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実は処女作です。



 桜木志十菜にとって、放課後の図書室が唯一の癒しの時間だった。放課後の図書室は人が少なく、静寂の中で読書に没頭出来る。夕日の赤い光も、志十菜の心を落ち着けた。


 読書に集中してる時だけは、現実を忘れられる。志十菜はそれが好きだった。つまりは、志十菜にとって、現実はつまらないものなのだ。


 今日は何を読もうかと、本棚の間を行き来する。基本的に、志十菜はなんでも読む。マンガから小説、エッセイ、図鑑、その時の気分で読みたいものを決める。しかし、読まないと決めている本はある。それは、高い所にある本だ。


 志十菜は11歳の女子だが、教室にいると、まるで低学年の子が迷い込んでしまったように見えるほど、小柄で痩せていた。それだけ背が低いと、台を使わなければ1番上の棚の本を取れない。ある時、バランスを崩し、台から落ちて足をくじいてしまった。その日は、先生が父に報告して、迎えに来てもらった。志十菜は父に叱られ、腹を思いっきり蹴られた経験から(吐いて怒りを買い、また蹴られた)、もう台は使わないと決めているのだ。


 図書室の机は平面ではなく、斜めになっていて、置いた本が読みやすくなっている。文庫本だと大した影響はないが、絵本や図鑑などを読むときは、本を覗き込む必要がなく、背筋を伸ばしたまま読めるので、有難い。


 志十菜は絵本を開くと、すぐに集中し始めた。なにせ、5時には図書室を出なくてはならない。後、一時間と少ししか暇がないのだ。


絵本は、不幸な生い立ちの主人公が、ある日妖精と出会い、妖精の魔法によって、人生が好転していくという内容だ。魔法なんてあるわけないと分かっているが、もしあったとしたら自分は何を願うだろう? そんな事を考えた。


 頭を良くして貰えば、父にテストの点数を見られても、殴られる事がない。料理を上手にして貰えば、作った料理を食べている最中に舌打ちをされる事も無い。掃除が上手になれば、掃除中にうるさいと怒鳴られる事も無い。いや、よく考えてみれば、褒められこともあり得る。もし父に褒められたらどんな気分だろうか、などと絵本を読んでる最中に妄想していた。そんな妄想が心から溢れ出て、それが口から漏れてしまった。


「いいなぁ……魔法って」


 志十菜が、自分の無意識の言葉に気付いた瞬間、絵本から光が溢れ出し、図書室中に行き渡った。だが、その光は眩しくなく、志十菜は光が図書室の中を泳ぎ回るのを、直に見る事ができた。志十菜にとっては、花火が間近に発生したようなもので、恐怖でしか無かったが、後で思い返すと、美しい物だったと思える程度の恐怖だった。やがてその光は一か所に収束し、ある形に変化した。


人間である。


「はじめまして、志十菜ちゃ~ん私は妖精さんよ!」


 妖精は光の中から弾けるように現れ、いきなり自己紹介をし、驚き過ぎて「あ」とか「うぅ」とか、うめき声しかだせない志十菜を、面白がってからかい始めた。


「あなたにとって、初めましての挨拶はあ、ウゥ〜なの? じゃあアウーーー!」


 妖精は、両手の親指を自分の鼻に突っ込んで、指をひらひらさせながら言った。明らかに馬鹿にしてるとわかる。しかし、初めましての挨拶には、返事をしなくてはならないという義務感から、志十菜は挨拶を返すことにした。


「あの、初めまして、桜木志十菜です」

「ああ良かった!日本語の通じない世界に来たのかと思っちゃったじゃない!」


 妖精は、胸に手を当て、ふぅ〜とため息をつき、大袈裟に安堵の感情を表現した。まるで舞台の演技を見てるかのようで、100m離れてても、安堵の演技をしている事が分かりそうな動きだ。


「あの、その、よ、妖精さん、妖精なんですか?」


自分でも何を聞いてるのか分からない。目の前に、ふわふわ浮かんでる、妖精さんと名乗ったこの物体が、本当に妖精なのかを聞きたかった。


「もちろん妖精よ! だって今、この絵本から出て来たでしょ?」


 そう言われて、志十菜はチラリと絵本を見る。そこに描かれてる妖精は、長い金髪が風になびき、読者を見つめる目は青く澄んでいる。葉っぱを重ねて作ったワンピースのような服を着ていて、手足はすらりと長く、綺麗で、傷一つない。背中には、光の羽が生えている。そして、大きさは10㎝くらいだろう。


 では、目の前の妖精さんはどうか?


