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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

もしもし、そこの街行く死体さん。目玉を落とされましたよ。

作者:

 その日は、真冬とは思えないほどに日差しが暖かい一日だった。

 久しぶりの穏やかな日の光に誘われるように、私はコートを羽織り宿を出た。穏やかに寄せては返す波音と鳥たちの美しいコーラスを聞きつつ、落ち葉が積もって踏むたびに音を立てる道を鼻歌混じりに歩く。

 キラキラ輝く海には水上バスやゴンドラが走り、そこから陽気な歌声が聞こえてくる。橋を渡っていけば、色とりどりの野菜や果物を売る露天商が並ぶ市場に出る。水の都と呼ばれるだけあって魚介類が多い。惣菜を売る店からはいい香りが漂って来てお腹がすく。ハムやチーズ、塩ゆでダラのペーストをパンに載せたクロスティーニ、コロッケにイカやエビのから揚げ。どれもワインに合いそうだ。

 人々でにぎわう市場を抜ければ、建物に囲まれ昼なお暗く寂しい十字路の角に仮面を持った可愛らしいウサギが立っていた。誘われるようにウサギの指さす方向に足を向ければ、道の先はソーダ色の美しい海になっていた。船が停められるように桟橋が海面に突き出している。その海にはどこから流れて来たのか赤いバラの花びらが散って、ゆらゆらと波間に浮かんでいた。

 そこで、パシャンという水しぶきと共に桟橋のふちに人間の白い手がのった。

 勢いを付けて水から這い上がって来たその人物は異様だった。随分と長い間海の中に居たかのように水草が絡まり、そして体は日が経った死体のようにもろく崩壊仕掛けていた。最初は右目が転がり落ち、眼球がこちらの足元まで転がって来た。生物の教科書で見るようにちゃんと神経や血管の束が付いているのが何故か可笑(おか)しい。むせ返るような血の香りが辺りを包む。

 服は着ていたようだがほとんど千切れ、ボロ布のようになってしまっている。むき出しになった白い肌もずるりと溶けて中の筋肉や血管、内臓が見えている。痛みはもう感じていないのか、その人は何かに追われるように体を崩していきながら、四つん這いでこちらに向かってくる。下を向いて道を這いずっていたその人が、ふと此方に向けて顔を上げた。まるで今私の存在に気づいたように。白い(かんばせ)にある異様な黒い穴よりも、私はその隣にらんらんと燃えているように鮮烈な輝きをもたらす瞳にくぎ付けになる。なんて美しいのだろう。











「はい!? ちょう待って! これロマンスの方向なん!? 季節外れの怪談大会でも始まったんかと思っとったけど!」

 カフェモカをふーふーしながら飲んでいた幼馴染が、音を立ててカップを置く。

安藤(あんどう)君だってあの芸術品みたいな瞳の色を見たら、私と同じ感想を抱くはずだよ。それに、医者じゃないのに綺麗な筋肉や骨の動きや内臓の様子を観察できるなんて貴重な体験だし」

「分かるわー、(りん)()ちゃん。人体の内部って芸術品みたいよね。普通は物言わぬ死体を開いてみないと分からないのに、それが動いている様子を鮮明に見られるなんて素敵ね。羨ましい! 想像しただけでくそ堪んねえな。おっとヨダレが」

 隣に座って生チョコケーキを食べていたジェナさんはフォークを置き、私の両手を握って息を荒げながら熱っぽく伝える。折角の美少女が台無しだ。

「待って。これ俺がおかしかと?」

 安藤君は落ち着くときの癖である、首筋に人の姿に化けきれずにわずかに残る鱗をしきりに撫でる。それから、美しいルビーの瞳がこちらを向いた。

「で、結局そのゾンビんごたー人に見つかった後どげんなったと?」

「え? あぁ、その後すごくラッキーなことが起こったよ!」

 その人と見つめあうこと数秒、一際大きな音と共に左腕が根元から崩れ落ちた。支えを失ったその人の体が大きく揺らいだのを見た私は、過去最高の反射神経でその人の体を支える。よくやった、私!

