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 今日は、学校も父親の仕事も休みの為、朝はゆっくり出来た。と言っても、昨日早く寝た志十菜は6時頃目が覚めた。鈍痛は幾らかマシになっていたが、動くたびに激痛が走る場所は変わっていなかった。


 昨日から何度鏡を見たか分からない。それでも志十菜は、今日も朝一番に見てしまった。

 全く昨日と変わりが無いように思える。もしかしたら、一生このままなのでは無いかと心配してしまうが、よく考えたら、数日後には死ぬのだから、一生このままだろう。志十菜は下らない心配だったと納得し、トイレに行った後、顔を洗った。それでも、顔を洗うときには、傷を確認してしまった。志十菜は自分の間抜けさに、ため息をついた。


 父が起きたのを確認してから、志十菜は朝食を作り始めた。と言ってもパンを焼くだけだ。パンをオーブンに入れて、焼き上がりを待っていると、父がいつものように台所に来て、タバコに火をつけた。


「今日、昼過ぎに俺の友達が来るから、ちゃんと家にいろよ」

「はい」


 志十菜は返事をしたが、父の友人が来ることと、自分に何が関係あるのか分からなかった。


「昨日、ケーキを買ってくれた人だからな」


 それを聞いて合点がいった。ケーキのお礼を言えという事だろう。その会話を聞いていた妖精は、嫌悪感をあらわにして「そんな奴がここに来るの?」と小声で漏らしていた。

 

 妖精が何故そんなに嫌悪するのか分からなかった。ケーキを買ってくれるような人が悪い人とは思えない。


 父は、朝食を食べた後、出かけていった。さっき話した友人のところに行くらしい。志十菜は一人で留守番だ(正確には妖精もいる)。

 父のいない家が、気楽な事はもう否定できない。志十菜は飽きる事なくテレビを見ていた。今日は休日なので、平日とはまた違った番組が放送されており、志十菜はそれをかなり気に入った。ある番組の映画紹介コーナーを見ると、見たこともない、信じられないような映像がながれ、その中には、妖精が出て来るものもあった。


「妖精さん! 妖精がいるよ!」


 テレビに映る世界を指差し、「行ってみたいなあ」と笑顔で言う志十菜に、妖精は呆れて笑い出した。


「あのねぇ、これはCGって言って、偽物なのよ。実際には存在しないの。映像の中だけ。だいたい、目の前に本物の妖精がいるんだから、それで満足しなさいよ」

「え? じゃあ妖精さんはどこから来たの? この世界からじゃないの?」


 妖精は、志十菜が指差した架空の世界を鼻で笑い、言った。


「私が生まれたのは、志十菜ちゃんと同じ世界よ。あなたがよく知ってるこのゴミ溜めみたいな世界!」

「そうなんだ」


 テレビの中の妖精の世界が、偽物である事はなんとなく分かっていたが、目の前の妖精が、この世界を好きではないことが伝わって来て、それが少しショックだった。魔法が使えても、この世界はつまらないものなのだろうか?


 父が帰って来たのは、午後5時手前だった。昼過ぎ頃と言われて、予想していたのは正午から午後一時ぐらいだったが、父が時間に遅れるのはよくある事なので心配はしていなかった。


 志十菜は玄関で父を出迎えた。「おかえり」を言いながら父を見ると、後ろに大きな人が立っていることに気付き、驚いた。すぐに父が友人を連れて来ると言っていたのを思い出して、納得した。その友人は、高さも幅も、父より一回り大きい。志十菜には父も大きく見えていたが、父の身長は168センチで、特別大きいわけではない。その友人は190センチはありそうで、肩幅も広く、作業着を着ていてもはっきり分かるほど腹が出ていた。