 黒髪で短髪。しかも、自分で切ったような雑さ。かなり大きめの白いシャツに、黒い短パン。手足はひょろりと短く、よく見ると所々に古い傷跡があり、膝には絆創膏が貼ってあった(飛べるのに絆創膏?)。顔を見ると、左眉の上のおでこにも2㎝くらいの傷跡があり、一生消えなさそうな傷だとわかる。そして、でかい。体長30センチはある。そんな妖精は見たことがない。

 これだけでも、妖精だという事を疑えるが、志十菜にとって一番の違和感ポイントは、羽が無い事であった。もしかしたら、腕に隠れて見えないのかと思い、志十菜は身体を傾けて、妖精の背中を見ようとした。すると、妖精はそれに気付いて「羽は無いよ。羽なんて飾りなんだよ! 知ってた?」と、背中を見せて来た。


 妖精は絵本のそばに着地して、妖精の絵を指差した。


「よく考えて見なよ。科学的に考えて、この程度の羽でこの人型が飛べるわけないじゃん! 魔法で飛んでるんだよ! 魔法で!」


 科学的に考えて、魔法で飛ぶ。志十菜はこの言葉に矛盾があるのでは無いか、と思ったが、とりあえず頷いておいた。


「でさ! 私が絵本から出て来た理由! 知りたいでしょ!?」


 妖精は、志十菜の返事を待たずに続けた。


「魔法であなたの願いを叶えてあげに来たの!」


 自分が志十菜を幸せに出来ると、一点の曇りもなく、疑いもない、満面の笑みだった。しかし、志十菜は理由が分からない。なんの理由もなく、人が自分に何かしてくれるとは思わないし、自分がそんな大層な身分でも無いと分かっている。


「な、何で?」


 そんな疑問を口にすると、妖精は「そんな事もわからないの? ハア〜〜〜」と、大袈裟に肩を落とし、溜息をついた。そのため息だけで、風船を一つ破裂させられるのでは無いかと思うほど、長いため息だった。溜息が終わると、妖精は息を吸いながら志十菜を真っ直ぐに見つめて言った。


「妖精はね、魔法で子供の願いを叶えてあげて、その代わりに幸せパワーをもらって生きてるの! あなたのお父さんだって、仕事をしてお金をもらってるでしょ? それと同じ! 本当は貴方みたいな不幸そうな子じゃなくて、裕福で幸せそうな子を狙った方が楽なんだけど、そういう楽な仕事は、底辺妖精の私には回ってこないからしょうがなくね!」


 あらゆるガッカリポイントをいっぺんに言われ、志十菜は混乱した。しかし、重要なポイントは、願いを叶えてくれるという事だ。しかも、魔法で。そこは理解したが、代わりに幸せパワーなるものを取られるという事も気になって来た。


「幸せパワーって何? 取られるとどうなるの?」


 妖精はウンウンとうなづき、「気になるよね〜」と人差し指を立て、説明を始めた。


「幸せパワーってのは、いわゆる代償よ。大体魔法で叶えた事柄の、逆の事が起こるの。大きな願いには、大きな代償。小さな願いには、小さな代償」


 志十菜は不思議に思った。つまり、魔法で幸せになっても、同じ分不幸になると言っているのだ。何の得も無いように思える。その考えを、妖精は見透かして、説明を始めた。


「人間社会だって、何かを手に入れるには、代償が必要でしょう? お金だったり、時間だったり、物だったり。魔法だって同じよ」

「そ、そうだよね」


 志十菜は、心を惹かれていた。魔法があれば、父親に怒られる事が無くなる。能無しな自分が、何をしても褒められるような優等生になれる。もしかしたら、出て行った母親も帰ってくるかもしれない、と。