「大丈夫?」

 頷きが一つ返ってきたので、私は手に持っていた眼球を差しだした。

「あの、これ貴方のでしょう」

「あぁ、ありがとう」

 こんなに体が崩れた状態でまだ声が出せることに驚く。

「いや、待て。一見少女漫画のような素敵なシーンとけど差し出してどーするん!? 落とし物はハンカチとかやなかとよ! はめなおすと!? 機械のパーツじゃなかとにそれで見えるようになっと!?」

真珠(まり)、ツッコミは話を全部聞いた後にしましょう」

 不可抗力とは言え素敵な人と触れ合えたことを喜びつつ私は質問した。貴方は誰でどうしてこんな状態になったのか。

「覚えていない。ただ……僕は殺され……た……んだ」

 掠れて消え出した声に戸惑っていると不意に重みが消える。その人を支えたから洋服には血の染みがべったり着いていたのにそれすらも消えていた。ただ一つを除いて。

「何故か、私が拾ったあの綺麗な眼球だけは地面に残っていたのよね。片目だけだなんて今頃あの人歩く上で困っているだろうし、何とかして返したいんだけど」

「彼が手に入れんばいけんパーツは他にもありそうやけどね」

 取りあえず、ガラスケースに保存した眼球をテーブルに置く。

「ちょっと、(はな)ちゃん! ここカフェ。公共の場!」

 確かに、店内ではバイオリンの生演奏が流れ、赤いビロード張りのソファとテーブルが並び、シャンデリアに照らし出された洗練された内装のカフェで出すものじゃ無かったよね。地下の酒場だったら良かったかも。

「きゃー! これがその眼球! 確かに素敵ねぇ。でも命を失っているからか、ただ美しいだけって感じがする」

「華ちゃんはこんな瞳の色が一番好きとね」

「いや、魂ごと引き込まれるような暴力的なまでの美しい瞳が他にあるのを知っているから、これが一番ではないかな。綺麗だとは思うけど」

「はいはい、ノロケご馳走様」

 ジェナさんの白けたような視線に首を傾げつつ、私は本題を口にする。

「これ持って出国の保安検査は通れないから、返さないと私日本に帰れないのよね。それに、彼が言っていた殺されたという言葉がどうも気になる」

 私が今いる場所はイタリアのヴェネツィア。二月の今は華麗な仮面の貴婦人たちが怪しい空間へと誘う魅惑的なカーニバルの真っ最中だが私がここに来た目的はそれでは無い。

 私は世界でも稀有である生まれた頃から魔力を持ち、魔法を実用レベルで行使できる魔法使いだ。元々実家は、日本で呪われた本や危険な魔法を収めた魔導書を専門に扱う書店を経営しており、魔力がある私は当然のように家業を継いだ。今回イタリアで天使がもたらしたと伝わる魔術書である『アブラハムの書』の本物が見つかったと言うので、買い付けに訪れたのだ。この本は、稀代の錬金術師であるニコラ・フラメルが解読して「賢者の石」を生み出し、鉛を金に変える「黄金錬成」を成功させた事で有名だ。

 首尾よく本の買い付けに成功し、それに浮かれていたのもあって散歩に出かけたのだが、そのせいでとんでもない物を拾う事になるとは思わなかった。

 とはいえ、偶然カーニバル見物に訪れていた頼れる友達に会う事が出来たのは僥倖だった。三人寄れば文殊の知恵である。

「そうねぇ、殺人事件に時効はないし殺人犯が野放しにされているのも恐ろしいわね。真珠、これは貴方が担当すべき案件なのではないかしら」

 幼馴染の安藤君の正体は正義を司る蛇の姿をした悪魔だ。幼いころ書店に並ぶ前の魔術書を親に隠れて読んでいた時に、偶然彼を呼び出す魔法円が効力を発揮してしまい、呼び出された彼はそれからずっと私が何か困ったことがあると助けてくれるようになったのだ。君は本当に悪魔なのか? 優しいね。なお、彼が操る日本語が長崎弁なのは、私の話し方に影響を受けたせいである。すまん。

 悪魔らしいと言えば、死体の山を見ながらご飯を俵でいける死体愛好者なジェナさんの方が余程悪魔らしい。実際彼女の正体は悪魔だが、その能力は全ての傷と病を癒すと言うもので能力だけなら天使のようだ。世の中は不思議。

 ガラスケースに収められた眼球を手に取った安藤君はそっと目を閉じた。魔力の流れを感じ取り思わず息をのむ。

「なるほど、イタリアの子や無かね。珍しいアルデバランの血を引く子や。しかも、その国の聖獣の守護がかかっとる。華ちゃんの言葉通りの腐乱死体状態でさえ生きていけとる理由はこれやったとか」

