佐藤雄二
「君たちの中から勇者を選抜します。勇者に選ばれた人にはチート能力を授けます。」
目に見えるのは、見知らぬ部屋、ジャージ姿のクラスメイト、空中に浮かぶ半透明の男性。そして聞こえてきたのは男性の声だ。状況的に、クラスメイト全員が異世界に召喚されたらしい。
「勇者には生き残る力が必要です。しかし皆さんは元の世界で若くして死んでおり、生き残る力に疑問があります。」
若くして死んだ。そう、俺の記憶は、クラスメイト全員を乗せた社会見学帰りのバスが突然何らかの事故に遭って横転などを繰返したところで止まっている。あのまま全員死んだのだろう。
「そこで皆さんの中から生き残る力の強い者を選びます。これから生き残りを賭けたゲームをしてもらい、生き残った人を勇者とその従者として異世界に転生させます。勇者となれる者は1人だけですが、勇者には4人の従者がつきます。そのため、5人を選抜します。」
クラスメイトは40人だが、選ばれなかった残り35人はどうなるんだ?
「皆さんが勇者やその従者として相応しいと選抜した者がいたら、右手の階段を上った先にある扉を潜ってください。その者は勇者やその従者として転生します。扉を潜ることができるのは5人です。」
それを聞いた途端に声を上げながら何人かが階段に向かって走り出した。だが、一人目が6段ほど駆け上がり、二人目が1段目に乗ったところで突然階段が消えて、駆け上っていた奴は床に転落した。駆け寄っていた奴らも突然の事態に転倒したりぶつかったりで、痛いだなんだと大騒ぎだ。
少し間を置いてから男の声が再び聞こえてきた。
「階段は一人ずつしか上れません。二人以上が乗ると階段は消失します。」
階段に駆け寄った奴らが「ふざけんな!」「そういうことは早く言え!」などと喚いている。
「時間制限を設けます。毎日23:59を過ぎるまでに、部屋から必ず一人以上減らしなさい。減らす方法は2種類です。先ほどの扉を潜るか、左手にある穴に廃棄しなさい。」
おいおい!今凄いことを言ったぞ!人を廃棄しろっていうのか!神様かと思っていたけど悪魔なのか?そうなると勇者っていうのも何だか怪しく思えてきた。
左側の床には確かに大きな穴が空いている。人を落とすための穴って怖過ぎる。
「後方にはこれから勇者として召喚される世界について学習できる教材を用意しました。部屋に5台ずつ用意しましたのでよく学習しておいてください。」
それだけ言い残すと半透明の男の姿が消えた。ちょっと説明不足ではないだろうか。みんなも「ふざけんな!ちゃんと説明しろ!」とか、「家に帰して!」とか騒いでいる。とんでもないことになったぞ。俺も現状を理解できずに混乱気味だ。
とりあえず部屋の中を観察しよう。
部屋の形は円筒形。男が宙に浮いていた側には24時間表示のデジタル時計がある。今は14時25分だ。元の世界の時間との関係性は不明だ。その下にはデジタル表示で0が表示されている。廃棄された人数のカウントか、勇者のカウントあたりだろう。
時計に向かって右手には例の階段がある。階段は壁から板が突き出るような構造をしていて、円形の部屋の壁に沿って上っていき、頂上は部屋を半周して調度反対側の左手になっている。その下、左手には穴だ。人を廃棄する穴。近付きたくないのでよく見えないが、遠目では中は真っ暗な空洞に見える。
そして後方には20インチ位のテレビモニターが5台並んでいる。あれが教材なのだろう。他は何も見当たらない。
クラスメイトを数えてみたが、40人全員いるようだ。全員が紺色の学校指定のジャージを着ている。俺も同じジャージ姿だ。自分のジャージの中を覗くと、下には体操着を着ていた。ズボンの下は短パンとパンツも穿いている。足は靴下と上履きだ。ちなみに最後の記憶のバスの中では制服を着ていたので、いつの間にか着替えたことになる。服装が変わったことくらいで驚いている場合ではないのでそういうものだと思うしかない。
クラスメイトたちは大混乱中だ。「ここから出せ!」とか喚き散らしている男や、何故か抱き合う女たち、泣いている奴もいる。騒がしいので放っておく。
俺が今一番気になっているのが、後方のテレビモニターだ。「召喚される世界について学習できる教材」と言っていた。これを調べない手は無いだろう。騒ぎに巻き込まれないようにそっと後方へ向かう。
テレビモニターの下にはゲーム機のような物が置かれていた。スイッチの付いた箱、そこから延びるコード、その先にはコントローラー。どう見てもゲーム機だな。少し観察した後に5台並んでいるうちの一番左端の一台に手を伸ばそうとすると、後ろから声を掛けられた。
「佐藤君、抜駆けはよくないな。」
振り向くとそこにいたのは大河原大悟とその取り巻きだった。優等生。それが俺のもつ大河原への印象だ。大河原が呼んだ佐藤は当然俺のことだ。佐藤雄二が俺の名前だ。
「抜駆けするつもりはない。大河原が調べてくれるというならここは任せるよ。」
