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どうせ鉄仮面女ですから、プロポーズはしないでください、男爵様

作者: りすこ

 

「カーリー! 愛してる! 結婚してください!」


 小さな太陽のような向日葵の花束を差し出し、騎士のように跪かれ、プロポーズされる。結婚前の乙女であれば一度は憧れる絵に描いたようなシチュエーション。私ももう少し夢見る心があれば、トキメキ、頬を染めたでしょう。

 しかし、私は夢など見てる暇はなかった現実主義者。無表情・冷徹と二拍子揃った”鉄仮面”と呼ばれる女です。


 しかも、相手はもう何十回と結婚をお断りしているカリム男爵。ここ一週間は、毎日のようにこんな結婚を申し込まれています。もはや日課です。日課。


 家庭教師をしている令嬢宅から帰る時、見計らったようにカリム男爵は現れてプロポーズをされます。断っても、ええ、断っても。真剣な表情で花束と共にプロポーズされるのです。私の好きな向日葵を持って。


「カリム男爵、毎回…いえ、毎日言っておりますが、私に結婚の意志はありません。どうか諦めて、良きお嬢様を娶ってください」

「俺が妻にするのはカーリーだけだ!…俺のことがそんなに嫌いかい?」


 しゅんと項垂れる様はさながら小型犬のよう。昔っから本当に変わらない。ふわふわの癖っ毛で目をうるうるさせて…

 あー!もー! その顔はやめて! 弱いんだから!


「嫌いではありません。しかし…」

「じゃあ、結婚してくれる?」

「それとこれとは別です」

「なんで? 嫌いじゃないなら、好きだよね?」

「好きっ…とは限りません! その、あの、ほら! 普通です!」

「普通?」

「そう、普通です!」

「じゃあ、普通な俺と結婚しよう」

「だ~か~ら~!」


「結婚はしないと言ってるでしょうが!!」


 プッチーンとキレた私はつい素になって叫んでしまいました。私、キレると物凄く口が悪いのです。


「ええい、毎日、毎日うっとおしい! この耳はちゃんと聞こえてるんですか? ええ!? 」

「痛い痛い! 耳を引っ張んないでよ、カーリー」

「うるさい! 今度、プロポーズしたら、縛り上げてゴミと一緒に捨てますよ!」

「え? 縛るの? やだ、ドキドキしちゃう」


 カリム男爵は頬を染めて心臓の辺りを掴みます。まるで恋をした乙女のように。


「このドキドキは――愛だよ。カーリー、結婚しよう!」


 ダメだ。話が通じなさすぎる…


 紐は? 麻縄でもいい。どこかに縛るものはないかしら? ないわね…こんな往来で。


 はぁ…とため息をついて歩き出します。もちろん、男爵は放っておいて。


「あ、待ってよ、カーリー!」


 その後を忠犬のようにカリム男爵は付いてきます。


「付いてこないで下さい、カリム男爵」

「カリム男爵なんて、冷たいなぁ。昔みたいにライルって呼んでくれればいいのに」

「子供ではないんですから、呼びません」

「冷たい。冷たい。でも、そこがいいっ! カーリーに冷たくされるとゾクゾクする」


 変態なんですか? この人は。

 こんな毎日毎日、冷たくあしらわれてよく懲りない。昔っからポジティブでしたけど、ここまでとは…早く、こんな女など諦めてくれればいいのに。あなたに似合った笑顔が素敵なお嬢さんを妻にすればいいのに。


「冷たいだけなら氷でも抱きしめていればよいのでは?」


 ほらね。私はこんな可愛いげのないことしか言えない。だから鉄仮面女なんて呼ばれるんだわ。


「えー、氷じゃ抱きごこちが悪いよ」

「私だって抱きごこちがよくはありませんよ」


 私は例えるなら鶏ガラのような体をしています。家庭教師で稼いだお金は、ほとんど実家に仕送りしてるので、最低限の食事しかしていません。だから、腕も細く、胸もない。女性らしいしなやかさなど私には皆無です。


「そんなことないよ」


 ふわり――と黄色い花弁の揺れと共に力強い腕に引き寄せられる。気付けば視界いっぱいに男らしい胸元が…


「ほら、カーリーは抱くとあったかい。まぁ、少し細すぎるけどね」


 な、な、な、なにをしてるの―――!!


 は? え? ちょっと? なに、これ。抱きしめられている!?


