第十三話 冒険者組合
「ちょりーっす」
俺は『冒険者組合』と書いた建物のドアを開けた。
あの後騒ぎを聞きつけた人が集まる前に急いで道を戻り、西側にある宿屋街の外側で野営をした。そこで同じく野営をしていた人にこの町について聞いてみると、クリスタルの周りにはここで生活をするうえで重要な施設が集まっているらしく、その中の一つがこの冒険者組合という場所だった。
冒険者組合というのは、登録しておくと毎回報酬の一割を持っていかれるかわりに、冒険者の情報を管理してその人の実力に合わせて仕事の斡旋や仲介って感じでなんでもサポートをしてくれる。条件を指定した仲間集めにも便利だし、他には宿屋だったり店で買い物をする場合も系列店では割引がきいて、とりあえず入っておいて損は無いらしい。ハローワークみたいなもんか。冒険者は手厚いサポートを受けられ、育った冒険者は安定して組合にお金を収めるという仕組みだ。
俺たちは朝ごはんを食べ終えると、さっそく冒険者組合の前に来た。チュン吉を外に待機させてサクラと二人で中へ入ると、結構な数の視線が俺たちに集まる。
お、おぉ……! 広い建物の中には目的に応じた受付窓口が設けられていた。そして一人見つけたら百人いると思えでお馴染み、量産型エ○ザイル風の色黒なイカツイ男達がたくさんいた。男女比は七対三ってとこか。ザイル系男子の自己主張が強すぎたけど、よく見たら可愛い女の子や俺よりも年下な色白モヤシ系男子とか色々いるなぁ。
そして俺たちへの第一声は、髭面で背中に大剣を背負った三十代くらいの男の大きな笑い声だった。
「ウハハハハハなんだよその格好は! 寝起きかよ! 寝ぼけてここに来ちゃったのかよ!」
その場の全員が俺たちを見て、一斉に笑い出した。うーん、たしかに他の人たちは全員装備もそれなりだしモヤシ男子ですら安そうだけど皮の防具にナイフを装備している。半袖ハーフパンツにサンダルでここに来るのは変だよな。気にしないけど。
笑い声も収まらないうちに、髭面の男が面倒臭そうに近づいて来る。
「ったく、仕方がねえな。どこから来た? 迷子なら手伝ってやるよ」
「あら、それとも仕事の依頼かしら?」
男の後ろからやたらと露出が多いおっぱいが大きい女と、筋肉の塊みたいな男が付いてくる。
「ごめんなさいね、この人言い方は悪いけどあなた達を見て心配して声を掛けただけなのよ。そういう初心者ってわかるような格好や行動をしていると、スラムの連中がやってる『初心者狩り』の被害にあうことが多いのよ」
おっぱいお姉さんが俺に近づいて声をひそめる。
「それに彼が騒いで注目を集めなかったら、そこの綺麗な子に目を付けてあまりよくないことを考えている連中も何人かいたみたいだったわ」
俺は迫りくるおっぱいに夢中で、話を全然聞いていなかった。
「では昨夜ご主人様に手を出してきたゴミ達も、同じ初心者狩りの連中ですね」
サクラのナイスフォロー!
「なるほど……」
俺は深く考える素振り見せ、さらにおっぱいの谷間を見続ける。
「なんですって! アンタ達、怪我は!?」
「おいおい、それとも仲間か荷物をやられちまったか?」
俺の沈黙をそういう風に解釈したのか、おっぱいお姉さんと髭面の男が心配そうに言ってくる。
「いえ、私たちに荷物などを含め被害はまったくありません。生意気にもご主人様に手を出そうとしたゴミは全て処分しましたが」
「ちょ、おま……」
自然な感じで他人に人殺しを告白するなよ。警察に捕まって異世界生活獄中編スタートしちゃうだろ。でも衣食住が保障されてネットは俺の中に……うわぁ、意外とアリだわ。
「ウハハハハ! 部屋着のとんでもねぇ初心者が現れたかと思ったらちゃんとした実力者だったのかい! 見抜けないなんて俺も歳くったねえ!」
バシバシ俺の肩を叩いてくる。どうやら誰かを殺したりってのが罪になる世界ではないらしい。
「だけど、初心者ってのも合ってるんですよね」
俺はこの町についてから今までの出来事を説明した。
「なるほどねぇ。じゃあ俺たちが登録の手伝いをしてやろう! なんなら一緒に塔に入ってもいいぜ。ちょうど大きい仕事を終えたばかりで次の仕事までどうせ暇……ああ、時間があるんだ! 未来ある駆け出し冒険者諸君へ、優しい先輩が色々教えてやるよ!」
要するに暇らしい。右手で顎鬚を撫でながら楽しそうに提案してくるが、おそらくもうこの男の中で決定なのだろう。何を言ってもついてきそうな顔をしていた。まあこっちだって元々誰かに聞こうと思っていたところだし、昨日はいかにも怪しそうな男に騙されてしまったが今回は大丈夫そうだろう。
「そうですね、出来れば誰かに色々教えてもらいたかったのでぜひお願いします」
