第六章 祝祭(GALA) その3
日比谷野外大音楽堂と大きく表示された入口アーチが現れた。外側まで、観衆が溢れていた。全員がデモの参加者とは限らなかった。
撮影機材を抱えた報道関係者や、警備に当たる制服警官。凛華の路上ライブで見かける右翼シンパのメンバーまでも、雑然と入り混じっていた。
モバイル・フォンを取り出して、蒼穹は凛華に電話を架けた。
「〝SPAi‐S〟とは、どんな関係があるの?」
少し間を置いて凜華が答えた。
『講演者に呼ばれた経験があるわ。十代から二十代前半の若い人たちを中心にした団体だけど、後援する古参の活動家が、多く加わっているわね。しっかりした企画者集団がイメージ展開を後押ししているのよ。解りやすいスマートな言葉の使い方など見習う部分が多いわよ』
「周東さんはどうなの? グース・ダウンのプロデュースを受け持っているんでしょう。右翼の街宣活動自体のイメージ変革を進めてもらえばいいのに」
〝SPAi‐S〟の企画者集団がどれだけのものかは知らない。だが、周東の主催するGトラッドだって、高度な芸術性が世界的に認められた団体だ。
〝SPAi‐S〟に負けないイメージ展開だって可能なはずだ。
『頑固なのよね。グース・ダウンのプロデュースは完全に別物扱いで、右翼の街宣活動は従来からのスタイルを崩そうとしない。格好を見ても解るでしょう。Gトラッドの代表として前面に出るときは完全に芸術家モードなのに、秋黎会代表の周東さんは、いつでも戦闘服姿なのよ』
「良く解らない人ね。ところで、周東さんは、どうして拉致されたんだろうね。剛劉会との接点でも、あるの?」
人混みを掻き分けて、ステージが見渡せる場所に出た。
大音量のビートに載せて、リズムカルなラップが流れていた。ステージに設置されたスクリーンに、大きく〝SPAi‐S〟の文字が映し出された。
文字がフェード・アウト。続いて、戦車の前に立ちはだかり、進行を停めた男の後姿。男は両手に買い物したレジ袋を提げている。
スクリーンの右下に〝無名の反逆者〟の文字が表れ、間もなく消えた。
音量を下げたラップに被さるように、大写しになったメンバーに対するインタビューが流れる。主張の要素を掻い摘んで纏め、映像は次のメンバーに繋げられていく。
〝市民が声を上げる〟必要とデモ参加の呼びかけが、映像の主題になっていた。
『周東さんにはね……』
会場に溢れる大音量の音楽と言葉が邪魔して、凛華の返事が聞き取れなかった。
「何? 聞き取れないわ」
『……兄弟がいるのよ。剛劉会の若頭補佐をしている男だわ。現会長の隠し子だと噂されているけど、真偽は不明』
権堂の姿を思い浮かべながら、蒼穹は〈まさか〉と頭を振った。
大柄の体形が似ていた。兄弟かと疑えば、面影に似ている部分が多い。
「現会長の隠し子ということは、現会長と周東さんの関係は?」
『噂が正しければ、非嫡出だけど親子になるわね』
跡目相続の対象となる人物を訊ねたとき、雄太が叔父の存在を挙げていた。剛劉会から離れている人物。強面だけど知識人で、優しい人だと説明した。
雄太が話した叔父が周東で、雄太の知らない叔父に権堂がいたら……。
〈グロースターだ。確証はないが、跡目争いに加わる立場から外されていたら、強引に奪い取る行動に出る可能性が高い〉
〝リチャード三世〟でも、幼い後継者を騙し、幽閉した人物は叔父だった。
理屈は通る。だが、心中立ての意味が分からない。
映像が終わり、主催の青年がステージに現れた。
「皆さん、集まってくれてありがとう。これからの限られた時間、僕たちの言葉に耳を傾けてください――」
歓声が上がった。軽く頭を下げて、満足そうな笑みを浮かべながら顔を上げた。ラップのタイミングを見計らって、青年は再び口を開いた。
「――ここにいる人は、必ずしも賛同されて集まった人たちだけではないですよね。半信半疑の方も、反対の方だって、いるかもしれない。反対意見があったとしても、まずは耳を傾けてください。主張を聞いた上で、賛同しても良いと思われたら、僕たちと声を合わせて拳を突き上げてください。選択する権利は、皆さんにあります」
