第十一話 ヤンキーゴーホーム
バベルの町に入口のようなものは無かった。
最初は天幕を張って野営をしている人たちが目に付くようになった。そして中心へ近づくにつれて建物が増え人が増え活気に満ちた声が聞こえるようになり、もうすでにバベルの町中なんだと気付いた。すれ違う人たちは東の空に突然現れた青い炎の話題で持ちきりだったけど、今日の俺は偶然耳が聞こえにくいのでまったく何の話をしているのかわからない。あとでサクラに膝枕で耳掃除してもらおう。
おそらく、外側で天幕を張っていた人たちは俺たちと同じ初心者なのだろうか。住居を構えたり宿屋に泊るためには、バベルで仕事をして給料を貰うか塔で安定した資金稼ぎをする力が必要なはずだ。
そして俺たちもお金が無い。幸い食事や生活必需品は通販で届く仕様なので今まで特に気にする必要はなかったけど、今後バベルの塔へ挑むなら確実にお金が必要になってくる。あと、この町での暮らし方に関してはネットで調べるよりも地元の人に聞いた方が早いので、近くを通ったおっぱいが大きい綺麗な女性に声を掛けてみた。
「あの、そこのおっぱ……お姉さん! ちょっといいですか?」
バルンッ! というおっぱいの最上位効果音と共にこちらを振り向いたお姉さん。
「なぁに? ナンパするならもう少しマシな装備で声を掛けたほうがいいわよ? 初心者さんってすぐわかるような格好じゃ誰もついていかないと思うけど。ふふふ、ばいばーい」
なにこの告白する前に振られた感じ! しかも相手の勘違いだし自意識過剰かよあのクソおっぱい! たしかに多少はさ、どうせ声掛けるなら男より女だよなとか、あらあのおっぱい良いですねって気持ちはあったけど! 屈辱だよ! KU・TU・JYO・KU!!
「ご主人様! あの女を殺す許可をっ!」
「だからなんでお前は生きるか死ぬかの二択しかないの!?」
町中で即興コントをやっている俺たちは、予想以上に周囲の目を集めていた。それに加えて半袖ハーフパンツの男とメイド姿の女という有り得ない格好で、旅のお供はスズメ。しかもメイドは絶世の美女。
そこに、ひとりの男が近付いてきて俺に声を掛ける。
「旦那、ここは一応人通りも多い場所なので、あまり立ち止まって騒がれると周りの迷惑でスぜ」
「おっと、すみませんでした。ほら迷惑になるし場所を変えてまた色々聞いてみよう」
「し、しかしあの女はご主人様を……!」
どんだけ殺したいんだよ。
「――悪いけどさっきから旦那達の話が聞こえちゃって、何かお困りっスか?」
たった今俺に注意をしてきた男だ。猫背のせいか見た目は俺よりも背が低く三白眼が特徴的で、目を細めてニタァッと笑われるとちょっと怖い。年齢は二十代の中頃か。
「は、はいっ。俺たちついさっきこの町に着いたばかりで、仕事とか宿屋の場所とかここでの暮らし方を色々聞きたいなーなんて思っちゃったりなんかしちゃったりなんかしてハハハ」
ビビってないよ。そしてついさっき声を掛けた女性が偶然、偶然にも好みの女性だった事に後ろめたい気持ちも無いんだからね。
「でしたら、ちょうど仕事も終わった事だしオイラが軽く案内でもしやしょうか?」
なんと! 不良がちょっと常識的な事をすると聖人のように扱われるのと同様の効果で、この人めっちゃいい人に思える不思議!
「ぜひお願いします! でもお金は無いです!」
「ああ、それは気にしないでください。オイラもたまには綺麗な女性とお話ししたいっていう、やましい気持ちもあるんでね。へへ」
お互い様ですよと、ギラついた歯を出してシシシと笑う様はまるで悪党だ。でもこの顔でこんなにも親切だなんて、きっと神か仏の生まれ変わりに違いない。
「さて、じゃあ日が沈む前にまっすぐ行って中央のクリスタルを見てから、北側の宿場街にでもいきまスか。そこにも天幕を張って野営をできる場所があるし、歩きながら簡単にこの町について説明しまスよ」
そう言って商店が建ち並ぶ道を進んで行った。とりあえずついて行くか。そういえばこの人の名前も聞いていないな。
「わざわざありがとうございます。俺はユウヤって言います、そちらは?」
「いえいえ、どうせもうすぐ日が沈んでお別れしてしまうんで、名前はお互い次会った時にでも」
親切なのか不親切なのか、この世界の人はよくわからん。それでも男は、歩きながらこの町の事を丁寧に説明してくれた。
「このバベルの町はクリスタルを中心に、旦那がいた東側から南側まで商店が多く立ち並ぶ地区になってまス。南側は主に食料や生活品、東側は武器や防具、加治屋なんかが集まっているっス。そして北側が、宿屋や住居が多く立ち並ぶ地区。温泉もあるんで余裕が出来たら入ってみるといいっスよ」
混浴だったらいいなぁ……。
「最後に、西側にはなるべく行かない方がいいっスね。あそこはスラム街みたいなもんで、ろくでもねぇ連中しか住んでません。まあそのかわり普通じゃ頼めない仕事を受けてたり、手に入らない物なんかが売ってたりするんスけどね」
