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瞳に宿すのは狩人の証。  作者: 卯月このは
1/3

私が普通の高校生活を諦めている理由。

人々は自分たちの生活が平穏であると感じている。しかし、その平穏な日々の裏には、魔物に蝕まれた人々が実は存在しているのだ。

それが明るみにならないのは、その魔物を倒す狩人がいるからである。彼らは決して表に出てこない。彼らは自分たちを狩人と名乗り、陰で静かに人々の生活を守るために、魔物と闘っているのである。



「ねえねえ、見た?」

「あ、有川さんでしょ?」

「昨日まで畠山さんと一緒にいたのに、今日なんて仲が良かったことが嘘かのように、バラバラじゃない」

「またぁ〜? 怖い」

「有川さんって、よっぽど性格悪いんじゃない。そうじゃないと、いろんな人とこじれないよ」

「怖いね……」

聞き慣れた会話を気にすることなく、有川翠は昼食の弁当を持ち、教室から出た。

廊下を多くの生徒が楽しそうにおしゃべりをして歩く中、ただ前を見て目的の場所へと歩みを進めた。

その時、昨日まで仲良くしていたクラスメイトとすれ違ったが、今日は話をしていない。ーーこれから先、話すことは無いだろう。

弁当を包む袋をグッと強く握りながら、中庭へと出て行く。

ほとんどの生徒は食堂や教室で昼食を食べるため、中庭にはほとんど人はいない。

高校に入ってから、自分の場所と勝手に決めている大きな木の下にあるベンチに腰掛けた。

(もう慣れたと思ったけど、やっぱり周りの人にいろいろ言われるのはきついな……)

畠山さんとは喧嘩をしたとか、悪いことをしてしまったとか、そのような理由で離れたのではない。ーーしょうがないのである。

「はあ……」

普通の高校生の生活に憧れてしまう。友達と楽しくお弁当を食べながら、昨日見たテレビ番組や好きなアーティストの話をして盛り上がって、放課後の予定を相談して。

願いがちょっと叶ったと思った矢先に、いつも翠の願いは粉々に砕かれてしまう。

翠の気持ちを察してか、弁当箱を開けると、翠の好きな食べ物がぎっしり詰まっていた。

(本当に優しいな……。帰ったら、お礼しなきゃ)

「大きなため息だね。どうしたの?」

「きゃっ!」

翠の背後から、突然声が聞こえた。

「えっ! 誰?」

振り返ると、見たことの無い男の子が立っていた。

「あ、ごめんね。急に声をかけて」

彼は頭を掻きながら、申し訳なさそうに、翠の横に歩いてきた。

ジッと彼の顔を見たが、翠の記憶には無い顔であった。

「俺、F組に転校してきた白井一臣って言うんだ。はじめまして!」

にっこりと笑いながら、彼は手を差し伸べた。

その手につられて、翠も手を出すと、強引に握手された。

「あ、えっ!」

「君って、A組の有川翠さんだよね?」

「な、なんで知っているの?」

「それは有名だからだよ」

きっといつもの噂で有名なのだろうと、翠はすぐに推測した。

「有川さんは学年で一番綺麗な女の子でしょ? 男子の間では有名だよ。俺だって転校してから1ヶ月くらい経つけど、転校初日から気になっていたんだ」

「えっ……」

翠が予想していた噂ではなく、翠の知らない男子の間での話に、そのような事を言われていたのかと驚いた。

(だから、女子からあまり良く思われていないのか……)

確かに翠はセミロングの黒髪に色白で、可愛らしいというよりも、凛とした雰囲気がある。そのせいか、男子からは話してみたいけど、緊張してなかなか話しかけられないと言われているらしい。

いつの間にか、翠の手は解放されており、白井は翠の隣に座った。

「昨日、なかなか寝られなくて昼寝をしようと思ってさ、ここでゴロゴロしてたら、美女が来たもんだから、声をかけちゃった。俺ってラッキーだな。みんなに自慢しないと!」

「いや、自慢だけはやめて」

「なんで?」

「それは……いろいろ面倒だから。それに私は美女でも綺麗でもないわ」

「んー、そうかな……」

白井は微笑みながら覗き込むように、翠を見つめた。

身内以外の男子に見つめられることがない為、翠はどうすればいいか分からず、顔を背けた。

「あ、可愛い! 照れてるの? 頰が赤いよ」

「えっ!」

「……可愛いね」

「こ、こっち見ないで」

クスッと笑いながら見つめてくる白井に、翠は本当にどう反応するといいのか分からなかった。

「ごめんね。困らせたみたいだ。じゃ、ゆっくりお昼ご飯食べてね!」

そういうと、白井はにこにこ手を振って去っていった。

(なんだったの、あの人。けどーー)