「は、離して!」

「えー、もうちょっとだけ。ね?」


 じたばたと暴れますが、意外と男らしい体は鶏ガラ女ではビクリともしません。男爵は私をぎゅーっと抱きしめながら、ふふっと嬉しそうに笑います。


「カーリー、好き。大好き。俺のお嫁さんになって」


 耳元で囁かれる激甘ボイス。それに顔に熱が集まります。

 やめて、私は結婚する気はないの…

 そんな風に甘い言葉を言わないで。

 こんな可愛いげがない女よりも、ずっと…あなたに相応しい人を見つけてよ。私は、放っておいてくれていいから!


 ードンッ


「いい加減にしてください」


 男爵の力が緩んだところで思いっきり突き飛ばした。触れた熱が急に冷める。


「迷惑です。私はあなたのことなど、好きではありませんので」


 男爵はじっと私を見つめた後、にこっと笑いました。なぜ、笑う??


「うん。分かっているよ。今日は俺のこと好きじゃないかもしれない。でも、明日は分からないよね?」

「は?」

「はい、これお花」


 ポカーンとしている間に花束を渡される。


「じゃあね、カーリー。明日は食事に行こうねー!」


 ぶんぶんと両手を大きく振られ、男爵は行ってしまいました。

 残された私は花束を抱え、唖然と立ち尽くします。


 え? ちょっと? 私、ハッキリ言ったわよね? 迷惑だと。普通なら、そこで怒っておしまいではないの?? いや、何十回もプロポーズするくらいだから、普通ではないんだけど…でも、え? はぁぁ!?


 ガックリと肩を落として、大きくため息を付きます。

 あの人話していると、仕事しているよりも疲れる…なんで、諦めてくれないのかなぁ…

 ふと、向日葵の黄色い花びらが視界にはいり、花束を見ます。男爵の笑顔と甘い告白を思い出してトクンと胸が高鳴りました。そして、ゆっくりと大事に花束を抱えながら、私は家路を歩いていったのです。



 ◇◇◇



 私の家は元貴族です。貴族といっても下位の方で狭い田舎の領地で細々と暮らしていました。


 お人好しだけが取り柄の父が騙されるまでは。


 騙された父は領地を奪われ財産はほぼ0に。元々ヒステリー気味でお嬢様だった母はあっけなく父をみかぎり出ていってしまいました。まだ幼い弟を置いて。父はお人好しだけの坊っちゃんでのほほんとしていたため、お金を稼ぐ能力は0。明日のパンにも困った私たちは、遠い親戚のカリム男爵家を頼ったのでした。


 そう、男爵のご実家です。

 縁も薄い私たちを本当によくしてもらいました。奥様は優しく、旦那様は厳しい方で「バカは好かん」と言って私たち姉弟にまで、一人息子であるライル様と同じような教育をしてくださいました。

 私が令嬢の家庭教師をしていられるのも旦那様の教育とご推薦の賜物です。本当に感謝してもしきれません。


 カリム男爵家に身を寄せてすぐに、ライル様に出会いました。奥様に良く似たふわふわの癖毛に濃いグリーンの瞳。人懐っこい笑顔が印象的な方でした。

 出会って数日後、ライル様は言われました。



『君は俺の太陽だ! 大人になったら、結婚して!』



 思えばあの頃からライル様は変わっておりません。いつも明るい笑顔で私に「好きだ」と惜しみ無い愛情を注いでくれました。


 でも、ずっとはぐらかしていました。


 正直言うと、人を好きになるのが怖かったんです。


 目の前で父と母が離婚して、永遠の誓いなどないものだと思い知りました。いつか、必ず壊れてしまう。どれだけ好きでも、いつかは枯れる。花のように。

 結婚なんて夢を見れなかった私は地に足をつけた生き方を選びました。


 そして、大人になって、男爵を継いだあの人は本当に結婚を申し込んできました。



『ずっとずっと好きだった! 結婚してください!』



 この人の手をとれば幸せになれる。この人はずっと一途に思ってくれた。愛が枯れることは、ないかもしれない…それでも。結局、私は臆病風に吹かれて逃げました。


 逃げて誓ったのです。冷たい仮面を被ろうと。心を動かされない鉄の仮面を被ろうと。あんな太陽みたいな人に、これ以上、曖昧な態度をとってはいけない。幸せになってほしいから。


 そう誓った私はライル様に冷たい態度をとり続けました。いつしか鉄の仮面は私から剥がれなくなりました。表情は乏しく、態度は冷徹―――鉄仮面と呼ばれる女の出来上がりです。

