう思っていたの。誰が何と言おうと、私はあなたのことが大好きよ」

「……!」


 ルイーゼの心からの本心だった。

 前世でメルの過去の回想シーンを見るたび、心が締め付けられた。

 ただ外見が他の人と少し違うからと言って、恐怖され、非難される。けれどもそんな境遇にあっても、メルは人を憎まなかった。

 自分が悪いのだとそう言い聞かせて、全てを諦めたような顔で、他者を慈しみ、自ら遠ざけた。そんなメルが愛おしくて、救いたくて。救うだなんて、傲慢な考えなのかも知れない。けれどもルイーゼは、大好きな人が辛い思いをしているのも、苦しい思いをするのも、耐えられなかったのだ。


「それにね、私、あなたのようになりたいってずっと思っていたのよ。あなたにとってそれは、不愉快だと思うことかもしれないけれど、それでも私、それくらいあなたが好きなの」


 冷静に考えれば、初対面であるはずのメルに対してする発言ではないだろうと誰もが思うのだろうが、その疑問を口にするものはここにはいなかった。

 ルイーゼは求めていたロマンチックな出会いでなく、こんなみっともない登場シーンを見せてしまったことでかなりテンパっていたし、メルはメルで、こんな風に人から好意を向けられたことが無かったので、ほとんど言葉が耳から耳へ抜けて行ってしまっていた。


(ちなみにこの時、両親や使用人達は、幼い二人が小さな手で恋を紡いでいくことにただ無邪気にキャッキャしていた。)


「あの、えっと……ありが、とうございます」

「こちらこそありがとうございますですわ!あの、そんな風にかしこまって話さなくっていいのよ?できれば、もっとラフな感じに……」

「らふ?」

「敬語とか、使わなくていいってことですわ!親し気な感じで話して欲しいんですの」

「あの、でも、それは…」

「……!戸惑ってるぅう…かぁわいぃ……辛い、今すぐこの気持ちを書き留めたいぃい……」

「書き留める…?」

「いえ!お気になさらず!話し方については、無理しなくって結構ですわ!あの、でも出来たら徐々に……いえ、無理強いはいけませんわね。それで、私、あなたとお友達になりたいんですの!だ、駄目かしら?駄目なら全然、断っていただいて構わないのですけど、出来れば、友達に……なっていただけないかしら?」


 興奮するあまり、ルイーゼは前のめりになって小さな手でメルの手をぎゅっと握りしめ、宝石のように輝きを放つメルの片青眼(バイアイ)を一心に見つめる。

 勢いばかりが先行して余計なことばかり口走ってしまっているが、ルイーゼはほとんど半泣きだった。

 拒まれてしまったらどうしよう。

 だって私はただのお邪魔キャラだと、そう思っていたから。


「ニャーン」


 唐突に猫の鳴き声がした。二人そろって、声のした方へ視線を向ける。そこには、メルの人生において唯一の友となる、子猫が居た。


「ねこだ……!」

「あ、あれ?猫は初めて見るんですの?」

「ううん、見たことはあったんです、けど、こんなにちっちゃいねこを見るのははじめてで……」


 なんと、ルイーゼは偶然にも、メルと子猫の初対面するシーンに出くわしていたのである。


「ひ、ひぃ……あのCGが目の前で、目の前で……」

「触っても、いいかな……でも……」

「触っても良いのではないかしら?いっそのこと、猫さんに聞いてみましょう」


 ルイーゼは子猫にゆっくりと近付いて、出来るだけ優しい声で話しかける。


「猫さん、こんにちは。あの、彼が触らせて欲しいそうなのだけれど、いいかしら?」


 子猫は、ルイーゼの声に答えるように一鳴きする。


「触ってもよろしいみたいですわよ!メル、さあ!」

「う、うん……」


 恐る恐る、メルは子猫に手を伸ばす。そっとメルが子猫に触れると、まるで旧知の友であったかのように自然に、子猫がメルの手にじゃれついた。


「……!良かったですわね!メル!」

「うん…!……あれ、そう言えば、なんで僕の名前……」

「あああ!?いえ、私、以前からメルのことを知っていたのですわ、その、私、この町では顔が広くって」


 誰が聞いても酷い言い訳であったが、純粋なメルはそれで納得したようだった。


「そっか、僕、きっと悪い意味で有名ですもんね……あの、あなたの名前は……」

「ルイーゼ・シュクーリンと申しますわ!」

「ルイーゼ、さん。僕も、友達になりたいです。あなたが、嫌じゃなければ……」

「……!はい、はい!是非、お友達になりましょう!」

「わ、」


 歓喜のあまり、ルイーゼが勢いよくメルに抱き着く。遠くで見ていた父親が「まだそれは早すぎる気がするなあ……!」と脂汗を流しながら制止しに行こうとするが、母親と使用人になんとか取り押さえられた。


 これが、彼らの出会いだった。決して出会うはずのなかった二人が出会い、絆を育んだ。婚約まで漕ぎつくまでに、数えきれないほど紆余曲折あるのだが、それはまたの機会に。






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