見た目は単なるゲーム機だが罠が無いとは限らないし、無理して一番乗りになりたいとは思わない。ここは譲って様子を見させて貰おう。
「では先に試させてもらおう。」
そう言って大河原が手を延ばしたのは俺が触れようとした左端のゲーム機ではなく、中央のゲーム機だった。同じ物に目を付けた訳じゃあないのかよ。だったら別々に試せたじゃないか。
大河原がゲーム機のスイッチに触れるとテレビ画面に文字が浮かび上がった。
『大河原大悟がログインしました。教材を起動します。』
おぉ!自動認証システム!スイッチに触れただけで個人を特定するとは。異世界転生というともっとアナログなものを想像するのだが、ここはかなり高度な文明が感じられた。想像で決め付けるのは危険だな。
大河原はコントローラーを握り、ゲームを進めた。画面が切り替わり、オープニング映像が流れている。二次元ドット絵で昔のRPGといった雰囲気だ。森から画面がスクロールして、城が現れる。城が画面の中心に来たところで画面が変わり、黒バックに黄色の魔方陣が描かれ、「トゥリュリュリュリュ」という電子的な効果音と共に、上から2頭身キャラクターがクルクル回りながら魔方陣の中心に下りてきた。そして黒バックと魔方陣が消えて謁見の間風の背景に変わり、玉座に座る王様がしゃべりだした。
『神に命じられし勇者よ!魔王を倒すための旅に出るのじゃ!』
『 >はい いいえ 』
何の説明も無く魔王を倒してこいと言われて従う道理はない。ここは「いいえ」だなと思ったのだが、大河原は「はい」を選択した。
場面が切り替わり、街の中といった雰囲気の場所に移動した。大河原は町を歩く人に話し掛けまくっている。リアルの方でもクラスメイトがゲーム機の周辺に集まり出して騒がしくなってきた。俺も俺もと他4台のゲーム機でもゲームが始められた。俺が触れようとして大河原に邪魔された左端のゲーム機は、お調子者の板倉健勝が割り込んでゲームを始めた。板倉にも最初の質問がきた。
『神に命じられし勇者よ!魔王を倒すための旅に出るのじゃ!』
『 はい >いいえ 』
ドゴーンという効果音と共に画面が白くなり、直ぐに元の謁見の間に画面が戻ると、板倉のキャラクターは消えていた。
『神の命に逆らうとはなんとも愚かなことよ。いまだ真の勇者は現れぬか。』
『ゲームオーバー』
『始めからやり直しますか?』
『 >はい いいえ 』
おいおい。いきなりゲームオーバーかよ。だったらそんな選択肢を用意するなと言いたくなる展開だった。だが異世界召喚を学習する教材としては優れているな。行った先で同じ命令をされても、恐くて断ることはできなくなった。これってそういう教育なのかもしれない。
板倉は直ぐに、最初からゲームを再開できていた。ゲームオーバーになったらリアルで死んだりするのではないかという怖い想像もあったが、どうやらそういったことにはならないらしい。他の4台の画面は町の中だ。全員が町を歩く人に手当たり次第に話を聞いている。まずは情報収集らしい。しばらく進展はなさそうなので俺はそっとゲーム機から離れた。何時の間にかクラスメイト全員がゲーム機を取り囲んでいて、ここに居ても俺にできることはない。だったら部屋の中の調査をしておこう。
気になるのは階段だが、階段には近寄らない。あれは下手に近付くと他の人を刺激することになってしまうので避けた方がいい。気は進まないがまずは穴を見に行こう。
穴の縁に立ち中を覗いていると突然後から背中をドンッと、ということにならないように、全員が集まっているゲーム機周辺とは反対側に回り込んでから穴を覗くことにした。床にぽっかりと穴が開いている。円形の部屋の壁際の床に開いた直径3m位ある大きな穴だ。穴の中は暗くて底が見えない。落ちたら間違いなく死ぬだろう。穴のはるか上方には階段の頂上があり、扉が見える。天国と地獄を対比させるような配置には何か意図的なものが感じられる。だが穴は穴だ。それ以上何も得るものはなかった。
この部屋に他にあるのは時計くらいだ。ゲーム機の反対側に位置し、壁から1mほど離して立てられた柱の先に四角く大きな時計が付けられている。デジタル表示で今は「14:52」を表示している。その下には「0」を表示した何かの表示機が付いている。
時計や表示機、時計が付けられた柱は、黒いが金属製と思われる質感だった。床、壁、階段は表面を滑らかにした石を思わせる質感だ。天井はかなり高くて確認できないが、部屋全体を照らすのに十分な明りを放つライトが1つ付いているのが見える。
これで全部だ。階段は調べていないが、この部屋にはあとは階段とゲーム機しかない。最初に話していた半透明の男、仮称で神様としよう。神様は24時間につき最低1人をこの部屋から減らせと言っていた。クラスメイトは40人なので、毎日一人減らして5人残るまで続けたとすると35日掛かる。だが、この部屋の設備で35日間暮らすというのは無理があるだろう。
