第八話 ゾンビには聖水が効くようです
「お風呂、借りたよ」
「うむ」
地獄の昼食を終えたユウは、風呂で身体を温めて汚れを落とした。
氷の中で眠っていたとはいえ、汚れは残っているのだ。
服も研究所で着ていた白い服からどこでも売られているような、普通のに変わっている。
わざわざ、ワンに買って来てもらった物だ。
濡れた髪を白いタオルでゴシゴシと拭きながら、リビングでテレビを見ているワンに声を掛けた。
このテレビもこの世界で言う機馬同様、遺跡から発掘されたものは量産したものらしい。
遺跡のものは売られているテレビより数倍から数十倍大きい、と話を聞いた。
ワンが見ているテレビはどこどこの遺跡は稼げるだの、この遺跡が今熱い、だの探求者に気にする情報ばかりだ。
テレビに夢中のワンに、ユウはそっとしておこうと考えて二階に上る。
二階の応接間の反対側に客室があるらしく、今日はそこに泊まらせてもらえることになった。
階段を登っている時、朝も夕食に似たアレを食べるんだな、と突然思い浮かび、即座に一階に戻ってワンに声を掛ける。
「明日の飯は俺が作るから」
「流石に客人のユウに作らせるのは──」
「いや、いいから。久しぶりに作りたいから」
「そこまで言うのなら……」
ユウが熱心に頼み込んだおかげで、ワンが折れた。
第一の問題を解決したユウは、二階の客室に入る。
中はベッドに机が一つと、質素だ。
机の上には多少汚れてはいるが、まだ白い包帯が置かれている。
この包帯はユウの両手に巻いてあったもので、入浴する時に邪魔で脱いだものだ。
ユウは机の上に置かれた包帯を手に取り、ベッドに座ってから両手に巻き付ける。
何か特別な事はない。
力を封じている訳でも、力が湧くわけでもない。
ただ、いつも巻き付けて生活していたせいか、こちらのほうが落ち着くのだ。
「明日は準備、か。何をしよう……」
エンリから準備する物を聞きはしたが、どこで調達するか全く聞いていない。
そこら辺は明日に聞く必要があるだろうと考え、ユウは包帯を巻き終えるとベッドに横になる。
「アスカ、俺はどうしたらいい……」
今まで精神の柱だった妹がいなくなり、ユウは戸惑う。
「俺は、どこに進めばいい……」
良きる糧を失ったユウは戸惑う。
「アスカ……アスカ……アスカ……」
ユウは胸元を掴もうとするが、そこに何もない。
昔まであったロケットを思い出しながら、ユウは悩み続ける。
ユウの朝は早い。
なんとしてでも、早く起きてワンが朝食を作るのを阻止するために。
一階のリビングに向かうと、既にワンの姿があった。
「俺もここまでというわけか」
「何を言っておる?」
絶望が見えたユウに、ワンがどこか呆れるような顔をして言う。
「朝食を作るといったが、どこに何があるか分からんとだろうから教えようとおるのじゃぞ」
「そうなの?」
ただの勘違いにユウはホッと一安心し、キッチンに向かう。
「場所については夕食を作ってくれる時に見てたから、大体の場所は分かるんだが……」
キッチンは大体の物が一通り揃っていた。
冷蔵庫にコンロ、オーブントースターなど色々ある。
冷蔵庫の中からベーコンと卵、パンを二人分取り出し、パンはオーブントースターに、棚から持って来たフライパンでベーコンと卵を焼く。
コンロの形がなにやらIHに似ているが、ユウはIHを知らないため気にしない。
良い色になったベーコンと目玉焼きを、オーブントースターで焼けたパンの上に乗せ、皿にのせれば出来上がりだ。
「はい」
手抜きの朝食に、ワンは驚いたような顔をする。
「早いの」
「そうか? 明らかな手抜きだが」
ワンの対面に座り、パンを一口食べる。
「それでもじゃ。儂がいつも作ると、黒いからの。焦げているからじゃろうか」
いや、それは違うと思う。
と、ユウは思っても決して口に出すことはできなかった。
朝食を食べ終えて腹を満たし、ユウはワンの分の皿を洗い始める。
「昼はどうする? というか、俺が作るよ」
決してワンに作らせないようにするため、ユウは必死に頭を働かせる。
「それは悪い。儂が作ろう」
「いや、作らせてくれない? 昨日も言ったけど、久しぶりに作りたいんだ」
両親が共働きで時々夕食はコンビニ弁当で済ませていたが、いつもは飽きるためユウが作ったリしていた。
その時の妹の、アスカの笑顔を今でも忘れられない。
「だからお願い」
「そこまで言うのなら仕方ない」
ユウの頼みを断り切れず、ワンは了承することにした。
「それ、ユウはこれから何をするのじゃ? まだ朝は早いぞ」
「決めてないな。特にやることもないし」
ワンに朝食を作らせないためにも早起きしたせいで、彼女らが集合するのにまだ時間はかかるだろう。
昼を作るには早い。
というか、今さっき食べたばかりだ。
他にやることといえば、異能の調整するぐらい。