蒼穹に宛てた言葉に聞こえた。青年たちの主張が何か、蒼穹はまるで知らない。
凛華や周東のような右翼団体と関係している点からみると、青年たちと対立する立場ともなりそうだ。
凛華が講演者として呼ばれた話を思い出した。意見が違っているからと、制裁を受ける団体ではなさそうだ。
「意外だね。ソラが、政治集会に興味があったなんてさ」
追い掛けてきた哲さんが、後ろから声を掛けた。背が高く、鍛え上げた脚と腕の筋肉が盛り上がっていた。人懐っこい笑顔が〝賢者〟の印象を強くした。
実際、仲間内では、名前の文字から〝走る哲学者〟と哲さんを呼んでいる。
振り返るとメッセンジャーの仲間が増えていた。参加するラフな姿の青年たちの中で、蒼穹の周りだけが特別な集団になっていた。
全員がカラフルなヘルメットを被り、お揃いの赤いバンダナを腰に結んでいた。サイクル・ジャージやカジュアルな服装と統一性のなさが、他の参加者から浮いていた。
ステージの青年が話の纏めに入った。
「難しい話は解らなくとも構わない。まずは声を上げてみましょう。声に出して意見を告げてください。簡単です。リズムに合わせて、身体を揺らし……、いち、に、さん」
リズムに乗って腕を振りながら、ステージの青年がハンド・マイク片手にステージの前面に飛び出した。
「平和を守れ!」「平和を守れ!」
会場中が呼応する歓声で包まれた。青年が説明した通り、難しい言葉は一切なかった。
平和を守れ! 戦争反対! 憲法、守れ!
同じ言葉のやり取りが、次第に共感と興奮を生み出していく。呼応に合わせて、ドラムやホイッスルの響きが加わっていく。
まるで、ロック・フェスのノリだった。リズムが高潮して、野外音楽堂全体が熱気に包まれた。
講演者が替わり、論点に新たなテーマは加わったが、目指す到達点は一緒だった。
〝声を上げて主張しよう〟
〝同じ時代に立ち会った者として、心を合わせて、同じ言葉を叫ぼう〟
講演者が替わるたびに、同じスローガンが語られ、文字になってスクリーンに表示された。
最後に、最初の講演者が登壇した。マイクを取って、引き続き国会議事堂に向けた抗議行動への参加を呼び掛けた。
興奮した聴衆が一斉に席を立った。デモ行進に参加するために振り返って、野外音楽堂の階段を登り始めた。
立ち上がった蒼穹はステージの様子を眺めた。スクリーンには〝SPAi‐S〟のイメージ動画が映し出されていた。
最初の講演者が映像に現れた。真っ先にメッセージを語っていた。おそらく団体の主宰者だ。理想論だが、心を熱くする魅力を持っていた。
思想的なリーダーにとって必要な能力だった。
特別な言葉を持っているわけではなかった。〝平易な言葉で民主主義を語ろう〟が発足当初から続くスローガンだった。
鯱張って小難しい言葉を並べ立てるだけの市民活動なら、小規模の集会で終わったはずだ。自分の言葉で語れる〝民主主義〟が、人気を集めたのだ。
形式に捕らわれない趣旨から考えれば、自転車便の集団参加は望ましい形だ。
ステージ上に、目立った場所は見当たらなかった。〝SPAi‐S〟のメンバーが残るステージに何かを隠せたとは思えなかった。
グロースターが残したメッセージは対象を東京に書き換えた〝ウォール街を占拠せよ〟の文字だ。今回の集会で占拠すべき場所なら、これから向かう国会議事堂前に間違いない。
〈デモに参加しよう。国会議事堂前に次の依頼品があるはずだ〉
蒼穹は、集会に関心を持ち始めた哲さんを振り返った。
「私はデモに参加しようと思うけど。哲さんは、どうしますか」
「どうするかって? 決まっているさ。僕らはソラの影武者だからね。最後まで付き合うよ。途中で投げ出したら〝ママ〟に大目玉を喰らうからさ」
哲さんの言葉に合わせて、居並ぶ自転車便の仲間たちが笑顔で頷いた。
「ありがとう、哲さん。みんなも。それじゃ、楽しみますか。デモ行進なんて、滅多に経験できませんからね」
