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メッセンジャーによろしく  作者: 柴門秀文
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第五章 呪われた胎(Gebärmutter) その1

 手袋を嵌めて、吉岡が灌木の植込みの前にしゃがみ込んだ。突き当たる枝を避け、顔を背けながら、手探りで根元に置かれた小包を掴んだ。

「どうかね、これは。今まで〝ソラ〟さんが依頼されてきた品と、同じかな?」

 髪に付いた枝葉を払いながら立ち上がった吉岡が、小包を蒼穹の目の前に差し出した。

「ちょっと待った。教えたよね、素手で触っちゃダメだって」

 手を伸ばそうとした蒼穹を、立川が止めた。顔だけを突き出して、蒼穹は吉岡が手にする小包を覗き込んだ。

 今までと同様だった。箱の表面に〝→〟〝G〟〝↓〟の文字が、マーカーで殴り書きされていた。箱の周囲に染みはなく、不快な匂いも感じられなかった。

「依頼人は、同じです。書かれている文字が同じですから」

 吉岡の目を見ながら、蒼穹は小さく頷いて見せた。事務的な口調で、吉岡が蒼穹に確認を取る。

「箱を開けますよ。よろしいですね?」

「必要ならば……。宛先も限定されていないですから」

 最初からずっと、宛先が〝グース・ダウン〟の凛華だと考えてきた。だが、拉致によって〝Gトラッド〟の周東の可能性が高くなった。

 了解を受けようにも、相変わらず周東は行方不明の状態だ。探すためには、小包の開封が必要だった。

 蒼穹は深く頷いた。捜査の専門家に、何らかの手懸りを見つけて欲しかった。

「立川、お前、カッター持っているか?」

 吉岡にいきなり訊かれて、立川が焦って首を横に振る。

「ないですよ、そんなもの。学生じゃあるまいし」

「私、持っています」

 メッセンジャー・バッグを開けて、蒼穹は開梱用のカッター・ナイフを取り出した。

「ありがとう。お借りしますね」

 一瞬だけ悩んで頭を下げ、吉岡が短く礼を言う。

「少し、離れようか。爆発すると、危ないからさ」

 肩に手を添えて、立川が離れた場所に蒼穹を移動させた。

 小包に耳を寄せ、吉岡が小包を振った。箱の中で、重量物が転がる音がした。蒼穹のいる場所まで聞こえてきた。はっきりとした音だった。

 中身に疑問を抱いた吉岡が首を傾げた。

「もう少し、離れて下さい。不審物が入っていそうだ」

「ほら、離れなよ。まだ危ないってさ」

 立川の指示を断って、蒼穹は首を横に振った。

「私なら大丈夫です。爆発なんかしないですよ。私を怪我させるつもりなら、最初の段階で爆発が起こっているはずです」

「君が良くても、警察側(こっち)が困るんだよ。屁理屈を言っていないで、さっさと下がって」

 強引に肩を掴まれ、蒼穹は木立の外に出された。

 蒼穹の安全を確かめて、吉岡がカッター・ナイフの刃先を粘着テープの表面に突き刺した。合わせ目に沿って切り込みを入れ、慎重に蓋が開けられた。

 爆発は起こらなかった。吉岡が深く安堵の息を吐いた。引き留める立川を振り切って、蒼穹は、木立に戻り、吉岡に歩み寄った。

「何が入っていました? 次の指示は、なかったですか?」

 吉岡が蓋の空いた箱を傾けて、蒼穹に中身を見せた。

 短剣(タガー)が入っていた。研ぎ澄まされた諸刃と黒い柄が特徴的だった。〝ダガー〟の響きに、蒼穹はかつて世間を騒がせた事件を思い浮かべた。

 日曜日の通り魔、秋葉原無差別殺傷事件。当時、蒼穹は小学生だった。