「こんにちは、君が志十菜ちゃんか。僕はお父さんと同じ職場の同僚だよ」

「こ、こんにちは」


 志十菜が挨拶を返すと、友人はにっこりと笑い、その手を志十菜に向かって伸ばした。友人の手は志十菜の視界を視界を完全に塞ぐほど大きく、何をされるのかと思った志十菜は、少し後ずさったが、ただ、頰をなでられただけだった。友人は手のひらを頰にあて、志十菜の頰の感触を確かめるようにさすりながら、親指で赤黒くなった志十菜の瞼を触ってきた。痛いからやめて欲しいと言いたかったが、父に怒られるのが怖くて言えなかった。


「酷いあざだね、どうしたのかな?」

「あの、えっと……階段で転んじゃって」

「ふふふ、うっかり屋さんなんだねぇ。気をつけなきゃだめだよ」

「はい」


 志十菜は、心配してもらっているはずなのに、父の友人の事が好きになれなかった。というより、嫌悪感を感じた。それは妖精も同じようで、志十菜の後ろから「きもーい」とか「デブ」とか悪口を言っていた。そしてそれは次の友人の言葉で勢いを増した。


「昨日のケーキおいしかったかい? あれは僕が志十菜ちゃんのために、特別に作ったものなんだよ」

「はい、美味しかったです」


 それを聞いた妖精は、「おえぇぇぇ」と吐く真似をして、「豚! 死ねゴミクズ!」と悪態をつきまくり、蹴りまで入れ始めた。もちろん、友人は気付かない。志十菜は妖精の無力な暴挙にうろたえながらも、お礼を言い、二人が中に入った後、履いていた靴を並べ直した。


 父と友人は、早速台所でタバコを吸いはじめ、買ってきた酒の入ったビニール袋をテーブルに置き、競馬とか麻雀とか、志十菜には理解しがたい話を始めた。袋から取り出された酒の量を見ると、普段ではありえない量があることがわかった。普段父は、ビール二本で終わりなのに、テーブルに乗っているビールは、10本近くあり、おまけに焼酎の瓶まである。あれを全部飲むのかと思い、志十菜は心配になった。父の体が心配なのではなく、酔ったことによって、あの二人がどう変わるのかが心配だった。酒を飲みすぎると、人が変わることくらい志十菜でもわかる。

 父は魔法の効果で優しくなっている筈だから、暴力は振るわないかもしれないが、友人の方はどうなるかわからない。あの友人に殴られたら、今度こそ死ぬだろう。せっかく魔法をかけて貰ったのに、その魔法を無駄にされそうで怖かった。


 夕飯はいらないと言われたので、志十菜は自分の夕飯だけ心配すればよかった。しかし、台所は父と友人に占拠されており、料理ができる状態ではなかったため、志十菜は水だけ飲んで我慢する事にした。

 しかし、それでもお腹が空いてしまった。志十菜は、たまに友人が帰る気配がないかとチラチラと台所を覗きに行って、帰りそうにないと思うと、居間に戻り妖精と小声で話した。


「ったく、下品な笑い声しやがって。あの豚むかつくわ!」

「あの……なんでそんなにあの人の事嫌うの?」


 あの人とは、父の友人の事である。妖精は友人が来てから、ずっと敵意を放っていた。「私に力があれば、バラバラにして豚の餌にしてやるのに」とも言っていた。


「志十菜ちゃん、私の魔法はお父さんにしかかかってないから、あの豚には気を付けなさい。絶対気を許しちゃダメよ!」

「わかった……」


 気を許すなと言われても、どうすればいいか分からなかった。もっと具体的に、包丁を肌身離さず持って行動しろ、とか言われていた方が、志十菜にとっては良かったかもしれない。


 志十菜が、台所に何度目かの確認をしに行った時、それを友人に発見されてしまった。友人は「おいでおいで」と手招きし、志十菜はそれに恐る恐る応じた。


「お酒が気になるの? 飲んでみるかい?」

「い、いえ、大丈夫です」


 志十菜は断ったが、父も「いいから飲んでみろよ。お酒の美味しさに目覚めるかも知れないぞ」と言ってきたので、それには逆らえず、友人が手渡してきた飲みかけのビールを受け取った。正直、少し興味はあった。大人が喜んでガブガブ飲むビールというものは、どれだけ美味しいのか? 妖精が毒でも入っているのではないかと言うような、疑いの目を向けていたが、何も言ってこない。


