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メッセンジャーによろしく  作者: 柴門秀文
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第三章 ゲリラ(GUERRILLA) その1

 依頼品は受け取った。渋谷駅からの走行時間を多めに取ったから、受け取りまでの持ち時間は、ギリギリでクリアした。

 階段を駆け降りながら、蒼穹は目の高さまで封筒を持ち上げた。前回の小包と違って、不審な染みは見当たらなかった。

〈血まみれの頭皮など出てきませんように〉と祈って、〈インディアンか?〉と蒼穹は苦笑した。

 中身を破かないように気を付けながら、封筒を開いた。生臭い匂いは、感じられない。

 走りながら、中を覗き込んだ。

 立ち止まる余裕はない。超特急便(プレミアム・ラッシュ)に遅れを(きた)す。

 そもそも、次の目的地が示されていなかった。一刻も早く指示を見つける必要がある。 場所や到着時刻が、封筒の中に入っている可能性は大だった。

 階段を踏み外さないように気を付けて、封筒の中身を引き出した。横長に引き延ばした白黒の写真が入っていた。

 奥行きがある広い空間だった。身動きする隙間もないほどぎっしりと、若い男女が集まっていた。太い柱が群衆を拒絶するように、何か所も空間を遮っている。

 手前から奥に向かって、多くの若者は座り込んでいた。柱の周りや空間の奥には、波が打ち付けたように、座り切れない立ちん坊がいた。

 群衆は、さらに果て知れず続いている。

〈ロック・フェスだろうか〉

 オール・スタンディングで腕を振り上げるイメージとも違っていた。ラフな格好のロック・フェスと違い、ほとんどがワイシャツ姿と、どこか固い。

 場所も、開放感の強い野外ではなかった。天井が低く、閉塞感が強い。若者たちは誰もが前方に視線を合わせ、主張(シュプレヒコール)するように大きく口を開けていた。

〈叫んでいるんだわ。凛華のアジテーションみたいに。でも、すごい人数ね〉

 白黒の写真なのに妙にリアルで、熱気が迸って感じられる。

 階段を全力で駆け降りながら〈この写真は、いったい何かしら?〉と疑問が生まれて止まなかった。

 写真を持ち上げた。左上に、文字が書かれていた。階段を踏み下ろす振動で文字の形がブレて、内容までは解らない。

 踊り場で上下の揺れが少なくなった隙を見て、走りながら写真を顔に近付けた。

『1969・5・24 新宿西口』と、書かれていた。

〈歌っているのかしら。同じ口の形をしているから、合唱なのね。ところで新宿西口って、こんな場所だっけ?〉

 柱があるから、屋外の広場ではなかった。

〈新宿駅西口地下通路か〉

 まるで違う場所だった。いつも混雑していて、口を閉ざした歩行者が忙しく行き来している場所の印象があった。

 それぞれが交わらずに心の壁を築き、孤立して擦れ違う場所。

 写真の状況では、集まった若者たちがそれぞれの壁を壊し、一つに心を合わせていた。孤独を埋めるために集まった、そんな感じだ。

 動機はどうであれ、切り取られた写真の場面には、確実に心を通い合わせた人の群れが存在した。

 凛華のメッセージや路上ライブに蒼穹が惹き付けられる理由も同じだ。

 心を通い合わせたい。同じ場所に立ち会って、同じ言葉を叫びたい。そんな思いが、渋谷に足を運ばせる。

 ソーシャル・ネットワークで心の細部まで曝け出している日常だからこそ、喉から声を上げて主張したい。集い合い声を掛け合うのが、本来のコミュニケーションだから。

 古い考え方だろうか?