 そのような姿になってまでも生かされるのが彼の幸せだとはとても思えないが。それも含めて彼ともう一度会うべきだろう。

 しかし、アルデバランかぁ。

 世界史と地理の授業で得た知識を脳内で総動員してみる。確かアルデバランは東欧にある小国で周囲を高い山脈と海に囲まれた自然豊かな国だ。国民は全員人の姿と動物の姿を持つという稀有な特性を持ち、そのせいで昔は卑しき獣の民の国として貶められ、存在している事が悪だと周辺諸国から戦争を仕掛けられていた。とはいえ、大型の肉食獣の姿を取る者が軍の大半を占め、器用で頭の良い者が多かったため強力な兵器を作り出し、侵略してくる国を返り討ちにしていた。

 国を守護する聖獣も戦争で傷つく人々を癒し、国全体に結界を張って敵が侵入しないように守っていた。

 だが、相次ぐ戦いに辟易したこの国は気候も温暖で食料の確保にも困らず、自国だけで生活を回すことも可能なアルデバランは鎖国政策を実施し、外国人の立ち入りを厳しく制限している。その鎖国体制は近年より強固な物となり、今ではツアーや貿易などでも訪れることは出来なくなっていて実態は謎に包まれている。

 ここで、普通の人なら彼の行方を探すのを断念するかもしれないが、私は違う。なぜなら、私には最難関資格の一つに数えられる魔導書官の資格があるからね! 貴重な魔法書の収集、保存の通常業務の他に危険な魔法書を封印する役割を持つ魔導書官の国際資格に付随して、どの国でもこれを見せれば入国を拒めないと言う魔法のパスポートが貰えるのだ。なので、私は日本国籍の紺のパスポートと黒地に金でグリフォンが描かれた専用パスポートの二つを持っている。呪われた本を収集する古書店と言う家業を継ぐのに必要だからと、必死に勉強して取得した資格だがまさかの方向で役に立った。人生に無駄な勉強は無いんだね。

「入国審査で引っかかるやろうからこれは預かっとく。俺は先にアルデバランに行くから後からおいで」

 悪魔はどこにでも入れるし現れる。ガラスケースを懐にしまった安藤君は私の頭を優しく撫でるとその場から掻き消えた。









 マルコ・ポーロ空港からアルデバランの隣国であるクロアチアの国際空港に降り立ち、そこから陸路でアルデバランに向かう。国交断絶な国へ向かうのは中々大変で、移動だけで丸一日以上かかった。私が心配だからとついて来てくれたジェナさんと共にホテルに着いたときには既に夕暮れ時だった。

 中世から時が止まったかのような街並みの王都は街灯に照らし出され、ちらつく白い雪も相まって幻想的な雰囲気を醸し出していた。人間以外にも普通に熊や虎が優雅に街を歩き、馬だけで背中に荷物を背負い走って家へと帰っている姿が普通に見られる光景にメルヘンの世界に迷い込んだかのような錯覚を覚える。野生だと狼とアヒルが仲良く談笑している何てこと無いだろうし。お店の人はその方が動きやすいのか人の姿だが道行く人は圧倒的に動物姿が多い。そのためか、ジェナさんも今は黄金の翼を持つ手のひらサイズの牛という元の姿に戻り、器用に私の頭の上に乗っていた。

 石の城壁に囲まれた王都・フロレンティアにはいくつもの壮麗な教会があり、迷路のような細い路地にはレストランや書店、洋服店、バーなどがびっしりと軒を連ねている。

「そういえば、貴方は長い間お店を開けていて大丈夫なの?」

「私より優秀な使い魔が店番から本の整理までしてくれているから、平気だよ」

 安藤君が私に持ち込んだ事件を切っ掛けに仲良くなった黒猫姿の神獣が、今は書店を取り仕切ってくれている。うん、予定より長引いたから彼に拗ねられない為にも、ここは貢物を用意せねばと私はお店を見て回って買い物をする。喜んでくれると良いな。










