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スパイの銀髪メイドちゃんのお尻をぺんぺんするミラクルファンタジー  作者: 七色春日
第二章 平和な妖精の森にゴルフ場を建設せよ!
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絶滅危惧種を破滅へと導け!

「ふわぁああああ……すっごいっ!」


 先ほどまであった景色はがらりと変容した。

 鬱蒼としていた豊かな森は草木の絨毯の敷かれた平原へと移り変わってしまっている。


 何よりも、整然とされてしまっている。

 樹木はおとぎ話の一ページみたいに規則正しく配列され、藪だらけの雑木林は実り豊かな果樹ばかりにすり変わっている。


 より見通しが利くようになったが、およそ通常の常識とはかけ離れたカラーリングが衝撃を呼び、思わず一同を立ちつくさせた。


 道沿って横並びに茂る林は茶褐色だったが――極彩色が多用された赤・黄・青に分かれ、白黒のマーブル模様の葉っぱをつけているものまである。


 足下の芝生に至っても鮮やかな薄桃色――双頭の小鳥が茂みから飛び立った。

 どこからか、ヴァイオリンかと疑うほど不可思議な虫の音色が鼓膜を震わせた。

 得体も知れない生態系と奇怪な世界はここが人間の住む土地でないことを裏付けている。


「狂ったペンキ職人が作った空間みてえだな」

「ここが<幻惑の森>の本来の姿っす。もっと先に妖精の里があるっす。まあ、ゆっくり行きましょう」

「いいえ、それはなりません。お坊ちゃま、急ぐべきです。なぜならここは――」


 興が乗ったのか、アクネロは声を遮るように手をかざした。


「落ち着けよルルシー……急ぐ理由はねえ。ゆっくりする理由もないがな……なかなか、ない経験だ。妖魔の種族結界に入身できるってのはな。楽しんで行こうぜ」


「そうおっしゃいますなら……」


 反対意見を唱えたルルシーにミスリルは不審なものを覚えたが、観光をしてみたいという欲望が急激に湧き上がっていたので話題をほじくり返そうとはしなかった。


 そもそも、嗜好としてファンシーなものがミスリルは大好きだった。


 歩く度に足腰が重く感じるが、気分が晴れてくると疲れを忘れることができた。


 どこを見ても、見た目が楽しい。


 樹木に巻きついたシダの茎、関節のように曲がる箇所をピカピカと光らせているものまであるし、二本足で歩くウサギがこちらを見つけると礼儀正しくお辞儀まで返してくる。


 青空はメープルシロップみたいに飴色に染まり、浮かぶ雲はどれも綿菓子のように可愛らしく丸まって浮いている。


 前を歩くシルキーが何気ない動作で樹木からぶら下がった黄金色のプラムをもぎ取ってかじったので、それにならってひとつをもぐ。


 果皮はずるりと剥けて柔らかく、皮までもが甘い。

 白い果肉も汁気たっぷりで白桃に近く、だが水あめのように甘い。


「ニンゲンさん、よかったらこれもおいしいよ」

「あらまあ」


 ほわんとミスリルの顔が愛玩動物を愛でる顔へと変化した。


 無理もない。羽の生えた可愛い女妖精が大葉の上に立ち、両手で赤黒い実を差し出してきたからだ。


 摘んで受け取り、硬い外皮を剥くと真っ赤な果肉が現れた。

 噛むとぷちゅっと独特の粘度のある果汁が沁みだしてきたが、舌をさっぱりさせる清涼感があった。


「うんうん……おいしいですよ」

「もっとたくさんあるよ!」


 人懐っこい妖精は嬉しげに透明翅を羽ばたかせて飛び上がった。

 小人のサイズであるが、やはり浮世離れした無邪気な外見をしている。


 胸もとは二枚の葉につる草を結んで覆い隠し、スカートの裾は白百合の花が咲いたような形状、三日月を象ったミニマムな頭飾りもいいアクセントだ。


「ありがとう。でも、もういいかな。よかったら、お礼を……お茶請けですけど」

「わぁっ、ありがとう」


 背嚢のサイドポケットを開き、小包に入れたクッキーを渡すと、バリバリと女妖精は頬張った。


 手の平ほどしかない小さな身体で大きな物を食べている姿は和む。


「おい! 置いていっちまうぞ」

「あ、はい。でもぉ、ご主人様。妖精さんがいるんですぅ!」


「うるせぇーーーッ! いいか! 俺はハチの巣をぶっ潰しにきたんだ! たかがハチ一匹をぶち殺しにきたわけじゃねえ!」


 この男をこのまま前進させてよいものか――能面のように無機質な顔になったミスリルは後ろ手でスカートをたくしあげ、ふとももに巻きつけてある護身用の短剣の柄を握り締めた。