そう考えていたところでゲーム機の周りから歓声が上がった。何かあったらしいので見に行くと、大河原が自慢げに周りの人達に説明しているところだった。
「この『異世界転送』というコマンドで持っているカードを選択するんだ。そうするとここから選択した物のカードが出てくる。」
そう言って大河原はカードを見せびらかした。カードには液体の入ったビンの絵が描かれている。
「そのカードは何の役にたつのかな?」
それは天然キャラ(但し演技疑惑有り)の伊本朱莉が発した一言だった。ほんわりとした丸みを帯びた口調だったが、大河原には鋭くさっさったようで、途端に不機嫌な顔になった。
「それは今から調べるところだ!」
そう言うと大河原は黙って再びゲームを始めた。
器の小さい大河原のことは置いておいて、ゲームとカードについて考えないといけない。
ゲーム内ではあらゆる物をカードの状態で売買するらしい。そしてゲーム内ではそれを実体化できる。例えばゲーム内では『リンゴ』のカードを買い、『リアルコンバージョン』という実態化の魔法を使うとリンゴが実態化して食べられるのだそうだ。RPGでよくあるアイテムボックスはこのゲームではデッキと呼ばれて、カードを収納できるようだ。デッキに仕舞わずとも、カードの状態で物を持ち運ぶこともできる。そして実態化の魔法を使って実体化してからアイテムを使用するという設定のようだ。
このゲームが異世界について学習するための教材であることを考えると、異世界には本当にカードやカードを実態化する魔法が存在するのかもしれない。そのカードが、『異世界転送』というコマンドを使用することでゲーム機のスリットから出てきた。あとは実態化の魔法が使えれば現実に物資の調達ができるということになる。
今目に見えている物だけでは俺たちは何日間も生活することはできないだろう。そして、ゲームではカードを入手することができて、そのカードは現実に取り出すことができる。この状況ではカードが現実の物資と交換できることを期待してしまうのは必然だと思う。
板倉もゲームからカードを取り出して、ポーズを取りながら『リアルコンバージョン』と唱えてみたが、何も起こらなかった。板倉は恥ずかしそうにして、誤魔化すようにゲームを再開した。
実態化の魔法の使い方を調べるのはゲームをしている奴等に任せておいて、俺はこの部屋を探索し直すことにしよう。
カードが現実の物資と交換できることを前提としての探索だ。この部屋の設備はやたらと俺たちの世界の文明の影を感じさせているので、魔法ではなくこの部屋の何処かにカードを現実の物資と交換できる設備が隠されている可能性も考えられる。カードの大きさは手の平に収まるサイズなので6cm×8cmといったところで、厚みはほとんど無さそうだ。カードを差し込める程度の隙間であれば在ったとしても間違いなく見逃している。そういったものがあるという目線で見直すべきだろう。
在るとしたらゲーム機周辺か、何処かの壁だと思う。床?この広い部屋を床に這い蹲って探すというのは勘弁して欲しい。壁であってくれ。
ゲーム機周辺は人が多くて探すことができないので、それ以外の壁を入念に見ていく。あいつは何をやっているんだという視線を感じるが、気にしてはいけない。俺は壁を調べているだけだ。こんな閉じ込められた状況で壁を調べることは可笑しな行動ではない。そう、俺は可笑しくない。
時々ゲーム機周辺で歓声が起こると、慌てて様子を見に行った。その行動はちょっと恥ずかしいが、はっきり言ってゲームの進展は滅茶苦茶気になる。歓声が起きてから様子を見に行っても何が起きているのかは確認することができた。確認できた情報としては、町の外に出たらしい。町の外にはモンスターが出るらしい。モンスターを倒すとカードが残り、町に持って帰ると買い取って貰えるらしい。モンスターを狩る職業をハンターというらしい。といったところだ。
そんな感じでちょこちょこ様子を見に行きながらだったので、壁の調査はなかなか捗らなかった。一旦離れると何処まで探したか分からなくなるので少し遡って探したりしていたからどうしても時間が掛かった。誰も手伝おうとは言い出さないし。まあ、以前から俺は孤立気味だったからな。いじめられたりはしていないが、仲の良い友達はこのクラスには居ない。我が道を行くタイプの俺は集団の中では浮きやすいのだ。
調査を開始してから約1時間経ち、時計は16:15を示している時に、俺はついにそれっぽい場所を見つけた。穴側の壁から探していき、時計付近に差し掛かったところで、壁にカードが入りそうなスリットが空いているのを見つけたのだ。あまりに嬉しくて声を上げそうになったが我慢した。喜びの声を上げるとか、俺のキャラじゃない。ここは冷静を装うことにした。
何も無かった体で壁の調査を再開しながらどうするか考える。今、俺たちは神様曰く、生き残りのゲームをしているのだ。今見つけたスリットは俺だけが持っている情報だ。生き残りを賭けたゲームの競争相手であるクラスメイトにこの情報を教えてやる必要はあるだろうか。