突然現れて、好きなように話をしていなくなった白井に、さっきまで落ち込んでいた気持ちが少しだけ明るくなったような気がした。



午後の授業もあっという間に終わり、学校に至る所から部活動の声が聞こえている。

掃除が終わり、一人帰宅するため、翠は玄関に向かっていた。すでに玄関にも多くの生徒がいて、これからの予定をどうするか、話し合っていた。

「ねえねえ、小塚宮神社の噂ってさ、やっぱり真実なんじゃない?」

「私もそう思う。じゃなきゃ、こう続けて事故なんて起きないでしょ」

「だよな……。俺、去年お詣りに行っているからさ、怖くて怖くて」

今学校では、小さな神社と身近で起きる数々の事故との関連について、あーでもないこーでもないと話題になっている。

(本当にみんな、噂が好きなのね……)

翠は自分自身も噂の標的とされているため、勝手な推測で盛り上がる話にうんざりしていた。

自分の下駄箱の前に立った時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「その噂ってさ、この1ヶ月くらいの話なの?」

「そうそう。ってかさ、お前が何か連れてきたんじゃねえの?」

「あはは! じゃあ、白井くんが原因なの?」

「えー、そんなことないよ。酷いな、お前ら」

「でも、白井くんは良い人だから、悪いもの連れてくるはずないよ!」

「確かにそうよね〜」

「ったく、白井は羨ましいな。いっつも女子にちやほやされて」

「俺と同じようにしてもらいたいなら、女の子に優しくしなきゃ」

「白井くん、さすが!」

女子たちの明るい楽しい声と、男子たちの呆れた声の中心に、昼休みに翠に声をかけてきた白井がいた?

(転校してきたばかりだと言っていたのに、もうみんなの中心になっているなんて……)

自分の憧れてる学校生活を送っている白井の姿に、翠はほんの少しだけ嫉妬した。

もし、生まれる場所が違っていたらーーとか、そのようなことを何度も思ったことがある。しかし、それを口にしてはならないことを、ちゃんと理解していたが、現実を見てしまうと嫉妬心が出てしまう。