「さあ行こう! 銀輪部隊の出発だ」
哲さんが良く解らない冗談を口にした。一旦、凍り付いた表情を見せ、仲間たちが声を出して笑った。
デモ行進に参加する聴衆に混じって、蒼穹と仲間たちは野外音楽堂を出た。
リーダーの呼びかけによって、音楽堂に集まった観衆が大きな流れとなって、路上に入っていく。
車道には出発を待つ参加者が列を作って待っていた。列を囲むように大人数の警察官が集まっている。
先頭のトラックに積まれたスピーカーから、ラップのビートが流れ続けていた。それぞれに談笑する参加者たちの息遣いが、路上の空気を熱くさせていた。
手作りのプラカードやメガホン、ホイッスルを手にして、誰もがデモ行進に期待していた。間もなく始まる心の解放に備え、興奮を抑えている。
「君が、話題の女戦士クンだよね」
デモの列に並ぶために足を停めていた蒼穹に向かって、リーダーの青年が近寄ってきた。
前髪を伸ばし、薄く顎鬚を蓄えた姿は、今どき流行のスタイルだった。〝蒔田直樹〟と自己紹介して、リーダーは蒼穹に握手の掌を伸ばした。
蒼穹は名乗らなかった。握手だけして顔を顰め、〝女戦士〟の言葉に反意を示す。
「ただの自転車便ですよ。誰かが、勝手に動画を流しているだけです」
「ママチャリの戦士は、ただの自転車便ではないと思うけれどね。とにかく、ようこそ〝SPAi‐S〟へ。僕たちは、一緒に声を上げようと集まってくれたあなたの気持ちに感謝します」
明るく爽やかな声で、リーダーが強引に蒼穹たちメッセンジャーを仲間だと決めつけた。
対応に困って次の言葉を失った蒼穹を手助けして、哲さんが当たり障りのない言葉をリーダーに返した。
「まだ、賛同まで至ってはいませんけどね。見極めてみたいと思っています。ありのままの皆さんの姿が拝見できればいいですね」
さすがに〝走る哲学者〟だった。とっさに旨い言葉が使えると、格好良いものだ。
哲さんの言葉に導かれて、蒼穹は蒔田に訊いた。
「仕事がら中立が必要ですから、組織には加われないと思いますが、いいですか?」
「歓迎ですよ。いろんな立場の人がいても構わないと思います。天安門事件で取り上げられた〝無名の反逆者〟だって、どのグループにも属さない一般人だったそうです。僕たちは、そんな普通の人が声を上げられる社会を目指しています。ぜひ加わって、先頭を歩いてください。僕たちが後ろから皆さんを支えます」
無下に拒絶する必要はなかった。
次の指示を受け取るためにも、動画サイトから蒼穹の動向をグロースターに伝えなければいけない。〝SPAi‐S〟のメンバーが次のキーワードになる可能性だってある。
自転車便の他のメンバーが、哲さんの耳元に何かを囁いた。
「そうか」気が付いた。〝走る哲学者〟が、遠慮がちに蒔田に訊いた。
「自転車を引きながらでも良いですか? 僕らは、自転車がないと商売にならんのです」
「いいですねぇ。非暴力の象徴みたいな自転車の行進。歓迎ですよ」
デモのスタッフが蒔田を呼んだ。そろそろデモ行進が始まるらしい。
「自転車を取ってくるよ。ソラの分も取ってこようか?」
「大丈夫。自分で取ってくるわ」
哲さんに答えて、自転車を探した蒼穹の視界に、権堂と銀次の姿が映った。群衆の中に誰かを探していた。
幸いにも自転車を駐めた場所から離れていた。向こうは蒼穹に気付いていない。
「どうした、ソラ」と気遣う哲さんに、蒼穹は作り笑顔を向けた。
「やっぱり、持ってきてもらえますか。公園入口に駐めたトラック・レーサーです」
首を伸ばして哲さんが公園入口を確認した。自転車を駐めたときに哲さんは一緒だった。
「了解。鍵は掛かっているかな」
蒼穹は首を横に振った。指でOKマークを出して、哲さんが公園入口に向かって駆け出した。
デモ行進が始まるまで、権堂と銀次に気付かれたくなかった。腰を落として蒼穹は、身を潜めた。
顔を顰めながら首を回し、権堂が周囲に鋭い視線を投げ掛けていた。