 しかし、代償が気になる。気になり過ぎて「代償……怖いなぁ」と心の声が漏れ出していた。

妖精はウンウンと頷き、志十菜の肩に座り……いや、座ろうと思ったが、肩に座れるほどの幅がなかった為、取り敢えず志十菜の顔の近くに浮かび、言った。


「そんなに代償が気になるなら、まずは小さな願いを叶えてみるのはどう?」


 小さな願いなら、そんなに恐ろしい事にはならないはずだ。志十菜は少し考え、それを了承した。


「じゃあ、まずはここから家まで飛んで帰るっていうのは?」

「あ、ごめん無理」


 即答で返された。妖精の説明によると、物理的に何かを動かしたりすることはできないらしい。あくまでも人の心に干渉することしかできないようだ。残念だった。飛んで帰る事ができれば、少しだけ長く本を読んでいられたのに。


 5時には下校しなくてはならない。それ以上学校にいると、先生に帰るよう促される可能性がある、というのもあるが、一番の理由は、父親が帰る前に帰っておきたいからだ。父親よりも後に帰ると「今迄何をしていた? さっさと飯を作れ!」と怒られる。


 これはどんな場合でも当てはまる。父親が休日で、家にいる場合、外に出ようとすると「遊んでないで勉強しろ!」とか「家の掃除をしろ」とか何かにつけて怒られる。そのせいで、志十菜は怒られない事ばかりを考えて、人生を生きていた。全ての行動が、恐怖から逃げるという動機から来ている。恐怖の原因を何とかしようとは思えなかった。


 帰り道、真っ赤な夕日が志十菜の影を黒く染めている。妖精の影は無い。妖精はペラペラと、志十菜に話しかけ、志十菜もそれに答えていた。だが、次の妖精の一言に、志十菜は凍りついた。


「そういえば、私……あなた以外には見えないから」


 先に言って欲しかった。だから、周りの人がおかしな人を見る目でこっちを見ていたのだ。志十菜は小声で話すようにした。


 志十菜の家は、三回建のアパートの最上階だ。家賃4万円、2LDKの、安いボロアパートである。鍵を取り出し、金属製の扉の鍵を開けると、「ガチャン」と大きな音が響く。なんとなくホラー映画を連想させる音だった。志十菜は案外、この音が好きだった。


 部屋の中は暗く、ジメジメしたにおいが、陰鬱な気分を志十菜に与えた。妖精は勝手に中に飛んでいき「狭〜い、古〜い」と文句をばら撒きながら、全ての部屋を見回っている。


 志十菜は台所の電気をつけたが、蛍光灯は寿命が近いようで、チカチカする上に、期待通りの明るさではなかった。その明かりをたよりに、隣の部屋の隅にランドセルを下ろした。これから夕飯を作るのだ。


 しかし、冷蔵庫の中には、食材がなかった。酒しか無い。志十菜はしまったと思い、棚や、シンクの下などを覗きこんだ。幸い、カップラーメンが一つ見つかり、それをテーブルに置いておいた。


「どうしよう。怒られるかも」


 志十菜はとりあえずお湯を沸かすことにした。やかんに水を入れ、火にかける間にも心拍数は上がっていった。また父親に殴られるのだろうか、それを想像するだけで吐き気がしてくる。それを見た妖精は、やかんを見つめる志十菜の視線に割り込んできた。


「お母さんはどこに行ったの?」


 妖精は全く悪気のない顔で質問をしてきた。母親がいるのが当たり前、という思い込みのある質問だ。志十菜は妖精から視線をそらし、コンロの火を見つめながら答えた。


「お母さんは、私が小さい頃に出てったんだって。理由はよくわからないけど、私のせいってお父さんが言ってる」

「あなたが小さい頃って、今でも小さいじゃん! ぎゃははははは!」


 妖精の脳には、真面目という言葉はないらしい。笑いながら志十菜の頭をポンポンする妖精に「あなたのほうが小さいじゃん」と言いたかったが、妖精にしてはでかい事を思い出し、躊躇した。


「でもさ~わかるかもぉ~」

「え? なにが?」

「志十菜ちゃんって、どんくさそうだし、うっかりしてるし、可愛くないし、育てたくない気持ちわかっちゃうかも~~」

 

 志十菜は唖然とした。「あなたのせいじゃないと思うわよ。大人には色々あるんだから」のような慰めを期待していたわけではないが、まさか自分のせいだという事を肯定されるとは思ってなかったのである。妖精が当たり前のように自分を蔑むので、もしかしたら本当に、自分は生まれたときから糞人間だったのではないかという、考えが浮かんできた。


