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メッセンジャーによろしく  作者: 柴門秀文
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第六章 祝祭(GALA) その4

 行列は、着実に長くなっていた。野外音楽堂に、よくもこれだけの人が詰め込まれていたものだ。蒔田に先頭を勧められたが、さすがに先頭だけは遠慮した。

 案内役に指示されるままに、蒼穹は先頭集団の少し後ろに、仲間と共に並んだ。

 集合した自転車の数に驚いて、前に並んだ学生のグループが、振り返った。蒼穹たちを嘗め回すように詮索(せんさく)した。

「特別な団体ですかぁ? 劣悪な労働環境を世間に問う、とか?」

「まあ、そんなところです」

 真剣に訊ねる金髪巻き髪の女子学生に、蒼穹は適当に言葉を濁した。

「かっこいいですね。いかにも高機能の自転車って感じですよ」

 しつこく話し掛ける女子学生に手を焼いていると、またも哲さんが助け舟を出した。

「いいでしょう。自転車もいいけど、僕たちも最高ですよ。自転車ライダー、何を隠そうヒーローなんです。鍛え上げた力で、襲い掛かる敵をバッサバッサと……」

 哲さんがひけらかした盛り上がる筋肉に、「やだー、超アーノルドなんですけど」と大盛り上がり。軽い会話に呆れて、蒼穹は周囲を見回した。

 行列だけでなく、ギャラリーも当初より増えていた。マスコミだけでなく、野次馬が驚くほど集まっていた。手に手にモバイル・フォンを掲げて、熱心に動画を撮り続けている。

 間もなく、デモに参加する蒼穹の姿が動画サイトにアップロードされる。

 隠れようとしても、グロースターに、半グレ集団に、権堂に、と情報は知れ渡る。反面、知れ渡らなければ、メッセンジャーの蒼穹は依頼を遂行していないことになる。

 反対側の歩道を見回した。誰かを探しながら歩いていた権堂と銀次の姿が、いつの間にか消えていた。

 人混みが多くなると、安易な手出しができなくなる。人混みに隠れて、どこかで機会を狙っているはずだ。

 警備監視する制服警官が、これ見よがしに行列の周りを歩き回っていた。物々しい警戒態勢だが、いざという時に役に立つとは限らない。

組織犯罪対策部(ソタイ)の吉岡と立川がいてくれたら、守ってくれるだろうか?〉

 最悪の場合は助けに入るが、まだ表立って動けないと話していた。だが左翼のデモでは、公安の縄張りを荒らしてまでソタイの刑事に手出しはできない。

 遠巻きに、軍歌とデス・ヴォイスでがなり立てる声が交差していた。政論社や秋黎会の街宣車も来ているのか。

〈さすがに凛華でも、手を出せないだろうな。戦闘服の周東が出てきたら、話は、余計にややっこしくなる〉

 ほとんど孤立無援の状況だった。

 実際に蒼穹を守ってくれる人たちは、何も知らないデモの参加者と、漠然と蒼穹の危機を知らされて集まったメッセンジャーのメンバーだけだった。

「なんだか、ワクワクしますね。世界を動かせそうな気がしますよ」

 嬉しそうにミチロウが話し掛けてきた。子供のように目を輝かせて、息が荒い。

「いいわね。何も心配がなくて」

 皮肉を言うと、ミチロウが頭を掻いた。蒼穹の肩を叩いて、哲さんが慰めた。

「状況を悪く捉えるなよ。僕たちがソラを守るさ。ここまでは、たった一人で闘ってきたんだものな」

「哲さんの言う通りね。一人ではないのですものね」

 デモに集まった群衆全員が、蒼穹を守ってくれる。視点を換えれば、車道の片側を埋め尽くすだけの味方がいる。

 心強い限りだ。

 だけど、誰一人だって蒼穹が遭遇している危険に巻き込みたくはない。

〈お願いだから、助けてね〉