 七人が死亡、十人が負傷した。事件現場となった秋葉原駅前では、歩行者天国がしばらく中止され、監視カメラの設置が進められた。

衛星(GIG)を撃ち落とせ!〟

 凛華が叫ぶアジテーションの言葉が脳裏に浮かぶ。GIG批判の合言葉が、国家による監視強化にも繋がっていた。

「メモと写真が入っている」

 独り言を呟くと、吉岡が箱の中からメモ紙を取り出した。

〝呪われた胎より生まれし者、その果てし場所〟

 前回までと同じ、定規を使い、角ばった稚拙な文字で書かれていた。

「〝呪われた胎〟って何でしょうね。犯罪者の子供って意味かな」

 書かれた文字を覗き込んで、蒼穹は吉岡に訊いた。

「さあね、詳しい情報は、ここからは読み取れないな。想像できるのは〝呪われた胎〟が女であり、かつ、母親である点だろうな」

「二人とも考えすぎですよ。犯人が自分の出生を恨んでいるだけですね。空論よりも、実際の写真を見ましょうよ。もっと重要なヒントが隠されていますよ、きっと」

 不躾に話す立川を一睨みして、吉岡が写真を取り出した。

 A四判の紙に印刷された画像は、被写体が動いたためか、全体に傾き、ピントがズレていた。

 刺青だった。〝命〟の文字が彫られていた。写真がブレているために撮影された部位が限定できないが、大腿部または下腹部のようだ。

 刺青の場所から考えれば〝呪われた胎〟は、写真の女性を意味する可能性が高い。

 だが、根拠はない。吉岡が口にした。〝詳しい情報は読み取れない〟の言葉が、悔しいほど実感を持って迫ってくる。

『新しい画像が送られてきたわ。〝命〟の文字が彫られた刺青よ』

 無線で〝ママ〟が伝えてきた。

「こっちにも、写真があるわ。おそらく、同じ写真だわ。念のため、画像データを送ってちょうだい」

 小包を開けたタイミングと合っていた。おそらくグロースターは近くにいる。

〈まずは、次に指定される場所を見つけ出すことだ。周東の身柄が指定された東池袋中央公園(ここ)で見つからない以上、次の指定場所を示す中継地点だった可能性がある〉

「〝日陰の向日葵〟の素性は、まだわからないですか? 何か、ヒントがないですかね」

「具体的な捜査情報は教えられないんだ。まだ、有力な情報は見つかっていない。それだけしか話せない」

 申し訳なさそうに、吉岡が首を横に振った。逆に責める口調で、立川が言葉を繋いだ。

「ところで、この写真と同じ画像が送られたんだろう。写真の位置情報は確かめたのか?」

〈そうか、位置情報が残されていたのか〉

 蒼穹はモバイル・フォンの画像を呼び出し、〝向日葵〟の画像情報から撮影された場所の座標を確認した。数字の羅列だけで、具体的な場所が判らなかった。

 声を潜めて、蒼穹は無線機に話し掛けた。

「ねえ〝ママ〟、写真の座標で位置がわかるかな?」

『簡単よ。事務所には、メッセンジャーの居場所をGPSで特定するアプリがあるもの』

〈最初から発信された場所を確認すればよかった。ずいぶん遠回りをした気がするわ〉

「〝日陰の向日葵〟の画像は、どこで写されたの? だいたいの場所で良いから教えて?」

『秋葉原駅付近よ。電気街より、神田寄りに少し離れた場所だわね。古いビルが立ち並んでいるあたり。サラ金の事務所が入ったビルみたいよ』

 具体的な場所は想像できないが、雑居ビルが集まった怪しげな通りが頭に浮かんだ。

〈やはり、指定された場所は、秋葉原みたいね〉

 それにしても、囚われた周東が運ばれた場所は、どこか?

 青葉と雄太の弟を乗せた黒いミニ・バンはどこだ。公園の周囲に駐められていないか?