言わないで置くことはできる。だが、もし本当にこのスリットで物資を入手できるのであれば、隠し通すことはできないだろう。俺が首尾よくカードを入手したとして、このスリットを使って何かの物資を手に入れたら直ぐにその存在はばれてしまうだろう。俺が使わなかったとしても、ゲームの方で何の成果も得られなければ他の奴が壁を調べだす可能性は十分にある。隠し通すことはできない。
それなら公開した方がよい。あとは公開の仕方だ。情報と交換で勝ち抜けが理想だが、これは難しい。情報を公開しないとそれだけの価値がある情報だとは証明できないし、情報を公開してしまえば俺に価値は残らない。口約束くらいしかできないこの場では情報と引き換えに得る権利はとても危ういものだと思う。
だったら何も要求せずに情報を公開して、みんなの心象を良くすることにした方が良いだろう。今は全員がそのことから目を背けているが、23:59までに一人減らさなければならないのだ。結束力に欠けるこのクラスでは、勇者を選び出すことは難しい。恐らく誰かしらを穴に落とすことになるだろう。落とす誰かを決める方法は、何もなければ多数決だとかの方法が取られることになる。そうなった時に俺が不利なことは、今の壁を一人で調査するというこの状況が物語っている。
みんなの心象を良くする。壁の調査という俺の行動に価値を感じさせる。俺という人間の利用価値を感じさせる。そのために情報は公開することにしよう。だが、スリットが思い通りの設備ではなかった場合は逆効果になってしまうので、伝え方は慎重にいこう。そうと決まれば頭の中で伝え方を練習する。そして満を持してみんなの下に向かった。
「誰か、カードを1枚貸してくれないか?」
俺がそう言うと、全員の目が一斉に俺を向いた。大河原が代表して応える。
「何故だ?何もしていない佐藤君に何故カードを貸さなければならない?」
「何もしていない」にカチンときたが、我慢して話を続ける。
「俺が部屋中を調べていたことには気付いているだろう。カードが入れられそうな場所を見つけたんだ。単なる隙間かもしれないが、試してみる価値はあると思うから、カードを貸して欲しいんだ。」
「単なる隙間なら入れたら取り出せなくなるなんてことも有り得るだろう。それならカードは自分で手に入れた物を使うべきだ。」
くそっ、大河原の奴、ゲーム機を独占しておいてよく言うな。
「分かった。カードを手に入れたいからゲームをやらせてくれ。」
「今は俺がやっているんだ。順番を待ってくれ。俺の後も詰まっているからその後だけどな。」
「早いもの勝ちか。」
「そういうことだ。」
大河原の野郎、早い者勝ちというならゲーム機に目を付けたのは俺が先だろうが。それを「抜駆けはよくない」とか言って割り込んだくせによくそんなことが言えるな。くそう。想定と違いすぎる対応で練習の意味が無くなった。
「よし、俺が貸そう。」
横からそう言ってきたのは長身スポーツマンの薪野陽介だった。薪野は右端のゲーム機でゲームをしていたようだ。
「いや、薪野君がそう言うなら仕方ない。僕が貸すよ。」
大河原が突然の手の平返し。
「早い者勝ちだろ?俺が先だ。」
そう言って薪野が立ち上がった。薪野のカウンターで大河原は黙った。
何かよく分からないが、俺にとって好ましい方向に転んだらしい。むかつく大河原を封殺してくれた薪野、カッコイイ。スポーツマンだし、こいつが勇者でいいんじゃないかな。
立ち上がった薪野と一緒にその場を離れてスリットのある壁に向かう。薪野が使っていたゲーム機にはさり気無く薪野が友人の足立智也に座らせていた。やるな。
薪野とスリットに向かうと、何人ものクラスメイトが後からついて来ていた。ゲーム機に残っている奴もいるが、半分以上がこちらについて来ている。女子に至っては全員がこちらに来たようだ。
俺たちの居た学校は工業高校で、女子の比率が若干低い。一昔前は90%以上が男子だったそうだが、最近は男女平等の流れか女子の比率が増えており、俺たちの電気課では40人中13人が女子だった。その女子全員がついてきたのは、やはり薪野の人気によるものなのだろうか。俺の中でも大河原と薪野では圧倒的に薪野に軍配が上がるので、その気持ちは分かる。
それよりも、何故か大河原vs薪野の構図となっている気がする。これでは俺の影が薄いのではないか?俺の心象アップ作戦のはずが、薪野の心象がアップしている気がする。このままではスリットが思い通りの機能があったとしても俺の心象は上がらないのではないか。でも何も起こらなかったら、薪野の好意を無駄にした男として俺の心象は最低まで落ち込むよな。不味いよ。不味い。凄く不安になってきた。
「ここだ。カードが差し込めそうな穴が空いているだろう。」
壁に空いたスリットをみんなに見せた。それはゲーム機とは調度反対側にある時計の裏側から少しずれた位置の壁にあった。