翠は靴を履き替え、話で盛り上がる集団ーー白井たちの横をすっと横切った。



「ただいま」

「あ、おかえり〜!」

リビングのドアを開けると、いつも翠の弁当を作ってくれる人がソファでくつろいでいた。

「朔くん、今日のお弁当も美味しかったよ。ありがとう」

キラキラの金髪に、綺麗な顔立ちのカッコいい男性の朔は、言葉がなぜか女性っぽかった。

「いいえ〜。翠ちゃん、ささっと着替えてきなさい。おやつ作ったから、一緒に食べましょ」

「あ、うん。じゃあ、ちょっと待ってて」

翠は足早に自分の部屋に行き、制服から私服に着替えると、朔のいるリビングへ戻った。

すでにテーブルには温かい紅茶とアップルパイが準備されていた。二人は向かい合って座った。

依頼人(クライアント)さんからたくさんりんごを頂いたの。だから、作っちゃった」

「さっすが、朔くん。美味しそう」

「さあ、食べて。翠ちゃんに食べてもらいたくて、作ったんだから!」

「ありがとう!」

翠が嬉しそうにアップルパイを食べている姿を、朔はじっーと見つめている。

「……? 朔くん?」

「……美味しい?」

聞きながら、朔は翠の左頬をそっと触り始めた。

「さ、朔くん……?」

「これで許してもらおうと思っていないけど、いっつも寂しい思いをさせてごめんね。本当に申し訳ないと思ってるの」

いつも優しい朔が、とびっきり優しい理由を翠は理解した。ーーお弁当もアップルパイも、すべて昨日の出来事で翠が受けた代償への謝罪。

「朔くん、大丈夫だよ。私には朔くんと昴くんがいるから、寂しくないよ。だから、いつもありがとう」

笑顔で応えると、安心したのか、朔は翠の頬から手を離した。

「いつでも甘えて。俺はすっごく優しくするからね」

「えっーー」

時々出てくる朔の男らしい声色に、翠はいつもドキドキさせられていた。

「おい、朔。いつ俺の妹を口説いていいって言ったか?」

二人が気づかないうちに、この家の家主が部屋に入っていた。

「あ〜ごめんね、昴。ついつい可愛くて」

「……殴るぞ」

「きゃ〜怖い。翠ちゃん、助けて!」

朔は席から立ち上がり、翠の元に駆け寄った。

「昴くん……、朔くんは私のことを思って言ってくれたんだから、そんなに怒らないで」

「…………」

昴はムスッとした表情をそのままにし、さっきまで朔がいた席に座った。

「昴もアップルパイ食べる?」

「……ああ」

「じゃあ、ちょっと待っててね!」

先程までの緊張感が嘘かのように、いつも通りに朔は昴に声をかけて、おやつの準備を始めた。

「……昴くんは今まで仕事?」

兄である昴の様子をうかがいながら、翠は聞いた。

「ああ。今まで依頼人(クライアント)と話していた」

「新しい案件?」

「そうだな。今回はいろいろ厄介な案件だな」

昴はクシャクシャと頭をかくと、テーブルの近くにあった新聞を取り出した。

「やっぱり小塚宮神社の人だったんでしょ?」

「ああ、朔の予想通り」

「小塚宮神社って、あの噂の?」

昴が取り出した新聞の一面には、小塚宮神社に関わる大きな記事が載っていた。

「すでに8人も事故が起きているんじゃ、神社の人たちも何でもいいから何かにすがりたくなるよな。わざわざ探偵事務所にまで来るくらいだから」

「ふーん。で、依頼は受けたの?」

温めたアップルパイとコーヒーを出しながら、朔は聞いた。

「まあな。なかなかの金額を出してくれたし、調査することにしたよ」

「いつ?」

「今夜にでも行ってみるかな……。一緒に行くか、翠?」

「えっ、あ、うん」

「翠ちゃん、休んでもいいのよ! 学校も明日あるし、俺も行くから」

「ううん。何かしていた方が気が紛れるから……」

「なら、3人で行くか。一応、準備は万端にして行くぞ」



時刻は20時。

「さあ、出かけようか。朔、翠、準備はいいか?」

「オッケーだよ! 翠ちゃんはしっかり守るからね」

「ああ。翠は?」

「うん、大丈夫だよ。昴くん」

それぞれが用意しているものは異なっていた。

(いつも思うけど、こんなに荷物を持っていたら、普通の人が見たらおかしな3人組に見られるわよね)

そう思う当人である翠は、紫色の布でぐるぐるに巻かれた長い物を背負っており、昴は同じ布で巻かれたものを左手に握り、朔は大きな扇子を持っている。

「さあ、行くか」

3人が探偵事務所兼自宅の入り口から出たところ、ちょうど高校生の集団が目の前を歩いて行った。

「ねえ〜本当に行くの?」

「大丈夫だって! 噂だし」

「えー! 何かあったら、どうするの?」

「でも、気になるじゃん。こんなに有名な神社が俺らの街にあるんだからさ。なっ、白井」

「ん〜。まあ、見に行くだけなら大丈夫なのかな」

「白井くんまで…」

「何かあったら、俺らが守るからね」

「そうだぞ! 俺らに任せろ!」

賑やかで大きな声だったので、翠にもはっきり聞こえていた。

「……まさか、あいつら小塚宮神社に行くのか?」

「今の話だと、確実に小塚宮神社だと思うけど…。あの制服って、翠ちゃんと同じ高校じゃない?」

「えっ、あっ、うん」

「知り合いか?」

「いや、知り合いではないかな……」

今日、初めて知った人は知り合いに入るのかな……なんて考えたが、きっと今後話すことは無いだろうと思う。だから、翠はそう答えた。

「まずいな……」

昴は空を見上げて、呟いた。

今日は満月ーー。

「んー。確かにまずいわね。俺、車出すわ」

「ああ、朔。頼む。あいつらが小塚宮神社に入る前に、狩るぞ」

朔の運転する車が神社の駐車場に入ると、昴が先に降りて敷地内に入っていった。

「よしっと。いいわよ、降りて」

「うん」

翠は自分の荷物を持って車から降りた。

「じゃあ、中に行こうかしら」

朔が指差す方向に歩き出そうとした時、話し声が聞こえてきた。

「あー、関係者以下立ち入り禁止だって」

「えー、せっかく来たのに!」

(昴くん、間に合ったんだ)