 蒼穹は、どうもIT的な考え方に馴染めない。電子のフィルターを掛けたら本心なんて決して伝わるはずがない。

 機械的に大量の情報を曝け出して、心の機微が伝わるならば人間関係なんて簡単だ。一方的な主張は暴走し、勘違いによる誤解が、不要な軋轢を生む。

 簡単(シンプル)な言葉を共有したい。本来の欲求は、声を合わせる行動にあるはずだ。

〈凛華のアジテーションを聞きたいなあ。大声を上げてギグに加わりたい〉

 地上が近付いていた。間もなく階段を降り切る。

 大音量で軍歌が流れていた。政論社の街宣車が、すぐそこまで来ている。

〈よかったぁ。これで権堂からは逃げられる〉

 階段を降り切った蒼穹は、コートのある中庭に飛び出した。取り囲む壁に、ぽっかりと開いた出口から外に出る。

 天空庭園の外周を回る歩道を、駐輪した自転車(ママチャリ)に向かって走った。

 サドルに飛び乗って、マップの行く先を〝新宿西口地下通路〟にセットした。最短のコースを選択して、ナビを開始した。

「〝ママ〟聞こえる? 新宿西口に向かうわ。何か、新しい指示は届いていないかな」

『具体的な指示はないけれど、動画なら届いているわ。送信するね』

 簡単にやり取りを済まして、無線機を仕舞った。モバイル・フォンを開くと〝ママ〟からのメールが届いていた。

 路上ライブの動画だった。観衆に囲まれて、青葉がフォーク・ギターを構える画像が現れた。

 スタート・ボタンが表示されていた。だが、見ている時間はない。

 ハンドルを大きく曲げて、方向転換。大きく踏み込んで、自転車を急発進させた。

 歩道から飛び出すと、後方からスピーカーをビビらせて軍歌を流す街宣車が追ってきた。

「ソラ! どうだった? 依頼品は見つかったの?」

 大音量の軍歌に負けないように、大声で凛華が話し掛けてくる。

「色々あったけど、見つかったわ。次の配達先は、おそらく新宿西口の地下通路よ」

 全力でペダルを回転させながら、蒼穹は街宣車を振り返った。

「新宿西口なら街宣車(こいつ)に乗りなよ。中で情報を教えてちょうだい」

「でも、渋滞したら予定が遅れちゃうわ」

 スピードを上げながら、前を向いたままで蒼穹は答えた。

「街宣車を甘く見ないでよ。首都高速も使うから、メッセンジャーより速いわよ」

「依頼が自転車便だから、ずっと街宣車では行けないけどね」

 積極的に街宣車に乗りたいとは思わなかった。だが、青葉の動画を確認して、もっと詳しく情報を確かめたかった。

 政論社と白文字で大書きされた黒塗りの大型バスが、横に並んだ。

 速度を落として街宣車のドアが開いた。凛華が身を乗り出して手を振った。

「さあ、乗った乗った。状況が訊きたいわ。時間は取らせないからさ」

「解ったわ。私も教えて欲しいことがあるの」

 蒼穹は速度を落とした。蒼穹に合わせて、街宣車が停車した。

「自転車は力持ちが載せるから、ソラは、そのままで中に入って」

「力持ちって、俺か? なんだか、お手軽な扱いだな」

 凛華の陰から周東が現れた。苦笑しながら、自転車を担いで車内に入った。

「新宿駅西口まで急いで。くれぐれも自転車便に負けないようにね」

 凛華が指示をすると、勢い付けて街宣車が走り出した。

「馬鹿馬鹿しい。自転車になんか、負けるもんかい」

 スキン・ヘッドの隊員がハンドルを操りながら笑った。車のほうが速いと一方的に決めつけられて、蒼穹は面白くなかった。

 空いている通りの状況に調子を良くし、街宣車が軽快に速度を上げていく。

 蒼穹は運転手の後姿に悪態をついた。

「勝つか負けるかなんて、勝負してみなけりゃ、解らないわよぉ~だ」

「ずいぶん、自信があるんだな。でも、さすがに人力では馬力のあるエンジンに勝てないだろうよ」

 笑いを堪えて、周東がスキン・ヘッドの味方をする。

「周東さんも意外に頭が固いのね。絶対なんてないわよ。条件が変われば、人間は何だってできるんだから」

 本気で反発する蒼穹の姿を見ながら、凛華が好意的な笑みを浮かべた。

