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メッセンジャーによろしく  作者: 柴門秀文
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第八章 グロースター(GLOUCESTER) その1

 街宣車上のステージにギタリストが登場した。リバーブが効いたスロー・テンポのイントロダクションが始まった。

 上空でドローンが一斉に移動した。シンクロした動作が、意思を持った生物の動きに似ていた。

 近未来SF映画を連想させる雰囲気が、宵闇の迫った渋谷駅前の上空を支配していた。

 ドローンの下から、光が走った。連絡通路で見た光だった。

 ぶら下がるアクリル板が見えた。ビルの照明を反射していた。緩い曲面で形成された透明な板材だった。

「同じものを見た記憶があるな。クラシック専門のコンサート・ホールだった」

 真面目な顔で権堂が呟いた。権堂の言葉にウケて、蒼穹は小さく笑う。

「似合わないわよ。クラシックなの?」

「極道がクラシックを聴いちゃいけないか。横暴な話だな」

 眉を顰めた権堂の顔が、少年っぽくて可愛いと思った。苦笑しながら首を振って、蒼穹は権堂の言葉を否定した。

「反響板みたいね。野外だから拡散する音を集めるのかな」

「さあな。極道だから解らんが、反響板の線は近いだろうな」

 権堂がぶっきらぼうに答えた。顰めた眉は変わらなかった。機嫌を損ねたままだった。

「もしかして、演劇なんかも好き?」

「少しな。極道には似合わんが……」

 思いがけず、根に持つ性格だ。蒼穹は無視して、話を続けた。

「リチャード三世は、観た?」

「昔な」触れたくない様子で、権堂が口を曲げる。

 予想通り、権堂はインテリ・ヤクザだった。解っていれば話が早い。

「雄太兄弟が、グロースターの謀略に嵌った国王の息子たちだとしたら、叔父のグロースターが権堂さん、あなたでもおかしくないわよね」

「確かにヤクザ者の俺が化け物(グロースター)でも間違っていないが、違うな。俺の立場(めかけのこ)で跡目を継いでは、舎弟さんたちにも納得いただけねえしな。俺は陰で親分を支えるだけだ」

