第四話 異能者は憎しみを抱く
空を飛んでいたグリフォンは突如として、下からの殺気に気づいた。
そちらに顔を向ければ少年、ユウが一人飛んで迫って来ている。
自身を空の王者と自負しているグリフォンは、飛んでくる人間が雑魚かゴミクズのように思えた。
今まで幾度なく、人間をゴミのように屠ってきた記憶がある。
それが遠い昔のようで薄っすらとしか覚えていないが、その記憶に間違いはない。
故に、グリフォンは慌てず、落ち着いて飛んでくる人間を対処した。
飛んでくる人間目掛けて右の前足を振り下す。
その一撃で人ならば骨が陥没、もしくは折れて死に至る。
しかし、ユウは避けた。
ギリギリ当たらないように動き、相手の背後に回る。
背を取られたグリフォンは避けられると思っておらず、驚きと恐れといった表情を浮かべた。
生き物は誰であれ、背に回られば恐怖する。
そこが唯一、守ることができない弱点なのだから。
それはユウも理解しており、故に後ろに回った。
ユウが背後に回ったことでグリフォンに振り向く。
そこには、ニタァッと強烈な笑みを浮かべ、背中から生えた翼を掴もうとしているユウがいた。
「人は空が飛べないんだよ。だから、地に墜ちろ」
翼を両手で毟り取り、グリフォンの背中を蹴り落とす。
その一撃は人とは思えないほどの力で、地面に叩きつけられた。
「何!?」
グリフォンが地に落ちた音に、フィーを援護して全ての魔物を倒したエンリは驚きの声を上げ、音のした方に顔を向ける。
ユズハやリリーも突然の音に、即座に反応して同じように音のした方を向く。
「グリ……フォン?」
地に落ちたグリフォンを見て、三人は恐れや絶望といった顔を浮かべる。
馬車を逃がそうとしていたフィーもその姿を見て、時が止まったように動かなくなった。
「どうしてグリフォンが!」
突然現れたグリフォンに、ユズハが驚きの声を上げる。
馬車を引く馬もグリフォンの登場により怯えて馬車を引く所の話ではなく、逃げようとする商人が必死に手綱を叩くように動かすが、馬は命令を聞かず逃げることが出来ない。
商人の馬車の護衛をしていた十名の探求者達も、グリフォンを見て腰を抜かす者がいた。
それほどまでにグリフォンは恐怖と絶望を振りまくが、エンリ達四人はすぐに立ち直って挑もうとする。
地面にぶつかった衝撃で、グリフォンはよろけて立ち上がれていなかったからだ。
「ユズハは注意を引いて。リリーは牽制。私が強力な一撃を与える」
エンリの指示に、ユズハとリリーは即座に従って動き始める。
しかし、それよりも先にグリフォン目掛けて何かが上空からぶつかった。
「消えろ。クソどもの作られた人形!」
飛び蹴りのように落下してきたユウは、グリフォンの身体目掛けて急降下した。
重力に加えて、風の異能で落下速度を上げた蹴りはグリフォンの身体を貫通し、右足が埋まる。
それほどの威力、人の身であればただでは済まないはずだが、ユウの右足は折れることはなかった。
追撃とばかりに、ユウは埋まった右足で異能を発動させる。
右足から燃え上がるような激しい炎が、体内からグリフォンを襲った。
炎は血を沸騰させて肉を焼き、身体の内側から熱湯を浴びさせられるような強烈な痛みを感じ苦しみ身体を動かすが、心臓を燃やされて息絶え、動かなくなった。
完全に動かなくなり、ユウはグリフォンの体内に埋まった右足を抜き、地に降り立つ。
右足はグリフォンの血で真っ赤に染まり、炎の異能によりその血は沸騰したお湯のような熱を持ち、ユウの右足に痛みを与えるが、きになるほどでもなかった。
水の異能で血を洗い流すと、右足が火傷で赤く爛れていたがすぐに元通りに変わり、遅れて毟り取ったグリフォンの二翼が近くに落ちる。
ユズハ達の方を向こうと顔を上げると、エンリとユズハが小走りで近づいて来ているのが見えた。。
「グリフォンがどうしているの?」
「飛んでいたから落とした。ただそれだけだ」
その言葉を聞き、エンリは嬉しそうな顔をする。
「それは助けて──」
「違う」
キッパリと、ユウは言う。
「ただ俺が倒したかっただけだ。俺のためにやった。お前達のためにやったわけじゃない」
違うと言われ、エンリはそうと、少し悲しそうな顔に変わる。
敵かもしれない人間が助けてくれた、ただそれだけで味方かもしれないと思ってしまったからだ。
その裏で、自分のためなのは本当だ。ただ、ここで恩を感じられてまた返されたら、たまったもんじゃない。また返さないといけなくなる。
と、ユウは心のの中で思っていた。
あの研究所から抜ける時、気絶した時に一緒に手助けをしてくれた。
その恩を返すため、グリフォンを倒した。
しかし、どちらかと言えば私怨の方がかなり大きい。
割合的に恨み九割、恩返し一割ぐらいだが。