「おお!本当だ!これは何かありそうだな。」
薪野の反応はかなり期待を持っているようだった。俺も見つけた時はかなり嬉しかったし、絶対に何かあると思ったのだが、時間が経つにつれて不安になってきていた。だが薪野の反応を見て自信を取り戻してきた。
「じゃあ何かカードを貸して貰えるか?」
薪野も一緒にいるので薪野自身が試しても同じなのだが、カードを借りて俺が試すという形に拘りたかった。早い者勝ちだと言うのであれば、俺がこのスリットの一番乗りだという形が欲しい。
薪野が貸してくれたカードは瓶に入った液体が描かれたカードだ。中身は水らしい。それを受け取り、スリットに差し込んでみる。カードを半ばまで差し込むと後はスッと引き込まれるように壁の中に消えていった。
ゴゴゴゴゴゴッ。
低い音を立てながらスリットの横の壁が動き始めた。集まっていたみんなは驚きの声を上げている。驚いた。高さ、幅共に2mくらいの壁が引っ込み、横にスライドするように消えていった。そして奥行きも2mくらいの部屋が現れたのだ。部屋の真ん中にはポツンと瓶が一つ置かれている。
「凄え!凄えよこれ!」
薪野が興奮して声を上げた。確かに凄い。色々な意味で凄い。壁に違和感が無くて壁が動くとは想像もできなかった。動いた壁の部分にはレールなどは一切無く、どういう原理で動くのか全く分からない。部屋にポツンと置かれた小さい瓶。これだけのためにこのサイズの部屋が使われたことも理解に苦しむ。色々と想像を超えられて、凄いとしか言えない感じだ。
恐る恐る部屋に入ると、部屋の中央で瓶を拾い上げた。振るとチャポチャポ音がする。水が入っているのだろう。それを持って蒔野たちが待っている部屋の外に出ると、再び音を立てて壁が動き出し、部屋は閉まってしまった。
「カードは返せなくなったが、代わりにこれでいいか?」
「ああ!佐藤お手柄だな!」
薪野に瓶を渡すと喜んで受け取ってくれた。お手柄か、悪くないな。
その後はゲームをやっていた奴らも集まって大騒ぎだった。蒔野は瓶を上に掲げてみんなに見せていた。蓋を開けて匂いを嗅いだり中を覗いたりして、最終的には飲んでいた。どうやら普通の水らしい。その後は他のカードを試してみたり、ゲームで入手できる物を挙げてこれから必要になる物を話し合ったりしていた。そんな中、お手柄のはずの俺はその和に入れず、隅っこでそれを眺めているだけだった。
ゲームでは開始時に王様から支度金として100万円が支給される。それで武器などの装備を揃えて、魔物を狩るハンターとして働くことになる。だがハンターの儲けはかなり少なく、金を増やすのは難しいらしい。それならば支度金で必要な物資を買い込もうということになった。ゲームを開始して直ぐに支度金を使って必要な物資を買い込み『異世界転送』する。そして支度金が減ってきたら次の人に交替して同じことを繰返す。こうしてとりあえず物資を確保しようということになった。
買い物して『異世界転送』した後に態とゲームオーバーになり、リスタートして支度金を再び貰うという案も出たが、ゲームオーバーの度に支度金が半分になることが分かりこの案は没になった。
大河原は、物資の調達も必要だがゲームを進める人もいた方がいいと強く主張し、交替せずにゲームを続けていた。あいつ、ゲームが大好きだったんだな。
そして随分と時間が経ち、時計は22:00になった。俺は未だにゲーム機には触れていない。
物資の調達は女子が積極的で、あれこれ相談しながら調達していた。20:00頃には全員に水と塩とパンが配られて、とりあえずの食事も取った。何故塩?と思ったが、サバイバルの基本だと誰かが言っていた。その3つについてはカードの状態でかなりの量を備蓄したらしい。毛布も配られて、今は床に敷いてその上に座っている。その他にも様々な物資が持ち込まれた。例えば穴の直ぐ近くにはテントが建てられており、簡易トイレとして利用されている。俺はまだ大をしていないので使っていないが、中には紙の代わりとして特殊な葉っぱが常備されている。この葉っぱは揉むと柔らかくなり、紙の代わりとして使われる、異世界の日常品なのだそうだ。
そんな感じで生活する環境は整ってきた。だが問題は、未だにこの部屋から人が減っていないことだ。神様はこの部屋から23:59までに一人減らせと言っていた。減らさなかった場合にどうするかは言っていなかったが、良くないことが起こる可能性が高いだろう。
俺たち全員が一度死んでいるとは言え、人を一人廃棄するというのは気が退ける。だからこの中から勇者を一人選ぶのが妥当だと思うのだが、残念ながらこのクラスで意見が一つにまとまるとは思えない。クラスの中心的な人物は優等生の大河原なのだが、あいつは人望が無い。授業とかは真面目に受けていて先生受けはいいが、生徒間ではあいつを嫌っている奴も多い。俺もその一人だ。
