01 クルツ子爵令嬢
初投稿です。拙い文章ですが、読んでくださると嬉しいです。
アンドレア・クルツ子爵令嬢
これが私の肩書き。
親が男でも女でも良い名前を用意した結果、女なのに、男性のような直線的な身体を持ってしまった。
胸は申し訳なさそうにうっすらついていると言う感じ。
顔立ちだって、美人ではなく、よく言えば…凛々しい。
赤茶の髪に緑の瞳も、この国では平民でもありがち。
私は、こんな容姿に、こんな身体の女性なんか求める人などいないと、早々に結婚は諦め、騎士団に入る事にした。
昔から農業しながら、空いた時間に先がつぶれた剣で、領民や兵士と遊んでいたから!
なのに、女性騎士団はまだ、存在もしていなかった。
だったら、男装して騎士団に入ってしまえ!
名前は…アンドレアスだとバレバレだろうし…アドリアンに。
元々背も高い方で、男と間違われる事が多かったから、バレないでしょう!
両親は娘の意志が固いことを知り、私の他に弟も妹もいることから、名前を変えての騎士団入団を許可してくれた。
そうして無事、17才の時に騎士団に入団した。
しかし…
「アドリアン…ちょっと」
「何でしょうか?エーミール隊長」
「ついて来て来てくれ。」
エーミール隊長は私より3つ上の23才。
若い隊長だからか、他の隊長より気さくに接しやすい人だ。
隊長に呼び出されることはたまにあるけど、今日は妙にピリピリしている気がする。
エーミール隊長の後ろをついて行くと、人気の無いところへ連れて行かれた。
聞かれたくない話でもあるのかと、少し警戒していたが、とんでもない大岩を投下されるとは思ってもいなかった。
「アドリアン、お前が女性だと言う事はわかっている。」
「…上に報告するということでしょうか?」
気をつけているつもりだったが、エーミールにはバレてしまった。
「頼み事がある。それを聞いてくれれば、報告はしない」
「なんでしょう?」
「…俺の…婚約者役を…受けてくれないだろうか」
なんと言うとんでもない発言。
しかも、役とは言え、貧乏子爵の娘の私に頼むのか?
隊長の家はヘルマン侯爵家。
うちとは家格が違いすぎる。
ヘルマン侯爵家は侯爵家の中でも上位の家格。
一方クルツ子爵家は子爵家の中でも下位で、名ばかりの貧乏子爵だった。
あり得ない組み合わせではないが、今はだいたい侯爵だと伯爵位以上のご令嬢を選ぶ事が多い。
私は諦めてもらうため、必死に自分を否定した。
「ドレスはどれも似合わなくて、最近は全く着なくなりました。」
「こちらで新しいドレスを仕立てるに決まっているだろう。」
「お金は!?どこから出るのです!?」
「俺が出す。幸い溜まってて困っていたんだ」
「私は胸が無いのですよ。こんな女つれていたら、笑われる対象になってしまいます。」
「お前以外、平気な令嬢がいない。」
「平気って何ですか?平気って!」
「精神衛生上耐えられる女がお前しかいない。」
「隊長は人気者じゃないですか。一人か二人くらい、そんな女がいるでしょう。」
「まず、俺に群がってくる女が嫌いだ。ハエの様にうるさい」
「ご令嬢方を…ハエって」
「お前ならうるさくないし、容姿も整っているから良い。」
「ど・こ・が・で・す・か!?胸が無いって言っているでしょう。顔だって…」
「そんなの気にならない。ベッドで鳴かない女の方が俺には苦痛だ。」
「そっちはお盛んな事で。」
「後腐れない相手を選んでいるからな」
「…一つだけ、教えてくれませんか?」
「なんだ?」
「どうして私が女だと?」
「騎士団に入って来た時に、俺とぶつかった時が合ったろう?そのときとっさにお前の二の腕をつかんでしまってな。…柔らかかった」
「…」
「ちなみに騎士団の男なら二の腕は固い奴がほとんどだ」
