第六話 兄は妹に弱い
視界が反転して背中の痛みと硬い感触に加え、遠くにいるワンを見てユウはやっと自分が投げ出されたと気付いた。
「それでフィーよ。この小僧は何者じゃ? 突然飛びついて来たんじゃが」
何事もなかったように、ワンは尋ねる。
「この人はユウさんです。あの氷の山が崩れた遺跡で出会いました」
「ほう、何やら面白いことになっとるのう」
ワンが不敵でにこやかな笑みを浮かべると、フィーが困ったような表情をした。
「面白くないですよ~。遺跡には普通じゃないゾンビがわんさかいましたし」
「本当に面白い事になっとるのう」
愉快愉快、と笑うワンを見てユウはやっと、目の前にいる妹が妹のそっくりさんだということに気が付いた。
「アスカじゃ、ない?」
「やっと気づいたか」
呆れた、と言わんばかりのワンの顔を見て、確信した。
アスカはそんな女王様のような蔑むような目をしないのだ。
だが、それはそれで良いものをユウは感じていた。
「あ、ああ。けど、すまん。妹と瓜二つだったから」
そう言って立ち上がるユウに、フィーはどこか違和感を覚えた。
さっきまでのユウの雰囲気が、明らかに違うのだ。
とげとげしさがなく、どこか柔らかい。
「儂が妹にか。それはそれはさぞ可憐で美しいのだろうな」
「そうだな、可愛かったよ。聡明で、人付き合いも上手くて、俺には勿体無い妹だ」
ユウの顔はどこか遠くを見るような、儚げな顔だった。
「そう、か。お主の名前は?」
「ユウだ。あなたは?」
「ワンという。よろしくじゃ」
「よろしく」
ユウとワンは互いに手を握り合った。
握り合ったまま、二人は手を離さない。
「いい加減、手を離さぬか?」
ワンは手を離そうとするが、ユウが力強く手を握ったせいで離すことが出来なかったからだ。
「あ、ああ、すまない……」
ユウは慌ててワンと握った手を離す。
その顔には非常に残念そうな顔色が浮かんでいた。
ワンに座るといい、という言葉に甘えて、ユウは椅子に座り、フィーは言われずとも椅子に座っており、ワンがどこかに行こうとしていた。
「紅茶を淹れて来る。ちょっと待っておれ」
そう言って応接間から出て行こうとするワンに、フィーは慌てた様子で止めに掛かる。
「待ってください! 私が淹れますから!」
フィーが必死な顔で、ワンを慌てて止めた。
「いやしかし──」
「大丈夫です。私も淹れたことがありますから!」
そう言って、フィーは切羽詰まるような顔をして部屋から出て行く。
「どうして慌ててるんだ?」
「さあ」
慌てるフィーを見ていた二人は、首を傾ける。
紅茶を淹れるフィーを待ちながら、ユウは何を話そうか悩んでいると、エンリ達がやって来た。
「ただいま帰りました」
「ただいま、です」
エンリ、リリーが入って来た。
「ん? ユズハはどうした?」
「ユズハならフィーと一緒に紅茶の準備をしてますよ」
ユズハがいないことを知ってワンが口を開くと、エンリが教える。
二人が紅茶を持って来たのは、すぐだった。
「持ってきましたよ~」
「師匠。ただいま戻りました」
入口の扉から見て奥の執務椅子にはワンが座り、左奥からユウ、エンリの順に、右奥にはユズハ、フィー、リリーが座っている。
「まずはグリフォンの報酬を」
エンリが懐からか出したお金の入った袋を机の上に置き、ユウの方に寄せる。
しかし、ユウは受け取らない。
「いらない。俺はやると言ったはずだ」
「そうね。でも、私達は倒してないから。それに、四人じゃ使い切れないからじゃ、駄目?」
「そういうことなら」
エンリにそこまで言われると受け取らない訳にもいかず、ユウは金の入った袋を受け取る。
袋を持つとズッシリとした重さが右手に伝わり、お金同士がぶつかり合う音が聞こえた。