薪野は女子には人気があると思うが、このクラスは男子の方が多く、女子人気の高い薪野ではクラスの中心にはなれない。そんな感じなのでこのクラスにはまとめ役に相応しい人が居ないのだ。
例え勇者を5人選んだとしても、残った人の扱いが不明だった。状況的には不要な人材は廃棄なのかなと思う。勇者として他の人を推したら自分は廃棄に近付いてしまう。そんな恐怖感も勇者を選べない理由になっていた。また、下手なことを言ってクラスメイトの反感を買えば、即座に廃棄候補にされるかもしれないという恐怖心もあり、焦ってはいても何も動き出せないでいた。
「おいあれ。」
誰かが気付き指差した。クラスメイトがザワザワと騒ぎ出していた。その方向を見ると、階段の先の扉の横には、今までに無かった「1」という文字が大きく表示されていた。
どういうことだ?勇者に選ばれた者が潜る扉の横に今まで無かった「1」という表示。位置的にはあの扉を潜った人数と考えるのが一番しっくり来る。だがあの扉を潜った者は居ないはずだ。本当にそうかと慌ててクラスメイトを数えるが、俺を含めて40人全員がいる。
どういうことかと考えていると、全体に呼び掛ける声が室内に響いた。
「そろそろ僕たちも勇者を選ぶべきだと思う。」
そう言ってみんなの注目を集めたのは、普段は大人しい渡辺一樹だった。
「もうタイムリミットは近付いているから、真剣に勇者を選ぶことを考えないといけないと思うんだ。」
おう。その通りだ。ナイスだ渡辺!よく言った!
「別に廃棄する奴を選んでもいいんじゃないか?」
板倉が馬鹿なことを言い出した。何を言っているんだこいつは。
「廃棄するっていうのはあの穴に落として殺すということだよね。誰を殺すのか選ぶのはどうかと思うんだ。それよりは建設的に勇者を選んでいくべきだと思うけどどうかな。」
おお!凄いぞ渡辺!言ってやったな。俺もそう思う。その通りだよ。いつもは大人しいくせに、やる時はやる奴だったのか。
「確かに渡辺君の言う通りだ。だが決め方が問題だろう。」
大河原がそう言って立ち上がった。そして話を続けた。
「だから俺から決め方を提案しよう。今は一人だけ勇者を決めることにする。その決め方は選挙だ。立候補者を募り選挙をする。立候補者に投票権は無く、立候補していない人達の投票で一人だけ勇者を決めよう。紙やペンが無いか挙手による投票にしよう。さあ、勇者に立候補する人はいるか?」
この決め方は妥当か?立候補、選挙、挙手。俺には不向きな方法じゃないか。
俺が考えているうちに、何人もの立候補者が手を挙げていた。薪野や板倉は立候補したが、大河原や渡辺は立候補していなかった。俺はというと、躊躇しているうちに立候補するタイミングを失っていた。まあ、俺が立候補しても選ばれる可能性は無いから問題ない。
「立候補者は20人か。多いな。それじゃあ早速投票を始めよう。」
「おいおい。立候補者の演説とか無いのかよ。」
大河原が進めようとすると、板倉が口を挟んだ。
「いらないだろう。勇者に選ばれたらこの部屋からいなくなるんだ。公約とか述べられても何の意味も無い。」
「自分が如何に勇者に相応しいかを訴えるんだ。それがないと選びようがないだろう。」
大河原はそんなものは要らないと言ったが、立候補者たちが勝手に話し始めてしまった。泣き落としやら、武勇伝やら、過去にした正しい行いやら、くだらない話が続いた。聞いていて全く面白くない。
一通り聞くと大河原は早々に決を採り始めた。
横に並んだ立候補者の名前を呼び、そいつが良いと思うものは手を挙げろと順番に回していった。そして勇者に選ばれたのは薪野だった。ちなみに俺は女子の戸田梨枝子さんに投票した。立候補した中では一番かわいい女子だからだ。助けるならやっぱり女子だろ。
結局、薪野が選ばれたわけだが、それについては他の立候補者も含めてみんな好意的だった。みんなが「薪野なら許す」とか、「頑張れよ勇者」とか言って薪野を激励していた。俺も薪野なら良いかなと思った。
「みんな、ありがとう。扉の中がどうなっているか見たら教えるからさ。待っていてくれ。」
薪野はそう言うと、意気揚々と階段を上り始めた。時々下を見て手を振ったりしている。みんなで「ガンバレー」とか声援を送りながらその姿を見上げていた。俺もぼんやりと蒔野を眺めていると、もう直ぐ扉というところで薪野が慌てて走り出した。どうしたのかと驚いていると、階段がフッと消失した。
「ぅゎぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁ・・・」
扉までもう少しというところで、階段が消えて、牧野が落ちた。かなり高いところから落ちて、そのまま吸い込まれるように穴の中に落ちていった。薪野の叫び声も吸い込まれるかのように小さくなっていった。何が起きたのか分からずにしばし呆然とする。
はっとなって階段の上り口を見ると、大河原を含めた男子数人が階段近くに立っていた。誰かが、誰かが階段に乗ったのだ。何て馬鹿なことをしたんだ!