昴は神社の関係者に立ち入り禁止の立て札を立てるよう伝えるため、先に降りたのである。これもすべて被害を最小限にするためーー。

「良かったわ! 余計な人がいると、こっちも面倒だから」

「……うん、そうね」

「……翠ちゃん?」

「あっ、うん。大丈夫だよ、朔くん。じゃあ、中に行こう」

朔の腕を掴んで、翠は歩き出した。



「で、どうする? 無理矢理入ってみるか?」

「やだ! 怖い」

聞かれた白井はんーと考えてから、答えた。

「まあ、禁止って言われてるのに無理に入って問題が起きても面倒じゃないか。今日は帰ろうぜ」

「ああ、そうだな」

「じゃあ、俺は家があっちだから、帰るな!」

「うん。白井くん、また、明日ね!」

「おう! 気をつけろよ、白井」

「ああ! じゃあね!」

小塚宮神社に来たものの入ることができなかったため、白井たちはその場で解散となった。

白井以外は皆、駅の方に向かって歩き出した。

「それにしても、今日の月はすごく綺麗だな。んっ?」

ふと、白井が向けた視線の先に、見覚えのある人が神社の敷地内に入って行くのが見えた。

「あれ? 有川さん?」



「……せな……」

境内に続く石段を上っていると、微かな声が聞こえてきた。

「えっ?」

「どうしたの?」

上る途中で立ち止まった翠に気づき、朔が声をかけた。

「聞こえてきた。……女の人の声」

「と、言うことは、今回は女がターゲット?」

「うん……。まだ、はっきりとは分からないけど……」

翠は辺りをキョロキョロ見たが、気配はまだ感じられない。

「この神社って、事故以外に何か出来事が無かったのかな……」

「うーん、そうね……」

朔はポケットの中からスマホを取り出し、調べ出した。

「んーと、事故の前にあるとしたら……、この神社の後継が結婚したことかしら……」

その言葉を聞いた途端、翠の頭の中に大きな声が聞こえてきた。

「おい、遅いぞ」

石段の一番上から昴が声をかけてきた。

「あー、ごめんなさい。今、上るわ!」

その声に促され、2人は石段を上りきると、そこには大きな境内が現れた。

「皆さま、お疲れ様です」

昴の隣にはこの神社の主人だと思われる腰の低い優しい表情のおじさんがいた。

「依頼をしてからすぐに来ていただけるとは、本当に有難いです。どうぞよろしくお願いします」

「あの……、こちらに最近ご結婚された人がいますか?」

翠からの突然の質問に主人は少し驚きながらも、答えてくれた。

「ええ、私の息子が2ヶ月前に結婚致しました」

「そうですか……」

「では、申し訳ありませんが、依頼人(クライアント)さんのご家族にも挨拶したいのですが」

翠の質問に昴も朔も意図を察し、素早く行動に移した。

「ああ、そうですね。では、こちらへ」

主人に誘われて建物の中に入ると、若い夫婦が出てきた。

「こんばんは。このような夜の時間にお疲れ様です」

若い男性が礼儀正しく挨拶をした。

(この人だ……)