 壁には店主が集めたという絵画が並ぶ歴史を感じされる内装の食堂で私は料理に舌鼓を打つ。肉厚のスモークサーモンと新鮮な野菜の調和が素敵なサラダにこの国名産のジャガイモで作ったニョッキ。そして、メインとなる普段は食べられないような分厚さなのに不思議とすっとナイフが通る柔らかさの赤身肉のステーキはまさに体に沁みる美味しさだ。顔が勝手に笑顔になる。

 夕食を終え、赤ワインで火照った身体を冷ますために夜の街を歩く。夜でも街を見守る城には入ることが可能なため、見張りの塔の天辺にも登れた。

 大きな満月に照らし出され、キラキラと銀に輝く海と色鮮やかな街の灯りの対比が美しい。中々の風だがジェナさんの結界に守られて寒くないのをいいことにボーっと景色を眺めていると、後ろから現れた葡萄(ぶどう)色の鱗を持つ巨大な蛇に突然じゃれ付かれて、思わず倒れそうになった。

「安藤君ったらびっくりさせないでよ!」

「ごめん、ごめん」

 反省してない楽し気な光を宿す苺色の大きな瞳が私を映す。そのまま、またもや肩や頬にすりすりと甘えるように擦り寄って来た。何この突然のご褒美。動物はすべからく大好きだ。にやつきながらのどの当たりを撫でるが鱗の感触が気持ちいい。ま、普段人には怖がられるからなかなか外で本性に戻れないために、今は羽目を外して浮かれているんだろう。

「世界で一番美しい蛇さん。どうか私と遊んでくださいな」

「望むところですよ、俺の王子様」

 悪戯っぽい口調で返された台詞に思わず眉根を寄せる。私は別に王子じゃない。

「聖獣が加護をあげたのならその子の行方くらい知っているでしょう。明日はお城に行ってみるしかないわね」

 一心不乱にナデナデしていた私の耳にジェナさんの声が届く。遠くに見えるライトアップされた宮殿を見やる。ここって、いきなり行って入れるの? 

 結論から言うと、宮殿への見学はアルデバランの学生のみにしか認められていなかった。そりゃそうだ。むしろ王様がいるお城に学生だけでも入れるのが凄い。なので、今日偶然にも宮殿への社会科見学に行くという高校生の集団に紛れることになった。現在私は紺のボレロにチェックのワンピースという制服姿である。成人済みの女が着るのはイタイ事は重々承知しているので見逃してください。

 ジェナさんもお揃いの制服を身にまとい、更に長い灰色の髪を三つ編みにして、作り物めいた美しい顔を隠すかのように黒ぶちの眼鏡をかけていた。

 何だか潜入捜査っぽい! 映画の世界だ。

 二百人弱ほどの生徒の集団に上手く紛れ込み、川沿いの丘の上に建つ尖塔がいくつも立った剛健な王宮に潜入する。安藤君は眼の持ち主を探してみると言って別行動だ。

 最初に目にする庭園は、一番目立つ場所に王家の紋章である白い一角獣が威風堂々とした姿を見せ、天使や動物など様々な造形の彫刻や噴水が並んでいる。冬の今は剪定(せんてい)されていて寂しい印象だが、像の周りにはバラ園が配置されていた。花咲く季節はさぞ見事だろうな。

 宮殿の中もだまし絵風の壁画や色鮮やかな糸で織りあげられた美しいタペストリーで覆われた部屋、貝殻を装飾して海底をイメージした洞窟の部屋など工夫を凝らした内装で、こんな時じゃなかったらゆっくり見学していたいのに! と心の中でハンカチを噛む。でも今は聖獣を探して話を聞かないと。

「おかしいわね。聖獣が居る気配がしない」

 頼りのジェナさんは首を傾げる。疑問を抱いたような目が城の内部を嘗めるように見回す。

「聖獣がいないってそんな事……?」

「お前たち、この国の者では無いな。聖獣様を探ろうとするとは怪しい奴だ!」

 はい、普通に衛兵さんに捕まりました。何故この方法で一国の宮殿に潜入できる何て思ってしまったんだろう。警備がザルな訳がない。あと、日本語での私たちの会話が分かるとはお主、中々やるな!