 母が出て行った理由が自分にあるとしたら、どこが原因だろうか? それを考えるといくらでも思いつく。テストで満点を取れないとか、緊張して他人とまともに話せないとか、料理が下手とかだ。ほぼ全て、母が出て行った後に判明した事だが、ネガティブな事を考え始めると、止まらなくなるのが志十菜の悪癖だった。後半になると、何故自分の欠点探しを始めた理由すら覚えていない。しかも、そんな考え事をしながら、沸いたお湯を魔法瓶に移そうとするものだから、少しこぼれてしまった。「ほら、鈍臭い〜」と妖精が煽ってくるのを無視して、魔法瓶の蓋を閉めた。


 志十菜は宿題をしながら父の帰りを待った。和式の部屋の隅に組み立て式のテーブルが置いてあり、いつもそこで勉強していた。志十菜が使うものは、全てこのテーブルの周りに集めてあり、服や教科書、ランドセル、筆記用具、布団も部屋の隅に畳んである。唯一部屋の外にある私物は、歯ブラシくらいである。これは、部屋が狭いからではなく、志十菜は家の中で、自分の生活範囲を決めているのだ。この範囲の中で生活を行うことが、父に怒られる確率が低いと勝手に思い込んでいるからだ(実際には関係ない)。


「ねぇーー、もうカップ麺食べちゃったらぁ?」


 志十菜が全く食事を取ろうとしないのを見かねて、たたまれた布団に寝転んだ妖精が、鼻をほじりながら言ってきた(取り出した鼻くそは丸めて弾き飛ばした)。なにせもう9時を回っているのだ。理由は妖精にもわかっている。夕飯はあのカップ麺しか無いのだから、それを食べてしまったら父の分が無くなってしまい、夕飯のない父は怒って志十菜を殴るというわけだ。


(9時を過ぎているんだから、父親とか言うやつは自分で何か食って帰って来るでしよ?)


 妖精がその考えを口にしようとした瞬間、突然志十菜が立ち上がり、玄関に向かっていき、鍵を開けた。数秒立つと、作業着のやつれた男が入ってきた。父親のようだ。どうやら足音でわかったらしい。「おかえり」という志十菜の言葉に、返事もせず入ってきてタバコに火をつけ、倒れ込むように台所の椅子に座り込み、天井に向かって煙をため息とともに吐いた。いつものパターンだが、今日は残業でいつもより疲れていそうだ。そんなときはタバコと酒の量が増えると決まっている。


「おい、飯は?」

「ごめんなさい、これしか無いの。お金なくて材料買えなくて」


 志十菜がおそるおそるカップ麺を指差すと、父親は舌打ちをした。「計画的に使わねーから足りなくなるんだろが!」と志十菜に向かって、灰皿を投げた。直撃したが、アルミ製の軽い灰皿だったため、大した痛みはない。妖精はそれを見てイライラしているようだ。


「あ、くそ! 灰皿よこせ!」


 タバコの灰が落ちそうになったため、自分で投げた灰皿を今度は取れと命令してきた。妖精はこの父をいかれてると判断した。志十菜は慌てて灰皿を拾い、父親に渡した。


「あ、あの……お父さん? 明日の分のご飯がなくて……」


 志十菜は、なるべく父の怒りに触れないように言葉を選び出していた。恐怖のせいで、あまりに落ち着きがない。その症状は手に表れていて、なにかをこねているような動きを繰り返していた。妖精は「何コネてんの? 空気? 焼いたら美味しいの? ぷぷぷ」と志十菜をからかっていたが、全く耳に入っていない。


「お金が無くて……あの……」

「金がない、か……。悪かったな稼ぎが少なくて! これでも必死に働いてんだよ!」


 そう言って父は、志十菜の頭をひっぱたいた。文脈からも分かると思うが、志十菜は父の稼ぎの少なさを責めるつもりは一切なかった。ただの言いがかりだ。志十菜に暴力を振るう理由を探してるとしか思えない。妖精は父の理不尽さを見て、苛ついたのか、二人の間に入った。