 志十菜は、淡い期待をしながら、匂いを嗅いでみた。悪くない香りだった。そして一口飲んでみた。苦い。感想はそれだけで、全く美味しいとは思えず、それが顔に出ていた。それをみた友人は、


「ははは、やっぱり無理か。でもビールの良さは、喉ごしなんだよ。勢いよく飲まないと、良さはわからないんだ。もっとゴクゴク飲んでみな」


 志十菜は、なにかを確認するために父の顔を見た。父は賛成しているようだった。志十菜は、息を飲み、ビールを一気に流し込んだ。炭酸が喉を通る、その喉越しは志十菜にとっては刺激が強く、痛みに感じた。結局三度、喉を通しただけで、飲むのをやめてしまった。それを見た友人は、


「なってないなぁ〜、こうやって飲むんだよ」


 そう言い、新しいビールを開け、ゆっくりと立ち上がった。そしていきなり志十菜の頭を掴み、ビールを無理矢理口に押し付けた。志十菜は友人の腕を掴んで、離そうと試みたが、何の効果もなく、揺らすことすら出来ない。友人の手は、志十菜の頭をソフトボールを掴むように覆い隠せるほど大きく、そして力強かった。志十菜の力では離れる事は出来ない。その怪力でビール缶を口に押し付けるものだから、歯と唇が潰れそうなほど痛くて、口を開けてしまった。開いた口に、缶が押し込まれ、ビールが志十菜の口内に溢れだし、飲みきれないビールが志十菜の体に流れ落ちた。志十菜は何度も咳き込んだが、缶の中のビールがなくなるまで、解放されることはなく、やっとビールが無くなった時には、志十菜の顔と服はビールまみれだった。


 志十菜は、その場に座り込み、荒い呼吸と咳を繰り返した。口からはビールとよだれがポタポタと垂れ、目は見開き、焦点が定まっていなかった。


「どう? 美味しかった?」


 志十菜が、そう言う友人の顔を見上げた。友人の顔には全く罪悪感がなく、笑顔のままだった。しかし、笑顔に歪んだ唇、細くなった目、膨れ上がった頰、全てが自分に対する不気味な感情を放っている事を、志十菜は感じ取り、そこから逃げようと立ち上がった。しかし、腕を掴まれ、脱臼しそうな勢いで引き戻された。掴む力は志十菜の腕を握り潰せるほど強く、友人は志十菜が痛がるのを楽しんで見ているようだった。


「志十菜ちゃん。体……汚れちゃったねぇ。僕が洗ってあげるよ」


 友人はとつぜん志十菜のもう片方の腕も掴み、無理矢理両手を上げさせ、その両手首を左手だけで包み込み、志十菜の両手を頭上で拘束した。次に、空いた手で志十菜のTシャツを脱がせた。志十菜の手首を掴んだままなので、Tシャツは床に落とさず、友人の腕に絡ませたままだ。志十菜の上半身は裸にされ、父に振るわれた暴力の跡が露わになった。

 特に酷いあざが残っているあばらのあたりを触られ、志十菜は体を震わせ、ヒッと悲鳴をあげた。痛みより、嫌悪感の悲鳴だった。


 志十菜はこれから何をされるか分からなかったが、絶対良いことでは無いと言う確信から、「いや」とか「ヤダ」とか、力の無い声を出しながら、身を捩り、友人の拘束から逃げようとしていた。


「うわー酷いなこれ、折れてんじゃないか? お前医者に連れてけよ」


 友人はあばらの痣を撫でながら言った。これは父に言ったらしい。父が「ああ」と答えた。まるで気が入っていない。


 友人は志十菜のズボンに手を突っ込んで、脱がそうとしてきた。志十菜は足を閉じ、それに抵抗した。妖精からは、尻が丸見えになっていたが、それ以上はなかなか下がらず、友人はしびれを切らし、志十菜に足をかけ、引き倒した。志十菜は、床に勢いよく背中を打ち、痛みと驚きの悲鳴をあげた。志十菜の次の声は、腹を踏まれたことによるえずきだった。友人は志十菜の腹をふみつけて押さえ込み、そのままパンツとズボンをいっぺんに引っ張った。すると、いとも簡単に、志十菜はズボンを脱がされ、全裸にされてしまった。