 それはそれで心地よいものでした。

 煩わしい人間関係は遠ざかり、ただ仕事を着実にこなす日々。それがお似合いだったのです。



 だが、なぜか今に至ります―――



 私はライル様のポジティブさを分かっておりませんでした。私がいくら冷たい態度をとってもそれを上回るポジティブさでライル様は攻めてきたのです。


 そのため、ライル様の前では仮面が取れるという醜態を晒してしまいます。


 本当に、なんであの人は私なんかがよいのでしょう…分かりません。分かりたくもあまりありません。


 家に帰ると、ポストに入っていた手紙を取り出し、向日葵の花を花瓶に移します。部屋はいつの間にか向日葵だらけになっていました。机とベッドと小さなチェストしかない殺風景な部屋が黄色い花でいっぱいです。


 一週間前に頂いた花はもう枯れてしまって、種だけです。でも、今日もらった花はまだ生命力に溢れています。枯れてもまた新しい花が咲き誇る。まるでそれは―――


 ふぅと一息ついて、手紙を読みます。宛名は父からでした。



『可愛い可愛いカーリーへ


 お金をありがとう。大事に使います。リムの学園の費用も払い終わったし、もうお金は充分だよ。今までありがとう。


 というか、こんな不甲斐ない父で、本当にごめんねぇ…父が騙されなければ、お母様も呆れることはなかったのに、ごめんよぅ、カーリー!』


 涙の痕だらけの手紙をそこまで読んで、苛立ったのでそれ以上は読みませんでした。色々な言いたいことはありますが、ひとまず弟リムの学園費用の借金がなくなりよかったです。


 弟は自分で返すと言っていましたが、借金なんてないほうがよいに決まってます。旦那様や奥様も出すと言ってくれましたが、これだけは自分たち家族でなんとかしたかったのです。


 ていうか、色々お世話になっておいて、そこまでさせたらダメだと本能で思ったのです。


 あぁ、でもよかった。

 弟は薬剤師見習いとして働きだしているし、父は…………なんとかなるでしょう。


 これで重い荷物が減りました。


 なんだかホッとしたら眠くなってきたわ。少しだけ。少しだけ、横になろう。


 あぁ、向日葵がキレイ。


 まっすぐ太陽をみつめるそれは、まるでライル様のよう。


 ――ライル様、私、本当はずっと…




「ずっと…?」


 声がして、ガバッと起きます。目の前にはライル様がいました。


 え? なんでこの人がここに!?


 色々パニックになって、私は思わず叫びました。


「泥棒!!」

「ええっ~~~!?」


「なんでここにいるんですか!? 鍵は!? どうやって侵入したぁ!!」

「ちょっ、カーリー落ち着いて!」


「鍵なら空いてたよ!!」


 その言葉にキョトンとして動きが止まります。それにふぅと息を吐いてライル様が話し出します。


「渡し忘れたものがあって部屋に来たんだけど、鍵が空いてたから何事かと思ったよ。何もなくて本当に良かった」


 お日様のような笑顔に顔が熱くなります。なんたる醜態!? 鍵をかけ忘れたなんて!? あぁ、もう…死んでしまいたい…


 ガックリと項垂れる私にライル様はキラリと光るものを差し出しました。


「はい。カーリーにプレゼント」


 掌にそっと置かれたのは向日葵の形をしたブローチでした。顔を上げると、ライル様がにこっと微笑んで言います。


「それ、俺の分身。身につけてくれたら嬉しいな」

「分身…?」

「うん。俺はね、太陽(カーリー)を見続ける向日葵になりたいから」


 向日葵に…?