「志十菜ちゃん! 今回だけ代償なしで魔法を見せてあげる」


 妖精がそれを言うが早いか、父に向かって手をかざした。すると、魔法の光が溢れ……なかった。見た目には何も起こってない。志十菜は、魔法と聞いて少し期待したのだが、一瞬で父への恐怖を取り戻した。だが、父が立ち上がり、無造作にズボンのポケットに手を突っ込むと、何かに気付き、動きが止まった。取り出した手には、千円札が握られており、父はそれを見ると「これを使え」と志十菜に放り投げた。


 父が志十菜の方を見ずに投げたので、床に落ちた金を拾う羽目になったが、志十菜は「ありがとうございます」と頭を下げた。


 本当に魔法の効果かどうか分からないほど自然にお金が出て来たので、半信半疑だったが、そういうものなんだと納得し、志十菜は妖精にだけ聞こえるように「ありがとう」と礼を言い、隣の部屋へ駆けて行った。千円札をランドセルに入れる為である。


 父親はというと、テーブルの上にあったカップ麺を開け、湯を注ぎ、蓋を閉めると、またタバコに火を付けた。志十菜が夕飯を食べたかどうかなど、全く気にしていない。タバコを咥えたまま冷蔵庫の中からビール(第三の)を取り出し、一本目を一気に飲み干して(飲んでる間に、タバコの灰が床に落ちた)、すぐに2本目を取り出した。


 2本目のビールをちびちび飲みながら、またタバコに火を付ける。しかし、そのタバコは吸わずに、灰皿に置いたままカップ麺を食べ始め、カップ麺を食べ終わると、そのタバコを吸い始めた。


 妖精は、その一部始終を見て「カップ麺を食べ終わってからタバコに火を付ければいいだろ」と思った。しかしそれは難しい問題だった。家に帰ってきた父にとって、タバコを取り出す、咥える、火をつける、という動作は癖になっていて、自動行動なのだ。うっかりやっしまう事なのだ。妖精はそうとは知らず「馬鹿なんだな」で片付けた。


 志十菜が部屋の電気を消して、布団に寝ると、当然のように妖精も志十菜の隣に寝転んだ。妖精の目は、暗闇の中でも白く丸く輝き、その形がはっきりわかる。志十菜は人と一緒に寝たことが無い為、少し嬉しく感じ、妖精の目を見て微笑んだ。妖精も微笑んでる事が、目の形でわかる。まるで半月が二つ並んでるようだ。


「あなた、父親に愛されて無いでしょ? 愛されたい?」

「え? うん……」


 二人は布団を被り、声が外に漏れないように話した。


「はっきり言って、父親もあんたも、私が見た人間の中で一番能無しよ。愛するってのはレベルの高い行為なの! 猿にも劣るあなた達には、魔法の力を使わずに愛し愛されるのは不可能! 私が来てよかったわね!」


 妖精は早口でまくしたてる。


「あ、うん。ありがとう」

「でもね、さっきのは例外として、私はあなたの願いしか叶えられないからね? 私が勝手に叶える願いを決める事は無いから」

「うん。わかった」

「代償さえ払えば、願いはいくらでも叶えられるんだから、遠慮しなくていいのよ!」

「うん。ありがと」

「その無能な脳みそで、しっかり考えて願いを決めるのよ!」

「う、うん」


 志十菜の返事を聞いて、妖精は半月型だった目を三日月型にして微笑んだ。「私が勝手に、叶える願いを決める事はない」そう言った。しかし「代償は私が勝手に決めるけどね」と心の中で言って微笑んだのだ。


「じゃあおやすみ、志十菜ちゃん!」


 そう言って妖精は、スイッチを切ったように一瞬で寝入った。志十菜はそれを見て驚きながらも、明日、魔法で何を叶えるかを考えて始めた。頭を良くしてもらえば、テストの成績が上がり、父に褒められるかも知れない。料理を上手にしてもらえば、父が「美味い!」と言ってくれるかも。そうだ、今まで全く興味を持たなかったけど、運動神経を良くしてもらうのも楽しいかもしれない。いつもバスケやドッヂボールはつまらないものだと思っていたけど、上手にできれば楽しいのではないか? 志十菜は自分の人生が好転しているところを想像しながら眠りについた。


 こんなに幸せな気分で眠りについたのは、この日が最初で最後だった。



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