「それは分かったけど、このグリフォンはどうするんだい?」
「グリフォン?」
「そう、グリフォン」
目の前の魔物をキマイラと認識していたユウは、ユズハが口にするグリフォンという言葉を聞き、認識を改めた。
「お前達にやるよ。俺が持っていても宝の持ち腐れだ」
そう言ってユウは今まで乗っていた馬車に向かって歩く。
ユウはこの世界を全く知らず、あの死体を持っていても本当に腐るだけで、どうしようもなかった。
故に彼女達に渡したのだが、ユウは気づいていない。
グリフォンという素材そのものが高価であり、貰ったのならその恩を返そうと密かに思っていることを。
グリフォンの死体を積んだ馬車は再び動き出す。
魔物に襲われた商人達が馬車は同じ行き先だったが、移動速度が違うため途中で分かれた。
馬車にグリフォンの死体を積んだことで、荷台のスペースが狭くなって隣との間隔が肩が触れあうほどだ。
前まで御者台にいたエンリからユズハに変わり、エンリはユウの隣に座り、向かい側にリリーとフィーがいる。
リリーは我関せずといった表情で目を瞑り、フィーはユウを若干怯えた様子だ。
ユウはその事に気にしていないが、エンリの方が少し気になっている。
彼女はユウに一切警戒を示しておらず、それが逆に怖く、警戒していた。
「そういえばだけど」
そんな時、エンリから喋りかけられたことでユウはより一層気を引き締める。
「あなたの名前を聞いてなかったわ。なんていうの?」
「……ユウ」
名前を聞かれるとは思っておらず、少し拍子抜けだった。
「そう、ユウね。私はエンリ。そっちがリリーで彼女がフィー」
「どうも」
「よ、よろしくです」
「ああ、よろしく」
仲良しこよしする気がないユウは、ぶっきらぼうに答える。
「それで御者台にいるのがユズハよ」
「そうか」
ユウは素っ気なく答えたことで、会話が続かずに止まった。
それにより、エンリは気まずそうな顔をして助けを求めるようにリリーやフィーを見る。
リリーはいつもの興味がないかのようにこちらに目を合わせず、フィーに至っては必死な顔で何度も顔を横に振るほどだ。
助けがないと悟ったエンリは、再び口を開く。
「今からフリッサに行くけど、ユウはどうするの?」
「さあな。俺にはもう生きる目的もない。残ったものは……」
右手で胸の前を掴むように動かすと、死人の表情が一変した。
「ない……」
それは、あると思っていた物がなかったような、絶望するような驚き方だ。
「落としたか、あそこに。なら」
取りに戻るか。
ユウは再びあの研究所に戻るを決め、ゆっくりと立ちあがる。
動く馬車は揺れ、立っていればバランスが崩れて転ぶ所だが崩れる様子を見せず、ユウは外に出ようとしていた。
「どこ行くの!?」
「戻る。忘れ物をしたようだ」
「あの遺跡に戻るの? それは無茶だわ。あの数のゾンビを相手にどうするというの!」
「さあな、考えてない。だけど、絶対に取りに戻らないと駄目なんだ。だから行く。何があっても」
さっきまでの死人のような姿とは打って変わり、どこか人間らしくその切望の声に、エンリは考えてなんとか馬車に踏みとどまるよう提案する。
「少し時間をくれない? あの場所には私達もあとで向かう。その時に一緒にいかない? 一人で行くよりも多い人数で探した方が見つかりやすいわ」
エンリの提案に、ユウは少し考える。
あのゾンビをどうにかしながら探すというのは、流石に至難の業か。
それなら、誰かと一緒に行ったほうがいいな。
答えが決まるとユウは頷く。
「分かった」
立ち上がっていたユウは、さっき座っていた場所に座り直した。
「そんなに大事な物なの?」
あれほどまでに必死なユウの顔を見れば、誰だってどれだけ大事な物なのか察することはできた。
だからこそ、エンリは尋ねる。
「ああ。あれは、あのロケットだけは、決して……」
ユウは何もない胸元を何かあるように、掴む動作をする。
そして、ユウは顔を上げた。
「どうしてそこまでする?」
それはあまりにも必然のことだ。
今日会ったばかり人間に、ここまでしてくれるのは普通ならいない。
なら、あるのは下心のみ。
「理由は三つ。一つ目はあの遺跡でユズハを救ってくれた事。二つ目はグリフォンを倒して私達にくれた事。その恩を返したいの。そして三つ目、これは私だけの願いでもあるけど、ユウは強いでしょ? だから、コネを作っておきたいの」
「そうか。なら、これで貸し借りはなしだ。いいな?」
「借り? というのは何を借りたか分からないけど、まあいいわ」
ユウが何に貸しを感じていたのか、エンリは分からなかったが了承した。
グリフォン殲滅、からの次回は注意です。
ユウ君、本性を現します。キャラ崩壊します。
次回はやっと町に辿り着きます。