「おぉそうだろう! よーし決まりだ! そうそう、俺の名前はアルフレッドっていうんだよろしくな。それでこっちのやたらと素肌を露出したがる女がリディア。無口の筋肉ダルマがディーンだ」
「もう、表現が雑だけど間違っちゃいないわね。よろしく」
「……ウス」
三人がそれぞれ挨拶をしてきた。
「あ、はいっ。俺はユウヤっていいます。それでこっちのメイドがサクラで、外にはスズメのチュン吉もいます」
「ウハハ、しかしホントおかしな奴らだ。いやー面白そうでいいねぇ! じゃあお前ら、あっちの登録窓口に行くから俺についてこい!」
アルフレッドの後ろに俺とサクラ、さらに後ろからリディアとディーンがついてくる。
「相変わらずアルフレッドの旦那はおせっかいが好きだねぇ」
遊び道具を見つけた子供のようにはしゃぐアルフレッドに、周りの冒険者からはそんな声が聞こえてきた。それにしてもよっぽど人付き合いが上手なのだろうか、ほとんどの人が彼に挨拶をして俺たちに頑張れよーと声を掛けてくる。
「はいよ姉ちゃん、新人二名だ」
「まったく。いつも言っていますけど、面白そうだからって理由であまり新人さんを困らせないでくださいね?」
俺たちを窓口の椅子に座らせてお姉さんに話しかけた。注意というよりも挨拶代りのような慣れたやり取りで話を進めていく。
「ようこそいらっしゃいました、こちらが冒険者登録窓口になります。登録料はお一人様銀貨一枚なので、合計で二枚になります」
「無いです!」
今更考える必要は無いな。即答だ。
「そ、そんなに自信満々で言われる方も初めてですね」
困惑する女性とは対照的に、俺の隣でアルフレッドさんがニヤニヤ笑っている。
「では支払う銀貨は一人二枚になりますが、登録後に私たち組合が指定する仕事をいくつか受けてもらってそこから三割差し引く形でもよろしいですか?」
「おう。ユウヤ、初心者はこっちにしておく方がいいぜ。って言っても金が無いんじゃ選びようがないけどなウハハハ! こっちで銀貨二枚分稼ぐまでに組合が指定する仕事は、初心者に必要な事が身に付く仕事ばかりだ」
なるほど、チュートリアル的な仕事か。組合が選んでくれて効率良く冒険者の基礎を覚えられるならこっちを選んで間違いないだろう。そして名前、身長、体重などの基本情報を伝えていく。
「では最後に、ユウヤさんとサクラさんの職種は?」
「職種?いまは無職ですけど」
「は、はぁ。無職、ですか……?」
会話がイマイチ噛み合わない。アルフレッドさんが困っている受付の女性を見て本当に楽しそうに笑いながら会話に入って来る。
「あんまり受付の姉ちゃんをいじめるとあとが怖いから俺が説明しよう。まあ簡単な話だ。職種ってのは自分の役割を一言で表したものだな。名称は本人が自由に登録できるけど、他人にもわかりやすいものがいい。パーティーを組むとき前衛と後衛に分かれるだろ?」
ああ、MMOの職種みたいなものか。
「たとえば俺みたいに『剣士』って職種で登録すると、前衛で剣を使って戦う人だってすぐわかるだろ? ちなみにディーンは『騎士』っていう壁の職種だ。『タンク』とか『盾士』って登録してるやつもいるけどな。リディアは『シーフ』。罠や開錠をしたり索敵なんかが得意で、『盗賊』なんかも同じ職種だな」
ようするに、自分のスタイルを一言でわかりやすく言えばいいんだろ。ただし登録した情報を他の人が見てもすぐ役割がわかるように、前衛の攻撃役や壁役、後衛の魔法、回復、支援っていうジャンルに当てはめて、判別しやすい名称にしろと。
例えば前衛の攻撃役の仲間を探したいって伝えると、組合に登録してる人の中から『剣士』『武道家』『双剣使い』とか、前衛で戦いそうな職種のやつをピックアップしてくれるということだ。
「まあ過去には『疾風迅雷』なんて職種のやつがいて、近接スピード型の『忍者』に似たやつだろうと思って雇ったら、疾風迅雷の逃げ足の速さだったっていう、いわゆる地雷の話も聞いたりするからある程度のわかりやすさは大事だな。おおげさに『勇者』『大賢者』だとか、変に格好をつけすぎて『天から降りし者』『神の子』なんて職種で登録した日には、わかりづらい上に地雷を引きたくないから誰も仲間に入れてくれねえぞ」
様々な冒険者に出会ってきたであろう、アルフレッドさんの経験と苦い思い出が語られる。
「じゃあ――」
って言われても、どうせ悩んだところでこの世界に来てまだそんなに日数がたったわけでもないし、簡単にこの世界に合わせた職種なんて決まらないだろ。
「ネット戦士で」
「メイドです」
受付の女性とリディアさんが頭を抱え、アルフレッドさんは笑いすぎて椅子から転げ落ちた。