 ポケットに手を入れて、へし曲げられたラッキー・コインを握った。不安は大きくなるばかりだった。

〈幸運だけで危機は乗り越えられない。だけど、不安なままでは、これ以上は戦えない〉

 目を瞑り、天を見上げた。気を落ち着かせて、蒼穹は前を見つめた。

 視界の端に違和感があった。蒼穹は反対側の歩道を埋めたギャラリーを見回した。

 声援を寄せる群衆の中に、コスプレイヤーのグループがいた。人気のアニメ・キャラの中に、〝日陰の向日葵〟の姿があった。〝ママ〟が送ってきた画像と同じ姿だった。

 ピンクの軍服に、ハートの付いたピンクのベレー帽。ストレートの金髪。ショート・ボブ。目に入りそうな前髪。鋭く見上げる視線。表情のキツさを強調する濃いアイ・ライン。

 左の掌に包帯が厚く巻かれていた。心なしか小指の場所が窪んでいる。

 屈託なく笑っているギャラリーの中で、コスプレイヤーのグループだけが無表情だった。

 アニメ・キャラになり切っていた。とりわけ、向日葵の表情が冷徹だ。周東の非情な態度に、憎悪を抱いている。遠目だが、蒼穹にも痛いほど伝わってきた。

〈周東さんと最終決着をつけるつもりだ〉

 流れていたラップのビートが音量を上げた。太鼓やホイッスルが、リズムを後押しする。先頭に立ったラッパーが、行列に並んだ一人一人の気持ちを煽り立てた。

「それでは皆さん。国会議事堂前に向かいますよぉ~」

 蒔田の一声で、デモ行進が始まった。

「平和を守れ!」「戦争反対!」「憲法、守れ!」

「声を上げて主張しよう!」

「心を合わせて同じ言葉を叫ぼう!」

 言葉は野外音楽堂の時と同じだった。だが、叫ぶ主体は、主催者から参加者に移っていた。それぞれの言葉が、共感する多数の声で繰り返される。

 動き始めたデモ行進を、〝日陰の向日葵〟が睨みつけていた。

 気付いた哲さんが、蒼穹の耳元に囁いた。

「ねえ、ソラ。向こうの歩道から睨みつけている女がいるよ」

「反対派は、いるはずよ。あまり目を合わせないほうがいいかも知れない」

 蒼穹は、しらを切った。向日葵がどんな立場にいるのか、依然として不明だ。必要以上に関わり合いになりたくない。

 蒼穹は顔を伏せ、ヘルメットで顔を隠すようにして歩いた。メッセンジャーの仲間に紛れて、できるだけ目立たないように工夫する。

 鳴り物入りのデモ行進が、全体に動き始めた。行列の先端からざわめく声が上がった。タイヤのスキッドと急ブレーキの音が通りを包み込んだ。デモ行進の足が停まる。

 驚いた蒼穹は顔を上げた。人波の先に音の正体を確かめた。

 前方を移動する小型トラックの前を塞いで、対向車線から街宣車が突っ込んでいた。

「やめろ、やめろ、お前ら!」「恥を知れ、非国民!」

 ガナリ声が聞こえた。恫喝するために、デモ隊に近付く戦闘服の右翼の男たち。剃りが入った短髪に白い鉢巻、ずらして掛けたサングラスが狂気の表情を印象付けた。

 周東や凛華とは違うスタンスのグループだった。

 理屈よりも、まずは行動を優先するタイプだ。理解よりも破壊。会話するより、口を封じるために全力で意味のない誹謗中傷を捲し立てる(やから)だ。

 興奮して怒鳴りまくる男たちを止めるために、警備に当たる警官が駆け寄った。暴力を振るうためにデモ隊に迫る戦闘服の男たちを、両手を広げて警官が阻止した。

 右翼団体の名前と主張を白文字で書き連ねた黒いジープが、街宣車に横付けした。赤色灯を回転させた覆面パトカーが、デモ隊との間を隔てるように飛び込んで停まった。

 抗議するデモ隊の参加者から、長髪の中年男が前に出た。こちらも興奮して指を突き出し、激しい抗議を始めた。

 右翼の行動を押さえていた警官の内から、今度はデモ隊を押さえる役割が必要となった。

 蒼穹のいる場所では、参加者が困惑の表情で足を停めるばかりだった。離れた位置から見える衝突は、迷惑以外の何物でもなかった。