 どういうことだろうと、思っていると、ライル様が穏やかな顔で話し出します。


「覚えてるかな? 君と出会ったばかりの頃。あの頃の俺はね、勉強も嫌いで、厳しい父上に怒られてばかりいた」


 ――そういえばと、思い出します。


 一緒に勉強をしたライル様は勉強は苦手でした。そして、よく私が時間を見つけては勉強に付き合っていた。家庭教師を目指したのもそれがあったからといえます。


「君は不遇な境地にもめげず、いつも前を向いて背筋を伸ばしていた。厳しかった父にも臆することなく、堂々としていた。それが、俺には眩しかった」


「――太陽のような人だと思ったよ」


 微笑みながら言われた言葉に心臓が高鳴り出しました。トクン、トクンと。


「カーリーが向日葵を好きだと知ったとき思ったよ。俺は太陽(きみ)を見つめる向日葵になりたいって。だから、受け取ってもらえないかな…?」


 少し弱気になった語尾。濃いグリーンの瞳が揺れている。


 パリン…と遠くで鉄の仮面が壊れる音がした。


 こほんとわざとらしい咳払いをして、ライル様が真剣な顔で言います。


「カーリー、愛してます。子供の頃から君だけが好きでした。俺と結婚してください」


 すっと手が差し出されます。それをボーッとしながら、手を取りました。


「は、い…」

「うんうん。分かってたよ。だけど、俺は諦めな…い…か……………え?」


 キョトンとお互いに間抜けな顔で見つめ合います。


「カーリー…今、なんて…言ったの?」

「はいと…」


 震える手で手を握りしめられ、ライル様が泣きそうな顔で近づいてきます。


「もう一回、言って?」

「はいと、言いました…」

「もう一回」

「はいと言いました」

「もう一回」

「はいと言いました!」

「もう一回!」


「ええい! しつこい!!」


 私は勢いよく立ち上がります。その拍子にライル様は床に尻餅をついてしまいます。

 私は腹の底から大声で言いました。



「私はあなたと結婚をすると言っているんです! あなたの妻になりたいんです! お分かり頂けましたか!!」



 ぜーはーと肩で息をしながらライル様を睨み付けます。ライル様は呆然としながら立ち上がります。


「本当に?」

「はい。本当です。これ以上、疑うなら本気で縛りっ―――!」


 私は最後まで文句を言えませんでした。唇がライル様に奪われたからです。


「んんっ―――! んんっ―――!」


 突然の口づけにパニックになっていると、そのままベッドに押し倒されました。

 視界にいっぱいに広がったライル様の泣きそうな顔。


「夢じゃないよね? 夢だったら二度と覚めたくない」

「夢じゃないですよ…本当に」

「本当の本当? 信じられない。だって、今朝だって冷たかったのに…はっ! これって新たな嫌がらせ!? そうでしょ! そうに決まっている!」


 急に青ざめるライル様に私はふぅと息を吐きます。ライル様の気持ちも分からなくはない。それだけ、断り続けてきたから。私は恥ずかしさを堪えて話し出します。


「弟の借金が完済できまして」

「うん。知ってる」


 …知ってる?? 気になりますが一旦、無視で。


「その連絡が今日来て」

「へ? 今日? 一週間前じゃないの?」

「はい??」


 なんか妙な誤解がありそうだわ。ライル様を真剣に見つめながら問います。先生のように。


「ライル様。なぜ、弟の借金のことを知ってるのですか?」

「うわっ…名前っ…名前っ!」

「ええい! 照れてるんじゃない! なんで弟の借金が終わったということを知っているんですか?と聞いているんです!」


 私の怒号にライル様は目を泳がせながら答えます。


「リム君から連絡があったんだよ。借金が終わったって。”もしかしたら、姉は僕の借金のことがあって結婚に踏み切れないのかもしれない”って言ってたよ。だから、仕事をさっさと片付けてカーリーにここ一週間、会いに行ってプロポーズしてた」


 なんという行き違い…

 あの父らしい…


 くらくらと目眩を感じながら、ライル様を見つめます。


「弟の借金は結婚を断っていた理由ではないです」

「ええ? そうなの?」


 予想外とでも言いたげな表情。


「私はその…結婚というものが信じられなくて…」

「カーリーの母上のこと?」

「そうです。私は目の前で愛が枯れる瞬間を見ました。だから、いつか枯れてしまうのに永遠の愛など誓えないと思ったのです。でも…」


 ライル様をまっすぐ見つめながら言いました。私の思いが伝わるように。


「毎日、向日葵の花を頂いて、枯れてもまた新しい花が咲き誇るのを見ていたら、愛とはこういうものかな、と思いまして」


「昔の愛情が枯れても、今の愛情が育っていれば、それはいつか永遠になるような気がしたんです。だから、ライル様との結婚も怖くなく……ライル様??」


 おかしいです。ライル様がブルブルと震えています。感動してではありません。


 この顔、かなり怒っています。


「へぇ、向日葵の花でねぇ…」

「え、ええ…」

「じゃあ、結婚しようと思ったのは向日葵のおかげで、俺の言葉じゃなかったっていうわけだ」

「えっと、あの…」


「俺が何年間、カーリーにプロポーズしてきたと思ってるんだよ! 8年だよ! 8年!!」


 そこではたと気がつきます。確かに8年間、事あるごとにプロポーズされていたのにそれを信じられず、たかだか一週間の向日葵で結婚を承諾したのでは、お怒りも当然です。

 こんなに激怒したライル様を見たのは初めてで、冷や汗が止まりません。


「よーく分かった。いかに俺の愛がカーリーに伝わってないかということが…」

「いえ、伝わってましたよ…だから、結婚しようと…」

「いいや。伝わってない。どんだけ俺がカーリーを好きか、カーリーしか見えてないか伝わってない!」


 そう言ってライル様は私の服を脱がしていきます。それにひぃっ!と青ざめました。


「なにを…」

「わかってないなら伝えるしかないよね?」


「カーリーの体全部で」


 なんとおっしゃいましたか!?