翠は昴と朔を見て頷いた。

「えっと、では、今、ここに居るのは皆さんで全員ですか?」

「はい。そうですが……」

朔からの問いに主人が答えると、主人と若い女性がその場に倒れた。

「えっ? な、なんだ!」

「ごめんなさいね。ちょっと眠ってもらいました」

そう答えた朔の瞳は碧色に光っていた。

「な、な、なんなんですか! その目!」

「すみませんが、失礼しますよっ!!!」

昴が強引に男性の腕を掴むと、駆け足で建物の外に出た。

「何をするんだ! 警察を呼ぶぞ!」

さっきまでの礼儀正しい姿から一変し、荒々しい声で罵ってきた。抵抗してくるのを軽々と昴は押さえつける。

「この一連の事故の原因は貴方ですよ」

「はあ? な、何を言っている」

翠は動揺する男性に近づいた。

「貴方への恨みが募り、この神社に魔物が棲みついたんですよ」

「恨み……?」

さっき翠の頭の中に聞こえてきた声の主は、今でも泣いているのだろうーー。

「長い間、貴方と共にいた女性は今どうしていますか?」

「ーーっ!!」

「ふん。出すぞ!」

真っ赤な瞳をさせた昴の合図に、翠は持ってきた荷物を手に握り、巻いていた布を取り除いた。翠の手元には、刃のついた変わった形の弓があった。

「な、何をするーー」

「ーー魔物よ! 出てこいっ! 退っーー!」

昴の右手が勢いよく男性の胸を叩いたと同時に、風が巻き起こった。

グググググググッーーーーーーーー!!!!!!

男性の背中から青色の蛇のような生き物が現れた。

「綺麗な魔物ね……」

朔は持ってきていた扇子を広げ、現れた魔物を眺めた。

「……うん。だって、涙をたくさん流して生まれた魔物だもの……」

ギギャアアアアアーーーーーーー!!!!!!!

青い魔獣の叫び声が辺りに響いた。

「あ、あ、あ、あれはーーーー」

「貴方が悲しませた女性の思いですよ」

そう言うと、翠は魔獣に向かって走り出した。その瞳は紅く光り出している。

「私が解放してあげる!!!」

弓を剣のように握って魔獣に斬りかかった。

「翠っ! その魔獣の体は水でできている。気をつけないとのみ込まれるぞ!」

「分かった! はあああーーーー!!!」

斬りかかっていた剣を勢いよく振り切ると、魔獣の体は二つに割れた。しかし、昴の言う通り、水でできているせいか、すぐに元に戻ってしまう。それでも、翠は何回も斬りかかった。

「あと、もう少しっーーー!!!」

魔獣の体に思いっきり上から剣を振り落とすと、その裂け目から小さな珠が見えた。

(あれだーー!!!)

「昴くん、朔くん! この魔獣の尻尾の方に珠がある」

「分かった! 俺が引きつける」

「オッケー! 援護するわよ」

刀を構えて、昴は魔物の正面に向かって走り出したと同時に、朔は扇子をゆらゆらと振りながら唱え始めた。

ギギャアアアアアーーーーーーー!!!

魔獣は昴めがけて、大きな牙を露わにした。

「来いっーーーーー」

噛みつかれるという瞬間に、突然魔獣の動きが止まった。

「縛っーーー」

「今だ!」

昴の合図に、翠は2人が動いている間に準備していた矢を弓にあてがい、力を込めて引いた。

すると、先ほど以上に瞳を真っ赤にさせて、矢を持つ右手も同様に紅く光り始めた。

(あんなに悲しみが大きいのは、きっと、あの男の人を心の底から大切に思っていたから……)

この神社に来てからずっと女の人が泣いている声が聞こえいた。若い男性と向き合った時にその声は叫び声となり、女性の恨みや憎しみがビシビシと翠に伝わっていた。

翠は魔獣の中にある、女性の思いの結晶ーー珠を探すために何度も斬りかかっていたのである。

(早く解放してあげなきゃーー)

右手から放つ紅い光は矢全体を包み込む。

翠の瞳は動きを止められた魔獣の中にある珠に焦点を定めた。

「貴女を助けるっーー!!! 解放っーー!!!!!」

右手を離すと、矢は風を巻き起こして、魔獣の珠に一直線に向かっていった。

パッリーーーーーン!!!