「あなたたち階段に乗ったのね!」
正義感の強い女子の中野綾子が詰め寄った。
「いや、俺たちは乗っていない。」
「嘘!じゃあなんで階段が消えたの!?」
「知らないよ。乗ってないものは乗っていない。」
「信じられない!あなたたち人殺しよ!」
女子が何人も集まり階段周辺にいた男子たちに詰め寄っている。喧騒の中、俺は薪野が消えていった穴に駆け寄った。穴の淵から中を覗くが、ただ暗闇が広がるだけだった。
「薪野~!」
穴に向かって叫んでみたが、返事は無かった。
部屋の中は大混乱の渦にあるのだが、それが俺には何とも現実感の無いものに感じられた。穴の近くの壁に今までに無かった「1」という数字が表示されていることに気付いた。薪野が穴に落ちらから表示されたのだろう。上の扉の数字も「1」。時計の下も「1」になっていた。
大河原たちは本当になんてことをしてくれたんだ。どうしようもない奴らだ。こんな馬鹿なクラスとは付き合っていられない。もういっそのこと、こいつら全員殺して一人になってから階段を上るか。
クラスは薪野ショックで騒然となっている。この状況でゲームをしている奴はいなかった。俺は喧騒を無視して空いたゲーム機でゲームを始めた。
支度金を貰って町に行く。買物をするには「トレード」の魔法を使う。カードには所有権が設定されており、それを書き換えるのが「トレード」の魔法だ。俺は望みの物が売っている店を探す。
「佐藤君。勝手にゲームをされては困る。それは単なるゲームではないんだぞ。ここで生活するにはそのゲームが必須なんだ。ちゃんと許可を取ってから始めてくれ。」
「こんな時にゲームだなんて頭がおかしいんじゃないの!?」
後から声が聞こえてきた。大河原と仲野綾子だ。お前ら争ってたはずだろう。俺はゲームを続けながら後に向かって話しかける。
「誰かは知らないが馬鹿なことをしてくれたよな。薪野があんなことになってしまったから、下に誰かいる限り俺たちはもう階段を上ることはできなくなってしまったじゃないか。」
「そんなことは無い。一人ずつ選別していって、最後の5人になればもう心配することなく上れるはずだ。」
大河原が馬鹿なことを言っている。こいつは何も分かっていない。ゲームを続けながら話を続ける。
「分かっていないようだから順番に教えてやるよ。薪野が落ちたのは見たよな。その直後に穴の近くに「1」が表示された。いくら馬鹿でもあの数字の意味は分かるよな?」
「穴に落ちた人数だろうな。」
「そうだ。じゃあ、時計の下の数字は何だ?あれも同時に「1」に変わったようだが。」
「この部屋から減った人数だろう。勇者が選ばれても、穴に廃棄されてもカウントされる。この部屋から人が減ったら増える数字だろうな。あれが増えたから俺たちは23:59を超えられる。」
「じゃあ、上の扉の数字は何だ?いや、分かってないだろうから教えてやろう。あれは勇者に選ばれた人数だ。」
「それはおかしい。まだ誰もあの扉を潜っていないだろうが。」
望みの物が見つかった。カードを買い、『異世界転送』で取り出しながら話を続ける。
「そうだな。あの扉はまだ誰も潜っていない。あの扉はな。ところで、勇者の選別はこの部屋だけで行われているのかな?」
「どういう意味だ?」
カードを取り出して立ち上がり、大河原に向き直って説明してやる。
「あの男はこの部屋の40人の中から勇者を選ぶと言っていたか?そんなことは言っていない。ただ5人選ぶとだけ言っていた。別の部屋で、俺たちと同じように、勇者の選別が同時進行で行われている。そう考えればあの扉の数字の意味が理解できるだろう。俺たちはもう最後の5人になるまで階段を上れない。いや、もう4人か。だが他の部屋ではもう一人階段を上って扉を潜ったんだ。俺たちが階段を上れるようになる頃には勇者5人は決まっているだろうな。」
「まさか。そんなはずは。」
大河原にとって俺の説明は想定外だったらしい。だが気付いていた奴もいたようだ。渡辺は後ろで大きく頷いていた。
「俺たちはもう逆転の一手を打つしかないんだ。そもそも5人しか助からないなんてふざけていると思わないか?無理矢理にでも全員であの扉まで上ってやろうぜ。階段が消えるなら、階段以外の方法で上ればいいんだ。何か方法は無いか?あるだろう。ロープだよ。あの扉のノブにロープを縛り付けてくる。それで全員であの扉まで行こうぜ。」