普通に生活していたらそこに行くことは無いな。異世界ヤンキーとか絶対絡まれたくないし、万が一その辺に用事があっても、絶対に人と目を合わせないで斜め下を向いて歩こう。ヤンキーという人種は、目が合うと「チョオメドコチュー? ドコチュー?」という奇妙な声で鳴き、群れを成して絡んでくるのだ。
ヤンキーに絡まれない処世術を熟知して異世界転移しちゃうだなんて、これがチートってやつか? なんて考えていると、前方に五メートルはあろうかという大きさのクリスタルが見えてきた。
「おーすげー! 青く光っててきれいだな! ほらサクラ、見てみろよ!」
「はい、思っていたよりも大きいですね!」
「今のをもう一度俺にだけ聞こえるように囁いてみてくれ」
「えっ? お、大きいです……」
「なるほど。あれは固そうか? もっと俺の耳元で聞かせてくれ」
「固そうです……」
サクラは意味がわからず頭にクエスチョンマークが浮かんでいるが、俺はこれだけでご飯三杯いける。いや、一生おかずに困らない可能性もある。
「フッ、大きくて固そうなアレを触ってみてもいいんだぞ? どうだ?」
「旦那、あまり変な事をしてると日が暮れちまいやスぜ」
なんだ嫉妬か? まあいい全てを受け入れ許そう。俺は今とても気分がいいのだ。
「ゴホン、じゃあ気を取り直してササっとクリスタルの説明をしやスね。あの青く光っている範囲に入ると移動先が浮かんでくるっス。エデンがある階層は誰でも自由に行き来できるんスけど、魔物が出る階層は下から順に行って守護者を倒した人にだけ開放されるっスね」
つまり、二階層から順に行って十階層の守護者を倒せばクリスタルで二から十階層までを自由に行き来できるようになるけど、守護者を倒せずに途中で帰った場合はまたニ階層からってことか。守護者も定期的に復活するらしい。
敵や地形を調べて食料等をしっかり準備して行かないと危険だってことか。ま、俺は通販でどうとでもなるな。そんな会話をしながら北の宿場街に向かって歩いていく。
もうすっかり日も沈んでしまい、出歩く人の数も少なくなった。明日は塔に行って宿屋に泊まる分くらいは稼げないものかと考えていると、辿り着いた先は行き止まりだった。
「ん? ああ、地元の人でもさすがに暗くなると道を間違ったりするんですねハハハ」
すると後ろから突然ガラの悪い男たちが近付いてきた。
(異世界ヤンキーだ……。め、目を合わせなければ大丈夫だ)
しかもなんか物騒な刃物持ってる。とにかく目を合わせずに隣を通り過ぎようとして歩き出したら、今まで俺たちを案内していた男がニヤニヤしながら小走りでガラの悪い男たちに近づく。
「な、なんだ知り合いの人だったんですか! いやーさすがにビビっちゃいましたよもーっ!」
「……ヒヒ、ヒハハハハ! 知り合いに決まってんだろバーカ! 俺はお前らみたいなバカをここに連れてくるのが仕事なんだよヒャハハハ!」
「えっ……? でも会った時はちょうど仕事終わりだからって……」
異世界ヤンキーたちに囲まれて恐怖で思考が追いつかない。でも、嫌な予感だけはめちゃくちゃする。
「だーかーら! いい女連れて歩いてる、初心者丸出しでアホヅラの男を捕まえたから仕事は終わったって言ったんだよ! ちなみに本当は、宿場街は西側で北側のここがスラム街でしたーヒャハハ! ボス、どうですこの女?」
ボスと呼ばれて、集団の真ん中にいる一回り大きな男がサクラを舐め回すような目で見る。
「たしかに、報告で聞いていた以上だ。こんな上玉な女はこれから先も出会える気がしねぇ。よくやった、俺の次はお前がこいつを好きにしていいぞ」
「シシシ、ありがてぇス」
ニタニタと汚らしい笑みでサクラを見ながらボスが近付いてくる。
「そういうことだガキ、女は俺たちが遊んでやるよ。お前みたいなガキじゃあ満足していないだろうからなぁククク。あと鳥の方は殺して焼いて今日の晩飯だな。まったく、晩飯と食後のデザートが一緒に歩いて来るなんて今日は運がいいぜクハハハハ」
そしてボスが俺の目の前まで来て、グッと顔を近付けて睨んでくる。
「ガキはどうするか……こんな貧弱じゃあ使い道もねえ。売り先もねえ。死なない程度に痛めつけたあと、俺たちが女と遊ぶ所を見せ付けてから最後に殺すかぁ? なあお前ら」
うわっ、こいつ口臭え! 口からドブみたいな臭いがする。
「さて、早く終わらせろ」
ボスが手下たちの所へ戻り指示を出すと、一斉にナイフや剣を取り出し、明らかに俺たちを見下した顔で近付いてくる。
ボスも入れて相手は九人……。今まで生きてきてヤンキーに絡まれる経験なんて無かったし、刃物を向けられるのも初めてで足の震えが収まらない。なんとかサクラとチュン吉を連れて逃げる方法はないのか? 誰か助けてくれる人はいないか周りを見渡しても、横にある建物からは人の気配がまったくが無いし後ろは行き止まりだ。後ろを見ると、俺と同じく怯えきっているチュン吉と、こんな状況でもメイドらしく美しい立ち姿のサクラがいた。
俺と目が合った瞬間に、サクラはいつもと変わらぬ口調で言った。
――許可を、と。