「お父さん! 助けて!」

「体を洗ってもらうだけだ。大人しくしろ」


 志十菜は父の言葉を聞いて、絶望した。体を洗ってもらうだけ。今日初めてあった人間にそんなことを無理矢理されて、嫌がらない人がいるだろうか? 体を洗うくらいなら、一人でもできることぐらい父も知っている。だから、絶対に体を洗う以外の目的がある。志十菜は、人生で一番頭を働かせて、次に起こる恐怖のシナリオを想像していた。これから起こることは、絶対に悪い事だと推測できていた。父の助けは期待できず、魔法も解除できない。解除したら、父に殺されるのだ。


「綺麗にしてあげるだけだから、大人しくしてねぇ」


 友人の気味の悪いうすら笑い。人間には見えない。ゴキブリか青虫か腐った死体か。いつかテレビで見た嫌悪の象徴。志十菜は友人を人間ではなく汚物が集まった怪物と認識した。

 その怪物が裸の志十菜を嬉しそうに抱きかかえ、さっきまで踏みつけていたくせに、大切そうに風呂場に運ぶのだ。抱きかかえられた志十菜は怪物の顔を見た。その目は、志十菜の体を舐め回していて、 気味が悪い、恐ろしいと感じ、何かで体を覆い隠したくなった。しかし、なにもない。とりあえず自分の体を抱きしめた。怪物と目が合いそうになった。目があったら精神が汚染される。志十菜はすぐ目をそらした。その視線の先には、浴室の扉があった。


 怪物は志十菜を下ろし、浴室に入れて、自分は脱衣所で服を脱ぎ始めた。志十菜は、落ち着きなく、自分の体を抱きしめる力を強めた。そして、キョロキョロとどこか逃げる場所がないか、探し始めた。窓があるが、格子が付いており、出られそうにない。換気扇も見上げたが、出られるわけがない。志十菜はその格子の隙間から、這い出て行きたい衝動に駆られた。


 志十菜が格子の外を落ち着きなく眺めていると、後ろで浴室の扉が閉まる音がした。振り向くと、糞便が固まって出来た怪物がそこにいた。糞便に埋め込まれた目が不気味に光り、志十菜を足先から頭までを舐め回すように見て、「かわいいねぇ」と唸り声をあげた。


 怪物は床に置いてあったボディソープを二、三回押して、手に取り、それを手の中で混ぜ始めた。そして、スポンジは使わず素手で志十菜を磨き始めた。


 志十菜は棒立ちのまま、それを黙って受け入れることしかできなかった。


 志十菜は触れられた場所から、皮膚が腐っていく気がした。はじめに肩、腕、手と腐って行き、胸、腹、下腹部が腐れ落ちていく。怪物が背後に周り、背中を腐敗させられ、臀部を執拗に汚染し始めたとき、志十菜は自分がすすり泣いていることに気づいた。


 心まで腐ってしまったのか、志十菜は自分の感情が、今どんな状況なのかわからなかった。すると怪物が背後から志十菜を包み込み、下腹部の汚染を再開した。


「ほら、こうやって洗って綺麗にしてあげてるんだよ。何が悲しいの?」


 耳元でそう囁く怪物の声が、耳を腐らせ、それが脳に入り込み、志十菜の脳を汚染した。怪物の笑い声が脳に届くたびに、志十菜は正気を失って行き、視界が真っ暗になっていくのを感じた。