「あーあ、始めちゃったね。まるでガキの喧嘩だね。意見の違う相手を言い合いで黙らせても、何の進展もないだろうに」

 呆れた哲さんが、眉を上げて息を吐いた。

「どうにかならないですかね、政治家の討論会と同じですよね」

 ミチロウが哲さんの意見に賛成した。意見の違いを通すために、お互いを否定し合う。やりきれない現実に、蒼穹は虚しさを覚えた。

〝グロースター〟が伝えたかった真意が、〝分かり合えない現実〟にあると蒼穹は感じた。

 騒ぎに乗じて〝日陰の向日葵〟が、どんな行動に移るか気になった。蒼穹は反対側の歩道に向日葵の姿を探した。

 コスプレイヤーのグループの中に、似合わない権堂と銀次の姿があった。向日葵を両側から挟んで、腕を掴まえていた。

 逃げようと向日葵が必死で足掻いた。無表情だったコスプレイヤー仲間が、向日葵を守ろうと、ヤクザの二人組に抵抗を繰り返した。完全にキャラを捨てていた。

 泣きそうな表情で、〝日陰の向日葵〟が視線をデモ隊に向けた。

〈目を合わせてはダメよ。関わり合いにならずに真相を探らなくては〉

 視線を()らそうとした蒼穹は、運悪く向日葵の視線に捕まった。

『助けて!』

 怯えた表情で、〝日陰の向日葵〟が蒼穹に訴え掛けていた。腕を掴まれたまま引き摺られる向日葵に気付きながら逃げる選択は、蒼穹にはなかった。

 蒼穹は爪先を向日葵に向けた。蒼穹の様子に気付いたミチロウが、蒼穹の前に立ち塞がった。

「ダメだよ。危険だから、行っちゃいけない。ソラさんとは関係ないんだから」

「違うの。関係あるのよ。このまま、自分を守ってこの場所に留まったら、私を動かしてきた真相を知らずに終わってしまうの。だから、私は行かなくっちゃならない」

 ミチロウを避けて、蒼穹は向日葵を救いに向かおうとした。身体を張って蒼穹の行動を阻止しようとするミチロウの前に手を突き出して、哲さんが頭を振った。

「行かせてやろう。ソラは行かなくちゃならないんだ。僕たちが止める問題とは違う」

「ありがとう。ごめんね、せっかく私を守るために、みんなで集まってくれたのに」

 蒼穹は自転車便の全員に向かって頭を下げた。心から感謝の気持ちを込めた。

「気にするなよ。だけど、続けて守ってやろうか。みんなで一緒にソラを囲むだけだけど、誰もいないよりマシだ」

「でも、独りで行くべきだと思うの。本気で飛び込んでいかなければ、何も解決しないと思うから」

 哲さんの申し出はありがたかったが、保身に走る自分を蒼穹は恐れた。どうして、そこまでと思うが、具体的な理由など、有るはずがなかった。

〈走る理由を探しているんだもの〉

 泣きそうな顔で向日葵が激しく抵抗した。顔を顰めながら権堂が掴んだ腕を引いた。

 雑踏の中に進もうとしていた。へらへらと笑っていた銀次が、珍しく真顔になって周囲を気にしている。

〈行かなくっちゃ。今ここで行かないで、どうするの〉

「悪いけど、自転車をお願いします。借りものだから、事務所に預けておいてください」

 振り返って哲さんに頭を下げると、蒼穹は反対側の歩道に向かって足を速めた。

 デモ先頭の揉め事のせいで、対向車線がノロノロ運転になっていた。手を差し出して車を牽制しながら、蒼穹は車道を渡った。

 今にも向日葵が雑踏の中に連れ込まれようとしていた。

「やめて。やめなさいよ。どこに連れていくつもりなのよ」

 権堂に向かって叫びながら、人波を擦り抜けて蒼穹は駆け出した。

 問題が解決する当ては、なかった。だけど、〝日陰の向日葵〟こそが、すべてのカギを握っていると信じていた。

 雑踏の中に消える向日葵が、振り返って悲しい表情を残した。


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