「私は、ソラが正しいと思うわ。条件次第で、自転車便が圧倒的に有利になるときがあるはずよ」

 凜華のナイス・フォローで、溜飲を下げた。勧められて、蒼穹はシートに腰掛ける。

 モバイル・フォンを取り出した。気になっていた路上ライブの動画をスタートさせた。

「〝G少女(グラビティ・ガール)〟のライブ動画か。すごい才能だよな。でも、どうしたんだ、この動画? 路上での戸田青葉の姿を知りたくて、探したのか?」

 座席に戻った周東が、蒼穹のモバイル・フォンを覗き込んで声を掛けた。

「依頼人から送り付けられたのよ。何かヒントが隠されているはずなの」

 熱心に画面を視ながら、蒼穹は上の空で答えた。

『大好きな曲です。聴いてください』

 路上に集まった聴衆を前にして、小柄な青葉がギターを抱えて歌い出す。大きめの迷彩シャツを羽織り、青葉は裸足で渋谷の路上に立っていた。

 まるで大人の振りをして、父親のシャツを着た幼い子供に見える。

 腕捲りをした子供のような腕を振って、青葉がギターを弾き出した。子供っぽい印象を大胆に裏切って、骨太のリズムを刻んでいく。

「ギターが上手いのね、この子」

 凛華が青葉の演奏に興味を持った。食い入るように画面を見ていた蒼穹は、顔を上げずに頷いた。

 震えるような声で謳い上げる歌唱法も、個性的だった。

 瑞々しい笑顔を(ほとばし)らせながら、女子高生(JK)の残酷で輝きに満ちた感情を歌い上げる。同じ女性の蒼穹から見ても、青葉は、かなり魅力的だ。

〈凛華のグース・ダウンとは、また違った魅力ね〉

 青葉を取り囲む聴衆からは、新宿駅西口地下広場の写真と共通する息遣いが感じられた。

 溢れる期待。同じ感動を共有できる満足感。路上に築き上げられた日常と異なる空間。自分こそが路上ライブを構成する一部だと、実感できる優越感。

 すべてが入り混じって、モバイル・フォンの画面から伝わってくる。

〝今、同じ場所に存在する〟

 大切な思いは、それだけだ。

 見比べるつもりで、蒼穹は依頼品の写真を取り出した。

「ずいぶん古い写真だな。そいつが新しい依頼品かい。切断された指と比べると、ずいぶん大人しくなったものだな」

「周東さんは、この写真が何か解りますか? 『1969・5・24 新宿西口』とだけ書かれてあるのだけれど」

 周東が蒼穹から写真を受け取った。横から凛華が覗き込んで、納得して頷いた。

「フォーク・ゲリラの集会だわね、これは。かつて新宿駅西口地下広場で繰り広げられた歴史的に重要な事件よ」

「ゲリラですか? もしかしてテロなの? これだけの人たちが一斉に襲撃された、とか」

 驚いた蒼穹の表情を見て、周東が笑った。

「ゲリラと言ってもね、抗議集会みたいなものだよ。ベトナム戦争に反対した若者が、ギターを抱えて新宿駅西口地下広場で歌い出した。共感した人たちが集まって、年齢や立場を越えて歌を聴き、合唱するようになった。凛華のアジテーションと同じだな。規模は、フォーク・ゲリラのほうが遥かに大きいけどな」

 五十年近く前の出来事だった。蒼穹や凛華がもう一度、人生をやり直しても、まだ足りないほどの昔だ。

 だけど、決して風化してはいなかった。年代を感じさせないほどストレートに、写真の中でさえ共感(シンパシー)を覚える。

「テロではないけど襲撃されたわよ。国家権力の象徴みたいな機動隊にね。共に歌を口にして、議論を交わしていただけなのよ。でも、集まった群衆に向かって、催涙弾が撃ち込まれ、強制排除が執行されたわ。道路交通法を強引に適用されて、集会が歩道不法占有に換えられたのよ」

「ふ~ん、ひどい話ね」

 興奮する凛華の話に引き込まれた。蒼穹は凛華を見つめて相槌を打った。

「この事件が、私たちの集会や、青葉が繰り返している路上ライブに警察が介入する足掛かりとなったの。自由に自分たちの思いを主張するだけで、弾圧されるのよ。過去の出来事だけでなく、現代にまで受け継がれている、不合理な問題なのよ」