 蔦が絡まる石造りの塔の最上階の牢獄に乱暴に入れられる。重々しい音を立てて鉄格子の扉が閉まり外側から鍵をかけられる。さーて、どうすっべ。

「貴方がたはどうしました? 見るところによると異国の方のようですね」

 たおやかな声音に先客がいるのかと振り返れば、こんな牢屋には似つかわしくない菫かもしくはカスミソウを思わせる嫋やかな美女が立っていた。淡い金髪が光に照らされて綺麗だ。心配そうな青みがかった紫の瞳を見返し、私はかいつまんで事情を話す。

「ここまで来る原因になった眼は持っていらっしゃいますか?」

 何故かジェナさん預かりになっているガラスケースの目玉を渡せば、彼女は確かめるようにその瞳を覗き込むと涙を流してケースを抱きしめた。

「貴方が出会ったのは私の子です。私はこの国の女王でした」

 重要そうな人物に出会えたよ! 牢獄の囚人ガチャは勝利した‼ 災い転じて福と成す、とはこのことか!










 アルデバランの王位は長子相続であり、男女関係なく生まれた順番で王位を継ぐことになる。彼女・アルバ様は先代の王の長女として生まれ、王の崩御と共にこの国の王位についた。

 二十年ほど前に公爵家の嫡子と結婚し、一児を授かったのだが生まれた子はこの国の民としては有り得ない動物の姿を持たない子だった。

 この子は本当に王家の血を引くのか。女王が不貞を働いたのではないかという疑惑があり、夫にも信じてもらえずに周囲からは冷たい目で見られるようになった。呪われた子として生まれた男の子は幽閉され、わが国を私利私欲のために再三戦火のただなかに置いた憎き人の子を宿した女王として国民の支持も下がり、国民投票により彼女は王位を剥奪された。ちなみに、この国は国民が王をやめさせる権限を持つため、下手な政治は出来ないんだって。

 選挙の結果が出てから、彼女はこの牢獄に閉じ込められた。王位は弟が継いだそう。食事が運ばれることも無いため、今頃は死んでいると思われているだろうが、神が憐れんでくれたのか、どこからともなく飛んでくる小鳩が食事を運んでくれるため何とか生きているとのこと。

 とはいえ、十何年も閉じ込められているため、美貌に惑わされずに見れば顔色も悪く体力も無くなっているのか今も粗末なベッドに腰かけつつも苦し気に話していた。ジェナさんがアルバ様の身体にそっと触れると優しい光が彼女を包み込み、バラ色の頬をした生き生きとした雰囲気に変わった。治癒魔法のエキスパートすごい!

「さて、じゃあ私たちと一緒にここを出ましょうか」

 ジェナさんの言葉にアルバ様が大きく目を見開く。私もいつまでもこんな所居たくないので牢獄にかけられている脱獄防止の魔術を破る。あれ、何かいつもより魔法の威力が強いような。気のせいか?

 貴族の様なドレス姿に魔法で格好を変えると、まだ呆けたような顔をしているアルバ様に右手を差し出す。

「でも、私まで一緒に逃げるのは。きっと貴方がたの足手まといになりますわ」

 彼女が差しだしたガラスケースごと彼女の手を握り、もう片方の手を壁に着いてアルバ様と視線を合わせた。

「どうか私たちを信じて、黙ってついて来て下さい」

「は、はい! 喜んで」

 何でアルバ様は頬を赤らめているんだろう。あ、女王様にこの態度は不敬だったかな。後で誠心誠意謝ろう。今度は差し出した手をとってもらえたのでそのまま歩き出す。アルバ様はベールを被っているので周りからは顔は良く見えない。

 豪華な衣装が功を奏して、貴族と思われたのか恭しい態度で衛兵や侍女は頭を下げてくれる。おかげで楽々お城を抜け出せた。脱獄成功! さっきの制服姿との扱いの差にビックリだ。そんな警備で大丈夫か?さっきまでの察しの良さどこ行った?

「あら、真珠じゃない。聖獣と王子を連れて来たのね」

 宿の部屋に戻れば、そこには巨大な蛇と片目が無い若者と美しい銀の毛並の一角獣がいらっしゃった。この国の聖獣ってユニコーンなんだ。

「あ、どうも。怪我治ったのですね。良かったです。これお返しします」

 ガラスケースに入れた目を返せば何故か彼は申し訳なさそうに頭を下げる。

「すみません。体を再生させるのに、この目を通して貴方の魔力を吸い取っていました」

「華ちゃんの魔力が漏れている気配がしたから何かなと思ったとよね。やけん、原因が分かってからは華ちゃんにこん目ば持たせたくなかったと」

 やたら私に擦り寄って来たのは、触れ合いを通して失った魔力を補充してくれていたかららしい。気づかずにすみません。ありがとう。ジェナさんが治癒魔法を使って元通りに彼の目を治してくれる。

「いいえ、貴方を助けられたのなら光栄です」

 魔力タンクな私にはそれほど痛手では無かったから大丈夫、と言う思いを込めて微笑んで告げれば彼の頬が赤くなった。あれ、言葉のチョイス間違えた?