「そういえばここは洗っていなかったねぇ」


 怪物はそう言い、志十菜の頰に手のひらを当て、指を口に突っ込んできた。口の中に汚物を突っ込まれた志十菜は、ついに全ての脳を汚染され、正気を失った。


 口の中の汚物を、思いっきり、自分の歯が砕けようと構わない勢いで噛んだ。


「あぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!」


 怪物の情けない悲鳴が、浴室に炸裂した。

 

 怪物は志十菜を抱いていた腕をほどいて、志十菜の背中を慌てて叩き始めた。志十菜はそんなことはお構いなしに噛み続け、怪物が痛みに耐えきれず倒れたとき、噛むのをやめ、浴室から飛び出した。怪物に腕を掴まれたが、石鹸の滑りを利用し、腕を振りほどいた。志十菜は何も見ず、何も考えず、何も認識せず、裸のまま家を飛び出した。父親の驚く声や、志十菜の名を呼ぶ妖精の声など、頭に入らなかった。何も考えず、無心のまま夜の町を裸で駆け抜けた。




 疲れて立ち止まった所は、小さな公園だった。幸か不幸か、公園には誰もいなかった。志十菜はまだ何も考えることが出来ず、そこに座り込んだ。自分の荒い呼吸だけが、感覚として志十菜の中にあった。


 ある程度呼吸が落ち着いて、周りの景色が見えてきたとき、背中に何か乗せられた。父のTシャツだった。


「まったく、いきなり裸で飛び出すんだもん。持ってくんの苦労したわー」


 志十菜の視線の先には妖精がいた。裸で外にいるであろう志十菜を気遣い、父のTシャツを持ってきてくれたようだ。


「いやー、本当はバスタオルにしようかと思ったんだけど、重いし、外でバスタオル一丁ってのもアレかと思って、その臭そうなシャツにしといたわ」


 志十菜はそのTシャツを手に取り、しばらく呆然と眺めた後、それに顔をうずめ、堰を切ったように泣き始めた。


「いやぁ、涙を拭くために持ってきたわけじゃないんだけど……。あなた自分が裸って事気付いてる? 走ってるとき、何人かに見られたわよ」

「助けて! 妖精さん助けて!」


 妖精は、志十菜がいきなり自分の方を見て大声を出したので少し驚いた。


「そんな事言っても……」

「あの人を消して! お願い!」

「そんな事出来るわけないでしょ。私の魔法は人殺しには使えないもん」


 それを聞いた志十菜はうつむいて、またシャツを顔に当てた。


「もう家に帰れない……」


 志十菜は、シャツの向こうから、くぐもった声で、「助けて」とか「もう嫌だ」と漏らしている。


「じゃあ魔法で、あの人とお父さんを、友達じゃなくしようか。そうすれば、魔法が効いている間だけなら、あの人は家には来ないんじゃないかな?」


 志十菜はまだシャツに顔をうずめて泣いている。


「でもね、その魔法をかけるには、お父さんにかけてた魔法を解除しなきゃいけないから、それは理解しておいてね。家に帰ったら代償が待ってるのよ?」


 それを聞いた志十菜は、シャツから顔を上げ、しゃくり泣きを抑えながら、妖精を見た。


「本当にそれであの人はいなくなる?」

「いや、わかんないけど。まあ、何もしないよりは確率が上がると思うわよ」

「じゃあ……お願い」


 妖精は、志十菜が死を覚悟しているのか、もしくは、あの変態から逃げ出したいという、一時の感情に流されているのかわからなかった。


 魔法を使わなければ、あの変態のいる家に帰ることになるし、魔法を使って帰れば、父親に殺される可能性がある。父親に殺される方がマシと考えたのだろうか。


「まあ、裸だし、帰らないわけにはいかないよね」


 妖精はそう言って、両手を空にかざした。相変わらず何も起こった様子はない。


「ほら、魔法はかけ終わったから。そのシャツ着て! 帰るんでしょ?」

「うん……」


 志十菜はのろのろとシャツを着た。サイズの合わないシャツだったお陰で、志十菜の体は、膝近くまで隠すことができた。志十菜は、自分のシャツではなく、父のシャツを持ってきた妖精の判断に感謝した。

 


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