中を見てみると、見た事ないお金だ。
それを見ると、本当に違う世界にいること認識させた。
「ほう、グリフォンを一人で倒したのか。やるのう」
お金を受け取ると、ワンが褒めた。
それが、妹のアスカに似たこともあってユウは非常に嬉しくなった。
「キメ、グリフォンを一人で倒すことがそんなに凄い事なのか!?」
「ああ。グリフォンはそんじゃそこらの魔物と比べ物にならないからな」
そうなんだ。前にもそのグリフォンを一杯倒したな。
倒したらワンに褒められるのか。
よし! 一杯狩ろう。
ユウは心の中でワンに褒められたいがために、グリフォンを狩りつくそうと決めていた。
その時、ワンが誰にも聞こえないほどの小さい声で、
「それにしても珍しいのう。ここら辺にグリフォンはいないはずじゃが」
と呟いていると、エンリが口を開く。
「さて、それではあの遺跡のゾンビを話す前に、馬車の話の続きをしましょう」
エンリは目を細め、再び馬車の中での会話を追及しはじめた。
その言葉を聞き、ユウは身体を強張らせる。
あの時、馬車を襲われている所を見つけて中断した。
ユウがどうしてあの遺跡にいたのか、話す必要がある。
どこを話すか、考えないといけない。
全て話したとして、誰も信用できないだろう。
それならある程度、信用してもらえる程度に話さないといけない。
みんなに信用してもらえなければ、アレを回収するのに不都合が出る。
全員の視線がユウに集まり、気づいてしまう。
だが、どうする?
もしここで正直に話して信用してもらえず、裏切られれば……。
そんなことをする人間ではないかもしれないが、まだ彼女らの事を全然知らない。
ユウが悩んでいると、
「話してくれぬのか?」
と、ワンが首を傾げて可愛く尋ねると、シスコンは陥落した。
よし、話そう! 正直に話そう!
即決だった。
「俺はあそこの遺跡に暮らしていた。あのゾンビ達は俺と一緒にいた者達だ」
「そうなると、どうしてユウが生きているの? ゾンビになってないの? あの氷は何?」
当然の質問がエンリの口から放たれる。
「一つ目の質問、どうして生きているかだが……知らん!」
溜めて溜めてからの言葉を聞き、ユウ以外が芸人ばりにがっくりと倒れそうになっていた。
「ちょっと、どいうこと!?」
「流石にその答えはないんじゃないかい?」
「……そうだそうだ」
「えっと、えっと」
エンリとユズハが憤慨し、リリーは便乗するがその口から感情が入っておらず、フィーに至ってはどうしようか戸惑っている始末だ。
「俺自身が知らないんだから当然だろ!」
フルボッコされたユウも又憤慨し、立ち上がる。
どうして生きているのか、ユウ本人だって知らない。
知りたいのはユウ本人だって当り前だ。
「ユウも本当の事話したらどうじゃ?」
「いえ、本当の事なんです。信じてください」
土下座する勢いで謝るユウを見て五人も怒りが治まり、憤慨していたユウもワンに問い詰められたことで怒りが瞬時に治まった。
明らかなユウの態度の変化に、ワンを除いた四人が戸惑いをみせている間に会話は進む。
「そこまで言うのなら、信じるが二つ目は?」
「二つ目の質問のゾンビについてだけど、それも知らん」
ここまで来ると、彼女達はユウの言った事に対して徐々にだが期待しなくなり始める。
「三つ目の質問、研究所が、今は遺跡というのか。その遺跡がどうして氷に眠っていていたのかは簡単だ」
ユウは右手を前に伸ばし、手の平を上に向ける。
手の平から少し大き目の氷の結晶が生み出された。
「俺はこの世界でいう魔法、とは少し違う。ただ昔の世界で言う魔法に近い物、超能力、異能が使える」
少し長くなったので分割する形になりました。
次で信用を得られるかどうか、になります。