「まぁ、ルカ君なの? 私の可愛い子。大きくなりましたね」

「貴方が僕のお母さんなのですか。ずっと会いたかった」

 ようやく再会できた親子は抱き合って喜んでいる。ルカさんはアルバ様の弟君とその奥様の間に世継ぎの王女が誕生したことで、用済みとなり殺され海へと投げ捨てられたらしい。その遺体がアドリア海でつながったヴェネツィアに流れ着き、彼の行方を探し回っていた聖獣が見つけ復活させようとしたが、魔力が足りずに不完全な状態になるのは明白だった。

「そこで、上質な魔力を持った人の子をイタリアを守護する聖獣が教えてくれ、汝が魔導書を集めている事からアルデバランの王宮図書館に封じられていた『アブラハムの書』を餌に汝を呼んだのだ。凛華さん、よく役目を果たしてくれた」

「え、じゃあこれ、王家に返した方が良いですよね!」

「汝の正当なる報酬だ。気にするな」

 いや、気にするよ! 国宝とか頂けないから。泣きつきそうな勢いで返したら聖獣さんは不思議そうにしながらも受け取ってくれた。

「でも、何でルカさんは動物に変身できないんだろうね。純粋なアルデバラン王家の血を引いているのに」

「この国の初代女王の伴侶は動物の姿を持たぬ純粋な人だったからな。ルカはその先祖返りだ」

 何でもない口調で聖獣さんが言う。え?

「ルカはあの男によく似ておるな。我の初めての人の友だちに。だから彼にまた会えたような気がして嬉しくて付きっきりで育てておったのだがまさか王家の命令を受けた者に殺されようとは驚いた」

「えっと、その話を最初に貴方がしていたらルカ君は殺されなかったしアルバさんは幽閉何てされなかったんじゃ」

 ジェナさんのもっともな言葉にユニコーンは首を傾げる。

「どうして動物の姿を取れない事が問題になるんだ。かつては王家にも国民にも稀にではあるが現れておったぞ。それに皆元々は人だろう。何が問題なんだ」

 聖獣様の発言に私は思わず頭を抱えた。言っていることの物の道理はよく分かるんだけどね。種族が違うと考え方も違うけど、さすがにこれは。安藤君がため息を吐きながら経緯を説明すると、聖獣さんは泣きながら頭を下げてアルバ様とルカさんに謝っていた。

 彼ら親子はこの国には居たくないという事で、これも何かの縁だと安藤君が住居や生活の面倒を生活基盤が出来るまで見ることになった。本当優しい。

 聖獣さんは基本的に国から離れられないので必然的にお別れになるが、こっそり会いに行けるように何かしらの手段を考えるとのこと。

「しかし、本当に生きている人間が持つ瞳の色やなかよね。華ちゃんが見惚れるのが分かる」

 ルカさんの瞳の色は日の光を受けて七色に輝くという不思議な色をしていて、上質なダイヤモンドを覗いているような錯覚に陥る。

「我もルカの瞳が好きだ」

 聖獣さんも隣でうんうん頷く。ついつい彼の頬に手を添えて「綺麗」と言いながら緑や赤、青、紫、橙など様々な色を閉じ込め輝く瞳を見つめていると彼は耳まで赤くなり震え出した。

「もう勘弁してもらえませんか」

「セクハラでしたね、すみません!」

「あらあら、凛華ちゃんはルカ君の瞳が好きなのですね~」

 アルバ様がころころと笑いながら私の頭を撫でる。まぁ、確かに好きだ。でも思わず欲しいと願ってしまう鮮烈な色を私は他に知っている。ポケットに入れたままの、つい魔が差してお土産に買ってしまったペアのキーホルダーの片割れを、無意識に指で撫でる。もう片方は、私の勇気が出たら彼に渡す予定だ。日本で待っていてくれている、私の一番お気に入りでずっと眺めていたいような眼をもつ彼に早く会いたいなー、と澄んだ空を見上げた。