 世の中のために今すぐ抹殺した方がよいのではないか。

 もはや凶刃を振るうことにためらいなどない。


「村に行くの? 止めた方がいいよ。ニンゲン嫌いが多いよ」


 三日月の妖精はミスリルの肩に飛び乗ると心配げに声をかけてきた。耳たぶをなでる吐息がくすぐったい。


 再びミスリルが歩き出しても、妖精は去らなかった。それどころか膝を崩して座り込み、足をぶらぶらさせる始末だ。


「あなたはそうでもなさそうですけど」


「リアは別。ニンゲン好きだもん。村の若い子は好き派。村のお年寄りは嫌い派。改革派と保守派だね!」


「リアちゃんですか。ふふふっ、まさか争ってるんですか?」

「表面上は仲良しこよし! 問題起きたら即決壊! 血で血を洗う残酷戦争!」

「よっ、妖精さんも大変なんですね」

「ううん。世代間争いのドロドロが楽しいよ! みんなそういうの大好き!」


 享楽を旨とする妖精族。

 噂好き、恋バナ好き、好奇心旺盛。

 残酷趣味。










 妖精の里はぐるりと木立に囲まれていた。


 ふくらんだ林を外壁代わりとしているようでもあり、種族結界のなかにありながらも用心さが残されている。


 丸く広がった村落は円錐形の煉瓦造りの家々がぽつぽつと点在しており、屋根から伸びる煙突から噴煙が立ち昇っていた。


 菜園もしているのか土起こしをした畑が見られる。でこぼこの(あぜ)の盛土が家屋の近くにこんもりと並び、少し離れた斜面では米作りの後にできる稲穂架けまでもがある。


 冬に備えた薪が壁際にびっしり積まれた家は幻想の地でありながらも生活感を覚えさせる。


 幻想種ではあるが、その姿同様に生活ぶりは人に近いようだった。

 建屋のほとんどが彼らのサイズに合わせたこじんまりとしたサイズばかりではあったが、その門戸の数は百にも満たない。


「村長に話を通してくるっす」


 なだらかな丘の上にある四角形の立派な家にシルキーは足を向けた。他よりも敷地は広く、人も入れるくらいの大きさだ。


 他と違って庭先に柵までも設置されているのは長と村民の距離感を曖昧にさせないためか。


 シルキーはてくてくと歩き、玄関扉をノックした後に室内へと消えた。


 アクネロは村の中心にある小さな井戸の縁にどかりと腰を落とし、スキットルのなかに入った冷たい紅茶を飲んだ。

 荒っぽい飲み方のせいで顎先に滴が垂れ落ち、折り目正しいズボンにだばだばと落ちていく。


 絹のハンカチを取り出したルルシーがしゃがみこみ、さっさと手際よく跳ねた水滴をぬぐう。


「森林妖精の里はファンバード地方における触れられざる魔境の一つです。発見者はほぼ帰ってこれないとされる場所でもございます」


「〝彼らは狂い咲きの蕾から産まれる。腐り木から産まれるトロルと似通っている。どちらも人を呑むのだから〟そんな口伝は俺も耳にしたことがある……あらよっ、と」


「うわぁああああっ!」


 井戸の側壁にしがみついていた妖精を一匹をひょいっとつかみ取ると、手をばたつかせた。


 姿を隠して様子見をしていたようだったが、突然のことに目を白黒させている。


 捕えたアクネロは透明翅の根元を指で摘まみ、眼前に持っていった。

 口をあんぐり開け、わざわざ犬歯をガチンガチンと重ねてやって怯えさせる。


