三話
「私が知る限り無いわね。あの子のプライベートでもあるし。ごめんなさいね」
「そうですか……はい、いいんです。ありがとうございます」
「じゃ……あ、そうだ、これを」
――手渡された一枚の写真。両手で本を抱いて幸せな表情を浮かべる彼女の姿があった。
「……幸せそうだな可愛い……あっ、すみません」
「いいわよ。あの子も幸せ者ね」
「……? なんか本持ってますね。なんですかこれ? ビビットというかファンキー……じゃなくてファンシーな感じ」
「あなたも知らないの。お気に入りだったみたいだったんだけど話でも聞いていない?」
「いや、覚えないです」
――写真を両手に持ち替えていた。指に力が入り目も想いも離せない。
可愛い。凄い可愛い。どこまでも、どこまでも愛おしくてたまらない。
でも、モヤモヤする。
「……最後に会った時はこの顔してなかったな……ごめんなさい〝最後〟なんて諦めるみたいな言葉使って。最後に行ったデート、楽しくなさそうというか……こんな顔しなかったので」
――両肩を叩かれそして掴まれた。顔を上げるとデコピンをされた。凄い痛い。
「大丈夫、不安になることないわ。あの子の性格知ってるでしょ。真っすぐ。どこまでも一途」
「はい、それはもう身に染みて」
――写真に目を落とすと幸せそうな満たされたような顔。また見せてほしい。
「これはあなたの事を話してる時の写真なのよ」
「……! そう、なんですか」
「何があったんだか知らないけど、優しい気持ちい楽しい心地いいなんてまくし立ててきたから写真撮って黙らせようとしたの。そしたらこんなに良い写真でね……最後にこの顔が出来なかったって言ってたけど、だから何なの? この顔にできるのは私が知ってる中ではあなただけなのよ。家族でいる時の写真も負けていなんだけどね、あなたとの愛には負けるわ。あの子がデートで楽しくなかった理由なんてあの子しか知らないけど、深く考えることは無いわよ。ホルモンバランスがどうのこうのとでも思っていればいいわ。その写真はあげるわね」
なんだろう……なんかすっごく恥ずかしい。すっごく今更な気もするけど。
「……あ、ありがとうございます」
「そうだそうだ、その写真を見せたのは渡すのもあったけどその本の事を聞きたかったの。あなたも知らないみたいだし、どうしようかしら。あの子に写真の本を持ってこようとしたんだけどいくら探しても無かったのよね」
「来ることが殆どないので僕の部屋とかに忘れたわけでもないでしょうし、そもそもこの本を持ってれば気づきますからね。僕のところに隠すにしても動機も無いでしょうし。本屋に置いてなかったんですか?」
「探してみたんだけど見つけられなかったのよ。ネットで調べようにもタイトルが分からなくて表紙しかヒントが無くて全く見つからないの。それにこれから仕事を増やさなくちゃいけないかもだから探す暇も無くて」
確実に言われてるな。まあ時間はあるし、お見舞い品としてこれほど丁度いい物は無いだろう。でも……
「入院費が必要なら僕もバイトを」
「そんなことはいいの。あの子の傍にいてあげて。本もできたらで良いから調べてもらえると嬉しいわ。持ってきたらあの子も喜んでくれるだろうから」
「……はい、分かりました」
「じゃあ、今度こそうちの子をお願いね」
「……はい」
――病棟を離れていく彼女の母親を見送った。