 伝統的な瓦屋根の家があるかと思えば、中華風の極彩色の建築物や白亜の教会が入り混じる異国情緒にあふれた長崎の街並みが私は好きだ。荷物は亜空間にしまってあるから身一つで私は家への道を急ぐ。そんな時だった。

「すみません、浦上天主堂はどこにありますか?」

 ゆっくりと発音される平易な英語に振り返れば、旅行中と思われる栗色の髪の少女がガイドブックを片手に立っていた。方向はどうせ同じだからと私も一緒に教会に向かうことにした。レンガ造りの教会の中に入れば、祭壇に首だけが残った『被爆マリア像』が安置してあるのが目に入る。顔にある黒々とした穴が昔は怖かったなと、西日が柔らかく照らすマリア様を懐かしく眺める。ふと、隣を見れば彼女は黙って涙を流していた。何て心が綺麗なのだろう。

「ありがとう。リンカのお陰で助かりました」

「いいえ。……貴方は神様に遊びに行っておいでと言われて天から舞い降りて来たの? どうぞ、長崎を心行くまで楽しんでくださいね。天使様」

 魔法で出したお花を少女の髪に挿す。夕陽のせいか彼女の顔が赤らんで見えて思わず胸が騒ぐ。なんかマズイ事をした予感が。軽くブルリと身体を震わせる。

「寒いのですか?」

「いや、大丈夫です。心理的なものですから」

「風邪には気をつけてくださいね。それじゃあ、本当にありがとう」

そのまま、教会の前で私たちは手を振って別れた。

 家へと続く長い坂道を登りつつ、この街が昔焼け野が原だったとはとても信じられないな、と息を吐く。そんな時だ。鞭を鳴らすような恐怖の音がしたのは。

「凛華さんは、随分とあの可愛らしいお嬢さんを気に入ったようですが、そのままデートに誘わなくて良かったのですか」

 氷の様な冷たい声音を出す、店番を任せていた私の使い魔である黒猫が尾でバシバシと道路を叩いている。あら、珍しく不機嫌。

「まさか。私がいつも一緒に居たいのは君だけなんだけど」

 魂ごと奪われそうな、この世で何より美しい気品ある紫がようやく私を見た。その色に本能が疼いて息が止まる。小猫が軽く震えて目を伏せ、そのまま姿が揺らいで青年の姿になると私を抱きしめた。って、抱きしめたー!

「うぎゃー! ちょ、ちょっと、くろべぇちゃん離して!」

「嫌です。……お帰りなさい、無事でよかった」

 綺麗すぎて直視出来ない芸術品の様な美貌が間近に。しかも何かいい匂いするし。普段私が彼の人型をある意味苦手としているのを知っているから、彼は滅多にこの姿を取らないのに。お仕置きされるようなことしたかな?

 私が大好きな、深い紫の中にもよく見れば青や赤が入り混じった、魅惑的な瞳が私を捉える。この状況を打破する方法。そうだ!

「お、お土産買ってきたからどうぞ!」

 何とか離してもらい、読書が好きな彼にアルデバラン名産である美しい幾何学模様が特徴的な織物のブックカバーと、イタリア土産の有名店で買ってきたチョコレートを手渡す。そして、照れるが「君は最高」というメッセージ入りのクマのキーホルダーをあげた。ペアとなる女の子のクマさんはすでに私のカバンに着いている。

「ありがとうございます、大事にしますね」

 神々しいまでの笑みに思わずサングラスをかけた私は悪くない。あんなの直視出来るか。死ぬわ。

 なお、家に帰れば、「真珠さんに教えてもらったので」と手際よく豚肉の生姜焼きやみそ汁という久しぶりの日本食を用意してくれた本当によく出来た使い魔に、私は本気で泣くかと思った。料理が元々とてつもなく苦手なことは知っていたから、絆創膏だらけになっていた彼の指に、感謝の気持ちを込めてキスして怪我を治すという暴挙に出るくらいには浮かれきってしまう。

 だから、盛大にやらかした事は反省しているので、部屋の隅で小猫姿でプルプル震えないで。いや、本当にごめんなさい!


読んで頂きありがとうございました。

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