 見渡す限り、同形の黒いミニ・バンは、駐車されていなかった。ただし、木立や建物の陰になって、公園の中から覗ける範囲は、ほんの一部だ。

 吉岡と立川を残して、蒼穹は駆け出した。歩道に駐めた自転車を目指す。

「勝手に探し回って、捜査の邪魔をするなよ」

 背中に立川の声を聞き流す。片手を上げて、蒼穹は刑事たちに別れを告げた。

「捜査の進展によっては話を訊く事態も考えられるからね。連絡が付くようにしてくれよ」

 吉岡の言葉を聞きながら〈どうせ、また一方通行なんでしょう〉と、蒼穹は心の中で悪態を吐いた。

〝具体的な捜査情報は教えられない〟と付け加えた吉岡の言葉に、失望を感じていた。提供した情報に関する分だけでも、捜査して判明した情報は教える約束だった。

〝概略で良ければ、内緒で教えられるかもしれない〟

 軽い口約束に過ぎなかったが、完全に反故(ほご)にされるとは信じられなかった。

 走りながら、蒼穹は〝ママ〟に経緯を説明した。文句が口を吐いて止まらない。

「酷いと思わない? 嘘つきよね、警察って」

『立場があるからね。捜査の内容が教えられなくても、仕方がないのよ。依頼品の中身を見せてくれただけでも、かなりの決断だと思うけどね』

 おそらく〝ママ〟の発言が、一般的な結論だ。

〈でも、諦めてばかりいて、良いのかな?〉

 凛華ならば、違う考え方をする。情報を搾取しながら、民衆が自由に発言する権利を奪っていく。そんな国家権力に、常にアンチテーゼを叩きつけてきた。

 グロースターの指定場所も、同様の考え方(アンチテーゼ)に基づいている。

 天空庭園では、神の力によって共通言語を奪われた民衆の姿を示した。民衆が力を合わせて、神に対抗する力を持つ可能性を恐れられた結果だ。

 新宿西口地下広場では、フォーク・ゲリラが民衆を集めた動き(ムーブメント)を示した。国家権力にねじ伏せられ、民衆は語るべき言葉を失った。

 巣鴨プリズンも然り。民衆を弾圧し言葉を奪った指導者たちが、より強大な占領者に命まで奪われた。

 指定された場所と蒼穹の行動が、動画サイトで、逐一、配信されている。

〈一連の指示が、どれも言論の弾圧に対するアジテーションになっている。動画サイトがプロパガンダに利用されている〉

 頭に浮かんだ仮説が、否定しきれずにいた。

〈もしかして、凛華がグロースターなのだろうか〉

 蒼穹は頭を振って、信じたくない仮説を打ち消した。

〈凛華には、雄太や周東を襲う必然性などないし、まして青葉を拉致する根拠がない〉

 偶然の一致ではない。だが、他に、同じ意図で一連の事件を企てる人物はいないか?

 学生らしい一群が、ふざけながら横断歩道を渡っていた。対向する歩行者とぶつからないように気を付けて、身体を逸らしながら横断歩道を渡り切る。

 渡り切る直前で歩行者用の信号が点滅を始めた。

 蒼穹は自転車(ママチャリ)に飛び乗った。コースを大きく膨らませて、学生の一群をやり過ごす。

赤信号の手前を左折して、車列の隙を見ながら車道に飛び出した。

 トランクに周東を詰め込んだ車両は、画像だけでは車種の限定が不可能だった。ひとまず蒼穹は、青葉を連れて逃げた黒いミニ・バンを探した。

 どちらもグロースターが犯人なら、二台で(つる)んでいる可能性が高かった。

 公園に沿って駐車した車を一台一台確認した。

 公園を通り過ぎた。しばらく走り続けると、首都高速の出入り口があった。出入りする車に気を付けながら、直前を走り抜けた。

 黒いミニ・バンが駐まっていた。青葉を乗せて逃げた車と同一車種だった。

 蒼穹は歩道に乗り上げ、スライド・ドアに銃弾痕がないか確かめた。目立つから粘着テープで応急処置をしている可能性もある。

 隠した跡を見逃さないように慎重に確認した。

 車を乗り換えたケースも考えられる。だが、新宿で見かけてから、ほとんど時間が経っていない。乗り換える余裕はないはずだ。

 違う車だった。ドアの鋼板に被弾の跡は見当たらなかった。関係ありそうな車も、近くに駐まっていない。

〈どこにいるの? 周東さんは無事なのだろうか〉

 次第に心配になってきた。〝巣鴨プリズン〟に着いたなら、周東の身柄は確保できると甘く考えていた。

 警察が躍起になっても探し出せない現状から判断すると、公園内には、もはや周東がいない可能性が高い。

「〝ママ〟確認してほしいの。他に私宛の連絡は、ないかしら」

『連絡はないわよ。さっきの写真から以降は、グロースターの連絡が途絶えているわ』

 建物の外れに搬入口があった。トラックが駐まっていた。建物に沿って角を左に折れた。関係者用の駐車場があった。目を凝らして、奥に伸びた駐車場を覗き込んだ。

 黒いミニ・バンは見当たらない。

 頭上を高速ランプが塞いでいた。歩道を走ると、地下駐車場の入口が現れた。

〈もしかして……〉蒼穹は新たな仮説を考えた。

「ねえ〝ママ〟。〝巣鴨プリズン〟の跡地って、公園部分だけなのかな?」

『違うわよ。サンシャイン・シティも含めた場所よ』

〝ママ〟の言葉が本当ならば、青葉を乗せたミニ・バンや周東をトランクに詰めた車がサンシャイン・シティの中にいても、おかしくない。

「ロンドン塔で〝王となる身に相応(ふさわ)しい場所〟と呼べるところなら、どこだと思う?」

『幽閉されて殺された場所なら、地下室かなあ』

〈そうだ、地下室だ〉調べてみて損はない。

「それじゃ、地下駐車場を探してみるね」

 無線に言い残すと、蒼穹は地下駐車場の入口に自転車を侵入させた。


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