何かが割れた音が響くと、魔獣は翠に向かって倒れこんできた。

ザーーーーーーーーーーー。

翠の体に大量の雨が降り注いだ。



「どうして! 私じゃダメなの?」

長い間、たくさんの思い出を一緒に作り、そろそろ結婚かな……と考えていた矢先に、彼から告げられた言葉が酷く胸に突き刺さった。

「しょうがないだろ。お前は普通の家の人間じゃないか」

「家ってーー」

「当然だろ? 俺は神社の跡取りだ。相手がそれ相応の家じゃないと認められないんだよ」

「だって、今までそんなこと言ってなかったじゃない」

「………………」

沈黙が続くと、居心地が悪くなったのか、彼は立ち上がった。

「……じゃあ」

それだけを告げて、彼は玄関のドアから外へ出ていった。

彼女は信じられなかった。結婚しようと、彼がいつも言っていたのにーー。

ダメな事だと分かっていたが、彼がどうしても気になって、その日から彼女は彼に気付かれないように後をつけた。

衝撃の事実を知ったのは、本当にすぐだった。

「お待たせ、トモヤ! 」

彼の所に、自分よりも可愛い女の子がやってきた。

「遅いぞ、マコ」

「ごめんね! 準備に手間取っていて」

「お前はいっつもそうだな」

優しく彼女の頭を撫でる彼の姿に、親しさがすごく伝わってきた。

「そういえば、ユリがね、結婚式に出られるって連絡あったの!」

「おおっ! 良かったな!」

耳を疑った。結婚式とはーー。手を繋いで歩き出した2人を見つめた。

それから1ヶ月後に彼の結婚式が行われた。当然、誘われてはいなかったが、彼女は密かに小塚宮神社に行った。

ちょうど式が終わったようで、彼女の友人たちが駐車場で立ち話をしていた。

「マコちゃん、可愛かったね」

「だからさ〜。トモヤが羨ましいよ。マコちゃんといい、ミサコといい……」

「でもよ……。さすがにあの2人の前では話せなかったけどさ、ミサコは大丈夫なのか?」

「うん……。ミサコと連絡取れないのよ……」

「トモヤとミサコが別れたのって、いつ?」

「トモヤの話だと、マコちゃんと付き合って、今日で丸2年前って言ってたから、その前じゃないか?」

「えっ! でも、半年前にミサコがトモヤと旅行に行ったって話していたわよ」

「えっ…………」

「それって……まずくないか?」

友人たちの声はきちんと聞こえていた。ーーつまり、私は騙されていたということである。

それからどうやって家に帰ったか、彼女ーーミサコは覚えていない。さっき、自分を心配してくれていた友人からは何件も着信と留守電、メールが残されていた。

『ミサコ! 今何してる? 何かあったら、必ず相談してね』

自分を心配してくれたメッセージがぼやけて読めなかった。瞳にたくさんの涙を浮かべ、こぼれ落ちた雫がスマホの画面を濡らしていた。

彼にとって私は何だったのか。私の今までの時間は何だったのか。なぜ、私は彼の隣に今いないのかーー。

悲しみ、悔しさ、恨み、妬みーーたくさんの感情が抑えきれなくなった時、ミサコの心が壊れた。



本物の雨ではないため、翠の体は全く濡れてはいない。ただ、翠の頬は涙で濡れていた。

「……お疲れ様」

朔が優しく翠の肩を叩いた。

「俺も彼女の思いを見せてもらったけど……、本当に最低な男ね」

「……うん」

魔獣を体の中から抜き出された男性は、魔獣の姿に驚き気を失ったため、地面に倒れていた。

「ふん。自分勝手に物事を進めると、こういう事になるんだ。見た目とか世間体とか、そんな事ばかり気にして、本当に価値のある事が何か分からないだろ」

昴は言葉を吐き捨てると、男性の頭に自分の左手をかざした。

「すべて忘れればいい。今日までのことを。彼女のことを。そうすれば、彼女もこいつのことを忘れることができるーー」

瞳と左手が紅く光った。

「朔。中の人たちの記憶も消し終えたか?」

「ええ。バッチリよ」

「じゃあ、帰るか……」

3人が帰り道を見たとき、1人の男性が立っていた。

「お前……誰だ? そこで何してる」

昴に声をかけられた男性は、ハッと我に返り、辺りを見渡した。

「えっ、あっ、さっきのバケモノは?」

「……まさか、見ていたのか……」

「それはまずいね」

すかさず、朔が男性に近づいた。

「ねえ、君。俺の目を見て」

「えっーー」

その瞬間、男性がガクッと倒れたので、朔はそれを受け止めた。瞳は碧色に光っている。

「今日、1日くらいの記憶は消えたと思うわ」

「ああ。助かった。俺だと、何年分もの記憶を消してしまいそうだからな」

「まあ、そうなるとかわいそうね。勉強して覚えたことも消えちゃうかもしれないしね」

「……翠の知り合いか?」

男性が着ている服は、翠の高校の制服。ーー今、朔に記憶を消されたのは、今日の昼休みに声をかけてくれた白井だった。

「ううん。知り合いじゃないわ」

翠が白井と会話したことは、翠だけの記憶となったーー。

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