「することもないし、部屋で異能の調整でもするよ」
目覚めてまだ一日。
ユウからすればほんの一日だが、現実では何年、何十年、何百年、何千年と経っているはずだ。
そのため、もしかしたら身体に何か異変が隠れているのかもしれない。
それに、あのゾンビ達と戦うためにも調整はしておきたいのが、ユウの本心だ。
「分かった。用事があれば尋ねるぞ」
「ああ、頼む」
ユウは階段を登って客室に向かって、部屋の中心で胡坐を掻いて座る。
両手に巻かれている包帯を解くと手首辺りまで伸びていた包帯が床に垂れ、結んでいた手首の部分しかない。
目を瞑り、膝に素肌を晒した両手を添える。
この姿勢がユウにとって一番リラックスできる体勢で、集中できるのだ。
頭の中で、そよ風が吹くイメージをする。
すると、ユウの周りにそよ風程度の風が吹く。
ユウが使える異能は全属性という変わったもので、全ての属性を扱うことが出来る。
火、水、風、地、氷、雷、闇、光、の八種類だ。
頭の中でイメージすれば同じように異能が発動する。
現に、ユウの周りにそよ風が吹き続けていた。
風を消し、次に水の異能を発動する。
サッカーボールほどの大きさの水の玉が四つ浮かび、形をウニのような形にしたり、星形と形を変えていく。
この異能を使う上でデメリットは存在しない。
強いて言えば、精神が消耗するぐらいだ。
ただしこれは普通の事で、戦えば誰だって精神が消耗する。
そのためユウに具体的な弱点はない。
薬物投与により肉体の耐性は上がっており、その投与に耐えられるように肉体もかなり改造されて、身体を突かれてもある程度の傷は再生能力で回復できる。
水の形は崩れ、幾つもの帯のような形となってユウの周りをふよふよと浮いて上下に蠢き、一つとなった。
帯は徐々に形が修正されて平らに、薄く伸びてリングのような形になり、回転する。
速度は徐々に上がり、形は崩れて波紋のように薄くリングから解けていく。
しかし、一瞬にしてリングの形が崩れた。
「どうした? ワン」
「ほう、儂がいることに気づいたか」
ユウの後ろでワンが、背を壁に預けて鑑賞していた。
部屋に入って来る物音や人の気配は、全く感じない。
それほどまでにワンが気配を殺すことができる、ということだ。
もし敵であれば、戦いたくはない。
「うん、今さっきだけど。空気が変わったから」
ユウを目を瞑り、異能の操作に集中していた。
五感の中で一番優れる視覚がなくなれば、他の五感に割り当てられる。
今回は風の感触であったり、音、匂いに神経を鋭くしていたのだが、突然今までにない空気の肌触りがあったことで、ワンに気づいた。
「空気、か。次は気を付けるとしよう」
「それで何しに来たの? 見学?」
ユウが調整をする前、ワンは言った。
用事があったら尋ねる、と。
ワンがここにいるという事は何か用事があるのか、それともただの暇潰しのどちらしかない。
「お主が二階にいる間、ギルドの連中が来ての。かなりやばい状況らしい」
ワンの言葉に、ユウの頭の中にあの遺跡にいたゾンビの姿が思い浮ぶ。
「それで予定よりも早く会議に行くことになった。途中まで一緒に来てくれぬか? ギルドマスターにも──」
「分かった。すぐに向かおう」
ワンが喋っている途中で頷き、ユウは参加する気満々である。
今日はユズハ達とここで集合する予定があるが、そんなこと関係ない。
何故なら、妹に似たワンの頼みだ。
断ることなんて、神に邪魔されても遂行してみせるであろう。
「では、行くとしようか」
ユウが了承したのを聞いて、二人はギルドに向かった。
ギルドがどこにあるのか正確には知らないが、昨日一度寄ったことあるため、ギルドがどこら辺にあるかは理解している。
ギルドには外からでも分かるほど、異様な静けさがあった。
その外で丁度、反対方向の道からエンリ達四人が慌てた様子で近づいて来ているのが見えた。
「すみません! 遅れました」
彼女達四人は急いで来たようで、息を上げながら膝に両手を付いて落ち着こうとする。
「いや。急な招集だった分、よく間に合ったものじゃ」
「そういってもらえると、幸いです」
ワンだけでなく、エンリ達にもギルドからの急な招集があったようで、慌てて来たのだろう。
エンリとワンの二人がギルドの中に入ろうとし、ワンが振り向く。
「お主らは昨日話した通り、必要な物を揃えるために買い物でもしておくといい」
そう言って二人はギルドの中に入り、残されたユウとユズハ、フィーとリリーの四人の間に僅かだが気まずさが残る中、ユズハが突破を試みる。
「まずは、バックを買いに行こう。そのあと、水や食料。あとはゾンビによく効く聖水だね」
ゾンビには聖水というものが効くらしい。
四人は遺跡の準備のために、買い物へ向かう。
聖水は次回に持ち越しです。
色々やってたら足りませんでした。
次回こそ、聖水です