「…わかりました。笑われるのも込みで助けろってことですね。理解しました。」
「まて!笑われるのは好かん。ちゃんとにらみをきかせる!!」
「…どうなっても知りませんよ」
「そういえば…本名は?」
「…アンドレア」
婚約者役が必要だったのは、友人が合わせろってうるさかったから。
そう言ったエーミールを信じた私が馬鹿だった。
当日、エーミールが仕立てた訪問用のドレスを着た私に、エーミールが言った。
「あぁ!今日は両親に会ってもらうから、馬車でうちに向かうよ」
なぜかヘルマン侯爵家に訪問する事になっていたのだ。
問答無用で馬車に乗せられた私は非常に不満だった。
「結婚についてうるさいのは友人じゃなくて、家族なんだ。特に母が縁談を山ほどもってくるからな。しばらく黙らせたい。」
「だからって…訪問したって知ったら、うちの親まで乗り気になっちゃうじゃないですか!」
ふざけないでください!とにらみをきかした顔で言ったが、エーミールは全く動じないどころか、笑顔で微笑んだ。
「本当に…こんなに楽しいのはいつぶりだろうな」
「何しみじみのんきなことを言っているのですか!」
「すまない。大抵のご令嬢は、俺とは会話が成立しないんだ。」
「はぁ?」
「なぜか熱を出したような顔になって、『はい』『はい』としか言えなくなったり、自分のことばかり話してこちらの話を全く聞いてくれなかったり…おかげで女と話すことが苦痛になったよ。」
あぁ。
アンドレアは思い出した。
このエーミール様は、金色の髪に空色の瞳をもつ、まるで物語の王子様が、本から出て来たのではないかと言われるほどの、色気を放つイケメンさんだ。
なのに身長も高く、筋肉が引き締まった身体を持ち、騎士団でも早い段階で騎士団長になったことから、騎士団の見学希望のご夫人・ご令嬢が殺到したという。
色気も感じるその顔を前にすると、なぜか緊張のあまり話せなくなるご令嬢が多発していると噂で聞いた。
しかし、アンドレアは平気。
最初こそ、ときめきそうになったが、すぐに改めた。
なぜなら自分の隊の隊長だったから。
一番バレてはいけない人だったので、そんなときめきは捨て、訓練に励む事で色気にあてられそうになるのを受け流していた。
それに、話すと意外と子どもっぽく、やんちゃなところもある人なので、色気の印象は今は無いに等しい。
「モテる男は大変ですねー」
「女ともまともに話せないなら、こんな顔はいらん。」
「不細工すぎても困りますよ」
特に貴族なら、顔も重要視されることがある。
「ん…確かにな。年上のご夫人ひっかけるには効果がある。」
「…最低」
「まてまて!冗談!!冗談だから!!」
なぜ焦るんだ?と、エーミールの事をじと目でみる。
「私にどう思われようが、婚約者役なんですから別に慌てる事じゃないでしょう?」
「やだ!アンドレアには嫌われたくない!!」
「は?」
「こんなに話せる歳が近い女性はアンドレアくらいなんだ!本当に!家族は慣れてるけど、従姉妹とか親戚になるとダメなんだよ!!あいつらに付きまとわれるだけで…おぞましい!!!」
「女性の事をそう思うって…なんて贅沢なって言う人もいるでしょうね。羨ましい限りで」
「こっちは困ってんの!…てか、今更だけど、好きな奴でもいるのか?」
「いません。というか、私は結婚は諦めてますから」
「は?」
「この身体ですし…どこ行っても笑われる身体なら、もう男とか…夢見ない方がいいかなって」
「アンドレア!」
アンドレアの手をいきなり攫み引っ張った。
「婚約者役とかいったけど…本当に婚約者になってくれないか?」
「…なんでですか?」
「俺はアンドレアがいい。もし、男がいないなら、俺と結婚してほしい」
「え?」
コノヒト…ナニイッテイルノ?
