第十二話 SOS
SOSという言葉の意味を知っているだろうか。答えはこれだ。
「『S』サクラさん『 O』お願い『S』します!」
「はい。お任せください、ご主人様」
今この瞬間にも刃物と殺意を持った男たちが迫って来ているというのに、俺を落ち着かせるような柔らかい笑みを浮かべる。
そして、サクラが視線を手下たちへと向けた瞬間――
パパァンッッ!!
突然何か弾ける音が手下たちの方から聞こえ慌ててそちらを向くと、俺の後ろにいたはずのサクラが目の前に立っていた。
「えっ」
刃物を持った手下の一人から、思わず間の抜けた声が漏れる。その場の全員が声を失う中、ビチャビチャという水の滴る音だけがスラム街の路地裏に響く。
「な、何を……何をしやがった……」
前列にいた二人は刃物を構えたままの姿勢で動かない。その二人は、先ほどまであったはずの頭部が無く噴水のように首から血を吹き出し、サクラと手下たちの間に血の池を作り続けていた。
ボスを含めた全員が、動揺しながらも周りを警戒し始める。おそらく何が起こったのかわからず外部からの攻撃だと結論付けたのだろう。
「だ、誰だよ! 俺の縄張りを荒らそうってのか!? 出てきやがれ、ブッ殺してやるよ!!」
不安や恐怖を振り払うように大声を出して威勢を張るが、当然周りには誰もいないのでいくら待とうと返事は無い。辺りは静寂と異様な空気に包まれていた。
――ピチャッ
サクラが血の池へ一歩踏み出した音に全員の視線が集まったとき、メイド服のスカートの裾ををそっと摘んで片足を斜め後ろの内側に引き、血だまりの中ですら美しく、そしてこの場にはあまりにも不釣り合いなほど上品に挨拶をした。
「はじめまして、ご主人様専属メイドのサクラと申します。ご主人様への数々の無礼、あなた達のような虫以下の汚らわしい命ではとても償いきれませんが、最低限のマナーとして死んでいただきます」
ドチャリ。
人の形をした首無し噴水の勢いが弱まり、ゆっくりと血の池に崩れ落ちた。そして、別れの言葉が告げられる。
「では、さようなら」
メイドに見惚れていたのか、手下たちはピクリとも動けなかった。サクラが踏み込んだかと思うと、またしても頭から破裂音聞こえて一瞬にして新しい噴水が三つ出来上がる。
右手を顎の近くに構えて左手をダラリと下げる、ボクシングでいうデトロイトスタイルのサクラ。左手から放たれるジャブの速度と威力があまりにも高過ぎて相手の顔が弾け飛んでいるらしい。あくまでも、打ち終わりの姿勢から推測しただけの話だけど。
「うわああああ!」
怯えながら剣の腹で顔を庇うようにしても、お構い無しで今度は右ストレートをブチ込む。
「三、四、五、六……ハアァっ!!」
そのままサイドステップで移動して、七人目の相手へ回し蹴り。実はこの七人目が一番酷い。右脇腹あたりから左肩にかけてサクラの足が通ったであろう場所がゴッソリ削られ、出ちゃいけないモノとかが色々出てくる。
残るは、ボスと案内役の男二人のみ。こんな状況に追い込まれて俺だって我慢出来ない。そう、絶対に我慢出来るはずなんてないんだっ!
「もう無理ガマンできなオエエエェェッ!!」
吐いちゃった。てへっ。
いくら画像や動画でグロ耐性を鍛えたネット戦士とはいえ、生で見るのはムリだよ。ムリムリかたつむり。
「ご主人様っ」
俺が新しく作った噴水(名称マーライオン)にサクラが気を取られた隙を、残された異世界ヤンキーたちは見逃さなかった。
「チッ、援護しろ!『ウインドバースト』!」
「ボ、ボスっ!?」
「くらえクソがああぁぁぁっ!!!!」
ボスが剣を両手で構えて魔法を唱えると真後ろで弾けるような爆風が発生し、それを推進力としてすさまじい速さでサクラに斬りかかる。
マーライオン状態で下を向いていた俺は、爆発音がした方を急いで向いたがすでにボスの姿は無かった。変わりに俺の視界に入ったのは、案内役の男が魔法で援護しようとする姿だった。
「ふ、ふふ『フレイムランス』ぅっ!」
右手を開き真上に突き上げると、頭上から槍のような形状をした炎が現れる。
俺はこのとき他人が使う魔法を始めて見た。自分で使ったときは辺り一面を消し飛ばした魔法。この世界の一般的な魔法の威力はどれくらいなのか、もしかしたらサクラでも耐え切れないのではという可能性が頭をよぎる。
もう考えている時間なんて無い。サクラが俺を守るために戦っているなら、俺だってサクラを守るために戦う。
「うおおおおおおおっ!」
アイツが右手を振り下ろすよりも速く、急げ! 急げ! 案内役の男の足元が青白く光った瞬間。
――ドッ!
俺とサクラの決着は同時だった。
『フレイムランス』という魔法が放たれる直前、平原で最初に使った魔法と同じ威力の蒼炎が二メートルほどの範囲で発動し一瞬で男を飲み込む。そしてサクラは、魔法で加速して急激な速さで振り下される剣に対して、それを上回る踏み込み速度で剣の間合いの更に内へと入り込み、カウンターで放たれた右ストレートがボスの体を貫通していた。
「ご主人様っ!」
腹に穴を開けられ、右腕にぶら下がっていたボスをゴミのように投げ捨て俺の元に駆け寄ってくる。
「お体は大丈夫ですか!? 私のせいでご気分を悪くさせてしまい申し訳ございません!!」
「画面越しに見るのとは、やっぱり全然違うわオエエェェエッ! で、でも大丈夫だ、俺とチュン吉を守るためにやってくれたんだから、サクラの事を悪く思うはず無いだろ? ありがとう」
「そ、そそそそんな、わた、私のほうこそ、ご主人様に守ってもらいました! とっっっても嬉しかったです! ありがとうございますっ!」
嬉しそうにグイッと顔を近づけてくる。犬みたいだなコイツ。まったく、セクハラに弱いくせにたまにこういう無邪気な事をしてくるんだよな。頭を撫でてあげると、少し照れながらも気持ちよさそうに目を閉じる。そしてそのまま周りを見渡すと、なんと驚いたことにボスは即死していなかった。すでに虫の息で放っておいても数分と持たずに死ぬだろう。しかしメイドの主として、ここは俺が止めを刺してこの責任を背負うべきではないか。守られるだけじゃなく俺だって仲間を守るんだという決意を持って歩み寄り、覚悟を決めてボスの耳元に顔を近づけた。
「……お前の口さ、ドブみたいな臭いですげえ臭かった」
「うっ……」
強烈な精神ダメージで止めを刺されたボスは一瞬顔に力が入り、最後の力で声を振り絞り俺に一言残して息を引き取った。
「ゲロくせえ」と。
うっかりしていたぜ。止めを刺すつもりが逆に一発でかい置き土産をもらっちまった。
「チッ、これが神様のイタズラってやつか」
そう言いながら、祈りを捧げるように手で十字をきる。正直自分でも何を言っているのかわからない。とりあえずこの場をごまかしたくて適当にカッコよさそうな事を言っただけだ。