 思いがけず義理堅い男だ。野望をもって、跡目争いに加わるタイプだと思ってきた蒼穹は、意外な返事に驚いた。

「あなたでなければ、グロースターって、いったい誰なの?」

「さあな。そのうち解ると思うがな」

 権堂は、明らかに面白がっていた。含み笑いを浮かべたところを見ると、教える気は、さらさらなさそうだった。

 街宣車から凛華が姿を現した。車内から漏れたルーム・ライトに横顔が照らし出されていた。

 緊張した面持ちで、凛華が大きく息を吐いた。黒いメイド服にフリルの付いた白いエプロンが、メンバーを集めてステージ前の気合を入れた。

 顔を上げた凛華が、蒼穹の存在に気付いた。

「ソラ~!」

 満面に笑みを浮かべて、凛華が蒼穹に向かって手招きした。迷って足を停めた蒼穹の背中を権堂が押した。

「行けよ。迷ってどうする」

「そうね。呼ばれているんだものね」

 最初から、運命で定められている気がした。スクランブル交差点で起こる出来事に立ち会うためには、一つ一つのチャンスを逃さずに手に入れる必要がある。

 街宣車まで人垣が溢れていたが、政論社のメンバーが強引に道を空けさせた。

「お疲れ! 大変だったね。辿り着けて良かった」

「何もできなかったわ。結局、青葉ちゃんが、どこに行ったかさえも分からないのよ」

 後悔の言葉を口にすると、笑いながら凛華が首を横に振った。

「気にしなくてもいいわ。慌てなくても、答は明らかになるから」

「何か知っているの? 知っているなら、内容を私にも教えて」

 縋る思いで、蒼穹は凛華に訊いた。口を曲げ、凛華が悪戯(いたずら)っぽい笑顔を見せた。答える気配は見られなかった。

「ステージに登るわよ。従いてきて」

 凛華に手を引かれて、街宣車の屋根に上った。ギター・ソロで始まったイントロダクションにドラムスが重なった。重低音のビートでベース・ギターが演奏に斬り込んでいく。

 ハード・ロックが始まった。歓声に包まれて凛華がスポット・ライトを浴びた。

「特別ゲストを紹介します。現在、動画サイトで大盛り上がり。メッセンジャーの青木蒼穹さんです」

 凛華の紹介と同時に、蒼穹は眩しい照明に包まれた。

 渋谷駅ハチ公前広場に集まった観客から、嵐のような歓声と拍手が巻き起こった。煽り立てるようにドラムとベースが、激しいリズムを打ち鳴らす。

「知っていますか? ソラさんは、ここ、渋谷駅前広場から拉致された路上シンガー、青葉さん奪還のために、東京の街を走り回ってきました――」

 歓声が上がる。腕を回して、凛華が聴衆を盛り上げた。頃合いを見て、腕を下げ、聴衆を見回した凛華が続けて声を張り上げる。

「――悪漢グロースターからの要求に応えて、邪魔をする悪の手下を蹴散らしながら、ようやく、ここまで戻ってきてくれました」

 再び、歓声が沸く。今度はさらに大きく。指笛や、拍手まで加わって会場が興奮した。

「ようっ、女戦士!」

 観客の中から、掛け声が挙がる。苦笑して、凛華がメッセージを続ける。

「勇猛果敢な様子は、動画サイトで目にした人も多いはずです」

「ソラさ~ん!」蒼穹の名を呼んで、手を振る観客が広場中に溢れた。気恥ずかしかったが、振り向いて応答を促す凛華に答えて、蒼穹は小さく手を振った。

 嵐のような歓声と割れんばかりの拍手が上がった。熱い思いの籠った視線で見守られ、蒼穹は胸が詰まった。意味もなく涙がこみあげてきて、蒼穹は洟を啜った。

 涙を(こら)えた蒼穹に笑顔を見せて、凛華が観客に向き直った。バンドの演奏が曲調を変えた。しっとりと流れるイントロダクションに反応して、観客が静まった。

 手にしたマイクをマイク・スタンドに戻しながら、凛華がメッセージを締め括る。

「理不尽な事柄が、この世界には溢れています。私たち市民が声を上げようとするたびに、強大な権力が、自由な言葉を封じようと、弾圧を繰り返してきました。私たち市民だけでなく、権力者に対しても、弾圧は行われてきました。天地創造の昔からずっとです――」

 静まり返ったハチ公前広場の先の一点を見詰め、必要以上の感情を抑えて、凛華が言葉を繋ぐ。

「――強大な力を前にしたとき、足が竦み、出掛かった言葉を飲み込んでしまう小さな存在が、私たちです。でも本当に、いつまでも言葉を飲み込んでいて良いのですか? 行き場のなくなった言葉をいくらため込んでも、世界は何も変わりませんよ」

 会場全体が静まり返っていた。バンドの演奏も、いつの間にか止んでいた。会場全体が凛華の次の言葉を待っていた。

「できねえよ。世界を変えるなんて」

 呟く声が聴衆の中から聞こえた。嘲笑が湧いた。口を曲げて凛華が苦笑した。

「無茶な話だとは解っています。でも、不可能だと解っていても声を上げて欲しい。ソラさんが諦めなかったように、みんなも、諦めないで。声を上げ続けて欲しい。一人一人の声は小さくても、集めれば……」

