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裏野ハイツ

本日、二話同時更新しています。(2/2)

「説明、してください」

 咲千の有無を言わさぬ要請に、203号室には、裏野ハイツの住人のほぼ全員が集合していた。




 ダイニングテーブルの椅子にかけるのは、脚を組んだ金髪の青年。それと、老齢の柿瀬。

 咲千と神谷、星崎家の一同は、床に座っている。

 座布団は、星崎家からの提供だ。

『どこから何を言えばいいのかなぁ……』

 困ったように呟く102号室の住人は、相変わらず電子音声のみでの参加である。

 先ほどまでの後始末を続けていて、到底部屋を出られない、と言い張ったのだ。



『とりあえず、今朝方ちょっと話したけど、このアパートには、六部屋ある。そして、それが、それぞれ〈六道〉に対応している、と見立てられている』

「六道……」

『簡単に言うと、仏教での、世界の成り立ちだよ。六つの世界で構成されていると考えられているんだ』



「じゃあ、私から」

 ひょい、と、神谷が片手を軽く上げる。

「101号室は、〈修羅道〉。争いに明け暮れる種族が住む、とされている世界ですね」

「争い?」

 神谷は、酷く穏やかな人柄に見えていた。ぴんとこなくて、首を傾げる。

「私はただの人間ですよ。むしろ、おまけです。〈修羅〉としてこの場に存在するのは、彼です」

 そして男は、微笑んで金髪の青年を見上げた。

「彼は、ヒトではない種族。修羅と同一視されるほど、戦いに明け暮れる種族。……吸血鬼、です」


「……吸血鬼?」

 金髪に、青い目。黒いコートを、真夏の屋内でも脱ごうとしない。尊大で、皮肉屋で、自分を支配者(マイ・ロード)などと呼ばせようとする。そして、ぞっとするほど、美しい。

 にわかには信じがたい。が、扉も窓も鍵をかけていた、密室といっていいこの部屋に彼が入りこんできたのは確かだ。

「名前は教えられないので、勘弁してやってください。彼は、追われているんです。名前が漏れれば、居場所も知られてしまう。……このアパートにいれば、追手は彼を見つけられない」

「既に二度、俺はそなたを救っておる、小娘。口外などせんだろうな?」

 鋭く睨みつけられて、咲千は小さく頷いた。



「次はうちかな。103号室。〈畜生道〉だ」

 星崎直が、口を開く。

 その膝に乗っている子供の、隣に座る妻の柔らかな金色の髪。ぴん、と立つ、毛に覆われた耳。そして、太く柔らかそうな、尻尾。

「……大体、予想はできました」

 力なく、咲千は返す。

「元々は私が稲荷大明神にお仕えする者だったのだけど。直さんと恋仲になってしまって」

 うふふ、と星崎葉子が笑う。

「だから、私は人間なんだよ。明はハーフになるんだろうね」

 笑顔で直が言い添える。

「そのせいか、明はちょっと早熟なことがあって、ちょっと心配なんだけど」

「あら。直さんに似たのよ」

『あー、ご家族の相談事はご自宅にもどってからにしてください』

 微笑ましさが過ぎる一家の様子に、一同は少々辟易しがちであった。



「201号室。〈餓鬼道〉ね。……さっちゃんには、この間少しお話したでしょう」

 寂しそうな顔で、柿瀬は口を開く。

「はい」

『あの事件まで、あの部屋にははっきりしたシンボルがなかった。そのせいで、あんなことになったなんて思わないけど』

 少しばかり苦く、口を挟んでくる。

『ともあれ、201号は、彼らをご供養される柿瀬さんがいることで、安定している』

 明らかに切り口上で百兄は話を終わらせたが、咲千はそれに意義は唱えなかった。



『ついでだから、102号室。俺は、この裏野ハイツの管理人をやってる』

「管理人さん!?」

 初耳で、思わず大声を上げた。

「自宅警備員だと呼んでおったろうが」

「そのまんまですね……」

 美貌の吸血鬼の言葉に、力なく返す。

『配置としては、〈地獄道〉。獄卒って呼ぶのは、そこのニートぐらいだよ。意地が悪いだろう?』

「ご本名は何なんですか?」

『……管理人さんとでも呼んで』

 彼も、名乗れない理由があるのだろうか。数秒沈黙すると、それをどう取ったか、再度口を開いた。

『別に、百兄さんでもいいよ』

 不意を衝かれて、吹き出す。

「え、なにそれ」

 置いていかれた人々が、不思議そうに眺めていた。



『で、肝心の203号室、大黒さんの部屋は、〈人間道〉。あまり深く考えることもないよ。ヒトが住んでいれば、それでいいんだ』

「あの、設楽先輩から、物騒なことは何もないって聞いてたんですけど」

 しかし、今回の事件は、とても物騒などという言葉では括れない。

『設楽さんはね……。なんというか、自覚しないまま、最初の一回で完全に捩じ伏せてきたから……』

 何かを思い返しているのか、力ない声が返ってくる。

 星崎家の一同が、困ったように笑っていた。

『で、ここに、ニートとか葉子さんたちが無事に住んでいられるように、この裏野ハイツは、ヒトではないものたちにとっては、酷く居心地がいい。ヒトと、それ以外が、境界のあいまいなまま、存在できる。勿論、それなりにちゃんと正規の手段で入居してもらわないとこっちは困るんだけど』