「やめてぇー! 食べないでー!」

「おいしくないよぉー!」

「調理しないと病気になるよー!」


 わらわらと。

 茂みの影から、花弁の裏から、雨どいのなかから――妖精たちが姿を現し、アクネロの周辺で弧を描いてパタパタと飛び交い始めた。


 見かけ上は仲間の窮地を助けようとする声もあったが、ケラケラと笑っている者が大半だった。

 誰かの不幸を無邪気な笑みで楽しんでいる。


「さて、貴様ら下郎どもに自己紹介してやろう。俺はアクネロ・ファンバード。ここらの人間の王だ。この妖魔の住む森をぶん取りに来た。場合によってはてめらを一匹一匹、丁寧に踏み潰してやるつもりだ」


 摘まんでいた妖精を解放し、アクネロは胸に手を添えて礼儀正しく挨拶した。


 妖精たちは驚きで目を丸くし、翅の動きをより激しくさせ、光の粉となる鱗粉をまき散らして騒ぎ始めた。


「わぁっ! 正直者の略奪者!」


「わぁ、久しぶりだね。嬉しいね。こんなにたいそう酷い人は何百年ぶりかなっ! ボクらの住処を奪おうとする人でなしさん!」


「やったー! ファンバードさんって悪人なんだ。悪人には何をしたっていいんだよね! 人間界だとそうなんでしょ!? 知ってるよあたし!」


 きらきらした輝く瞳にはしゃいだ声。

 自らの不幸さえも気楽に考えているのか。


「その通りだ。悪人には何をしたっていい。お前らは死力を尽くして抗う権利がある。俺に抵抗する自由がある。俺はその上で、お前らを屈服させて道端に転がる無残な死体に変えてやるつもりだ」


「かっこいいーっ!」


「お茶にしよっ! お茶にしよっ! 戦争の前夜祭の始まりだ!」


「ぼぼぼ、ボクッ!ボクッ! ファンバードさんすっごく大好き! 退屈だったんだよ! たまらない刺激をありがとうっ!」






「戦争など断じて許可しませんよ」







 理知的な宣告は声の主の聡明さを浮き彫りにしていた。


 狂喜して奇声をあげていた妖精たちは押し黙り、夢から覚めた子供のように顔を俯かせてしょんぼりしながら彼女のために道を開けた。


 しずしずと歩いてくる妖精は人間と変わらない体躯を持っている。

 翅の基調となる色は牛乳を溶かし込んだような白さであるが、翅脈にはきらびやかな黄金線が走っていた。

 対紋となっている斑点は森と同じく原色を多用しているが、確かな輝きを伴っている。


 麗しく流れた桃色の頭髪から二本の触覚が生え――肌からはそばかすやシミだらけだった田舎臭さは消滅し、容顔は一点の曇りもなく美しく変貌を遂げた。


 案内人だったシルキーは女王に相応しい佇まいで、にこやかに透明感のあるシースルーのドレスの両端を摘まんだ。


 お辞儀をすると、Vの字に開いた胸もとから豊かな乳房が垣間見える。


「わたくしが長老です。まず、素性を隠していたことにお詫びしなければなりません。ともあれ、妖精とは遊び好きでありますゆえ……ご理解頂けるかと」


 変身したシルキーは声質すら変化していた。

 目もとを垂れさせて扇で顔を半分隠し、相手の反応を楽しんでいる。

 アクネロが放つ邪気を受け流すような微笑はどこか深い。



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