「事件を境に、名称が〝新宿西口地下広場〟から〝地下通路〟に強引に換えられた。気が付かない部分に、弾圧の歴史が隠されているものだ」

 凜華の説明に補足して周東が大きく頷いた。話し終えた凜華が、ゆっくりと息を吐いて興奮をクール・ダウンさせた。

 動画の青葉は演奏を終えていた。聴衆と短く対話をしながら、歩道に座り込んでチューニング。次の曲名を口にして、ギターを弾き下ろした。

 導入部が響くと同時に警笛が被った。警笛は何度も繰り返し鳴らされた。

 慌てて立ち上がった青葉が、緊張した面持ちで、路上ライブの中止を告げる。

『通行の邪魔になるから』と口にしながら、怯えた視線を画面の外に向けた。明らかに警官の介入だった。

〈五十年近く前と同様に、青葉も権力の弾圧と闘っている〉

 依頼者の伝えたい内容が、次第に蒼穹にも解ってきた。新宿駅西口に向かえば、さらに伝えたい何かが、明らかになるはずだ。

 街宣車は山手通りを走っていた。神泉駅近く、京王井の頭線を越える跨線橋の手前で、渋滞に嵌った。

 前方に事故処理車が停まっていた。赤色灯が回転して警察官が交通整理を行っていた。

 交差点の直前で追突事故だった。救急車も含めて三車線のうち二車線が塞がれている。渋滞の通過まで、かなりの時間が掛かりそうだった。

 依頼された到着時刻を、蒼穹は写真の表裏に探した。何も書かれていない。

 封筒を裏返した。左下の糊付け部分に小さく十二桁の数字が書かれていた。指定された時刻は、二十分後だった。

「このままじゃ間に合わないから、自転車で行くね」

 蒼穹が告げると、判断の間違いに気付いた周東が、苦笑した。

「条件次第で、自転車便が圧倒的に有利になるときがあると言ったわよね。どう、ソラが正しかったでしょう」

 凛華の後押しを受けて、蒼穹は満足だった。

 再生していた画像を止めた。画像が消える瞬間、聴衆の中に周東の姿が写り込んでいた。しっかり確認しようとしたが、すぐに画像が消えた。

 ノロノロ進んでいた街宣車が停車した。自転車を街宣車から降ろしながら、周東が真面目な顔で話し掛けた。

「負けたお詫びに、独自に手に入れた情報を教えるよ。ヤクザの権堂が、青葉を拉致した奴らに『隠しているけど、もっとヤバいことをしただろう』と問い詰めたよな。〝ヤバいこと〟の意味が、分かったよ」

「本当なの、よく分かったわね、スゴ~イ。ねえ、教えて、早く」

 ステップを降りる足を停めて、蒼穹は周東に詰め寄った。青葉が言い残した〝私は、まだ逃げられない〟の意味が解るかもしれない。

「青葉が拉致られる小一時間ほど前に、暴力団剛劉会の椛島隆一郎会長が刺された。渋谷円山町周辺は、組対(ソタイ)(組織犯罪対策部)の厳重警戒地域になっているんだ。これで、権堂絡みで蒼穹が110通報してもパトカーが現着しなかった理由が、はっきりするはずだ」

「ちょっと待って、椛島会長と言ったわね」

 蒼穹が訊き返すと、凛華が頷いて説明を続けた。

「ソラの想像通り、覆面の男たちに甚振られていた青年の祖父(おじいちゃん)よ。椛島雄太が青年の名前だわ。それから、もう一つ。椛島雄太には、年齢の近い弟がいるの。椛島雄太本人がSNSで呟いているわ」

「もしかして、跡目争いの内紛に巻き込まれているの?」

 蒼穹の疑問に、曖昧な表情で周東が首を傾げた。

「断言はできない。だが、大いに考えられる状況だな。できるだけ近付かないほうが得策だぞ」

「得策と言われてもねえ……」

 すでに、かなりの部分で足を踏み入れている。権堂には金的攻撃をして、鼻に頭突きまで喰らわしている。今さら帳消しなど無理な話だ。

〈とにかく、青葉を助けなくっちゃ。まずは指定された場所に急ごう〉

 自転車に跨り、ペダルに足を掛けた。踏み込もうとすると周東が言葉を続けた。

「それから、動画サイトにソラの雄姿がアップされているよ。人気も上がっているみたいだ。応援のコメントが、かなり集まっているぞ」

 行動が公開されているのであれば、なおさら警告されても、無理がある。

「とにかく、新宿駅西口まで先に行くわ。フォーク・ゲリラの場所まで行くから、できるだけ急いで追いついてきてね」

 周東にひと言だけ告げて、蒼穹は大きくペダルを踏み込んだ。スピードを上げ、渋滞で身動きの取れない街宣車の横を軽快に走り抜けた。

 追い越すついでにスキン・ヘッドの運転手に片手を振って、笑顔を振り撒いて見せた。蒼穹は悔しがる運転手から視線を戻す。

 どこまで街宣車に差を付けられるか。頭の中で、蒼穹はこれから採るべきルートを思い浮かべた。


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