 金髪のものたちが、それぞれ頷いた。

 境界のあいまいさ。

 木造建築のコンセプトだな、とぼんやりと思う。


『だけど、その居心地のよさだけを欲しがって、無理やり住み着こうとするものがいなくもないんだ。大黒さんが引っ越してきて、ここに馴染みきる前に、君となりかわろう、と思うモノがいたんだろう。部屋には、住人以外にも、それぞれの世界の概念を封じた札を納めている。先刻(さっき)作り直した、ヒトガタみたいなものだね。あれが損なわれると、世界のバランスが崩れてしまうんだ。俺の予想以上の混乱だったけど』


 夜道で襲い掛かった〈鼠〉が。

 皮を被り、化けようとした〈狸〉が。

 封じを破り、内側から支配しようとした、〈蛇〉が。


 その全てを咲千は理解できてはいなかったが。

 しかし、自分に危険が及んでいたことは充分に知って、ぞっとする。


『でもまあ、最初が肝心だからね。三回も挑戦して、全部撃退された。そろそろ、流石に簡単にいかないって、知れ渡ってるだろう。アパートの中にまで入られて、じい様も面子ってものがある。今後の締めつけは、ちょっと厳しくなるだろうから、あまり心配しないで』

 あえて明るく、そう告げてくる。

「……あの、おじい様って?」

 あの騒動の間にも、その呼称は出た。

 不思議に思って、問いかける。


『あー。うん。202号室。裏野のじい様。この裏野ハイツのオーナーで、俺の曾じいちゃんだ』



「………………オーナーさん?」

 管理人が同じアパートにいることすら知らなかったのに、オーナーまでとは。

 下手な住み方はしていなかったかと、一瞬うろたえる。

『そこの世界は、〈天上道〉。〈人間道〉よりももっと上等な世界を取ってるんだから、オーナーとはいえズルいよな』

 軽口を叩いた瞬間に、どん、と床が揺れた。

 一同が、しん、となる。

「……正直、あの部屋だけは、俺でも気配を掴めん。生きているものがいるかどうかも判然とせんのだ」

 声を潜め、吸血鬼が告げる。

「あら。でも、私、入居のご挨拶に行ったときにちょっとお話しましたよ」

 のんびりと、柿瀬が口を挟んだ。

『まじで!?』

 食いついてきたのは、百兄だが。

「何で君が訊くの」

 楽しげに、神谷が尋ねる。

『だって、俺、物心ついてから会ったことないんだよ。直接声も聞いたことないし。噂だけは色々入ってくるけど、どれもこれも人間離れしてばっかりで……ぅわ!』

 突然悲鳴があがってから、五分ほどは、彼は会話に加わろうとしなかった。



『ええと……。とりあえず、そんなところ。どうかな、大黒さん』

 ちょっと声が嗄れた印象で、しかし電子音声はそう問いかけてきた。

「あ、はい。何となく判りました。ありがとうございます」

 返して、軽く頭を下げる。

 顔を上げたところで、その場の全員がぽかんと見つめてきてるのに気づいた。

『……いや、今後、まだ住んでいてくれるのかと訊きたかったんだけど』

 管理人が、小さく呟く。

「え?」

『ほら、こんな目にあってさ。嫌になっても当たり前でしょ。うちとしては、ここに〈人間〉が住んでいてくれたらそれだけで助かるから、正直設楽さんが不在で大黒さんまでいなくなるとちょっと困るんだよね』

「ぶっちゃけるなぁ……」

 直が感心したように言う。

『今更取り繕っても仕方ないだろ』

 開き直ったらしい。

 小さく、咲千は笑った。



「ここを出ても、行く場所もないですし。追い出されるまでは、どうぞよろしくお願いします」






「……やだもう……。帰る……」

 駅を出て、人気(ひとけ)のない道を歩きながら、咲千は力なくぼやいた。

 お盆休みが終わって、最初の出勤日。

 休み前に納めた仕事のレスポンスが返ってきていて、アルバイト先は休み前と遜色ない忙しさだったのだ。

 二、三日で落ち着くから、と拝み倒されて、またも終電帰宅である。

 足を引きずるようにアパートに着くと、咲千は顔を上げた。

 屋根の上に、見慣れた人影が立っている。



 あの、大蛇に侵入された日の夜。

 日が沈み、完全に夜になった後で、金髪の青年は軽々と屋根に下り立った。

 そして203号室の上で、屋根瓦が壊れ、下地材が割れ、母屋(もや)が露出しているのを見つけたのだ。

 おそらくここから、あの金色の蛇は侵入したのだろう。

 足場を立てて屋根を修理して、と試算して、管理人はまた罵声を上げていた。



 白い顔を上向け、月と星とを見上げていた青年が、不意に視線をこちらへ向ける。

「こんばんは。吸血鬼さん」

 笑顔で、咲千は声をかけた。

 見慣れた、嘲りに満ちた顔が、ふと、変化する。


 そして彼は、形式ばって軽い会釈を彼女に贈った。



御機嫌よう(ハロー)よき隣人よ(ネイバー)




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