「あ…あり得ないです。利が無ければ、貧乏子爵家の私など…」
「充分嫁げる範囲内だろ!それに、うちは階級より人柄優先だ。俺は次男だし。なにより俺のことを尊重してくれるからこそ、今まで婚約者はいなかった。母は縁談を持っては来るが、無理強いはしなかったし…それに、アンドレアを他の男に取られたくない」
「…でも」
「アンドレア。どうして自分の身体の事をそんな風に言うんだ?…何があった?」
「…私の社交界デビューの時に、散々言われたからです。あんな身体の奴を選ぶ男はいるのかって…笑っているところを何度も見ました。」
「誰だ?そいつは」
「いっぱいいましたけど…いつも会う度言われたのは、ヤーン伯爵の嫡男です。」
「あいつか…奴も鬱陶しいハエの1人だ。俺は次男なのに、この見た目だからか寄ってこようとしていた。そんな奴らが多くてな…嫌気がさして騎士団に入った」
「そう、でしたか…」
「だから、そんな声は気にしなくてよい。俺には幸い姉達もいる。姉の派閥に入れば守ってくれるだろう」
「…」
「突然、こんなことをいって済まない。…混乱させたな」
「いえ…大丈夫です」
「今日はよろしく。俺の婚約者」
「…はい。エーミール様」
大きな邸が見えて来ると、馬車が止まり、扉が開いた。
うちの貧乏な邸の外観より、何倍も豪華な邸だった。
外観はシンプルだが、何より大きい。
「さ、アンドレア」
手を差し出され、その手につかまり馬車を降りた。
「ようこそ、お待ちしておりました。執事のカールと申します。」
「カール、彼女はアンドレア・クルツだ。今日はよろしく頼む。」
「アンドレア・クルツです。よろしくお願い致します。」
カールは穏やかに笑い、中へと促した。
「父上、母上。紹介したい女性を連れて参りました。アンドレア・クルツ子爵令嬢です」
「初めまして、アンドレア・クルツと申します。」
ヘルマン夫妻は、2人とも驚いた顔をしたが、すぐに穏やかに微笑んだ。
「まぁ…あなたのような女性がいたなんて…私とした事が…どうして探せなかったのかしら?」
「私は…社交界デビューの年以降、社交界を離れておりましたから」
「クルツ領というと、クルツ芋で有名な?」
「はい、お恥ずかしながら、広い土地ではあるのですが…なかなかそれ以外の野菜は育ちにくい土地でして…」
「いやいや、あの難しい土地でよくやっていると思う。君のお父上と話した事もあるのだが、穏やかな人柄であったのを覚えているよ」
「覚えててくださり光栄です。」
「うん…悪くないなぁ。クルツ子爵は同じ派閥だから、派閥争いもないし…うちとしてはぜひ、いや…すぐにでも結婚してほしいな」
「父上!それはいくらなんでも、早くないですか?」
「正直、同じ派閥のご令嬢は貴重なんだ。知っているご令嬢はみんなお前に陥落してしまい、まともに話も出来ない。それでは困るんだ。」
「私もぜひ、アンドレアにきてほしいわ!こんなにエーミールの隣にいて普通にしてる子なんて滅多にいないもの!エーミール!離しちゃダメよ!」
「は…母上まで」
「まだ、私の両親にも話していない事なので…なんとも」
「なんだって!早く会いに行こう!!」
「い…いえ!それに…実は私、重大な違反をしておりまして…」
「違反?あなたのような子がなにを?」
「その…」
「実はアンドレアは、男装して、今騎士団にいるんだ。」
すると、2人の反応は意外なものだった。
「まぁ…勇ましいわね。エリザベス様みたい」
「そうだね、全く同じ事をしている」
「エリザベス様?」
「私の妹だよ。エーミールのおばにあたる。エリザベスはお嫁に行くのが嫌で、騎士団に潜り込んだ。そこを今の旦那に捕まり、結婚に至った。」
「それって…」
「今のあなた達と同じ状態ね」
「運命…ってやつか?面白いな!」
後日、うちの親にも話が行き、侯爵自らお願いに来ると言う事態になり、うちは大混乱に陥ったらしい。
気付いたら、あっという間に、本当の婚約者になっていた。
この状況に呆然と立ちすくんだ。
私はアドリアン・クルツとして退団した後、元のアンドレアに戻った。
アドリアンは領地で不幸があったと発表された。
エーミールも一緒に退団。
お兄様の仕事に空きが出来たので、それを手伝うらしい。
そして今、隣にエーミールがいる。
「なんで…婚約者役だったのに…こうなったんだろう」
「よかったろう?結婚も出来て、反対もなく祝福まで受けて」
「うん、振り回された感じだけどね」
「確かに、俺も見立てがかなり甘かったな。もうちょっと様子見されるものかと思ってた。執事のカールもかなり好感触だったみたいで、すぐにきてくれと使用人一同からいわれた」
「なんか…重いものが積み重なって行くような…」
「一緒に持つから安心しろって!」
そして、結婚後の社交界。
あの、エーミールを射止めた相手として、私に注目が集まってしまった。
私はエーミールのお姉様方の派閥に入ることになり、女性達には牽制出来てほっとした。
ヤーン伯爵は、私とエーミールが肩を寄せ合っているのを見て、愕然とした表情をしていた。
「いい気味だ。」
「同じく」
「奇遇だな?」
「そうだね」
もうそろそろダンスが始まる。
2人で見つめ合って微笑んで、お互いに手を取り、前に進んだ。