 人差し指を立てて、凛華が暗くなった空を指差した。凛華の意図を察した観客が、声を合わせて叫んだ。

衛星を撃ち落とせショット・ザ・ギグ・ダウン!」

 観衆の声を集めた大きな力が、渋谷駅前広場を揺るがした。地響きに似た圧倒的な(パワー)だった。

 マイク・スタンドに顔を寄せ、凛華が下を向いた。口元が緩んでいた。喜びを噛み締めながら、凛華が顔を上げた。

『最高だよ、みんな』

 凛華の口が動くと、観客から世界を震わせるほどの歓声が上がった。最高の笑顔を見せた凛華がマイクを外し、ステージ端の手摺(てすり)に片足を掛けた。

「声を出して! みんなの声が聴きたい!」

 上半身を前後に振り、身を振り絞るようにして凛華が観客にアジテートを仕掛けた。

「声を出せ! もっと叫べるだろう、お前ら!」

 凛華に負けず、歓声が激しくなる。

「いいぞいいぞ、もっと声を出せ! もっと主張しろ! 常識に捕らわれるな。常識は自分を駄目にするだけだ。自分を殺すな。素直に生きろ!」

 アジテーションの高潮と共にバンドの演奏が再開した。ドラムの連打に続いて、速いテンポで重低音のリズムが刻まれた。

「それじゃ、いくぞ。みんな悔いなんて残さないように、一人残らず従いてこいよお!」

 観客を煽ると深く腰を折り、凛華がいきなりシャウトした。大音量で刻まれるギターのストロークが興奮を盛り上げる。

 アップ・テンポのハード・ロックだった。虚構に満ちた現代社会を糾弾する内容になっていた。サビの部分で、凛華が聴衆にマイクを向けた。

 湧き上がる興奮が、駅前の空間を包み込んでいた。ステージに立っているだけの蒼穹でさえ、何もせずにはいられなかった。

 曲に合わせて、聴衆に手拍子(ハンド・クラップ)を求めた。手招きして、「もっと大きな音で!」と観客を煽った。

 興奮する聴衆の中に、温度差の違う集団が存在した。背広姿の男たちだった。以前に周東から教えられた公安刑事たちだ。

 地下街入口の横に吉岡や立川の姿も見えた。明らかにソタイの刑事も動いている。

 ハチ公口側から、やさぐれた格好の若者たちが、群衆に割り込んできた。登龍のメンバーだった。半グレたちが向かう先を、蒼穹は目で追った。

 怜人の姿があった。人混みの中で片目だけ白いカラー・コンタクトが目立っていた。ストレートの金髪が周囲の雰囲気から浮いていた。

〈事件が起こるかもしれない〉

 興奮していた身体が一気に冷めた。緊迫した状況を凛華に告げたかったが、演奏が始まっていた。このまま群衆の中に飛び込んでいっても、辿り着く前に騒動が起こるはずだ。

 周東がいてくれたら、適切な処置を示唆してくれただろう。今ごろ、どこにいるのか。

 再び、登龍に囚われていないことを蒼穹は祈った。

 最初の曲がクライマックスを迎えていた。観客を巻き込んで、リフレインの掛け合いが始まった。興奮の中、半グレたちが怜人の周りを取り囲んでいく。

 一触即発の睨み合いが始まった。ゆっくりと玲人の周りを回り始める半グレたち。

 威嚇だけが目的ではなかった。人垣の陰になり、見えない場所で何をしているのか、気になった。

 冷たい怜人の表情がときおり歪む。じりじりと緊張感が増していく。

 吉岡と立川が動き始めた。駅前広場の随所から、背広の男たちが現れた。群衆の合間を縫って、睨み合いが続く現場に近付いていく。

 広場を囲む大通りの車道には、装備を固めた機動隊員の姿が増えていた。

 凛華の挑み懸けるロックに、手を振り上げて応える観客たちは、異常に気付かない。

 怜人と半グレたちの周囲だけが、巻き込まれた異常に気付き始めていた。

「ストップして!」

 凛華が突然に叫んで、手を横に振った。

 |強引に断ち切られたロック《ブレイク》。出し抜けに訪れた静寂に、観客の驚きが戸惑いに変わる。

「ねえ、気付かない? 何かが起こっているわ。争いを求めている人たちが、みんなの中にいる」

 凛華が叫んだ言葉に反応して、観客の中にざわめきが起こった。

 動きを止めた観客の外側に、銀次の運転するレクサスが姿を現した。車内から引き摺り出した向日葵の腕を掴み、銀次が群衆の中に入り込んでくる。

 銀次に気付き、群衆の外にいた権堂が人垣を割って進んだ。怜人のいる場所に辿り着く前に、権堂は銀次を止めるつもりだ。

〈ここで、何もせずに見ていていいの?〉

 蒼穹は自分に問い掛けた。何ができるか、わからなかった。でも、何もしないまま、終わるわけにはいかない。

「どうして演奏を止めるんだ!」

 非難の声が群衆の中から起こった。反論と、さらなる非難が繰り返された。混乱し始めた会場の雰囲気を気にして、凛華が感情を抑えて言葉を繋ぐ。

「争いを()めてほしいのよ。みんなが心を一つにして理想に向かって進んでほしいのに、今の状況は、まるで反対なのよ」

 共感と反感の渦が同時に巻き起こった。半グレだけでなく、一般の観客も巻き込んでの対立が避けきれなくなってきた。

 状況を読んだバンドのメンバーが、演奏を始めた。振り返って一度は止めようとしたが、凛華が諦めて首を横に振った。

 演奏だけが聴衆を煽っていく。向かうべきベクトルを取り戻した聴衆が、満足な表情で身体を揺すり始めた。

 ステージを降りかけて、蒼穹は凛華と視線を合わせた。蒼穹が何をしたいか、すぐに凛華が理解した。

 小さく頷く凛華に応えて首を縦に振った。蒼穹は街宣車の階段を降りた。

 縦ノリで興奮する観客の間を縫って、怜人がいた方向に足を進めた。簡単ではなかった。興奮した群衆は誰も、集められた力に抗う者を簡単に受け入れようとはしない。

〈何かが起こる。間違いなく、まもなくだ〉

 沢山の肩に押し返された。揉みくちゃになりながら、蒼穹は少しずつ前に足を運ぶ。

 十メートルくらい先に、雄太の姿が見えた。怜人の方向に視線を固定させて、動きを止めていた。

「何をしているの? 早く、半グレたちを止めなくちゃ」

 蒼穹は叫んだ。だが、雄太には何も聞こえていなかった。


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