「ちょっと待っ――」

「いいや。()()()()()()()()()()

「っ!?」



 その夜、私は初めて知りました。小型犬だと思っていた未来の夫が、実は牙を隠した獣だったということを―――



 ◇◇◇



 やってしまいました…

 結婚前なのに…!!


 落ち込む私の隣では、小型犬に戻った未来の夫がいます。実に爽やかな笑顔で。


「おはよう、カーリー! 体、大丈夫?」

「ダイジョウブなワケナイデショ」

「うわっ、ひっどい声。水飲む?」


 こくりと頷き、水を枯れた喉に染み渡らせました。喉がヒリヒリと痛い。水を飲むとしみる…


「結婚前なのに…」


 私は戻ってきた声でポツリと呟きました。


「え?」

「結婚前なのにあんな!」

「あぁ、でも、俺の愛は伝わったでしょ?」


 キラリと輝く笑顔で眩しさに目を細めます。

 ええ、伝わりましたとも。それは勿論。


「でも、結婚前なのに…」

「じゃあ、今日、結婚しちゃう?」

「は?」

「それだったら、ギリギリセーフじゃない? 初夜じゃなくて、初朝だけど」


 ブチッと何かがキレる音がしました。


「なんですか、初朝って! 聞いたことありませんよ! それに結婚前だったら、時間帯関係なくアウトです!」

「えぇ~」

「えぇ~、じゃないっ!」


 なんだって、こんな人を好きになってしまったのか…!


 そこで、ふと思いました。

 なんでライル様は、8年も私の事を好きだったんだろう…まぁ、私も同じくらい好きだったけど。でも、あんなに冷たくされたら普通、心が折れない? いくらライル様がポジティブな人でも。


「ライル様」

「なぁに?」

「よく私に8年もプロポーズし続けられましたね」

「ぶはっ…なに? 急に??」

「いえ、不思議に思いまして…」


 そう言うとライル様は照れくさそうにポツリと言いました。


「理屈じゃないっていうのが、答えかな?」

「でも、私、かなり冷たい態度をとりましたよ?」

「そーだねー。何度も枕を涙で濡らしたよ」


 ははっと笑うライル様ですが、どうにも胡散臭い。じっと見てると、ライル様がふっと力を抜いて私の頭を撫でました。


「冷たい態度をとっている時のカーリーってさ、泣きそうな顔をしてたんだよね」

「え?」


 私が? 泣きそう?? いやいやいや、私、表情の乏しさには自信がありますよ。


「泣きそうにはなっていませんが…」

「俺にはそう見えたの。それを見るたびにどうしてかなー、何かできないかなーって思ってた。まぁ、結局、俺にできたのはカーリーが心を開いてくれるのを待つだけだったけど」


 あぁ、そうか。この人の前では鉄仮面など無意味だったんだ。最初っから。

 本当にこの人は…



「ライル様」

「なぁに?」

「好きです」

「…………」


 ずっと伝えていなかった言葉を心を込めて愛しいあなたへ。



「愛してます。ずっと前から」



 ふわりと笑うとライル様が面白いくらいに真っ赤になりました。


「もう一回、言って」

「愛してますよ」

「もう一回」

「…愛してます」

「もう一回!」


「ええい! うるさい!」


 私は半ばやけくそになって叫びました。



「愛してるって言ってるんです! ずっとずっと好きでした!!」



 よく晴れた日の朝、私の叫び声は部屋中に響き渡りました。



 その後、私達は、旦那様と奥様にほろりと泣かれ、弟に涙ぐまれ、父に号泣されるという中で結婚式を挙げたのでした。



 そして、一年半後。

 可愛い双子の女の子を授かるという幸せに包まれていました。




 happy end




連載の方が筆が進まないので、かなり前から考えてはいたパパ&ママの話です。

リハビリに書いたものですが、思った以上に書きやすかったです。この調子で連載の方も頑張ります。

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