渡辺が小さく首を振っているのが見えた。あいつには分かっているのだろう。俺が言っていることが間違っていることが。階段を上ることができないことが問題なのではない。神様は扉を潜ることができるのは5人までと言っていたのだ。どうやってかは知らないが、5人を超えたら扉を潜れなくなるのだろう。階段を使わなくとも扉まで行ける様になったとしても、何の解決にもなっていないのだ。だが、試してみる価値はある。少なくとも今はそう思わせる。
「もう俺たちはこのままなら全員失格だ。他に良い手があるなら教えてくれ。無いなら俺の案に賭けさせてくれ。ロープは買った。一本じゃあ長さが足りないが、繋げれば届くだろう。俺が先を持って扉のノブに結びに行く。逆端は下で持っていてくれ。みんなでこの部屋を出るんだ!」
今は23:20。急ごう。23:59までにはなんとしてでもこの作戦を終わらせたい。ふと見ると穴の横の数字が「2」に変わっていた。
「見ろ。他の部屋でも犠牲者が出たぞ。愚かなことだが、階段を上る途中に裏切られたのでなければあの部屋の連中は俺たちよりは可能性がある。もうすぐ23:59だから、他の部屋でも焦ってどうするか決めているのだろうな。ここにきて急に数字が動き出したのはそういうことだ。さあ、他の部屋で勇者が全員決まってしまわないうちに俺たちも脱出しようぜ。」
俺の話についてきている者、ついてきていない者、様々だが、強引に話を進める。カードをスリットに差込みロープを取り出し、繋げていく。
ロープの端を持つと階段に向かった。
「待て!佐藤君の言うことには証拠がない!」
「馬鹿か?証拠なんてあるわけないだろう。そもそも勇者の選別っていうのは本当なのか?証拠が無いよな。勇者に選ばれなかったらどうなる?一人も減らずに23:59を過ぎたらどうなる?何か悪いことが起きそうだと思うが、証拠は無いよな。薪野が落とされたのは事実だ。誰かは知らないが、あいつは証拠の無いことが理由で落とされたんだ。ここにいる全員、今更証拠なんて言い出す資格は無いんだよ。」
「ま、また落ちるかもしれないぞ!」
「ああ。その可能性は分かっている。だが裏切るなら俺が扉のノブにロープを縛りつけるまで待ってくれ。俺がロープを縛りつけ終えたら落とせばいい。俺がおかしな動きをした場合も落とせばいい。そうだ。ロープを俺の体に巻きつけておこう。俺が勝手に扉を潜ろうとしたらロープを引っ張って引き戻せばいいだろう。それとも大河原。お前が行ってくれるか?」
「い、いや俺は。」
「いい、いい。分かっている。俺が行くよ。ほら、ロープは体に縛ったぞ。端はしっかり持っておけよ。」
俺は階段を上り始めた。内心は目茶目茶ビビッている。下を見たら足が竦んでしまうので進行方向だけを見る。薪野は下を見ながら手を振ったりしていたな。あいつ、凄い奴だったんだな。階段の途中で慌て出した時に、あいつは一体何を見たんだろうな。俺は怖くて絶対に下を見ることはできないな。
広い部屋の壁沿いを半周する階段だ。かなり長い。半ばまで来たが、もう転落したら即死の高さな気がする。ロープは引っかかることなく伸びてくれている。「佐藤君がんばって」という声も聞こえだした。馬鹿な奴らだ。全員で助かろう的なことを言ったが、本心ではこのクラスの奴らには愛想を尽かしている。神様の言葉を正確に覚えてはいないが、全員が助かる道なんて無いだろう。ロープはノブに縛りつけるつもりだ。だが俺はその後直ぐに扉の中に入ろうと思っている。早い者勝ちだ。
扉の近くまで来た。絶対に下は見ない。今まで下を見ずに上ってきたのだ。ここで急に下を見たら、妙な動きをしたと思われて落とされる可能性がある。俺は見えてきた扉のノブにだけ意識を集中し、慌てずに近付いていく。
扉の前まで来た。おかしな行動と思われないように「これからロープを結ぶ。」と声を掛けて扉の前にしゃがむ。予め作っておいたロープの先の輪をノブに掛ける。これで輪が外れなければロープに体を縛りつけている俺は落ちることはないだろう。だがこのままでは不安なので、しっかりとノブにロープを縛り付けていく。
ロープをノブに縛り付けた。みんなに見せるように体をずらしてロープを強く下に引いてみる。よし、外れないな。
そこでノブに手を掛けて素早く扉を開いた。扉を引くと中から眩しい光が溢れ出した。そこでグイッとロープが後ろに引かれると同時に足元が消失する感覚があり、俺はそのまま意識を失った。